フレンズ 〜イジメられるとお金が貰える世界〜

第十二話

　それからの学校生活は、今までの騒がしさが嘘のように静かで平穏な日々が続いた。

　あの日以来、美月は私も静香ちゃんも他の人達もイジメる事もせず、不気味なくらいに大人しくしていた。元々、静香ちゃんや阿雲さん達は別のクラスであるので、美月が何もしなければ関わる事がない。

　ただ、気になるのは、美月自体が急に元気が無くなったことだ。イライラしている様子もなく、自分の力を誇示しようとする言動も見られない。

　さらに美月の取り巻きだった二人組が、突然、美月から距離を置く様になっていた。

　あの自信に溢れた言動で周りを操っていく美月が突然、人から距離を置いている。

　一体、美月に何かあったんだろうか？

　私はホッと安心するわけでなく、なぜか少し美月のことが心配になっていた。

　そして気になることの二つ目が、その美月の取り巻き達だ。

　休み時間になると二人はそそくさと教室を後にして、どこかへ出掛けて行くのだ。

　美月もその事を二人に咎めている様子もない。ただ、毎日、面白くなさそうな顔を浮かべて、自分の席に座っている。

　思えば、あの日の廊下で、二人だけ静香ちゃん達にトイレへと連れていかれてから、美月と二人の関係がおかしくなっている気がした。

　あの日、トイレで何があったんだろうか？

　気になっても、私から美月や二人に尋ねる筋合いは無いので、何があったのかは分からず仕舞いになった。

　そんな美月とは対照的に、静香ちゃんの取り巻きが日に日に増えて行く。

　聞こえてくる噂だと、静香ちゃんの知的で清楚な雰囲気がクラスの女子の間で憧れみたいな存在になっているらしく、元々クラスの中心だった阿雲さん達と仲良くし始めた事で、静香ちゃんはクラスの中心人物になっている様だった。

　だけど、確か契約では静香ちゃんは、誰かにイジメられる様にけし掛けなければいけない筈なのに、あんなに阿雲さん達と仲良くしていて良いのだろうか？

　そもそも、阿雲さんのお父さんの仕事なのに、娘の阿雲さんがイジメられていない静香ちゃんを怒らず、一緒に楽しそうにしているのは、どう考えても不自然だ。

──土師美月を潰す──

　平良さんのあの言葉の意味はどう言うことなのか？

　一人で浮いているが、美月が何かをされている様子もなく、静香ちゃんに美月が何かをしている様子も見られない。

　静香ちゃんの外見は日に日に垢抜けて行き、お金はおそらく貰っているのだろう。

　平和だけど。自分の知らないところで、みんなが動いている感じが私には不気味だった。

　何か、嫌なことが私の見えない場所で起きているような……平和な学校のどこかに見えない恐怖が蠢いている。

　いつも幽霊がどこかにいるような感じだ。

　その予感は中学三年生の新学期が始まり、新三年生の使う昇降口に貼られた新クラスのクラス分けを見た瞬間に正しかったと分かった。

　そこの名前の羅列を見れば、「これから嫌なことが起きる」とスグに分かった。

　大勢の同級生達が壁に貼られたクラス分けの用紙を見ながら、友達と同じクラスになれたり、同じクラスだった友人と別れたり、一喜一憂している中……私の前を鋭い視線が幾つも飛び交っているのが分かった。

　静香ちゃんと阿雲さんが、二人並んで獲物を狙うような目で、美月の方を睨みつけていたのだ。

　私は美月とも静香ちゃん達とも別のクラスだった。

　だけど、美月と取り巻きの二人が静香ちゃんと阿雲さんと同じクラスになっていた。

──パパとこの学校の理事長の息子が友達なの──

　偉い人と仲が良いと、こんな事ができるんだ。平良さん達はこうなるまで待っていたんだ。と言うことは、あの時言っていた『土師美月を潰す』って言うのは、これから始まるって事だ。　

「松葉ちゃ〜ん」

　ボーッと美月の方を見ていたら、いきなり強い力で肩に手を回された。

「あ、阿雲さん」

「久しぶりぇ。私ら、別々のクラスだったねぇ、残念」

　そう言って、平良さん私の肩をギュッと握ってきた。「痛っ」って声が出そうになり、私の顔が歪んだ。

「あのクラス分け、阿雲さんが仕組んだんですか？」

　私はその痛みに少しムッとして、彼女に直接的に尋ねてしまった。

　私の質問を聞いた彼女は、私にしか見えないように、悪魔のような顔でニヤッと笑った。

「公園で言ったこと、忘れてないよね？」

　阿雲さんの表情が笑顔から、睨み顔へと豹変した。

「な、何をする気な、んですか？」

「お前は知らなくていいの。でも、ウチらに感謝しろよな」

「感謝って、どう言う意味？」

「美月は、多分、あとちょっとしたら、学校に来なくなるだろうから」

「えっ」

　私は思わず美月を見ると、気だるそうに人混みを抜けながら、教室へ向かって行く後ろ姿が見えた。

「だから、余計はことは絶対にするなよ。私らにまかしとけば良いからさぁ」

　そう言って、阿雲さんは突き飛ばす様に私の肩を解放した。

「なんで、そんな事いちいち私に言うんですか？」

「あん？」

　私はその場を去ろうとした平良さんに行った。

「そんなの私に言わずに勝手にやれば良いだけじゃないですか？」

　私がそう言うと平良さんは少し考えて、私の目の前まで顔を近づけて来た。

「なんかムカつくんだよね、お前。私のことが気に入らない様子がさぁ」

　平良さんはそう言って私の胸の校章を強く握ってきた。

「なんでそんな反抗的なんだよ？　お前をイジメてたやつを懲らしめてやってるのに」

　平良さんのその言葉だけは納得ができた。

　私は美月のことがハッキリ言って嫌いだ。なのに、なぜかこの人らに美月が何かをされていると、妙に美月の事が気になって、心配になる。

　本当なら、ザマァみろと高みの見物をしていれば良いのに、私は何でこんなに美月が堕ちていくことに不安を覚えているんだろ？

「一つだけ教えて」

「あん？」

　一つだけわかっている事は、私は平良さんの事も嫌いだということだ。むしろ、美月と平良さん、どちらかを消滅させられるとしたら……私は多分、この人の方を選ぶ。

　この人に何もされていないのに、私はこの人の事がなぜかずっと嫌いで、憎くて、怖い。

「静香ちゃん……その、全然イジメられている気配がありませんけど……それって契約違反なんじゃないんですか？」

　私がそう言うと、阿雲さんは急に顔をニコッとさせて馬鹿にしたように笑った。

「本当、バカだな、お前」

「え？」

「このプロジェクトは、もうお前の想像の範疇をとうに越えてるんだよ」

「どういう事ですか？」

「安心しろ、アイツは良くやってるよ。それに美月を懲らしめるのは、静香のアイデアなんだからな」

「静香ちゃんの？」

　予想外の言葉に私は膝カックンを食らった様に、急に怒りが引いていった。

「静香ちゃんが、なんで？」

　そう言うと、私の鼻に優しい香りがフワッと入って来た。

「平良さん、そろそろ、教室へ行きましょ」

　私は後ろからしたお淑やかな静香ちゃんの声がした。

「静香ちゃん」

　私の呼び声など聞こえなかった様に、彼女は私の横を通り過ぎ、平良さんと教室の方へ歩いて行ってしまった。

「土師さんが、あとちょっとで、学校に来られなくなる……」

　新しい教室で、一緒のクラスに慣れた者同士の喜びの声がする仲、私の心はグチャグチャだった。

　私はずっと、『静香ちゃんはやりたくもない事を嫌々やらされている』と思っていた。

　なのに、美月を学校から追い出すアイデアが彼女の物だと知らされ、彼女が完全に私の手の届く範囲からいなくなった様な気がした。

　なんとかしないといけない。

　だけど、どうしたら良いのか皆目見当もつかなかった。