第2話 いじめの全貌

「アンタ、K(息子の名前)の様子が変なんよ。」


私が仕事から帰ると、妻が言った。聞けば、いつも「ただいま!」を必ず言う息子。その息子が何も言わず帰宅し、部屋に閉じこもりっきり出てこないとの事。


「・・どしたんや?何かあったんか?」


私が息子の部屋に行くと、机に座り何をするでもなく俯いたままだった。明らかに様子がおかしい。


「・・・別に。」


「Iか?アイツに何かやられたんか?」


カッとしやすい私は、根底にあったIに対する鬱積とすぐに繋げた。


「何もないって!出ていって!」


私の怒気を含んだ声に被せて息子は言った。


その後も、部屋から出たくないとの事で、夕食も1人部屋で食べた息子。


「K、いつもに増しておかしいな。Iになんかやられたんやろ?」


何度理由を尋ねても「・・・別に」と力なく答えるだけ。


妻はすぐにママ友だったAさんに電話した。Aさんの子供とは同じ卓球部で息子とも仲が良かった。



そして、息子の様子がおかしい理由が判明した。


やはりIが原因だった。ただ・・ただ、理由を聞いた私は、あまりの陰湿なやり口に震えがきたくらいだった。


その理由とは・・・


Iは卓球の実力があったので副部長をしていた。部の中では1番実力があったんだけれど、やはり素行に問題有りと顧問の先生が判断し、副部長にしたらしい。


だから実質、部の中では立場が1番上で、皆、Iに何も言えなかったらしい。それに乗じて下級生や息子と仲が良いA君はじめ皆にウチの息子に対して「玉ねぎ!」「くせーんだよ!」と言うように強制したらしい。


この事実を妻から聞いた私。


もう、ただただ許せなかった。ありえない。真性の屑。


いや、ホント、法治国家じゃなかったら確実にIの事を○しに行ってる。ホントに。


だったら百歩譲ってI自身にシバかれてたっていう方が、まだ穏やかに聞ける。じゃあIをお前の持っているスキルで叩きのめせ!って。


「ママ、これ、俺許されへんわ。いってエエかな?ありえへんわ。あのクソガキ。」


今までも度々こんな場面はあった。でも、その度に妻から「まぁ、まだ抑えといて」と、たしなめられていた。


だけど、今回の事案はあまりにも酷い。


「そうやな。話せなアカンな。」


翌日、妻が学校の担任に電話。


女性の先生だったんだけれど、本当によく動いてくれたし、私たちと同じようにIに対して怒っていた。


早速、先生が卓球部の顧問の先生と連携してくれて他の生徒に聞き取り調査。


そして全貌が判明した。


その全貌。実質、卓球部で1番力を持っていたI。部長も何も言えなかった。


顧問の先生がこない時を見計らって行っていたおぞましい事。


3年生である息子に対して、1、2年の下級生にIが「玉ねぎ野郎!」「くせーんだよ!」と言わせていた。


最初は先輩である息子に1、2年の下級生も遠慮しながら言っていたけれど、Iは「本気で言え!」と空気を入れ、1、2年の下級生も実質卓球部のトップが言うものだからストッパーが外れてきて、最初の遠慮もどこえやら楽しむように言ってたらしい。


これだけでも充分屑なんだけれど、私がもっとも許せなかった事。


それは、親友のA君にまでそれを強制した事。


言われた息子。言わされたA君。


その2人の信頼関係をも壊す悪質極まりない屑行為。


それらのやり取りを笑いながら一緒になって揶揄していたI。


おそらく息子の精神状態はボロボロだろう。あるいは既に心を殺されているかもしれない。


くしくも私も14歳の頃。ボス的存在の男の鶴の一声で1ヶ月間皆から無視され続けた。精神はズタボロになり、14歳の心は簡単に殺されてしまった。


苦しみながら生きるか死んで楽になるか?


未熟な少年が出す答えなんて決まっている。


“死んで楽になる”


実際に死のうとして高台に立ち、鳥になろうとした瞬間。


コンマ何秒か早く、突風が私の背中を押した。


「あっぶねーーー!」


無意識にそう言って尻もちをついていた。


今から死のうとしている人間が「あっぶねーーー!」って。


私は泣きながら笑っていた。


その瞬間。


スパーンって。


本当にスパーンって思考が切り替わった。


俺が無視されてんじゃねー!俺がお前らを無視してやるんだ!って。


そうやって“いじめ”を乗り越えた経験が私にはある。


あの時、突風が吹いてなかったら・・・


もしかしたら私はこの世にいないかもしれなかった。もちろん息子にも会えなかったわけで。


私はたまたま自分の力で乗り越える事が出来た。


でも・・・


ダメだ。なんとしても息子を、あの頃の自分と同じ息子を助けなきゃ。


「先生に言ってIと直接話する機会作ってもらってくれる?」


私は妻に言った。

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