第十一話

 学校から公園に移動する間、阿雲さんはずっと最近のアニメの話をしてきた。しかし、私はアニメとかをあまり見ないので、阿雲さんの話している内容がよく分からなかった。

 それよりも、お母さん以外の誰かと二人きりで話すのが久しぶりで、どう話せばいいのかが分からなかったのだ。


「松葉ちゃんさぁ、なんか、ノリ悪くなーい?」

「いえ、その……すいません。アニメとかよく分からないので」

「そうなの? そういえば、静香も同じこと言ってたなぁ」


 阿雲さんは急に乗っていたブランコの振り子を止めて、不思議そうに考え込んだ。


「最近のボッチって、アニメとか見ないんだ。じゃあ、松葉ちゃんって家で何してんの?」


 阿雲さんに突然聞かれ、私は考えた。

 私って家で何をしているんだろう?

 家に帰ったら、ずっとお母さんを待ってる。それから寝るまでは宿題したり、テレビを見たり、お手伝いをしたり……


「何も、してない、かな」

「何それ」


 阿雲さんは私の答えを馬鹿にした様に笑った。


「松葉ちゃんってさ、静香が言ってた通りの子だねぇ」

「え?」

「ただの馬鹿」


 阿雲さんの目つきに突然私への敵視が入って来て、私は恐怖で寒気がした。


「安心してよ。イラッとはしてるけど、別にアナタをどうかしようなんて思ってないからさぁ。イジメたらアナタが得するだけだし」


 と、彼女は私の胸ポケットのあたりを見て笑った。

 なんだろ、この人?

 さっきから、当たり前のように私のことを馬鹿にしたり、見下したりしてくる。まるで大昔の王族の人が奴隷を扱うような態度だ。


「それに私、あなたの事は買ってるんだよ。この前、美月に殴りかかった時のあなたとか……」


 阿雲さんがニヤッと笑った。

 私にとって、あれはもう思い出したくない事だ。あんな自分にもう二度となりたくないのに。

 それを楽しい余興だったみたいに褒めてくる。

 下駄箱で会った時から感じていたけど。やっぱりこの人……なんか怖い。


「私はね、強い物が好きなの。だから、弱いものを見るとイライラして体が抑えきれなくなっちゃうの。だから、静香みたいな弱者を見ると、気付いたらイジメちゃうのよ。

 あれだよね、部屋に虫が入ってくると、イラッとして潰しちゃうじゃん? なんかあんな感じなのかな」


 彼女はそう言って、また楽しそうに笑ってブランコを漕ぎ出した。

 私はその時、思った。

 この人、美月とは全然違う……美月をまともだとは思わないけど。この人は根本的な部分から話が通じなさそうな雰囲気がある。


「あ、あの、どうしてサンプルのことを知っているんですか?」


 なんとか、この怖い空気を変えようと、私はなんでもいいから質問した。


「は? だから言ったじゃん。私は阿雲圭一の娘だって」

「む、娘でも、そうそう仕事の内容とかを親は話さないと思うんですけど」


 私が真面目に聞くと、彼女はまた馬鹿にした様に笑いだした。


「何がおかしいんですか?」

「松葉ちゃんってさ、本当に馬鹿なんだね」


 阿雲さんはブランコから飛び降りて、隣のブランコに座っていた私に顔を近づけて来た。


「なんで、アンタがサンプルに選ばれたのか、知ってる?」


 それは最初の日に阿雲さんから説明された事だ。

 確か、SNSに参加していない学生などを調べ、そこからサンプルにふさわしい人物を選んだとか。


「そんな風な事を阿雲さんから聞きましたけど」

「そんなの嘘に決まってるじゃない」

「え?」


 平良さんが馬鹿にしたようは薄ら笑いで私を見下して言った。


「ていうか、そんなの本気で信じていたなんて、驚きなんだけど。松葉ちゃんってつくづく人を疑わないんだね。てか、考える力がないんじゃないの? だから、美月達に遊ばれるんだよ」

「嘘って……じゃあ、サンプルってどうやって選ばれたんですか?」

「至極シンプル。私がパパにアナタの事を教えたの」

「平良さんが?」

「そっ、パパに聞かれてさ。『うちの学校でイジメられている生徒はいないか?』って。で、」


 平良さんが私を指鉄砲で撃ち抜いてきた。


「どうして、私? 静香ちゃんじゃなくて?」

「そりゃ、自分がイジメてる奴をパパに紹介する訳にはいかないでしょ? パパはこれから『イジメを撲滅する』って言う大きな命題に挑むんだから。だから、静香の代わりにアナタを紹介したの」


 阿雲さんはそう言うと嬉しそうに笑った。


「うちの学校の理事長の息子とパパが大学時代の友人なの。だから今回のサンプルの実験をお願いしたら、喜んで大量のカメラを設置する事を許してくれたの」

「じゃあ、全部最初から、平良さんの内輪で話が進んでいたんですか?」

「そっ。アナタは別に選ばれた訳じゃなくて、たまたま私の同級生でイジメられていたから白羽の矢が立っただけ」


 私はそれを聞いて、落ち込んでしまった。

 阿雲さんに言われた時、自分には何か特別なものがあるのかも知れないと少し得意になっていたのに、ただ身近にいただけだったなんて。


「ガッカリした? 松葉ちゃん」

「いえ……別に」


 そう言うと平良さんは私を見下ろしながら、また笑った。


「ガッカリしたって、顔に書いてあるじゃん。松葉ちゃんって本当に世間知らずっていうか……おめでたいよね」


 また私を睨む様な目で見た。

 肉食動物が獲物を目の前にして、食べたいのを必死で我慢しているような顔をずっと平良さんは私に向けてくる。


「じゃあ、静香ちゃんが選ばれたのも……阿雲さんが?」

「いや、アイツは例外」

「例外?」


 平良さんの声が急に元気がなくなった。


「まぁ、言ってしまえば、私のミスよ」

「ミス?」

「そ。アナタがイジメられるのを監視する為のカメラに、うっかり私が静香をイジメている所が映ってたのよ。

 パパったら顔を真っ赤にして、私を怒鳴りつけて来たの。

 そりゃそうよね、イジメ撲滅の命を受けた課長の娘がいじめの首謀者だったなんて、しかもカメラに全部映ってた。

 しかもその子が自殺しようとしたって言うんだから、お笑い種よね」


 平良さんは自虐する様に笑った。色々な笑い方ができる子だなぁと見ていて少し感心した。

 平良さんはジャングルジムにスカートのまま登りながら話を続けた。


「それで、急遽。静香にもサンプルをやって貰って、口止め料を払う事にしたってこと。まぁ、装備はアナタのものがあったし、正直、アナタが美月にイジメられなくなって、パパもイライラしてたのよねぇ」

 

 やっぱり阿雲さんは私の事を「使えない」って思っていたのか。


「だから、美月に静香を差し出して、私自身は静香のイジメから手を引く羽目になったってワケ。まぁ、仕様がないよね。パパの足は引っ張れないし」

「平良さんってお父さんの事が好きなんですね?」

「あ? 悪い?」


 何気なく聞いただけだったのに、ジャングルジムのてっぺんの阿雲さんに物凄い形相で睨まれた。


「いえ、別に。私もお母さんの事、好きですし」

「パパっていうか、出世してどんどん強くなっていくパパが好きなの」

「え?」

「言ったでしょ? 私は強いモノが好きなの。だから、このプロジェクトも絶対に成功させないといけないわけ。なのに、こんな序盤で足踏みできないの」

「序盤?」

「だから、静香をイジメる側からサポートする側へシフトする事にしたの。これが成功したらパパはまた出世して、どんどん強くなれるから」


 序盤って。

 プロジェクトって、イジメられっ子にお金を渡すだけじゃなかったのだろうか?


「あの、イジメられると報酬を貰える以外に何かあるんですか?」

「それは松葉ちゃんには言えましぇーん」

「え?」

「言っちゃえばアナタはもう用済みなのよ。これから先の正式なサンプルには静香が選ばれたから」

「静香ちゃん、が?」


 この前の廊下で見た静香ちゃんの大人びた表情……何か覚悟を決めたって顔に見えたけど。もしかして、これだったのかな?


「あの、その事は静香ちゃんは?」

「勿論、承諾したわよ。ていうか、あの子の方から持ち掛けてきたんですもの」

「静香ちゃんから?」

「イジメ撲滅の第二段階。いじめっ子の完全な殲滅。跡形もなくこの世から消してやる。このデータが取れれば、パパはきっと出世するわよ」


 イジメっ子の撲滅。

 今日の廊下での出来事は、それの始まりなのだろうか?


「安心して、松葉ちゃんには何も危害は加えないから。それよりも、良い物が見られるから期待しててね」

「良いもの?」

「土師美月を完全に潰してあげるから、さ」


 そう言って、阿雲さんの悪魔の様な笑みにゾクっと寒気がした。


「潰すって?」

「それは言えましぇーん。けど、下手したら二度と社会には戻れないかもね、美月は」


 そう言われ、この前の美月への同情した感情が私の胸に蘇ってきた。そして、私の中で焦りになり、心臓の鼓動が高鳴っていく。

 私の本能がなぜか「美月が危ない」と危険信号を送って来ている。


「じゃあ、楽しみにしててよね、松葉ちゃん」


 ジャングルジムから飛び降りた阿雲さんは私の方へ歩み寄って、耳打ちをした。


「くれぐれもパパの邪魔はするなよ。これ以上足を引っ張ったら、お前もタダじゃ済ませないからな。足手纏い」


 阿雲さんはそう言い残して、一人で公園を去って行った。


「違う」


 一人ブランコに取り残された私は、ボソッと誰かに向かって言った。


 体育館裏の静香ちゃんとのやりとりを思い出した。


「どうやっても、土師さんとかと仲良くできないのかな、私達って?」


 私が何気なく静香ちゃんにそう言ったんだ。

 静香ちゃんは苦笑いで寂しさを隠しながら、言って来たんだ。


「やっぱり、イジメとかなくて、みんなと仲良くしたいよ」


 私はそれに頷いた。


「ねぇ。なんで、私たちって友達になれないんだろうね?」


 思い出した。

 ただ、思い出したけど。


 私にも静香ちゃんにも、もうどうする事もできない。





 

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