第179話 新たなヴィナール公とフランベルク辺境伯
こんなボルタリア王国のゴタゴタの間に、もっと大変な事がヴィナールにおいて起きていたのだった。
時を少し戻そう。時は
ヴィナール公国の公都ヴィナールにあるヒールドルクス宮殿。その宮殿は、
壮麗な宮廷音楽が流れ、ダンスを踊る。まあ、ダンスと言っても、男女ペアで踊るわけでは無く、ラウンドダンスといって、円になって踊るものであった。
ダンスを踊る者、ワインを片手に
「ウッ、ウウ、ウッ」
「ドサッ!」
「キャー!」
誰かが、倒れる音がし、
見ると、2人の男女が倒れていた。それを見て慌てて警備の騎士が周囲を取り囲み、2人への接近を
医者は、女性に手を伸ばし、首を左右に振るが、男性を触った瞬間だった。
「生きてるぞ! 水、水を!」
慌てて、騎士が水の入った
医者は、持ってきた医療カバンから、チューブを取り出すと、無理やり
「ガハッ」
男は、胃の内容物を吐き出し、周囲にきつい匂いが
「中和剤を作ります。私の部屋に取りに行って下さい」
数人の騎士が走り、薬剤を持って駆けつける。と、医者は、薬剤を混ぜ合わせ、男に飲ませる。
「後は、本人の体力次第です」
男は、騎士達によって部屋へと運ばれ、ベッドに寝かされる。
そして、騎士達は、医者の助言を聞きながら、捜査、犯人の特定を急いだ。
僕が、この事実を知ったのは翌年になってからだった。
どうもヴィナール公国の様子がおかしいと、オーソンさんからの報告が入り、フランベルク辺境伯にいる次男のシュテファンから、トンダルがヴィナールから帰ってこないという連絡があり、オーソンさんにヴィナールに向ってもらい、探ってもらってようやく、
どうも、オーソンさんの情報網が、
「その申し訳ありません。先代から受け継いだのですが、中々、世代交代が難しく、皆、年齢のせいで……」
えっ、先代? いつの間にか、代わっていたの?
「えっ、先代って……。え〜と、オーソンさんだよね?」
「はい、私もオーソンです。代々、オーソンを受け継ぐようにと言われておりまして、ああ、先代とは、血のつながりありませんが……。それで、先代は、ハウルホーフェで、
そうなんだ~。オーソンさん、別人になっていたのか……。
「いやっ、大丈夫だよ。それより、ヴィナールの方は?」
「はい、暗殺事件があったようです」
「えっ、で、誰が亡くなったの?」
「はい、ヴィナール公の奥方様である、エリザベート様です」
エリザベート……。本当に似た名前が多くて困る。エリザベート、エリザベート、エリザベート……。あっ。
え〜と、ミューゼン公国の
うん?
ちょっと待てよ。ステファンさんは、亡くなり、権力の
「エリザベートさんが、亡くなった他に、被害者は?」
「はい、フランベルク辺境伯トンダルキント様が、命は取り止めましたが、一時、
「えっ!」
それを、早く言ってよ~。
「オーソンさん、アンディに声かけてきて。急いで、ヴィナールに向かうから」
「はっ、かしこまりました」
僕は、急いで
急いでヴィナールに向かったが、290kmある、一日で走りきれるものでもない。何より馬も僕の体力ももたない。3日ほどで、ヴィナールに到着した。
途中国境を越え、ヴィナール公国に入り、国境の街で、身分をたずねられたが、
「これなるは、マインハウス神聖国皇帝グルンハルト陛下なるぞ!」
というアンディの
まあ、いちいち許可をとる暇がなかったのだが、本当は先に連絡しておかないといけないのだけどね。
そして、翌朝、ヴィナールより、迎えの騎士達も来て、僕達は、急いでヴィナールへと向かったのだった。
「トンダル、大丈夫?」
「はい、大丈夫です。一応、命は」
「そう、良かった」
「グーテルも暗殺されかけたそうですが、嫌な世の中ですね〜」
「本当だね。で、完全復帰は出来そう?」
「それなのですが……」
トンダルは、かけていた毛布をめくり、足を僕に見せる。
「どうやら、足の感覚が戻りませんで、もしかしたらですが、これから歩く事は不可能になるかもとの事です」
「えっ」
僕は、トンダルの足を見つめる。
「そんな顔をしないでください。もしかしたらなのですから」
「そうか~、そうだね」
僕は、あんまり考えないようにした、トンダルの言う事を信じるようにしよう。
「それで、犯人って、分かってるの?」
「いえっ、分かってない事に、なっております」
ん? どういう事?
「そう」
「ただ、弟のオルセンは
「えっ。オルセン君が軟禁? で、共同統治者ね〜」
という事は、オルセン君が犯人だという事なのだろう。だけど、公に出来ない、そういう事だろうな。
「はい、そういう事です」
これ以上は、聞かないでくれ。という事だろうな。
だけど、聞きたい。う〜ん?
「そう言えば、トンダルは、なんでヴィナールにいたの?」
「えっ、それはですね~」
トンダルは、少し考えて話し始める。
「ヴィナール公国の領内諸侯達に呼ばれたのです。オルセンに
「苦言?」
「うん、オルセンが、ヒールドルクス宮殿を、改築してランド王国風の宮廷にして、
「うん」
これは、
「このままでは、父上と、母上、それに、兄上が築きあげた、ヴィナール公国が、
「ふ〜ん。それで、苦言を呈しにヴィナールにやってきたと」
「うん。シュテファン君にも迷惑かけるよ」
「うん?」
「やあ、ヴィナール公国にしばらくいるつもりだったから、シュテファン君に、フランベルク辺境伯領の代官を任せてきたからね」
「ああ、そう言えば、そう言ってたね~」
シュテファンの書状にも、そう書かれていた。
だけど、それよりもだ、暗殺事件の
で、オルセン君が、トンダルと、自分の奥さんに暗殺を仕掛ける。理由は、どちらも邪魔だったから。
現に、オルセン君は、僕に、自分の奥さんがもし亡くなったら、最初はマリーを、マリーが結婚すると、ジークの娘をいずれ妻になんて、気持ち悪い書状を送ってきていた。
派手好きでパーティー好きの、オルセン君と気の合う奥さんだったのに、
そして、トンダルは、ヴィナール公国にやってきて長期滞在、これは、自分からヴィナール公国を取り上げるつもりだと、
トンダルに、そんなつもりはないだろうに、良い迷惑だよね~。
「ゆっくり休んでね」
僕は、そう言うと、トンダルの
だけど、オルセン君が、ヴィナール公だった時に、甘い汁を吸っていた、オルセン派?っているのだろうか?
僕は、まずは、オルセン君を捕らえた騎士達を呼び出し、オルセン君に近しい、
そして、オーソンさんに探ってもらい、トンダルの支持者で、本当に信頼のおける人物数人を選び出し。
「オルセン派の方々を、騎士団に捕らえてもらったよ」
「ありがとうございます。これで、ヴィナール公国も良くなるでしょう」
「うん、まあ、僕が目を光らせているから、一年や、二年は大人しくしているだろうけど……。オルセン派が、
「はい、そうならないように全力を
「うん。まあ、全力を尽くすのは良い事だけど、オルセン君がいる限りね〜」
すると、トンダルを支持する方々は、はっとしたように顔をあげ、お互い顔を見合わせて、力強く
「必ずや、陛下の御期待に
「うん、だけど、焦らずに、ゆっくりとね」
「はは〜!」
トンダルを支持する方々は、ひざまづき、頭を下げて、平伏する。
そして、1322年のある日、オルセン君と、その子供達が相次いで亡くなり、ヴィナール公国は、トンダルの単独統治する国となったのだった。
しばらくして、シュテファンが、ヴィナールにやってくる。
「お父様、ご
「うん、元気だったか、シュテファン?」
「はい、それはもう、ジーク兄さんのいない世界で、それはもう。のびのびと」
「良かったな」
まあ、弟に対して、うるさいからね~、ジークは。
僕は、シュテファンを連れ立って、トンダルに会う。トンダルは、まだ病床に居た。
「トンダル
シュテファンが、トンダルに聞くと、
「ええ、一応は。まあ、完全回復は難しそうですが」
そう言って、トンダルは自分の足をトントンと叩く。感覚は、戻っていないようだった。
「そうですか~、頑張ってください」
「ああ、頑張るよ」
と、トンダルが、
「それで、お願いがあるのですが、私はこのまま、ヴィナールに
「えっ!」
僕と、シュテファンは、同時に驚きの声をあげる。
「いやっ、なぜ?」
「ヴィナール公国は、大国です。私が、共同統治者として、ヴィナールを統治すれば、フランベルク辺境伯領の統治がおろそかになります。ヒールドルクス公国もありますし」
まあ、そう言われてしまうと、そうだけど。
「トンダルの子供達は?」
すると、トンダルは横にゆっくり首を振りつつ。
「彼らには、私の後の、ヴィナール公国と、ヒールドルクス公国を統治して欲しいのです。それに、シュテファンの才能をこのまま、ただの次男で終わらせるのは惜しいのですよ」
「ありがとうございます」
シュテファンは、そう言って、トンダルに頭を下げる。
シュテファンは、優秀なのかな?
後で、トンダルに聞いたら、シュテファンは政治家として、とても優秀なそうだ。
「グーテルとは、タイプが、違うけどね」
僕は、考えて、
「分かったよ、トンダル。だけど、決めるのはシュテファンだ。どうしたい?」
「はい、お父様、叔父様、フランベルク辺境伯、
こうして、僕の次男、シュテファンが、フランベルク辺境伯となった。これで、ハウルホーフェ家の支配地は、ハウルホーフェ公国、フランベルク辺境伯領、ボルタリア王国と、広大な領土となった。
第二次ハウルホーフェ帝国なんて呼ばれていたようだった。
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