第2話 義理堅い人は、どっち?

「きりーつ、れー……」


 ちらちらと雪の降り始める中、チャイムが鳴って授業が終わり、学校は昼休みに突入。

 周囲の高校生達が各々机を移動し、いつものお弁当隊形が出来上がる。それを教室の角から俯瞰しているのが私、更科沙雪さらしな さゆき。クラスメイト曰く『雪の女王様』だそう。


 でも女王様かぁ。……私、一応未婚だし、どっちかというとお姫様がよかった、なんて。もちろん言わない。だってキャラがブレるから。気に入ってるわけじゃないけど、求められてることは果たします。……ほら、今日も。


「あの、更科さん、ちょっと、話があるんだけど」



「お断りします」

「あなたのこと、興味ありません」

「お友達も結構よ。気まずいから」


 空き教室に呼び出され告白してきた男子を、さも何とも思っていないかのように、颯爽と袖にする。もう慣れてしまった。半分ルーティンワーク。……でも。


「……そっか。わかった。……ありがとな、来てくれて」


 告白してくる大多数はノリとか勢いとかがほとんどだけど、たまに、こういう真剣な人がいる。そういう人が、ショックを隠して強がる姿を見るたびに、自分がしていることの意味を見失いそうになる。


(……でも)


 私は息を吸って、自分の迷いを押し殺し、


「……お礼を言われる筋合いはないわ。……むしろ、時間を無駄にされたことを謝罪してほしいのだけど?」


 好感情ゼロ。一切の未練も残さないように、苦しませないように。私はまた、『雪の女王』を演じる。苦しむのは、私だけでいい。

 



 キーンコーンカーンコーン。


「あ」


 しまった。昼休みが終わってしまった。コンビニおにぎりとはいえ、焦って詰め込むのもイメージに合わない。仕方ないけど、苦しむのは、私の役目。お昼は泣く泣く我慢しようか……、


「あの、更科さん?」

「――ッ!」


 急に話しかけられて、私は驚いて顔を上げる。すぐに平静を装ったが、目の前にいる人物に、思わず声が上ずった。


「荒谷ッ……くん。何か用?」


 そう。この人。同じクラスの荒谷道人あらや みちとくん。外見地味。成績普通。特に際立った特技もなく、キャラも薄い人。こんなこと思うのも失礼だけど、あまり印象に残る要素はないはず、……だけど。



『困ってるんだろ、これ、持って行っていいから』


 

 昨晩、休校にすらなるほどの大雪の夜。ホームセンターで彼が言った言葉が脳裏によぎり、ある光景を想起させる。




『――更科さん、俺、更科さんのことが好きです。ずっと、一目見た時から、常時好きです。毎回こうやって律儀に呼び出しにきてるとことか、当番の仕事とかちゃんとやってるとことか、すごく義理堅くて素敵だと思う! あの、えと、なので、……俺と付き合ってください!』



(……え、褒めるとこ、そこ? ……あと常時、って。……独特な言い回し)


 彼に告白を受けたとき、正直な感想はそれ。何とも言えないセンスに、一瞬素が出そうになったけど、私はすぐさま通常運転に軌道修正して、塩対応。……でも、


『……そ、そうだよね。手間を取らせてごめんッ!」


 久々に、泣かせてしまった、と、少しだけ後悔したのを覚えている。でも、仕方ないと。


 そんな彼は、昨日。私が半泣きになりながら探していた、除雪スコップを手渡して。


『俺、同じことは二度は言わない主義だから』



(………………)


 ……義理堅いのは、どっちよ。




「……えと……、お菓子、食べる?」

「へ?」


 回想にふけっていた思考が、引き戻される。

 見ると彼が差し出しているのは、個包装されたソフトクッキー二枚。その瞬間、ブワァと感動的な何かが私の心の奥からあふれ出し、


(……荒谷くん……神なの?)


 思わず涙腺崩壊しかける私、でも何とか堪えて『雪』の表情を作り、


「……急に、意味がわからないわ……」

「だって更科さん、お弁当食べる時間なかったでしょ?」


 ドキ、と思わず心臓が鳴った。


「……え、どうしてそれを……?」

「や、さっきおにぎり出そうとして止めたの、見えちゃって……」

「な、そんなこと……」

「いいから、はい。……要らなかったら、捨ててくれていいから」


 私が断るよりも先に、クッキーを置いて去っていく荒谷くん。ちょうどいいタイミングで、本令のチャイムが鳴り響き、耐え切れなくなった私はおもむろに包みを開けて一口頬張った。しかし。


「――!?」


 その瞬間、教室が大きくどよめく。チラリと周囲を盗み見ると、クラス中の視線がこちらに注目していた。


「おい、今、『雪の女王様』が差し入れ食べたぞ!?」

「普段なら、絶対受け取りもしないのに、一体どういう風の吹き回しなんだッ!」

「……ねぇ、そいえば荒谷って、今日朝一緒に来てなかった!? ……つまり」

「いや、それはねぇ! 一度フられたら、リピートすればするほど塩になってくって噂だぜ、『女王様』はよぉ」

「……でも、もしかして今なら、」


「「「ワンチャンいける!?」」」



 ……その後、休み時間になるやいなや、大量のお菓子が私の机に置かれることになって。隠れておにぎりを食べる時間を失った私は、


「……先生、大量の落とし物を拾いました。引き取ってくれませんか?」


「「「ぐああああああああ、ダメだったああああああッ!!」」」


 惜しい気持ちを押し殺し、塩対応に徹した。




 ❅❅❅




 放課後、手早く掃除当番を終え、帰路に就く私。玄関から外を見ると、昼頃に降り始めた雪は、もうすでに結構積もっているようだ。これはきっとまた除雪が……、


「…………ッ」


 除雪と言えば、今朝。いろんな情報を駆使して、なんとか探し当てた荒谷くんの家。除雪スコップを借りたはいいけれど、きっと困っているだろうと思って、ならこっそり返せればいい、と勇気を出して。なんなら、除雪くらいしてあげても、と義理まで感じて。


(……でもまさか、綺麗に除雪されてるなんて思わないじゃない。それにタイミング悪く彼がドアを開けたのがいけないのよ? あのまま同じ行き先なんて気まずすぎるし。……そうでもなきゃ、あんな……、あんな恥ずかしいこと……)


『じゃあ、行きましょうか』


『……学校。……いっしょに』



 思い返すだけで、顔が熱くなるのが自分でもわかる。正直、男の子を誘って一緒に登校、なんて自分とは別世界の出来事だと思っていた。



 しかし、今朝、事実私は荒谷くんと一緒に登校した。会話はほとんどなくて、ただ、靴底が雪を圧縮する音だけが、学校まで永遠と鳴り響いてて、落ち着かなかった。

 正直、二度とごめんだ。居心地が悪いのに、……妙に、ドキドキとかして。


 なのに。


「あ」

「……! 更科さん」


「……ちょうどよかったわ、荒谷くんっ」

「え?」


 私は『雪』なのか素なのかわからない表情で、ちらりと彼を一瞥し、



「……その、……一緒に帰りなさい」  

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