第177話 天征記③

 こうして、ロマリアの地に、クレメント6世が誕生して、僕も、ヴァルダへ帰ろうかと考えていた時だった。チェリア王ホフォリゴ2世さんが、僕に面会を求めてきたのだった。


 そう言えば、何回か対面しているが、ちゃんと話した事は、なかった。僕は、さっそく、会うことにしたのだった。



「グルンハルト陛下、わざわざお会い頂きありがとうございます」


「チェリア王ホフォリゴ2世、良く参った。で、要件はなんだ?」


 ああ、めんどくさい。いちいち、こんな応対しないといけないのか~。そろそろ良いんじゃ〜。


「はい、陛下は、マオウ・ド・エルなる女性をご存知でしょうか?」


「マオウ・ド・エル」


 ああ、そう言えば、ビオランティナで、ロマリアの火をトーシン派の司教に提供して、ビオランティナの大火を引き起こした人だったね〜。確か、誰かがチェリア王国に向かったって事、言ってたしね。


「ああ、ビオランティナで会った事は、あるが……」


「そうでしたか……。実は、その女性が、いまだに、チェリア王国にいるのです。良い迷惑ですが……」


 いやっ、僕が、チェリア王国に行かせたわけじゃないからね。


「うむ、それで?」


「はい、我が国にやって来て、陛下もご存知とは思いますが、バブル王国にとらわれている夫を助けて欲しいと。詳しく聞きますと、正式な夫では無く、まあ、いわゆる愛人関係のようなのですが……」


「うん」


「まあ、ですが、初期は敵対しておりましたが、今は私の妻がバブル王国の王の妹という関係もありまして、一応、書状を送り、問い合わせだけはしたのですが」


「うん」


「その方には、関係のないことと、言われてしまいまして」


「そう」


 じゃあ、何が問題なんだ?


「関係のないことと言われてしまうと、頼ってくれたマオウ殿に面目めんもくもありません。それに、そう言われると、こちらにも意地がありまして」


「うん」


 ええと、ちょっとめんどくさい方かな?


「ですが、妻の家でもあり、事を荒立あらだてるのは、我が国としては、避けたいのです」


 もう、遠回しに話し過ぎだよ。


「で、にどうしろと言うのだ?」


「はい、陛下の方から、バブル王国国王ロバート1世殿に書状を出して頂きたいと思いまして」


「で、あるか」


 もう、だったら最初っからそう言ってよ、まどろっこしい。あれっ? 僕、気が短くなってないかな? 毒のせい? それとも、年齢的なものかな?



 僕が、考え込んだのを見て。チェリア王ホフォリゴ2世さんは、部屋から出ていく。


「そ、それでは、陛下、よろしくお願いいたします。私も、しばらくロマリアにおりますれば、何かあればお呼び出しください」


「うむ」


 さて、どうしよう?



 僕は、ロマリアに残っていた、アペリーロさん、オストルッチャさん、アリオーニさんを部屋へと呼んだのだった。


「……だって。どう思う?」


「はあ、どう思うと言われましても」


「書状を出してみて反応を見るしか」


「方法が、ないかと思いますが……」


 アペリーロさん、オストルッチャさん、アリオーニさんが、つなぐように返事を返してきた。


 まあ、そうなんだけどね。


「いやっ、ある程度、ロバート1世さんの事を知ってるかなって、思って」


「そうですか……。お会いしたことはありますが、悪い意味で王らしい王ですな」


 と、アリオーニさんが話し始めた。


「まあ、口先だけのお方で、のらりくらりと、自分の都合の悪い事には対処されません」


「そうなんだ~、じゃあ、書状出しても無駄かな?」


「ええ、その可能性もありますが、やってみない事には、次の動きが出来にくいかと」


「まあ、そうだね。じゃあ、とりあえず、書状を送って」


「はい、我々も、ロマリアに残っておりますので、何かあれば出陣致します」


「そう、ありがとう」


 て、えっ、出陣? 戦いになるのかな?





「え〜い、馬鹿にしおって! なんだ、この書状は!」


「も、申し訳ありません」


 チェリア王ホフォリゴ2世さんは、平身低頭へいしんていとうに謝る。そして、激怒げきどする僕をなだめる、アペリーロさん。


「お怒りは、ごもっともですが陛下。ここで殺してしまっては、チェリア王国との関係も悪くなるかと」


「うむ」


「こ、殺す……。へっ?」


 ホフォリゴ2世さんは、床によろめき倒れ込む。


「で、どうするのだ?」


 これに答えるのは、アリオーニさんだった。


「もう、こうなれば、バブル王国に攻め込み、直接、バブル王ロバート1世を捕らえ、聞き出すしかありますまい。もちろん、チェリア王ホフォリゴ2世殿も先陣せんじんをきって、バブル王国に攻め込みましょう」


「えっ、ですが、妻の……」


 すると、今度は、オストルッチャさんが。


「何か言ってますぜ、この男。俺は、傭兵出身ようへいしゅっしん、陛下達と違って気が長くないんでな~」


 そう言って、剣を抜く。


「まあ、待て、オストルッチャ。ホフォリゴ2世殿は、兵を率いて、来られると言っておるではないか。のう、ホフォリゴ2世殿」


 そう僕に言われて、ガクガクと壊れた人形のように、細かくうなずく。


「では、行け! ああ、マオウ殿を連れて来る事を忘れずにな」


「は、はい!」


 こうして、チェリア王ホフォリゴ2世さんを巻き込んだ上で、バブル王国に向けて、進軍を開始する事になったのだった。



 海上には、ゼニア共和国と、サパ共和国艦隊が進み。陸上は、皇帝直属軍と、ヴィロナ公国軍、リューカ共和国軍、そして、慌てて駆けつけてきたチェリア王国軍合わせて30000が、バブル王国の王都バブルに向けて進軍を開始したのだった。





「やっぱり、書状は、こうだったよ」


 僕は、アリオーニさんにバブル王ロバート1世さんからの書状を渡す。


「陛下には、関係ない事に思います。だけですか」


「うん、まあ、こうなるとは思っていたけどね~。書状出して問い合わせた以上はね〜」


「はい、マインハウス神聖国皇帝の威信いしんにかけて、関係ないでは、すまされませんな~」


「だから、関わりたくなかったんだよね~」


「そうでしたか」


「さて、どうするか……。と言っても、攻め込むしかないけど、出来るだけ戦いにはしたくないから……」


「はあ。戦いにしたくないは、難しいのでは……」


「うん、まあ、手勢てぜいを増やすことと、後は……。そうだ! ロマリアの火があった。後は、僕の噂を利用して……」


「アリオーニさん、アペリーロさんと、オストルッチャさんを呼んで来て、多分、チェリア王ホフォリゴ2世さんは、戦いに加わるの拒否すると思うから、一芝居ひとしばいしようか〜」


「かしこまりました」



 こうして、行われたのが、あの三文芝居さんもんしばいだった。まあ、効果はてきめんだった。



 チェリア王ホフォリゴ2世さんは、チェリア王国に急いで帰ると、海軍の船で兵を率いて、僕達の出発前に、とって返してきたのだった。



「チェリア王ホフォリゴ2世、5000の兵を率い、参陣致しました」


「うむ、ご苦労。で、マオウ殿は、おるか?」


「は、はい。連れて参りました」


「そうか、ご苦労。下がって良いぞ」


「はっ、はは〜」



 そして、マオウさんがやってくる。


「これから、バブル王国に攻め込むけど、ロマリアの火って作れる」


「えっ、協力頂けるのですか?」


「うん」


「わかりました。急いで作らせますので、少々お待ち下さい」


 というわけで、これで用意が出来たのだった。



 バブル王国内に進軍するが、バブル王国軍は兵を率いてって出る事は無く、それぞれの街に、固く閉じこもって出てこなかった。よし、良いね~。



 ロマリアからバブルまで続く石畳の道が延々と続いていた。僕達は、その道を進む。古のダリア帝国って、凄いよね~。



 そして、何事もなくバブル王国王都バブルに到着する。そこで、街を囲う城壁の外にある、守備用の城を攻める。


 そして、立てこもっていた500あまりの兵は、30000の兵に囲まれてあっという間に降伏する。



「グーテル様〜、張り合いがありませんよ~」


 フルーラ、無茶言わないの。戦わなくて済むなら、それが良いの。



 そして、僕は、マオウさんに頼んでいた、ロマリアの火を、用意してもらうと、守備用の城に、ふいごを使って、吹き付ける。


 で、ロマリアの火って、ドロっとした半液体だった。


 硫黄いおう酒石しゅせき樹脂じゅし、松ヤニ、精製岩塩、精製油を混ぜ合わせた半液体状のもの。これを麻くずで点火し、ポンプ状の筒から敵船などの攻撃物に向かって発射した。水で消火することができなかったので、海戦ではとくに効果をあげたそうだ。


 今回は、火をつけて放つことはせず、半液体状のものを吹き付けて火をつける。盛大せいだいに燃え上がる守備用の城。



 バブルの街は、高台たかだいから海に向って傾斜けいしゃしていて、城壁があっても高台に行けば、外の景色が、よく見えたのだった。


 そこから見える、海を埋め尽くす艦隊。そして、延々と燃え続ける出城でじろ。バブルの民は恐怖に震えた。


「なんでも、ヴィオランティナの街も焼きくされたそうだよ」


「えっ、ビオランティナも……。ああ、次は、俺達の番って事だよな〜?」


「そ、そんな……」


 バブルの領民に、こんな流言りゅうげんが飛び変わった。これは、グーテルが、オーソンさん達を使って流したものだった。



 そして、領民に流れた流言は、兵士達に、貴族に、そして、王へと伝わる。数日後、燃え続けた守備用の城は、延焼によってもろくなり、くずれ落ちる。


 すると、バブル王ロバート1世さんから、降伏するというむねの連絡が来る。





「余は、攻め込む気は無かったのだ。だが、余の送った書状を無視するから、こういう事になるのだ」


 また、偉大いだいな皇帝モードになり、ロバート1世さんに話しかける。


「ま、誠に申し訳ありません。決して、陛下の事を無視するわけでは無く」


「では、どういうつもりだったのだ?」


「その〜、返事のしようがなかったのです」


「んっ? どういう意味だ?」


「はい、その〜、処刑してしまいまして」


「えっ!」


 ロバート1世さんいわく、マオウさんが逃げた直後、怒ったロバート1世さんは、すぐさまマオウさんの夫?を処刑してしまったのだそうだ。



「えっ、それは本当ですか?」


 マオウさんに伝えると、そう言ったものの。


 マオウさんは、掘り起こした遺骸いがいを確認して本人だと確認。さらに、ひとしきり泣かれたマオウさんは、自分の主治医しゅじいを呼んで遺骸を確認させ。


「確かに、かなり前に殺害されております。近々に殺されたものではありません」


「そうですか……」



 すると、マオウさんは、


「ご協力ありがとうございました。あきらめがつきました。私は、バブル王国に残ります」


 えっ、どうするの?


「ロバート1世様の息子さんと結婚致します」


「そうですか」


 僕が、これ以上、あれこれ言う事じゃない。だけど、一度、面目めんもくを潰されたロバート1世さんが、大人しく結婚させるとは思えない。


 だけど、余計な事だよね~。彼女の人生は彼女が決める事だ。ただ一言。


「ロバート1世さんは、信用しない方が良いかもしれませんよ」


「はい」



 こうして、僕達は、マオウさんをバブルに残して、撤兵てっぺいしたのだった。その後のマオウさんの消息は知らない。一応、結婚したようではあったけど。





 僕達は、その後、ロマリアを経由し、ボルタリア王国に帰国したのだった。実に4年の月日が経過していた。1320年の秋になっていた。

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