第3話 二人の冬下校
◆◆◆
「……勘違いしないでほしいのだけど。別にあなたと一緒に下校したいわけじゃないから」
雪の女王様が前を歩きながら、振り返る。
「でも、この様子だときっとまた、除雪が必要でしょう? あなたの家に除雪スコップを置きっぱなしにしてしまったから、取りに行くの。……それだけよ」
(急に誘われたから何かと思ったけど……)
ハァ、と白いため息が漏れ、
(そりゃ、そうだよなぁ。……結局お菓子も一口食べただけで、後は全部教師に渡してたし。……俺のせいだよなぁ、あれ。……あー、やってしまった。一緒に登校できたことで舞い上がって調子乗って、何やってんだ、俺……!)
ちらりと視線をやると、雪の女王様の形の良い後頭部が見える。マフラーを巻いた首元、ウールコートの下には、制服のスカートが見える。こんなに重装備でも、華奢なスタイルの良さは隠すことができていない。何度どう見ても、可愛い。
(……ま、フラれた分際で、こうやって一緒に帰れるだけで、十分幸せってもんだよな。せいぜいこれ以上は嫌われないように、気を付けないと……!)
◇◇◇
(――うう、やっぱり気まずい、気まずいよぉ!)
「……あ、この辺からは俺が先に行くよ。……道、細かくてわかりずらいから」
「……そう。じゃ、お願い」
あのやりとりから、もう5分くらい経ったけど、相変わらずお互い無言のままだった。私は
(そりゃ、私の言い方がよくなかったのはわかってるわ。……でも、雪モードなんだから仕方ないじゃない。……それよりも、昼休みに見せたあの紳士的な態度は、どこに行ったのかしら)
若干責任と不満を感じつつ、前方を盗み見ると、分厚いダウンコートに身を包んだ荒谷くんが、袖口から覗くむき出しの手に、息を吹きかけていた。
(……手、赤い。……冷えちゃったのかな)
両手を擦りあわせて、摩擦で寒いのを誤魔化しているのだろう。その様子は、見ているだけで不憫になってくる。
(…………)
私はなんとなしに、自分の手を覆う手袋を見下ろし、
(……いやいや! 何考えてるの私。おかしいおかしい!)
一瞬浮かんだ自分の想像に、猛烈な恥ずかしさを覚えて赤面する。
(……でも、ほら、一応お昼に助けてくれたし? そもそも除雪スコップの件だって、頃合いを見てちゃんとお金を払おうと思ってるし。……だから、これくらい……)
(い、いや、ダメよ! だってそんなの……なんていうか、か、カップルみたいじゃない! フッた分際でそんなこと! ……ああ、でも、あのままじゃ可哀そうだし……)
「……到着。……
「へっ……、あ、ああ、これはどうも、た、助かったわ……、あ、はは」
「? どうしたんですか、顔赤いですけど?」
「そ、そんなことないけど? ……憶測での物言いはやめてくれないかしら」
慌てて雪モードに修正するが、間に合った自信はない。幸い荒谷くんは気にした様子もなく、
「……にしても、やっぱり結構積もったなぁ。昨日やった分がもうほとんど埋まってる……」
「……30センチってとこかしら。……残念ね」
「ホント……、除雪ってひたすら徒労感しかないですよね、……見ただけで疲れる……」
言いながら、真っ新な雪原を漕ぐようにして、荒谷くんが一軒家の玄関へと進み、横に立てかけてあった除雪スコップを手に取る。……今朝うっかり私が置き忘れたものだった。
「……ハイ、どうぞ」
「……どうぞ、って、何?」
「え、だってこれを取りに来たのでは?」
「それはそうだけど、……じゃあ、ここの除雪は?」
私が尋ねると、彼は鼻をすすって笑顔を作り、
「……俺はまた、ホームセンターを巡ってみます。昨日の今日なんで望み薄ですけど、もしかしたらあるかもですし……」
「……でも、それでもし無かったら?」
「そうだなぁ、……じゃあ、その時は、更科さんが終わったら、取りに行きます」
「……!」
思わず、見惚れてしまった。
義理堅いなんてもんじゃない、どっちかというとこれは、なんというか、きっと、その……。
『俺、……同じことは二回言わない主義だから』
……特別、扱いというものなんだろう。
(……こんなこと、今までなかった……)
気が付くと、頬が熱くなっていた。
「? ……更科さん?」
私の様子の変化に、荒谷くんが顔を覗き込んでくる。もちろん見られたくない私は慌てて首ごと顔を逸らし、
「……お断り、……するわ」
「え……でも?」
「……貸しなさい」
「?」
半ば奪い取るようにして、私は除雪スコップを手にして。
「……まずは、ここの除雪を終わらせましょう。……借りるのは、それから。……異論は、認めないわ」
「それは、めっちゃ助かりますけど、いいんですか?」
「……別に、今日は予定があるわけじゃないし、……私は大丈夫よ」
「ありがとうございます、じゃ、お言葉に甘えて……」
しかし、次の瞬間、私は除雪スコップを庇うようにして、荒谷くんが伸ばした手を避けた。見るからに困惑した様子の彼に、私は少しだけムキになって口を開いた。
「……きょ、今日は私がしてあげるわッ。……異論は認めないからッ」
少しだけ頬が赤くなってしまったのは、もちろん、……寒さのせいなんだから。
大雪の夜、最後の一本だった除雪スコップを譲ってから、塩対応で定評のある雪の女王様が、実は優しくてあったかい心の持ち主だと俺だけが知っている。……でも、だからこそ踏みこめない。 或木あんた @anntas
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