第2話 興福寺で初の天地鎧

 俺は、特に寺社仏閣に興味がある訳ではなかったが、ここへ来て、ぞわぞわする。

 奈良なら東大寺とうだいじで拝観した四天王してんのうぞうには、圧巻の思いだった。

 

 さて、今は奈良なら興福寺こうふくじ国宝館こくほうかんを見学している。

 余すところなく見て回ったが、国宝阿修羅像あしゅらぞう前は特別だった。

 三面六臂さんめんろっぴの顔は、鋭く尖っており、眉根を寄せている。

 もとどりは一つに垂髷すいけいとして纏められ、顔は耳までしっかと見える。

 修羅界、人間界、天界の様相を呈し、また、少年期、青年期、成人期を表してているとも言われてる。

 それぞれの腕は、肩から左右対称に伸び、手を合わせ、中空も、天に向けも持つものはない。

 そもそもは、修羅界にいるときの天を向いた両手は、左手は日輪にちりん、右手は月輪げつりんを持っていた。

 日蝕や月蝕を引き起こせる力も持っていた、戦神のなごりだろう。

 人間界にいるときの中段の両手は、元々は、左手に弓、右手に矢を持っていた。

 天界にいるときの手を合わせている下段の両手は、印をし、仏法に帰依したことを表す。

 手首や腕の高い所に、装飾があり、古代インドの王子のなごりが見られる

 闘いに自信があるようで、上には条帛じょうはく、下にはゆったりとした艶やかな模様入りの腰巻を身に着けている。

 草履は、鼻緒が青の板金剛いたこんごうと呼ばれるものだ。


「皆が次へ行ってしまったじゃんね。俺だけ金縛りみたいに、ここから動けないじゃん」


 騒がしいな。

 足音が沢山聞こえた。

 上空からだ。

 トゥルン……。


「ん? どこからか美しい音色が聞こえて来るじゃん」


 トゥルンルンルン……。

 シャララララン、ツァルルル……。


「これは……。琴じゃんか」

『――阿王あおう阿王あおうがい

「だ、誰かいるんじゃね? 呼び捨てはやめとけって、全く関係ない呟きじゃん」


 俺は周りを見回したが、まさかのスチール、俺一人だった。

 さっきまでいた班の連中も合流できると思っていた美久羅みくらくんもいない。

 俺は異世界へ呼ばれてしまったのか。

 朱がたぎった炎模様の中にいた。


『我は、阿修羅大王あしゅらだいおうなり。信仰心の篤いお主に我が力、超感覚ちょうかんかくを授けよう。お主の眼前に放った金の輪、『灼熱しゃくねつ腕釧わんせん』を用いて、『天地鎧ガイナーオン』を果たすのだ。我が降臨することによって、力を得られる」

「ほー。そうなんじゃん」


 俺の突っ込み先は、そこではない筈だ。

 黒歴史が幕を開けようとしているのか。


『お主には、超聴覚ちょうちょうかくだ。これも磨けば技となる』

「俺が、ヒーローみたいになれるじゃん! とうさんと行ったショーみたいじゃんか」


 俺には、小さい頃は父が健在していた。

 遊びに連れて行く天才で、大好きを探すのも秀才で、俺は、とうさんをとても尊敬している。

 中でもヒーローにはドはまりし、モデルを続けていれば、いつかなれるのかと思っている。

 俺が九十九勝一敗のヒーロー歴は、父の優しさで成り立っていた。

 本当は、父さんに勝てる訳がない。


「そうじゃん。懐かしいヒーローになってみるのも夢じゃん」


 俺は、『灼熱しゃくねつ腕釧わんせん』をカラリと手首からはめて、回しながら腕を上げる。

 肩の方へ行くと留まった。


「ハハ、冗談でもいいじゃん。そりゃあ! 天地鎧ガイナーオン――!」


 バリバリと体中を電流に絡まった火炎が走るようだ。


「はあああ……! ぐっ」


 俺の魂が半分憑依されたのかと思ったが、これが降臨か。

 体中に力が漲って来る。


「う、うぐお……」


 ぐっと拳を胸元に引き寄せてみると、筋肉の山並みも凄いのなんの。


「我だが、心が一つとなったのを感じよう」

「あ、ああ……」


 先程とは異なり、声が腹から出ている。

 大王と俺とが一心同体となったのだろうか。


「どうしたんじゃん? ブレザーじゃないじゃんね」


 制服は、蒸発したようだ。

 俺の体はシュウーと炎に焼かれたようになっている。


「我がお主からいなくなれば、元の姿に戻ろう」

「それなら、問題ないじゃん」


 ちょっとセクシーな俺の姿は、目の前の阿修羅像あしゅらぞうと同じになっている。

 先ず、全身の体色が土のように赤くなっている。

 上には大きな金の装飾を首に巻き、緑の条帛じょうはく、下には赤い色をした腰巻を身に着けている。

 草履は、鼻緒が青の板金剛いたこんごうと、つま先までお揃いだ。


大王だいおうは配下に四王よんのうがおる」

「誰じゃんね?」

羅睺らごう婆稚ばち佉羅騫駄きゃらけんだ毘摩質多羅びましったらだ。邂逅し、力を合わせるがいい」


 そこで、俺はリーダーのような大王になったのだと理解した。


「待てよ。俺が、この立派な阿修羅大王あしゅらだいおうだなんて、どうして、選ばれたじゃんね?」

「ウオハハハ」


 腹からの笑い声が轟いた。

 随分と大きな声だったが、異世界の外にいる班には聞こえないのかと思う。


「お主に阿修羅琴あしゅらきんが聞こえたからだ。愛娘、舎脂しゃちーを強奪した帝釈天たいしゃくてんから救うのが使命だ!」


 バババンと俺に響く。


「おいおい、さり気なく大切な話じゃん」


 目の前の阿修羅像あしゅらぞうが、地味に彩色された口を大きくして、言の葉を奏でた。


「戦いながら、がいよ、お主と阿修羅琴あしゅらきんで話ができる。先ずは舎脂しゃちーを探して欲しい。我はお主の体で愛娘との再会を望む」

「よっし、俺もヒーローじゃん。とうさんも喜ぶってことじゃんね。いっちょ、やってみるべし」


 先ずは、舎脂しゃちー様を呼び続けてみた。


舎脂しゃちー様――。いらしたら返事をして欲しいじゃんね」


 それには、帝釈天たいしゃくてんは、どこにいるのか。

 それを捜すのが先かも知れない。


 ◇◇◇

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