第181話 グータラ皇帝の最期?の一日

「おはようございます、陛下」


「うん、おはよう」


 神聖暦しんせいれき1330年。僕はよわい62歳になっていた。最近は、無理矢理むりやり起こされる事もなく、朝ではない、が、昼でもない時間に起きる。



 なんか張り合いがないな~。フルーラだったらとか、アンディだったらとか、思い出す。


「いやっ、勝手に殺さないでくださいっすよ」


「あっ、アンディ、生きてたんだ?」


「ついに、ぼけたっすか?」


「ん?」



 まあ、アンディもフルーラも相変わらず元気だった。フルーラは、66歳になって、皇帝直属騎士団の騎士団長は退いたものの、後進の育成いくせいの騎士学校の校長となっていた。


 アンディは63歳、相変わらず護衛騎士として働いている。まあ、昔ほど動けないそうだが。で、近衛団このえだんの騎士団長は、アンジェちゃんが、そして、皇帝直属軍の騎士団長はグリフォス君が、やっている。アンジェちゃんは、38歳に。グリフォス君は35歳。それぞれ家庭ももって幸せそうだった。



御祖父上様おじじうえさま、おはようございます」


「おお、カール、おはよう」


 カールも、ヴァルダに帰って来ていた。理由は、ルシェリアさんが病に倒れたからだった。一昨年おととしより体調を崩し、今年に入って病床についた。心配だけど、ジークはまた戦場にいる。少しはルシェリアさんのそばにいろよな~。



 そして、今は、カールがルシェリアさんに代わり、ボルタリア王国の政治の表舞台に立っていた、14歳なのに偉いものだ。そして、僕が元々名乗っていたクッテンベルク宮中伯きゅうちゅうはくを名乗って、クッテンベルク宮殿に住んでいる。


「御祖父上様の栄光ある名前を引き継げて光栄です」


 だってさ~、可愛いよね、カールは。


 で、その隣にいる女性からも挨拶される。


「おはようございます、御義祖父様」


 両手で、スカートのすそをつまみ片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足のひざを軽く曲げ、背筋せすじは伸ばしたままあいさつをする。 コーツィという挨拶だ。懐かしいな~。



 昔、僕とエリスちゃんが結婚した時に、御祖父様おじいさまが連れて来た、一応、奥さんだった。その当時のブリュニュイ公ヨーク4世の五女のベアトリスさんが、やっていた。急にそんな事を思い出したのだった。散々さんざん、ランド王国に行ったりして見てたのになんでだろ?


 で、僕に挨拶した女性は、カールの婚約者だった。まだ、カールは14歳。結婚は早いが、婚約者として、ヴァルダで一緒に生活はしているのだった。


 名は、ブロンセちゃん。この名を聞くと、シャロロ君の奥さんで、不倫問題で幽閉された方を思い出すが、もちろん別人だった。



 現在のランド王国国王フェラード6世さんの異母妹いぼまいで、年齢はカールと同じく14歳だった。仲良くやって欲しいものだ。



 で、カールと、ブロンセちゃんだが、別に、ランド王国で知り合ったわけではないそうだ。カールはルテティアにいて、ブロンセちゃんは、ブランズ地方で暮らしていて、面識めんしきはなかったそうだ。


 それで、2人の婚約をすすめたのは、ランド王国側だった。そう、エグレス王国との対立が激化げきかしていたのだ。その一番の原因は、王位継承問題だった。


 今のエグレス王は、エドワルド3世。先代のエグレス国王と、フェラード4世さんの娘さんにして、不倫事件の密告者みっこくしゃとなったオリフィアさんとの息子だった。


 という事は、男子直系ではないものの、ランド王国の王族の血は継いでいると主張、ランド王国に介入し始めていた。戦争にはなっていないが、いつ全面戦争に発展するか分からない。


 そこで、ランド国王である、フェラード6世さんは、後方の安全を確保する為に、マインハウス神聖国との関係を強化する目的で、カールと、ブロンセちゃんとの婚約を推進したのだった。



 もう、完全に政略結婚だが、2人が仲良さそうだから、よしとしよう。





 僕は、特には用事が無いが、本宮殿ほんきゅうでんに顔を出す。本宮殿では、ボルタリア王国の大臣や執政官しっせいかん政務官せいむかんの方々が、仕事を行っていた。



「これは陛下、いかがされました?」


「いやっ、特には、用事ないんだけど、ちょっとね」


「そうでしたか」


 僕が、昔使っていた執務室しつむしつのぞくと、ちょうど宰相さいしょうのパウロさん、内務大臣のヤン君、そして、外務大臣のユージフさんが会議を行っていたようで、3人の視線がこちらへ向き、パウロさんに声をかけられたのだった。



 僕は、部屋の中にアンディと共に入っていった。


「で、ボルタリア王国はどうなの、ヤン君?」


「あの〜、そろそろヤン君は……。そうですね〜、陛下の政策せいさくで良好ですね。特に、ここヴァルダには、イダヤ人の流入や、ダリアの商人により支店も開かれ、金融業きんゆぎょう、商業共に良好ですね」


「そうなんだ」


 それを聞いて、今度はユージフさんが、


「まあ、ですが、人口の流出もあり、人口自体は増減なしってところでしょうか?」


「そうなの?」


「はい、これはマインハウス神聖国自体に言えるのですが……」


 そう言いつつ、ユージフさんは、こちらへ体ごと向ける。まあ、若いうちから貫禄かんろくあったけど、悪い意味で貫禄が増した。椅子が可哀想かわいそう


「うん」


「陛下のおかげで、マインハウス神聖国国内が平和になり、傭兵ようへい生業なりわいとする者達が、乱れているニーザーランド、ランド王国、エグレス王国、そしてダリア地方へと流出しておるのです」


「そうなんだ〜」


「まあ、マインハウス全体では、人口は増加なのですが、ここボルタリア王国は国王が、あれですので……」


「あれか~」


「はい」


 という事らしい。って、意味わかんないよね?


 まあ、要するにジークは、相変わらず、傭兵のように、戦場で戦っているが、ボルタリア王国の貴族の反発や、騎士達の家族からの非難ひなんで、ボルタリア王国内で、傭兵を募集ぼしゅうして連れて行くようになったのだった。


 で、戦費せんぴも、戦地で調達し、ボルタリア王国の経済には、響かなくなってはきているようだった。まあ、多少はあるけどね。国王居ないし。



「まあ、ですが、ボルタリア王国もマインハウス神聖国も落ち着いております。陛下は安心してお休みください」


「永遠に?」


 パウロさんに言われて、僕は冗談で返すが。


「や、やめてください、縁起えんぎでもない」


「ハハハハ、ごめんね。じゃあ、後は頼んだよ」


「はい、かしこまりました……後は?」





 で、僕は昼の礼拝れいはいして、その後、家族で集まって昼食を食べるのだが。


「ああ、僕は、なんかさっぱりしたものを一品で良いよ。だけど、ワインはもらうかな」


「グーテルさん、大丈夫ですか?」


 エリスちゃんが、心配そうに聞いてくる。そうなんだよね~、最近食欲が無いのだ。


「大丈夫だと思うよ、暑いから夏バテだよ」


「そうですか? ですが、いつもはならないように思いますが……」


「そうだけど、今年は特別暑いんじゃない?」


「そうでしょうか?」


 エリスちゃん、心配し過ぎだよ~。





 食事が終わると体を軽く動かす為に、ヴァルダ城内を散歩する。そして、そのまま、ヴァルダ城から、城下町マージャストナへと続く、石段へと向かうと。



「グーテル様、申し訳ないっすが……」


「ああ、ごめんごめん、アンディ」


「いえっ、今、アンジェを」


 そう言って、他の護衛を残して、新宮殿へと向かい、アンジェちゃんがやってくる。


 こう見ると、アンジェちゃんは、本当にフルーラに似ている。まあ、もうアンジェちゃんっていう歳ではないと言われるけどね。



「すみません、お待たせ致しました陛下」


「いやっ、いいよ。さあ、行こうか」


「はい」


 僕と、アンジェちゃん達は、石段を下る、今見るとかなり急な階段だった。慎重に一歩一歩降りる。


「ですが、アンディ様も、このような石段降りれないのであれば、隠居いんきょされれば良いのですのに」


「ハハハハ、アンディは、僕の為に若い頃から無茶して戦ってきたんだよ。だから、体を酷使こくししてさ〜。本人が僕のそばを離れたいって言うまで、本人の好きにさせといてあげてよ」


「そうですか……。出過ぎた事を言いました、忘れてください」


「うん」



 僕達は、マージャストナに降りると、元々、カッツェシュテルンだった場所の前に立つ。カッツェシュヌルバールトという看板がかけられ、工事中だった。



「これは、これは、殿下、お久しぶりです」


 えっ、マスター?



 僕は、一瞬、そう考え、思い直す。そうだった、マスターはもういない。遠い空の向こうに行ってしまったのだった。



 だけど、目の前にいる男性は、マスターに似ていた。マスターの息子さんのハンス君だった。


 昔のハンス君は、スラッとしていたが、今は、マスターのようにガッチリした体格になっていた。そして、肌の色は、だいぶ白いものの、その濃いひげが特徴だった。


 だから店の名前もカッツェシュヌルバールトとなったのだろうか? 意味としては猫の髭といった所か?


「自分でやってるの?」


 お店は、改装中だった。そりゃそうだ。僕がマスター連れてヴァルダにやってきて、40年以上が経っている。建物は良いとして、中はだいぶ古くなっていた。



「ええ、ある程度は。自分でやらないと気が済まないたちなのですよ。こういうところも親父に似たんでしょうかね?」


「そうかもね」


「しかし、親父もあの年齢で、旅って馬鹿ですよね~」


「そうだね」


 そう、奥さんを亡くされたが、マスターとガルプハルトは、数年前にマスターの故郷を目指すと言って出かけて行った。もう79歳と74歳、皆がとめたのだが、無駄だった。その後は、消息不明。どこいんだろうね?


「さて、もう少し頑張ろうかな?」


 ハンス君は、そう言いつつ、お店の方を振り返る。


「そうか、頑張ってね」


 僕は、そう言うと、ハンス君に背を向け、歩き始めた。


「殿下、お店、改装終わったら、必ず来てくださいね」


「うん」


 僕は、そう返事すると、マージャストナをちょっとぶらぶら歩き、城へと戻る石段を登り始めた。



 うん、今日は疲れたな~、早めに寝よう。僕は、早めに新宮殿に戻り早めに寝る事にしたのだった。





「では、陛下、お休みなさいませ」


「うん、アンジェちゃん、お休み」


 アンジェちゃんが、部屋から出て行くと。


「さて、見るべきものは見て、やるべき事はやった。満足だよ」


 僕は、誰に言う事なくつぶやいた。


「お休みなさい」





「グーテルさん、おはようございます」


「グーテルさん?」


「グーテルさん!」


 あまりに起きてこないグーテルを心配して、起こしにいった皇妃エリサリスによって、グーテルが、呼吸していない状態で冷たくなっているのを、発見されたのだった。



 こうして、マインハウス神聖国皇帝グルンハルト1世は、62歳で眠るように死んだ。


 神聖暦1330年の8月24日の事だった。

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