第6話 弱点はどこだ

「ハハハ! グハハハハ! 舎脂しゃちーかあ? 小童らの貧相な想像力に任せるが」

「ああ、俺の予感なんて外れていればいいと思うじゃん。この灼熱の魂に祈りを捧げるじゃんよ!」


 ズンズン……。

 大足おおあしが大層ご自慢なようで踏み付け歩く。

 今は、ラゴくんが見当たらなくなった。

 草地のどこかにいる筈だ。

 シッタくんが、シュッと空へ舞う。

 攻撃目標にならないだろうか。


帝釈天たいしゃくてんめ、俺を蝿叩きにしたいんじゃんね」


 赤い逆髪を一周し、目の前で空に立つ。

 冷やかしてやれ。


「ハハハ! 阿修羅あしゅらの中の阿修羅あしゅらは、俺じゃん? 大王なんだし」


 帝釈天たいしゃくてんが空いている右手を前に差し出して、ブイの字を作った。


「心得がいいとみた。その金銀の瞳を潰してやる!」


 俺は、一瞬止まってしまった。

 この話題を友達以外に指摘されるのは、実はしんどい思いをする。

 想い出を傷付けられるから。


「この瞳は、とうさんに貰ったんじゃん……。親子の証なんじゃん。そして、腹が殴れとまで疼いて仕方がないんじゃんね」


 俺は、土手下の川を確認する。

 船が繋がれており、誰も乗っていない。

 ラゴくんも俺と同じ策を考えているに違いない。


帝釈天たいしゃくてん太刀たち!」


 ちょこざいな。

 これ位、髪一本の差でかわす。

 俺の防御の骨頂だ。


阿修羅琴あしゅらきん調しらべ! 余裕綽々じゃん」


 俺には、『灼熱しゃくねつ腕釧わんせん』を共にする仲間がいる。

 この金の輪のお陰で、以心伝心だ。


「――ピキイイイ。稚田わさだっす」


 吊られているバチくんから、策があるとの念が届いた。

 次の太刀たちで、応戦に来る筈だ。


「――ピキイイ。俺も向かうやん」


 いた。

 ラゴくんだ。

 いいタイミングで、草むらから出て来るだろう。


「もう一つ、帝釈天たいしゃくてん太刀たちだ」


 来た。

 だが、これからが正念場となる。


婆稚ばちしゅう――。くさや! 帝釈天たいしゃくてんの顔を目掛けて放つっす」


 俺は、こう来ると予想して、鼻をつまんで待機していた。


「鼻をつまんだ位では、結構辛いものがあると思ったが、そうでもないじゃん」


 バチくんは、超臭覚ちょうしゅうかくの持ち主だから、攻撃はスカンク流に来ると読んでいた。


「ンン? 小童、嗅いだこともない匂いだの」


 分かった。

 俺は、バチくんの仲間だから効果がないのだろう。


「ンン? ンンン? クオオオ、鼻が! 鼻をつまむしかないのか、フガフ」


 帝釈天たいしゃくてんの両手が開かなくなった。

 左手の臭いの元、バチくんを腕を伸ばし遠ざける。

 このときを狙って、キャラケンくんとバチくんを救いださなければ。

 ラゴくん、最後の一刺しと身を潜めているのか。

 まさか、逃亡はないだろう。

 俺と悪友なんだ。

 仲間だ。

 ラゴくんである前に、美久羅みくら素思もとしくんとして。

 約束した団子の件もある。


「――ピキイイイ。僕からも行くよ。手が緩んだ隙に飛び出すからな」

「――ピキイ。稚田わさだも同調するっす」


 バチくんに続いて、ぶら下がっているキャラケンくんからも攻撃だ。

 ラゴくんも信じているからな。


佉羅騫駄きゃらけんだ眼光がんこう!」


 キャラケンの双眸から、冗談みたいに光が当てられ、帝釈天たいしゃくてんの目を中心に、踊るように波打った。


婆稚ばちしゅう――。第二段、果物の王様、ドリアン! さあ、召し上がれっす」


 ブヒャッとクシャミを帝釈天たいしゃくてんがした。

 その後、思いっ切り息を吸ってしまったようだ。


「さっきのと混ざってえも言われぬ程の臭いがするのお……。フ、フガフガ」


 俺も黙って見ていることはない。

 闘うべし。


阿修羅琴あしゅらきんまい――! 豪打版」


 トゥルンと阿修羅琴あしゅらきんにのせて、帝釈天たいしゃくてん弁慶べんけいの泣き所を狙う。

 超右手刀、ルンと超左下段回し蹴り、ルンともう一回転しながら、足に焔を纏いながら超豪左下段回し蹴りをかます。


「やるっすね」

「スゲーな」

「素晴らしいデス」


「ウグアアア……!」


 帝釈天たいしゃくてんは、つまんでいた手を離し、弁慶べんけいの泣き所を押さえている。

 もしや、弱点なのか。

 俺はどうにか活かせないかと作戦を練っていた。

 そのときだった。


「オレや、応戦やあ! 羅睺らごう多手たて!」


 ズガアッサアッと、草むらから飛び出したのは、俺の悪友、ラゴくんだ。

 ラゴくんは裏切らなかった。


「がんばれ! 流石、俺の悪友じゃん。応援しているじゃんね!」


 俺でさえ、目にも止まらない素早さで、手裏剣を投げるが如く、水平に延髄を打ちまくる。


「小童など、蠅如きが」


 帝釈天たいしゃくてんは再び鼻を覆いながら、延髄に左手を回した。

 やっと、人質二人に脱出の機会が与えられる。

 捕らえていた手が緩んだ、この隙を狙ってくれる筈だ。


「よし! 今っすよ」

「了解だぜ」


 バチくんとキャラケンくんが息を合わせた。


「とう!」

「やああ!」


 空へと飛び出す。

 やっと、二人が無事に逃げおおせた。


「――よし、作戦は次の段階へ移るじゃん」


 俺は、自分らしくもなく好戦的な笑みを浮かべてしまった。

 これは、俺の問題なのだろうか。


「大王よ、俺はもっと穏やかな方じゃんね?」

がいよ、我に降臨された、天地鎧ガイナーオンしたときから、我に蝕まれて行っておるのに気付いているだろう」


 俺は、頭を掻いた。


「今、やっと分かったじゃん」

「心当たりがあるかの。どこか、がいの胸に巣食った闇がなければ、このようなことはない」

「闇か……」


 俺は、金銀の瞳のことだとは、誰にも話したくなかった。

 だが、大王とは身も心も繋がっている。

 読まれても仕方がなかった。


「そうか。父を大切に思うのは、孝行だと思わないか。親のみならず、皆に行えれば、それに越したことはない」

「フフ、一丁前に説教されちまったじゃん」


 皆に俺の表情を見せたくないと、少し俯いて、再び頭を掻いた。


「我は大王ぞ。阿修羅大王あしゅらだいおうぞよ」

「そうだったな。ハハハ。久し振りに父の件で腹から声が出たよ」


 亡くなる原因は俺だった。

 俺の中にとうさんがいる。

 生体肝移植せいたいかんいしょくを受けたのだ。

 あげる方のドナーがとうさんで、貰う患者のレシピエントが俺だった。

 俺の予後が悪くて、ベッドで唸っている間に、とうさんは身まかられた。

 阿王あおうただしと名の通り、義理と正義を貫いてくれたとうさんに申し訳ない気持ちで一杯だ。

 これが、俺の弱点になる。


「俺なんて、いなくなればいいと、腹にパンチをしたいときが幾夜あったか」


 物思いに耽っていたときだった。


「ウグアアア……。小童らめ、どこへ消えた?」


 しまった、闘いの最中だった。

 俺の両頬をペシペシと叩いた。

 目覚めろ、がい


「さて、『きんじられた江戸川包えどがわづつみ』と名付けた作戦で行こうじゃん」


 バチくんとキャラケンくんも揃う。


「おおー、首がもげるかと思ったっす」

「そのガタイなら大丈夫だと思うよ。華奢で華麗な僕なんかに比べたら」


 ラゴくんとシッタくんも江戸川の上空に集まった。

 俺達五人は、空中で阿修羅あしゅら会議かいぎを開いた。


「分かり易いやんな」

「そうっすね」

「分かった。僕が主役だ」


 残念だが、キャラケンくんが主役ではない。


「ワタクシ、がんばりますデス」


 この策は、シッタくんの活躍に掛かっている。


「シッタくん、俺達もサポートするじゃん。援護は任せて欲しいじゃんね」

「了解しましたデス」


 シッタくんの六角形の瞳が燃え立っている。

 厳密に言えば、瞳の中に炎が投影されているようだった。

 どういった素性かを訊くのは失礼に当たるので、今は阿修羅あしゅらの仲間でいたい。


 俺達五人は、先ず江戸川えどがわ帝釈天たいしゃくてんを転がせたいと、気持ちを一つにした。


阿修羅大王あしゅらだいおうと『阿修羅あしゅら四王よんのう、ここに集いたり!」


 バ、ババババン。


「うわー、俺、ヒーローみたいでもう言葉がないじゃん」

「なりたかったのデス? リーダー」

「俺、アシュリーダー? それ、よすぎじゃんね」


 四王よんのうもそれぞれ、王だ。


 きちんと呼べば、美久羅みくら素思もとしくんの羅睺らごう阿修羅王あしゅらおう稚田わさだ篤幸あつゆきくんの婆稚ばち阿修羅王あしゅらおう馬酔木あせび咲華さきかくんの佉羅騫駄きゃらけんだ阿修羅王あしゅらおう摩耶まやこうくんの毘摩質多羅びましったら阿修羅王あしゅらおうとなる。


「とにかく、阿修羅あしゅら衆に違いないじゃん」


 五人とも飛翔しながら、帝釈天たいしゃくてんの攻撃範囲に入らないようにする。

 輪になって中央へ拳を突き出した。

 五人が星のように輝き出す。


「我なり。がいよ、『スーパー天地鎧ガイナーオン』を果たすのだ」


 大王の声が俺を通じて、響き渡った。

 まるで、阿修羅琴あしゅらきんの調べのように。

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