第2話 就職戦線異状なし
タケルが落ち着きなくアイスコーヒーをかちゃかちゃと混ぜる。
「大丈夫だよタケル、まだ4社目だろ」
光がなだめるように声をかける。
「ちげえ、5社目だ。連絡がこのまま入らなかったら5社ともダメだ」
タケルも光もリクルートスーツを着たまま喫茶店で時間を待っていた。大学の講義の後、そのまま企業の面接に行かなければならないのだが微妙な時間がある。大学内で時間を潰していると既に内定を勝ち取った同級生と鉢合わせることもあった。2人は相談して喫茶店に入ることにした。
「俺をとらないなんて馬鹿なんだけどね、この才能をさ」
ミルクを入れすぎてキャラメルのような色味になったアイスコーヒーを吸いながらタケルが愚痴る。
「まあ実際、履歴書に書いてあることはすごいもんな。TOEICは高得点で他にも資格があって、文句なさそうなんだけど」
光は机の上に置かれたタケルの履歴書に目を通していた。光の言葉に嘘はなく、タケルがなかなか内定を取れないことを不思議にも思っていた。
「あれだな、日本社会だからだな。俺がアメリカに行けば引く手数多だよ」
「ならアメリカに行けばいいじゃないか」
「銃社会はいやだよ」
光が紅茶に口をつける。
「コーヒー飲めない男は内定とれないぞ」
「今日行くところは採用担当が気に入ってくれてるから内定確実だね。あと、お前のだってミルク入れすぎててコーヒーって言えないだろ」
タケルは黙ってメニュー表をぱらぱらとめくり始めてしまった。
「そうだ、面接の受け答え見てくれよ」
光がタケルに提案する。タケルはメニュー表に目をやったまま、光に質問を投げてくる。
「あなたが学生時代に打ち込んだことはなんですか」
「はい、私は大学1年生からテニスサークルに所属していました。サークル内では副リーダーとして取りまとめの実務に励みました。具体的には消耗品購入や大会エントリー費用など経費のマネジメントを行い、金額の不一致などがあった際には遡って原因を突き止めていました。私が3年生の時に、人が都度チェックをする体制に限界があると考えたことから携帯アプリを用いた経費管理方法を導入しました。それ以降、経費の不一致が起こることはなくなりました」
タケルが少し驚いたように目を向ける。
「おぉ、あれ、そんなアプリとか使ってたっけ」
光は結んだ口を少しモゴモゴ動かしてから首をかしげた。
「嘘ついてんじゃねーか」
「いや、アドバイザーに少しぐらいは話を盛ったほうがいいって言われて」
「じゃあ自己PRは? 」
「はい、私の強みは行動力と語学力です。私は3年生の夏にカナダへ1ヶ月の語学留学に行き、そこで語学能力の向上と多様な文化を学ぶことができました。それから勉強を続け、今でも学内の留学生に積極的に話か」
「ちょっと待てちょっと待て」
タケルが手の平を光の前に出して話を遮った。
「なんか聞き覚えのあるエピソード出てきたけど、俺のやつパクってないか」
「いや、カナダ行ったし」
「あれ旅行だっただろ、ほとんど観光地だったからあんまり英語も使ってないし、あとお前人見知りすごいから留学生に話しかけられないだろ」
「まあ、そこは盛ったってことで」
「盛り方がラインおもいっきり超えてると思うんだけどな」
光は何度か頷いた。
「わかったよ、じゃあ次はお前の聞かせてくれよ」
「オッケー、こいよ」
タケルがメニュー表をしまって、ボクサーのようなファイティングポーズをとった。
「では、この喫茶店の月の売り上げをおおよそで算出しなさい」
「一発目がフェルミ推定なことあるかボケ」
「意地悪な面接官もいるかもしれない」
「なるほどね、ええっと、席がだいた20席ぐらいで1日に3回転するとして……」
タケルは腕を組んで目をつむりながら計算式を必死に描いているようだった。
1分ほど経ってようやく答えた。
「わかりました。この店の月の売り上げは1億5千万円です」
カウンターのほうから吹きだすような笑い声が聞こえてきた。2人はとっさに頭を低くして隠れるようにして話す。
「多すぎたかな」
「俺も詳しくはわからないけど、1億越えってすごくないか、どんな計算したんだよ」
「いや、ちゃんと計算したんだけど」
「現実味ある方向に計算を修正しろよ」
「喫茶店て1億いかないのかな」
「ここでお金動きすぎじゃないか」
光はしばらくタケルのことを責めてみたが、光も明確な答えなどわからなかった。
「もうそろそろ時間だ」
「俺もだわ、行くか」
2人は店を後にした。
夜になって光のもとにタケルからLINEが届いた。
(今日行ったところで、そのオフィスビルに入ってるスタバの売り上げ聞かれた!対策してたおかげで上手く切り抜けられた!ありがと!)
光がLINEを返す。
(そのスタバの売り上げはいくらになったの?)
タケルからすぐにLINEが返ってきた。
(3億!)
タケルになかなか内定が出ないことに納得がいった。
もうしばらく、就職活動は長引きそうであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます