凱の阿修羅琴よ、なびけ

いすみ 静江

第1話 修学旅行で再会

「おい、がい! 阿王あおうがいやん」


 俺は、懐かしい声に呼ばれた。

 清水寺きよみずでらでの詰まらない集合写真なんかにモデルの俺が写るのもなんだかなと思っていた所だ。

 スラリとした身長を活かして後列に並び、誰かの影に入ろうかと顔を動かしていたとき、小山が動く。

 カメラマンの後ろから、大きく手を振る野郎の姿が見えた。


「おー。悪友、美久羅みくら素思もとしくんじゃん」

「久し振りっちょ。凱こそ、右の瞳が金で左が銀の件で弄られたりしてないやんな? 元気やんね?」


 雛飾りのような写真から解散すると、俺は、一目散に、美久羅みくらくんに駆け寄って、握手した。


「んだよ。俺も平和なせい学園がくえん高校へ入ったじゃん。前は、ガチャガチャとか言われていたけれども、ただしとうさん譲りの自慢の瞳なんだ」


 秋色の風が頬を撫でると、俺の翠髪すいはつがなびいた。

 前髪と襟足が少し伸びてしまったが、高校からはおとがめなしだ。

 俺が読者モデルをするのも母の阿王あおう澄花すみかとの母子家庭だから、バイトとして許可されている。

 細い顎すじに手を当て、久し振りに忌憚のない俺の瞳コンプレックスをぐっさぐさにする美久羅みくらくんへ、口笛をひゅっと吹いた。


「悪くしか言われへんのは、知り合い未満やん」

「でさ。どうして、美久羅みくらくんこそ清水寺きよみずでらへ来たんじゃんよ?」


 大勢の中から一際目立つ、彼の容貌が俺は好きだ。

 彼の眉は美しい山を描いており、目が鳶色で、睫毛がなんと十五ミリのバサバサ愛らしさ。

 髪は深緑で肩のあたりでばさっと切られており、頬がキュートな餅ぷになのを隠している。


「おーい、阿王あおう。カメラマンさんが写真オッケーか聞いて来たよ。特別に」


 班長の田仲たなかくんから、ポラロイド写真を拝見する。


「俺ってひょっとこじゃんね?」

「ぶひょ! お前、口尖らせて写真に写ってたやん」


 美久羅みくらくんが話し掛けたのは、宇宙の果て行きか。

 ドンパッチョな君の仕草で、結果が読者モデルの営業妨害だとしても内緒にしておこう。

 知らぬ顔をして、口笛を吹く瞬間のダサ顔記録だ。

 こんな黒歴史、助けて黒騎士と叫びたい。


「いやあ、久々じゃん。美久羅みくらくん。千葉ちば夷隅海岸いすみかいがん高校へ行っても変わんないじゃんね」


 親しい野郎に出会えると嬉しいものだ。

 特に餅がむしろもっちりして来たと伝えたかったけれども、それも内緒だ。

 俺達ブレザーの中に、学ランの美久羅みくらくんが一人。

 寂しいだろうと、わちゃわちゃしている中から逃れた。


「あんな。オレやね。クラスの皆、東京とうきょうの高校へ留まったから寂しかったんやで」

美久羅みくらくんは、お祖父さんらと暮らすことになったんじゃん。仕方がないじゃんね」


 そのとき、風が強かった訳でもないのに、目を細めた。


「修学旅行は、がいの正学園高等学校も一年生の九月だったやんね」

「そうか。美久羅みくらくんも修学旅行か」


 俺、とろいかも。

 清水寺きよみずでらで再会して、高校生が修学旅行以外になにがあるのか。


がい――! こっちいやで」


 や、いないな。

 いつの間にか美久羅みくらくんの凧の糸が切れた。


「おい、恥ずかしいじゃん。大きい声出すなって。子どもと同じじゃんよ」


 清水寺きよみずでらの舞台の端へと二人体重を寄せる。

 もしかしたら、俺達の体重で軋んでしまうかも知れないとも思った。

 美久羅みくらくんが頬を染め、視線を逸らした。


「そのBL展開やめや。がい……」

「俺、お尻なんて触ってないじゃん! 不可抗力じゃんね!」

「もっと、抱いてもええやんよ。がいやし、胸板逞しいし」

「どこがじゃん! 品を作るのも駄目じゃんね。オージーザス!」


 美久羅みくらくんが、舞台の下を覗いてチラチラと俺を振り返る。

 

「そだ、こっち来いやあ。清水きよみずの舞台から飛び降りてみーや? がい、文武両道だしやな」

「勘弁、勘弁じゃんよ」


 それから、暫くお互いの近況を報告し合って、ゲラゲラ笑っていた。

 会えて嬉しい。


美久羅みくらくんさ。それより、いいお湯呑み茶碗あったかな? かあさんが送り出してくれたのだし、お土産あるといいじゃんね」


 ポンと肩を叩かれた。

 てっきり、突き落とすのかと思った。

 ヒイイイイイ。


「なら、いい店あったや」

「マジ? 俺、今日は美久羅みくらくんに運命を感じるかもじゃんね」

「かもかいな。かもが余計なや。オレやな、鴨南蛮はネギ抜きでいける口やで」


 話をしながら、美久羅みくらくんと本堂から下って行く。

 

「お湯吞み茶碗やんね。先にゲットしたんはオレや」

「だから、三度目になるけどさ。どんなのか、絵に描いて――」


 そうだった。

 美久羅みくらくんは、ピカソの『おんな』級の天才だった。


「俺が、美久羅みくらくんの家に遊びに行くじゃんね。そのときにでも、そのお土産を見せて欲しいじゃん」


 参道の土産物を見て行くとこちらでも目が肥えそうだ。


「俺は、かあさんが月々工面して修学旅行代金を支払ったことを分かってるつもりじゃん。だから、お湯呑みは毎日使えて、それでいていい物を選びたいんじゃんね」


 一つ、店の奥で、深緑の地に椿の凛とした姿のお湯吞み茶碗と出会った。


「お客様、お買い上げありがとうございました」


 さて、用事が済むと、バスの待つ駐車場へ戻らなければならない。


「そうだ、俺もスマートフォン買って貰えたんじゃん。連絡できるようにしとこうじゃんね。美久羅みくらくん」

「ああ、入学祝いってヤツやな。おめおめ。なら、LISUリスを通信で登録しようや」


 俺達は、ピピッと交換する。

 実は、LISUへの登録は、初めてだ。

 相手が美久羅みくらくんで嬉しかった。


「この後、どこへ行くんじゃんね?」

「オレらは、興福寺こうふくじへだなや。がい

「ああ、阿修羅あしゅらぞうのか。俺達はバスで全員集合後、班行動で同じく行くじゃんよ」


 よっしゃーと、拳を突き合わせた。


「会えるのが楽しみじゃん」

「オレやってそうやん」


 ◇◇◇

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