第4話 声明

『昨日から1日が経ち、皆さん色々な憶測が飛び交った事と思います。心して聞いていただきたい。どうか、パニックを起こさないようにお願いしたい。』


(パニック?一体何が発表されるの?)


手には汗が滲む。父と母の顔をパッと見ると真剣な表情をしている。自然と心拍数も上がってきた。


『今夜10時頃、地球に惑星Xが衝突します。各国の政府関係者と数ヶ月前から密談して参りましたが、どうやっても避けられるものではなく、この現実を世界中の誰しもが受け入れなくてはなりません。非常に残念で無念ですが…地球の命は残り9

時間ほどなのです。』


「え?嘘でしょ?だっていつも何かの隕石が近づいて来たらニュースになるじゃん。突然、地球は終わりですなんて言われても信じられないよ!ね!お父さん、お母さん!」

「………」

「ねぇ!私達死んじゃうの?嫌だよそんなの!」

父と母は青ざめた顔で、言葉を失っていた。

母の目からは涙がとめどなく流れる。

私も気付いたときには涙が止まらなくなっていた。




あの発表を聞いてからどれ位経っただろう。

私達はその場から動けずにいた。


ティッシュで鼻をかみ、時計を見る。

(2時か。残り8時間しかないんだ…嘘みたい。)


母が突然立ち上がって台所に向かう。食器棚から皿を出している。


カチャッ


テレビの前のテーブルに置いた。

3枚の皿が重なっている。


「これ、みんな覚えてる?梨花が幼稚園の時に陶芸体験で作ったお皿。みんなやったことなくて苦戦しながらつくったよね。」

「あ、ちょっとだけど覚えてる。模様入れたよね、ほらここ!」


梨花がつくった皿には、桜模様が無造作に散りばめられていた。


「懐かしいねー。でも、よく取ってたね。すっかり忘れてたよ。」

「だって、食卓には出せないでしょ?思い出のお皿だもの。ずーっと仕舞ってたの。」

「これ、もしかして使うつもり?」

「そう。だって、もう地球が終わってしまうんだもん。最後に相応しいでしょ?」


母の寂しそうな笑顔を見てるのが辛かった。


「なんか皮肉だね。勿体なくてずっと使えなかった皿を、最後の時に使うなんて。あんまりだよ…。」

「そうだな。お父さんも悲しいよ。こんなの、映画の話だろって感じだよな。」


あの声明以降、初めて口を開いた父の顔も悲しげだった。


「…なんだか信じられないよね。あと数時間しか生きられないなんてね。でも、お母さん思うのよ。みんなと一緒にいるときで良かったぁって。」

「そうだね。確かに。みんなバラバラな時じゃなくて良かったよ。」

「これが本当の最後の晩餐になるね。みんなのリクエスト教えてちょうだい。材料は昨日買い込んであるから揃ってるよ。」

「さすがお母さん!」

「でしょー!任せなさい。」




無理にでも明るく振る舞っていないと、とてもじゃないがやり過ごせなかった。 


永井家の最後の晩餐が幕を開ける。

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