第3話 お兄好みの水着
今日は土曜日。俺も夏鈴も昨日で期末テストが終わって、今日は以前から約束していた通り、夏鈴と大型ショッピングモールへ買い物に行く。
「夏鈴まだー?」
「今行くー」
準備が整い玄関で待っていたけれど夏鈴がなかなか部屋から出てこないから、やんわりと催促した。すると、ドタバタと足音が騒がしくなり、少しして夏鈴が階段を下りて来た。
「お待たせ」
「よし、じゃあ行こうか」
俺はくるりと回れ右してドアと向き合い、開錠してからドアノブに手を掛ける。そしてドアを開けようとしたら、夏鈴に服の端をきゅっと軽く引っ張られた。
「ん? どうした?」
振り向くと、不満と恥じらいの混じった表情をした夏鈴が上目遣いで見つめてきた。
「……まだコーデの感想聞いてない」
「ああ、感想言うの忘れてたな。ごめんごめん」
そうだよな。義妹とはいえ女の子とお出かけする時に服装を褒めるのを忘れちゃダメだよな。
ドアノブから手を放して夏鈴の方へ体を向け、お詫びに頭をポンポンと撫でる。それから俺は改めてちゃんと夏鈴の恰好を見る。
白色のブラウスとデニムのミニスカートを合わせたコーデで、サイドを編み込んだ髪型にし、肩からミニポーチを提げていた。このコーデを見るのは今日が初めてだが、夏鈴によく似合っている。
俺は有りのままの感想を伝えた。
「今日のコーデ、すごく可愛いよ」
「えへへ。ありがと、お兄」
そう言って夏鈴は満面の笑みを浮かべた。
――これは参ったなぁ……。
そんな眩い笑顔を見せられたら緊張しちゃうじゃないか。
夏鈴は普段こういうときには照れ隠しにツンツンした態度を取ることが多いから、素直に笑顔になって喜ぶ姿を見せられると余計に可愛く見える。日頃からもっとこういう姿を見せてくれたらいいのに。
…………あぁもう、顔が熱くなってきた。
「さ、行くぞ」
赤面していることを夏鈴に気付かれる前に俺は夏鈴に背を向け、ドアを開けて家の外へ踏み出した。
***
家の近所のバス停からバスに乗って、ショッピングモールに着いた俺たちはまず初めに水着売り場へと向かった。
なんでも夏鈴が夏休みに友達とプールへ遊びに行く約束をしていて、その時に着る水着を買いたいらしい。
夏休み直前とあって、水着売り場は中高生で溢れていた。
「お兄、他の女の人が水着選んでるの見て鼻の下伸ばさないでよね」
女性用コーナーに差し掛かったところで夏鈴が俺に向かってぶっきらぼうに言ってきた。
急になんだとびっくりして横を歩く夏鈴の顔を覗いてみると、夏鈴は俺から目を逸らし、顔をほんのり赤く染めていた。
あぁなるほど。いざ水着売り場に来てみたら、俺が傍にいる中で水着を見るのが恥ずかしくなったといったところか。
「俺が傍にいるのが気になるのなら、他の店を見に行ってようか?」
「ダメ、行かないで…………私に似合う水着を見つけるの手伝って欲しい」
夏鈴はボソッと小声で、でもはっきりとした口調でそう言うと、俺より一足先に女性用コーナーに足を踏み入れていった。
本当に分かりやすい奴だなぁ。
頬を緩ませて夏鈴の後ろ姿を眺めつつ、俺は後を付いていく。夏鈴に似合う水着を探すにしても俺は夏鈴のサイズを知らないし、それに男が一人で女性用コーナーをうろついていたら不審に思われるかもしれないから、夏鈴と別行動を取ることは出来ない。
「お兄。これ、どうかな?」
夏鈴が最初に目を付けたのは、水玉模様のワンピース水着だった。
「可愛いけど、夏鈴にはあまり合わない気がするな。う~ん…………それよりこっちの方が似合うんじゃない?」
「その花柄可愛い。でもその柄だったらワンピースじゃなくてリボンデザインのビキニとかの方がいいな~」
「そっか」
「それにいまお兄が持ってるのはサイズが合わないよ。私のサイズのは…………ないみたい」
「じゃあダメだね」
俺は手に取った水着を棚に戻した。
一つ勧めてみて分かったけど、夏鈴のデザインの好みを知らないから、どれを勧めたらいいか分からない。だからといってひたすら俺の好みの水着を勧めるのもなぁ……。
俺が目の前に陳列されている水着とにらめっこしていると、夏鈴が「あっ」と、何か思い出したかのように声を発した。
「そういえばお兄にまだ私のサイズ教えてなかったね。私は――」
「ちょ、ちょっと待った! それは言わなくていい! てか言わないで!! 良さそうなデザインのを見つけたら教えるから、自分のサイズがあるかは夏鈴が確かめて」
なんだかそれは俺が知ってはならない情報な気がする。
だって、俺には元カノが二人いて、片方とはプールへ遊びに行ったことがあるけど、そんな彼女たちからも教えられなかったくらいセンシティブな情報なんだ。
「分かった。そこまで言うのなら言わないでおく」
夏鈴は水着のサイズを告白するのを思い止まってくれた。
――やれやれ、夏鈴がまさかあんなことを言い出すとは。
俺は一度大きく息を吐く。
まったく、血の繋がりがあろうとなかろうと妹の水着のサイズを知ってる兄がいったいどこにいるって言うんだよ。
「ところでさ、お兄はどんなデザインの女子の水着が好き?」
「ッ! ゴホゴホッ!!」
ほっとしたのも束の間、夏鈴からセクシュアルな質問が飛んできて、俺は驚きの余りむせた。
「え。ちょっと、お兄大丈夫?」
「ああ、大丈夫……じゃなくて、なんてこと聞くんだ!」
「参考までに聞いておこうかなって」
「俺の好みなんか知っても意味ないだろ。一緒にプールへ行くのは友達なんだし、夏鈴の好きなものを選べばいいんだよ」
「……でも、お兄とも一度プールか海へ遊びに行きたいって思ってるし、その時に私の水着姿見て可愛いって思って欲しいんだもん」
夏鈴は顔を赤くして言った。
くそっ、そんなこと言われたら何も言い返せないじゃないか。
一人の少女の好きな人と一緒に遊びたいという願いと、好きな人に可愛いと思ってもらうための健気な努力。それを打ち明けられて、しかもその好きな人というのが俺ときたら、文句を言えなくなるどころかときめいてしまう。
――はぁ、仕方ないなぁ。
「分かったよ。好みの水着を一着見つけたら教えるから、俺についてきて」
俺は夏鈴の返事を待つことなく歩き始めた。
それにしてもテスト勉強のストレスで頭のネジがいくつか外れてしまったのか、今日の夏鈴は色々と凄まじい。特に普段はなかなか見せないデレっとした姿をたっぷり見せてくるから、俺は体を火照らされてばかりだ。
そして俺はこの後すぐに顔を真っ赤にさせられるのだろう。なぜなら、俺の好みの水着は絶対夏鈴に合うから。
***
「ありがとうございましたー」
購入した水着を受け取り、水着売り場を後にする夏鈴と俺。明るくにこやかな笑顔で応対してくれた店員とは対照的に俺たちはともに表情が硬く、目線を三時の方向に向けている。
もちろん喧嘩をした訳じゃない。
あの後俺の好みの水着を気に入った夏鈴がそれを試着して、その姿を俺に見せてくれたのだけど、それが見事に俺の好みのタイプど真ん中で、俺は顔が真っ赤になってしまった。そんな俺の様子を見て夏鈴もまた恥ずかしくなったのか赤面してしまい、それで互いに気まずくなっているところだ。
ちなみに俺が夏鈴に渡したのは白色のオフショルビキニと花柄の長めのショートパンツの組み合わせ。
可愛い系女子の夏鈴がこれを着た結果、白色のビキニによって清楚系の雰囲気を醸し出しつつ、花柄のショートパンツによって可愛い系の感じも残し、そしてオフショルにすることで色気が引き出されていた。
もし夏鈴のその水着姿を見たのが家に二人きりでいる時だったら――。
「お、お兄。次はどこに行く?」
俺の方に顔を向けることなく夏鈴が言う。
「30分くらい別行動にしようか」
お互い心を落ち着かせるための時間が必要だと思った。30分で落ち着きを取り戻せるか怪しいけど……。
俺への好意を隠し切れない義妹が日増しに可愛くなっていてキュン死しそうなんだが 星村玲夜 @nan_8372
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