第179話 新たなヴィナール公とフランベルク辺境伯

 こんなボルタリア王国のゴタゴタの間に、もっと大変な事がヴィナールにおいて起きていたのだった。



 時を少し戻そう。時は神聖暦しんせいれき1320年、聖者せいじゃ生誕せいたんを祝う祝祭しゅくさいだった。



 ヴィナール公国の公都ヴィナールにあるヒールドルクス宮殿。その宮殿は、広大こうだいで240000㎡という大きさをほこる。その広大で壮麗そうれいで、豪華ごうかな大宮殿の、また豪華で華美かびな大広間にて、パーティーは行われていた。



 壮麗な宮廷音楽が流れ、ダンスを踊る。まあ、ダンスと言っても、男女ペアで踊るわけでは無く、ラウンドダンスといって、円になって踊るものであった。



 ダンスを踊る者、ワインを片手に歓談かんだんきょうじる者等、大広間は大勢の人々でにぎわっていた。


「ウッ、ウウ、ウッ」


「ドサッ!」


「キャー!」


 誰かが、倒れる音がし、さわがしい大広間に、つんざくような女性の悲鳴が響く。



 見ると、2人の男女が倒れていた。それを見て慌てて警備の騎士が周囲を取り囲み、2人への接近を阻止そしし、医者が駆けつけてくる。



 医者は、女性に手を伸ばし、首を左右に振るが、男性を触った瞬間だった。


「生きてるぞ! 水、水を!」


 慌てて、騎士が水の入ったつぼを持って、駆けつける。


 医者は、持ってきた医療カバンから、チューブを取り出すと、無理やりのどに、チューブを差し入れ、漏斗ろうとを取り付け水を流し入れる。


「ガハッ」


 男は、胃の内容物を吐き出し、周囲にきつい匂いがただよう。騎士達が顔をしかめる中、医者は、さらに、水を流し入れ、吐き出させつつ。


「中和剤を作ります。私の部屋に取りに行って下さい」


 数人の騎士が走り、薬剤を持って駆けつける。と、医者は、薬剤を混ぜ合わせ、男に飲ませる。


「後は、本人の体力次第です」



 男は、騎士達によって部屋へと運ばれ、ベッドに寝かされる。


 そして、騎士達は、医者の助言を聞きながら、捜査、犯人の特定を急いだ。





 僕が、この事実を知ったのは翌年になってからだった。


 どうもヴィナール公国の様子がおかしいと、オーソンさんからの報告が入り、フランベルク辺境伯にいる次男のシュテファンから、トンダルがヴィナールから帰ってこないという連絡があり、オーソンさんにヴィナールに向ってもらい、探ってもらってようやく、事態じたい把握はあくしたのだった。


 どうも、オーソンさんの情報網が、弱体化じゃくたいかしているようだった。



「その申し訳ありません。先代から受け継いだのですが、中々、世代交代が難しく、皆、年齢のせいで……」


 えっ、先代? いつの間にか、代わっていたの? 


「えっ、先代って……。え〜と、オーソンさんだよね?」


「はい、私もオーソンです。代々、オーソンを受け継ぐようにと言われておりまして、ああ、先代とは、血のつながりありませんが……。それで、先代は、ハウルホーフェで、悠々自適ゆうゆうじてきな生活をされていますが、呼んできましょうか?」


 そうなんだ~。オーソンさん、別人になっていたのか……。


「いやっ、大丈夫だよ。それより、ヴィナールの方は?」


「はい、暗殺事件があったようです」


「えっ、で、誰が亡くなったの?」


「はい、ヴィナール公の奥方様である、エリザベート様です」


 エリザベート……。本当に似た名前が多くて困る。エリザベート、エリザベート、エリザベート……。あっ。


 え〜と、ミューゼン公国の宰相位さいしょういを、ロートレヒさんと争った。え〜と、先代ミューゼン公の弟さんのステファンさんの娘さんだったかな?


 うん?


 ちょっと待てよ。ステファンさんは、亡くなり、権力の中枢ちゅうすうにいない。ミューゼン公国との関係を強化する為の政略結婚だとしたら……。邪魔になって……。いかん、いかん。先入観にとらわれてはいけないのだ。


「エリザベートさんが、亡くなった他に、被害者は?」


「はい、フランベルク辺境伯トンダルキント様が、命は取り止めましたが、一時、意識不明いしきふめい重体じゅうたいだったようです」


「えっ!」


 それを、早く言ってよ~。


「オーソンさん、アンディに声かけてきて。急いで、ヴィナールに向かうから」


「はっ、かしこまりました」


 僕は、急いで支度したくを整えると、エリスちゃんに一声かけ、ヴィナールに出発したのだった。



 急いでヴィナールに向かったが、290kmある、一日で走りきれるものでもない。何より馬も僕の体力ももたない。3日ほどで、ヴィナールに到着した。



 途中国境を越え、ヴィナール公国に入り、国境の街で、身分をたずねられたが、


「これなるは、マインハウス神聖国皇帝グルンハルト陛下なるぞ!」


 というアンディの一喝いっかつで、守備の兵士達は慌てて平伏へいふく、僕達は、街の中に入り宿泊した。


 まあ、いちいち許可をとる暇がなかったのだが、本当は先に連絡しておかないといけないのだけどね。



 そして、翌朝、ヴィナールより、迎えの騎士達も来て、僕達は、急いでヴィナールへと向かったのだった。





「トンダル、大丈夫?」


「はい、大丈夫です。一応、命は」


「そう、良かった」


「グーテルも暗殺されかけたそうですが、嫌な世の中ですね〜」


「本当だね。で、完全復帰は出来そう?」


「それなのですが……」


 トンダルは、かけていた毛布をめくり、足を僕に見せる。


「どうやら、足の感覚が戻りませんで、もしかしたらですが、これから歩く事は不可能になるかもとの事です」


「えっ」


 僕は、トンダルの足を見つめる。


「そんな顔をしないでください。もしかしたらなのですから」


「そうか~、そうだね」


 僕は、あんまり考えないようにした、トンダルの言う事を信じるようにしよう。


「それで、犯人って、分かってるの?」


「いえっ、分かってない事に、なっております」


 ん? どういう事?


「そう」


「ただ、弟のオルセンは軟禁なんきんされていて、私は、ヴィナール公国の共同統治者きょうどうとうちしゃという事になっています」


「えっ。オルセン君が軟禁? で、共同統治者ね〜」


 という事は、オルセン君が犯人だという事なのだろう。だけど、公に出来ない、そういう事だろうな。


「はい、そういう事です」


 これ以上は、聞かないでくれ。という事だろうな。


 だけど、聞きたい。う〜ん?


「そう言えば、トンダルは、なんでヴィナールにいたの?」


「えっ、それはですね~」


 トンダルは、少し考えて話し始める。


「ヴィナール公国の領内諸侯達に呼ばれたのです。オルセンに苦言くげんていしてくれと」


「苦言?」


「うん、オルセンが、ヒールドルクス宮殿を、改築してランド王国風の宮廷にして、頻繁ひんぱんにパーティーを開いて、しかも、国内外のお客様を招いて派手に」


「うん」


 これは、うわさで聞いていた、なにせ陽気公だしね。


「このままでは、父上と、母上、それに、兄上が築きあげた、ヴィナール公国が、財政破綻ざいせいはたんで滅びてしまうと……。ヒューネンベルクさんが、引退してからは、一層やりたい放題だったみたいだしね」


「ふ〜ん。それで、苦言を呈しにヴィナールにやってきたと」


「うん。シュテファン君にも迷惑かけるよ」


「うん?」


「やあ、ヴィナール公国にしばらくいるつもりだったから、シュテファン君に、フランベルク辺境伯領の代官を任せてきたからね」


「ああ、そう言えば、そう言ってたね~」


 シュテファンの書状にも、そう書かれていた。



 だけど、それよりもだ、暗殺事件の全容ぜんようが見えた。オルセン君が犯人。これは間違いないだろうな。そして、騎士達は、犯人捜査を行い、突き止めてオルセン君を捕縛軟禁ほばくなんきんした。という事は、騎士達はトンダルを支持しているという事だろうな〜。



 で、オルセン君が、トンダルと、自分の奥さんに暗殺を仕掛ける。理由は、どちらも邪魔だったから。


 現に、オルセン君は、僕に、自分の奥さんがもし亡くなったら、最初はマリーを、マリーが結婚すると、ジークの娘をいずれ妻になんて、気持ち悪い書状を送ってきていた。


 派手好きでパーティー好きの、オルセン君と気の合う奥さんだったのに、可哀想かわいそうにね~。



 そして、トンダルは、ヴィナール公国にやってきて長期滞在、これは、自分からヴィナール公国を取り上げるつもりだと、あせったせいだろうな。


 トンダルに、そんなつもりはないだろうに、良い迷惑だよね~。


「ゆっくり休んでね」


 僕は、そう言うと、トンダルの居室きょしつを後にした。後は、シュテファンがやって来るのを待つか~。



 だけど、オルセン君が、ヴィナール公だった時に、甘い汁を吸っていた、オルセン派?っているのだろうか?


 ひまだし、ちょっとだけ、お手伝いしておこう。ヴィナール公国のお掃除を。





 僕は、まずは、オルセン君を捕らえた騎士達を呼び出し、オルセン君に近しい、近臣きんしんを捕らえ、尋問じんもんするように、マインハウス神聖国皇帝の勅命ちょくめいとして、指示する。



 そして、オーソンさんに探ってもらい、トンダルの支持者で、本当に信頼のおける人物数人を選び出し。じかに会う。



「オルセン派の方々を、騎士団に捕らえてもらったよ」


「ありがとうございます。これで、ヴィナール公国も良くなるでしょう」


「うん、まあ、僕が目を光らせているから、一年や、二年は大人しくしているだろうけど……。オルセン派が、決起けっきして、オルセン君を奪還だっかんして再び政権の座に〜なんて、事になったら、厄介やっかいだよね~」


「はい、そうならないように全力をくします」


「うん。まあ、全力を尽くすのは良い事だけど、オルセン君がいる限りね〜」


 すると、トンダルを支持する方々は、はっとしたように顔をあげ、お互い顔を見合わせて、力強くうなずくと。


「必ずや、陛下の御期待にえるように頑張ります」


「うん、だけど、焦らずに、ゆっくりとね」


「はは〜!」


 トンダルを支持する方々は、ひざまづき、頭を下げて、平伏する。



 そして、1322年のある日、オルセン君と、その子供達が相次いで亡くなり、ヴィナール公国は、トンダルの単独統治する国となったのだった。





 しばらくして、シュテファンが、ヴィナールにやってくる。


「お父様、ご無沙汰ぶさたしております」


「うん、元気だったか、シュテファン?」


「はい、それはもう、ジーク兄さんのいない世界で、それはもう。のびのびと」


「良かったな」


 まあ、弟に対して、うるさいからね~、ジークは。



 僕は、シュテファンを連れ立って、トンダルに会う。トンダルは、まだ病床に居た。



「トンダル叔父おじさん、大丈夫ですか?」


 シュテファンが、トンダルに聞くと、


「ええ、一応は。まあ、完全回復は難しそうですが」


 そう言って、トンダルは自分の足をトントンと叩く。感覚は、戻っていないようだった。


「そうですか~、頑張ってください」


「ああ、頑張るよ」


 と、トンダルが、真面目まじめな顔で、


「それで、お願いがあるのですが、私はこのまま、ヴィナールにとどまろうと思います。それで、シュテファンにフランベルク辺境伯になって欲しいのですが、いかがでしょうか?」


「えっ!」


 僕と、シュテファンは、同時に驚きの声をあげる。


「いやっ、なぜ?」


「ヴィナール公国は、大国です。私が、共同統治者として、ヴィナールを統治すれば、フランベルク辺境伯領の統治がおろそかになります。ヒールドルクス公国もありますし」


 まあ、そう言われてしまうと、そうだけど。


「トンダルの子供達は?」


 すると、トンダルは横にゆっくり首を振りつつ。


「彼らには、私の後の、ヴィナール公国と、ヒールドルクス公国を統治して欲しいのです。それに、シュテファンの才能をこのまま、ただの次男で終わらせるのは惜しいのですよ」


「ありがとうございます」


 シュテファンは、そう言って、トンダルに頭を下げる。


 シュテファンは、優秀なのかな?


 後で、トンダルに聞いたら、シュテファンは政治家として、とても優秀なそうだ。


「グーテルとは、タイプが、違うけどね」



 僕は、考えて、


「分かったよ、トンダル。だけど、決めるのはシュテファンだ。どうしたい?」


「はい、お父様、叔父様、フランベルク辺境伯、つつしんでお受け致します」



 こうして、僕の次男、シュテファンが、フランベルク辺境伯となった。これで、ハウルホーフェ家の支配地は、ハウルホーフェ公国、フランベルク辺境伯領、ボルタリア王国と、広大な領土となった。



 第二次ハウルホーフェ帝国なんて呼ばれていたようだった。

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