第178話 婚約破棄?

「お前とは、婚約破棄こんやくはきだ!」


 ん? 誰だ、馬鹿な事を言っているのは?



 時は、僕達がロマリアより帰国して半年ほど経った、1321年のとある祝祭しゅくさいの日だった。



 僕や、エリスちゃん、そして、息子夫婦であるボルタリア王国国王夫妻に、宰相さいしょうのパウロさんはじめ、大臣の方々に執政官しっせいかん、そして、大勢の領内諸侯りょうないしょこうが集まるこのパーティー会場で、また、目立つような事を。



 僕は、周囲を見回す。そして、女性を指差して仁王立におうだちする馬鹿を見つけた。ボルタリア王ジークハルト。我が息子だった。


 さあ、どうしよう? まあ。



 僕は、静まり返ったパーティー会場に声をかける。


「皆様、申し訳ありません。我が息子、ボルタリア王ジークハルトが余興よきょうで行ったようですが、戦いに明け暮れて、余興とはどういうものか分からなくなっているようです。引き続き、お楽しみください」


「ハハハハ」


 笑い声が沸き起こり、再び広間に喧騒けんそうが戻る。



「で、ですが……」


 ジークはこちらに走ってきて抗弁こうべんしようとするが、僕は一言。


「黙れ」


「は、はい、申し訳ありません」


 う〜ん、どうも、おかしいんだよね~。偉大いだいな皇帝の芝居以来、こう変な迫力はくりょくがあるってみんなに言われる。


 ジークも、僕の一言で、すくみ上がっていた。ふ〜。


「今は、パーティーを楽しみなさい。後で、ゆっくり話は聞くから」


「はい、申し訳ありません」


 その後、ジークは体調が悪いと言って、自室へと戻って行った。


 全くね〜。



 さて、僕は、パーティーを楽しみつつ考えた。ジークは間違っている。まずは、婚約破棄だ! ではない。ジークとルシェリアさんは、結婚しているのだ。となると。


「お前とは離婚だ〜!」


 が、正しい。



 婚約破棄とは、教会から認められた婚約の儀の後40日間の間に、相手に不貞行為ふていこういがあったり、調べてみたら近親婚きんしんこんだった時に、神聖教の許可を得て、行われる事だった。婚約破棄だ〜、の一言で出来るもんでもない。



 そして、離婚だ〜。だけど、こちらも簡単に出来る物ではない。マインハウス神聖国や、ランド王国など、神聖教の影響力の下にある国では、王族の離婚は神聖教教主の許可が必要であり、大変なのだ。


 だから、あちこちで、奥様が暗殺されたり、処刑されたりしているのだ。本当に、この辺は怖いよね~。ちなみに、奥様によって、旦那さんの暗殺もあったりするようだけどね。



 それで、今回の婚約破棄だ〜、だけど。ジークは、ダリア地方に戦いにおもむいていて、最近帰ってきたのだった。まあ、その間も戦費調達せんぴちょうたつに、ちょくちょく帰ってきてたようだったけどね。


「全く、ボルタリア王国が裕福ゆうふくだと言えども、無尽蔵むじんぞうにお金があるわけではないのですがね~」


 パウロさんも、大変そうだった。



 というような感じで、ジークの評判はボルタリア王国において、とても悪い。特に領内諸侯などの貴族に。


 そして、逆に、騎士達の評判はものすごく良い。気前きまえが良くて、騎士達を大事にしているから。常に戦いの場にいる、騎士達は鍛え上げられ、どこぞの戦闘民族のようになっていた。


「父上、ボルタリア騎士の強さ、世間で評判になっておりますぞ。ガハハハ」


 それで、戦いに勝てないのは、余程よほど作戦が悪いのかな?



 まあ、こんなひどうわさも流れてるようだけど。


不敗ふはいの魔王と不勝ふしょうの騎士王」


 酷いよね~。僕って魔王扱いらしい。騎士王の方が格好良いね。


 これって、不敗と腐敗を。不勝と不詳をかけてるのだそうだ。うまい!


 って、えっ、腐敗? 僕って、そんなに悪い政治してるかな~?



 で、その不勝の息子の結婚相手だったが、ルシェリアさんは、本当に才女さいじょだった。


 何か行事があるとボルタリア王妃おうひとして参加し、外交特使がいこうとくしや、他国の王族等の来訪らいほうにも、キチンと出席し、交渉の場に付き交渉する事もあった。だがその時も、僕やパウロさんに必ず相談する。


 社交しゃこうでははなやかに、外交の場では謙虚けんきょにだけど、鋭く振る舞う。まさに、王妃の鏡であった。ボルタリア王国が、さらなる発展をげているのはルシェリアさんのおかげと言っても良かった。



 こんな才女と離婚するなんて考えられない。まあ、パウロさん達や、領内諸侯の方々の中には、ジークを廃位はいいして、ルシェリアさん、もしくは、カールを王位になんて話も出てきていた。


 まあ、それも、良いんじゃないのかな~。


「無責任に言わないでください。陛下の影響力が、どれだけ大きいか考えて下さい」


 ひ~。パウロさんに怒られた。





「それで、どうしてああなったのだ?」


 僕は、後ほど、ジークを呼び出し、理由を聞いた。まあ、立ち会いに、エリスちゃんや、パウロさん。それに、一方的な言い分にならないように、ルシェリアさんも呼んであった。


「そ、それは、ルシェリアが不貞行為をしていたと、使用人が言っていたので」


 不貞行為? ルシェリアさんが?


「その使用人は、証言出来るのか?」


「もちろんです」



 そういうわけで、使用人を読んで証言させたのだが、


「わ、私は、奥様のお部屋に大勢おおぜいの方が訪れてお忙しそうです。と、申し上げただけなのですが……」


 使用人さんは、戸惑とまどいつつ、しかしはっきりとこう証言したのだった。


「ほら、聞きましたか? ルシェリアの不貞行為の証拠です」


 ん? 今のどこに不貞行為の証拠があるのだろうか?


 僕は、使用人の方に出来るだけ優しく語りかける。


「大勢の方とは、具体的ぐたいてきにどのような方々ですか?」


「は、はい、陛下や、宰相閣下、大臣の方々に、ああ、皇妃様も、ああ、後は……」


 なんか、ジークが、僕をにらんでいた。不貞行為の相手はお前か~。って事だろうか? 夫の不在でさみしくなった、妻が義父ぎふ不倫ふりん? どこぞの変な小説でも読んだのかな?



「わかりました。それで、ルシェリアさんは、一対一で会っていたのですか?」


「いいえ、だいたい複数で来られてました。それに、奥様の警護の女性騎士達は必ずいました、私達も、飲み物を運んだり、度々たびたび出入りしておりましたが……。もちろん、話は聞いておりません」


 ほらっ、分かった、ジーク君?


 僕は、ジークを見る、すると憤怒ふんぬの表情で、床を見ていた。


「複数人と、多人数と多人数で、許せん」


 ん? 戦場に居すぎて、頭、馬鹿に、なったのかな?


「ご苦労さま、下がって良いよ」


「はい、失礼致します」


 使用人さんが下がると、


「ほら、不貞行為の証拠など、なかっただろう?」


 僕は、ジークに語りかけた。


「いえっ、父上やパウロは、ルシェリアと……」


「何を馬鹿な事を言っているのだ。僕は、必ずエリスちゃんと一緒に行ってたぞ」


「はい、政治の難しい話で、とても退屈でしたよ」


 すかさず、エリスちゃんも続く。


「ですが……」


「お前が、ボルタリア王国の政治を放り投げて、戦場で暴れ回っているからいけないのだ。それで、王妃であるルシェリアさんに負担がかかっているのだぞ」


「うっ、ですが……」


「パウロさんや大臣方も、王妃であるルシェリアさんを呼び出すわけにいかず、ルシェリアさんの所におもむいて話し合いをしているのだ」


「そ、そうなのか?」


「はい、そうですね」


 ルシェリアさんが、簡潔かんけつに答える。


「だ、だが、俺が帰国しても、ルシェリアは、俺の相手してくれず、カールの相手ばかりをして……」


 もう駄々だだっ子かお前は? 5歳の子供と張り合うなよ。


「カールは、まだ5歳の子供だぞ。まだ、母親が必要な年頃としごろなのだ。それを……」


「いえ、お義父様とうさま、それは違います」


 えっ、違うの? ルシェリアさんにそう言われて、僕は、ルシェリアさんを見る。


「そうなのか?」


「はい、カールは、とても優秀なのです。それで、勉強を教えております」


 カールは優秀なのか~。ルシェリアさんに似てよかったね~。ジーク似じゃなくて〜。


「そうか、カールは優秀なのか」


「はい。それで、カールから、お父様に要望があるそうなのですが。ここに呼んでも構いませんでしょうか?」


「今か?」


「はい、の要望にも応えることが、出来るかと思いますので」


 ついにジークは、これ扱い。ちょっと可哀想かわいそうだな~。



 しばらく待っていると、カールがやってくる。


 うん、かわいい。やはり外見もルシェリアさんに似て、ボルタリア王家の血が濃いようだ、薄い亜麻色あまいろの髪に抜けるような白い肌、そして、すっとした鼻にぱっちりとしたグレーアイ。



「カ〜ル〜、おじいちゃんに何か要望ようぼうがあるのか? 何かな~?」


「はい、御祖父上様おじじうえさま


 そう言うと、カールは、頭を下げて、一旦ひざまづき、礼をすると立ち上がり。


「私は、御祖父上様のボルタリア王国での治世ちせいを知り、尊敬致しております」


「ああ、ありがとう」


 尊敬されるような、治世だったかな〜?


「適材適所に人材を配し、政治のかなめとなりつつ、世の中の先を読み、的確にかじを取る。それは、たぐいまれなる知性を持たれた、御祖父上様だからこそと思うております」


「そうか、ありがとう」


 え〜と、何これ、むずがゆい。僕って、そんなに尊敬されるような人間だっけ? だけど、孫にそう言われると、そうなのかもしれないと思えてきた。


「それで、御祖父上様のような知性を私も身に着けたく思い、勉学の先進国、ランド王国や、ダリア地方への留学をしたいと思っております」


 えっ、その歳で留学を? う〜ん?


「その歳で、留学をか?」


「はい、若い頃の方が、吸収が早いとお母様もおっしゃっておりましたので、若いうちからと」


 いやっ、若すぎでしょ。だけど、本人が望んでいるんだし、前例がないわけでは無い。


「分かった。ランド王国は……、セーラもいるし、フェラード君が面倒見良いし、何より、ルテティアに教育の最高機関が集約しゅうやくしている。で、ダリア地方だと。ヴィロナになるが……、アペリーロさんは良い人だし、だけど、教育っていうと結構あちこちに分散しているからね~。ランド王国で良いか?」


「はい、ありがとうございます」


 カールが再び、ひざまづき礼を返す。う〜ん、ませているというか、凄いね〜。


「それで、ルシェリアさんは、どうするのだ?」


「はい、お義父様に許可を頂ければ、私も半年ほどルテティアに滞在たいざいし、カールの留学先での体制作りを手伝いたいと思っております」


「えっ、半年も……」


 ジークが、何か言っているが、とりあえず無視。


「そんな短くて良いのか?」


「はい、長すぎてもカールの為になりませんし、ボルタリア王国の事も心配ですので」


 確かに、僕はそばに立つジークを見つめる。完全に僕のお母様の血が出て濃厚のうこう強面こわもての顔を泣きそうにゆがめていた。御祖父様や、叔父様の外見だよな~。まあ、身体大きくて強面だと、叔父様かな?



「分かったな、ジーク」


「えっ、しかし」


「こういう事には冷却期間も必要なのだ、自分の早とちりから起こした失態なのだ、少しは反省して、ヴァルダで大人しくしていろ」


「は、はい」


「そうですよ~。まあ、グーテルさんとは、喧嘩けんかになんなかったですけどね~」


「それに、ルシェリアさんは、一年もたたず帰ってくるのだ、そこから仲良くすればよかろう」


「はあ、はい」


「離れた時が、2人を燃え上がらせるのです」


 何とも気が無い返事をするジーク。そして、変な合いの手を入れるエリスちゃん。



「じゃあ、カール、ルシェリアさん、セーラに連絡し、準備をしてもらうので、少し待っててね」


「はい、ありがとうございます」





 こうして、僕は、セーラに書状を書き、カールのランド王国への留学の準備を進めた。


 そして、


「カールちゃんが来るのを〜、私も〜、旦那様も〜、楽しみにしております~。ああ、そう言えば〜、良い家庭教師の先生も、見つかったんですよ~。他にも、カールちゃんの学びたいものを聞いて、やりますから、安心してくださいね〜」


 だそうだ。


 で、カールの家庭教師は、フィエール・ロペさんと言って、ランド王国の貴族出身の若き司教しきょうだそうだ。そして、後に神聖教教主まで登り詰めるが、それは、また別の話だ。



「いってきます、御祖父上様」


「気をつけてね〜」


「ルシェリア〜」


 こうして、カールは、ルテティアへと1321年の晩秋、留学していったのだった。


 そして、歳が明け春頃、ルシェリアさんは約束通り帰国。ジークも大人しくしていた。



 1322年に男の子、1323年に双子。


「離れた時が、2人を燃え上がらせるのですよ〜」


 エリスちゃんが、また言ってるが、ルシェリアさんの帰国後、ジークとルシェリアさんの間にたて続けに子供が誕生したのだった。


 野獣か、ジークは?

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