第176話 天征記②

 結婚式が終わると、コンクラーヴェの結果は遅くなりそうとの連絡を受け、一旦いったん、ダルーマ王ハールイさんと、マリーや、ラアコン王ルメイ2世さん、チェリア王ホフォリゴ2世さんが帰国していった。


 即位式そくいしきの時には、再度呼んで欲しいそうだった。


 ダリア地方の方々も、それぞれ帰国し、ロマリアの街は、再び静かになった。



 そして、このタイミングでフラメンゴ会主流派の総長そうちょうであるマケーレさんが、多数のフラメンゴ会会士を連れてやってきた。


「遅くなり誠に申し訳ありません、グルンハルト陛下」


「いやっ、良く来てくれたよ、マケーレさん」


「そう。おっしゃって頂くと、少し心がはれます」


「そう。何かあったの?」


「はい」


 そう言って、マケーレさんは話し始めたのだった。


 もう、ヨハンさん嫌いだからヨハン22世って書くね。



 ヨハン22世は、フラメンゴ会清貧かいせいひん派の方々と、主流派の上層部に出頭しゅっとうを求めたのだそうだ。やめれば良いのに、清貧派の方々は、真面目に出席して、ヨハン22世と問答もんどうする。


 すると、ヨハン22世は、教主勅書きょうしゅちょくしょ「クォルムダム・エクスィギト」を出し。フラメンゴ会清貧派に服従ふくじゅうを求める。短い粗末そなつ法衣ほういをやめて、穀倉藏こくそうぐらと、ワインぐらを設置せよというものだった。まあ、確かに正しいけど……。


 さらに、


「服従する事が、最も良き事である」


 と言って、フラメンゴ会総長の権威けんい、さらに神聖教教主の権威に服従する事を求めたのだそうだ。これを受けてマケーレさんは、説得を開始。この場だけでも従うように言ったそうだが、5人ほどが説得に応じず。


 さらに、ヨハン22世に抗弁こうべんしたのだった。すると、ヨハン22世は、最終的に悔悛かいしゅんした1名を除く4名を、火炙ひあぶりにしたのだそうだ。


 ロマリア教主庁が公認した会則かいそくにあくまでも忠実であろうとしたが、生きながら火あぶりにしょせられた。その光景には多くの人々が、衝撃しょうげきを受けたそうだ。


 この後、1328年までの10年間、異端審問いたんしんもんによる異端狩いたんがりがおこなわれ、多くの男女が逮捕され、異端審問官いたんしんもんかんたちによって尋問じんもんされたそうだ。


 異端狩りの対象となったのは、信念を曲げなかった人々と、多くの在俗信徒ざいぞくしんとの支持者たちであったそうだ。



「そう。大変だったね。ご苦労さま」


「いえっ、陛下のご心痛しんつうに比べれば、いかばかりかと」


「そんな事はないけど、彼も残念だったね〜」


 ヨハン22世の説得の為に、僕を訪ねて、わざわざゼニアまで来られた方がいた。彼は清貧派の中でも、強硬派のようだった。自分の信じる思想にじゅんじる悲しい結末だった。


「いえっ、彼は、説得に応じてくれまして、私と共にロマリアに来ておりますが……」


「えっ?」


「生きてんの? マケーレさんと一緒に、それって、主流派に鞍替くらがえ?」


「まあ、主流派というか、清貧派としての主張は捨てたようですよ」


「へ〜」


 どうやら違ったようだった。



 だが、これで人数不足で活動がとどこおっていたロマリア教主庁が、フラメンゴ会修道士の協力により復活した。


 これは、後に数度起きる、教会分裂きょうかいぶんれつと呼ばれる事になる動きの始まりであった。



「陛下のおかげで、仕事がはかどりますよ」


「ダロウナさん、僕のおかげじゃなくて、マケーレさんのおかげだよ」


「いえいえ、陛下のお言葉があればこそ、フラメンゴ会が動き、マケーレ殿が来られたのです」


「まあ、そう言われればそうか」


 ロマリアに来て、すぐに次代の神聖教教主を決めるコンクラーヴェが始まり、そして、マリーの結婚式やらなんやらで、半年が経過。


 そして、さらに、半年が経過した時に、マケーレさんが、フラメンゴ会の修道士を引き連れて、ロマリアに来てくれて、ロマリア教主庁の活動が活発化し、さらに半年が経過した。


 実にロマリアに来て、一年半が経っていた、コンクラーヴェって時間かかるよね~。なんでだろ~。



「コンクラーヴェって、なんでこんなに時間かかるんだろ?」


「それは、適当な人材がいないからだと思いますが……」


「えっ、だって、クレメントさんに、次代の神聖教教主を選定してくれって、言われて送り込まれた人達でしょ?」


「はい、ですから選定する気はあると思いますよ」


「じゃあ、なぜ?」


「それは……。火中かちゅうくりを拾うのは嫌なのでしょうね〜」


「火中の栗を拾う?」


「はい、ラヴィオルの教主庁と、ロマリアの教主庁との分裂。対抗馬である、ラヴィオルの教主様は、過激かげきで異端狩りすら行う、冷酷非情ていこくひじょうな方。なかなか、このような状況で、教主になりたいという者は、ほとんどおりますまい」


「そうか~、そうだよね~」


 確かに、お互い押し付け合いになっているのかもしれない。



「まあ、カリスマ性があり、包容力ほうようりょくがありながら、指導力もある方がおられれば別ですが」


「ふ〜ん、マケーレさんみたいな人?」


「はい?」


「いやっ、フラメンゴ会の総長のマケーレさんみたいな人かねって言ったの。だって、清貧派の人々を守る為に説得に動いて、大勢の人がしたっているようだしね」


「確かに、そうですな……」


 そう言うと、ダロウナさんは立ち上がり。


「陛下、少し失礼致します」


「うん」


 ダロウナさんは、そう言って部屋から出ていく。


 その後、ダロウナさんは、コンクラーヴェの会場に行って、何やらやっていたようだが、今度は、マケーレさんを連れて、コンクラーヴェの場所に入っていった。


 コンクラーヴェの会場から、参加した枢機卿は出られないが、世話人せわにんの出入りは自由というか、会う事は可能だった。


 そして、選出法だが、枢機卿たちが一斉に新教主の名前をあげて満場一致まんじょういっちした場合に、その結果を精霊の働きによるものとして承認する方法。


 一致をみなく、選挙が泥沼化どろぬまかしそうだと判断した場合、枢機卿団の中から選挙委員を選び出して選出を主導してもらい、教主選挙として、参加した全枢機卿が匿名投票とくめいとうひょうを繰り返して教主を選び出す方法がとられた。そして、全体の2/3以上の賛成で、決定するのだそうだ。


 そして、それから数日後。


「新教主様、決定致しました!」


 大きな声で、ロマリア教主庁を走りまわる、人々がいた。コンクラーヴェの世話人をやられていた、修道士の方々だろう。



 そして、しばらくして、ダロウナさんがやってくる。


「グルンハルト陛下、新たなる教主様が決定致しました」


 なんとなく分かっていたが、一応聞く。


「そう。で、誰?」


「はい、フラメンゴ修道会総長のマケーレ殿です」


 ほら、やっぱりね〜。


「そう。で、教主様の教主名は何にするの?」


 教主名は、本名とは別に神聖教教主としての名前だった。例えば、クレメントさんとか。そういう名前だった。


「はい、それなのですが、クレメント5世聖下の意志を継ぐ者なので、クレメント6世はいかがかと思いますが」


「なるほど。そうだね、良いかもしれないね〜」


「ありがとうございます。では、さっそく」


「ん?」


 こうして、ダロウナさんは、部屋から去っていったのだが、クレメント6世という名を決めたのは僕という事になっていた。


 えっ、決まってなかったの?



 そして、新教主となったクレメント6世さん事、マケーレさんと会う。



「マケーレさん。じゃなくて、クレメント6世さん、神聖教教主への就任おめでとう」


「陛下、ありがとうございます」


「しかし、良く教主を引き受けたね~」


「はい、しかし、陛下のご推挙すいきょと言われれば、断るわけにもいきませんので、心を決めて引き受けさせて頂きました」


「そう」


 ん? 陛下のご推挙? う〜ん、ダロウナさん、色々とやってるな~。


「大変だと思うけど、僕としても最大限の助力はするから頑張ってね」


「はい、かしこまりました。陛下から頂いたクレメントの名を汚さぬように勤めさせていただきます」


「うん」


 陛下から頂いたクレメントの名……。もう、好きにして下さいよ~。う〜ん、これじゃフェラードさんみたいになっているけど、仕方ないか……。



 まあ、だけど、やることはやるか……。まあ、まずはマケーレさんの身の安全の確保だった。海上には、ゼニア共和国艦隊、陸上では、ヴィロナ公国軍、サパ・リューカ連合共和国軍、ジローラ公国軍などが交代で警備する体制をとる。



 さらに、マケーレさんの護衛騎士として、民主同盟のタイラーさんの推挙すいきょで、ツヴァイサーゲルド地方の傭兵をあてる事にしたのだった。


 青、赤、オレンジ、黄色のしまの制服に襞襟ひだえりをつけ、モリオンと呼ばれる半月型の板金の2枚合わせにし前後にとがったつばがあるようたたきだし、羽根飾りをつけたかぶとに、プレートアーマーの鎧を着用し、ハルバートを持ったツヴァイサーゲルドの傭兵200名が、新教主クレメント6世の周囲を固めたのだった。



 そして、クレメント6世の即位式の為に、ダリア地方の諸侯や、各地の王がロマリアへと、再び集結する。



 チェリア王ホフォリゴ2世さん、エスパルダのラアコン王ロメイ2世さん、ヴィロナ公アペリーロ・ヴェルディさん、ゼニア共和国元首アリオーニ・スコピーニさん、サパ・リューカ連合共和国元首ウルチョーネ・デッラ・チョロチョーネさん、副元首オストルッチャ・オロスコーニさん、ビオランティナ共和国元首ジョアン・ドナテシさん、さらにジローラ公国のノヴェスキの方々。



 そして、アリオーニさん、アペリーロさん、オストルッチャさんが、おしかけてきた。この3人仲が良いのかな?


「陛下、おめでとうございます」


「ようやく決まりましたな~」


「とりあえずね」


「ですが、セロラ・ダロウナ。陛下の威光いこうかさにきて、やり過ぎな気がしますが……」


「まあ、確かにそんな気もするけど、私欲しよくでやってるわけじゃないし、やり過ぎたら、ねっ」


 すると、アペリーロさんと、オストルッチャさんが、ひざまずき。


「かしこまりました。やり過ぎたら始末いたします」


「えっ、そこまでは、言ってないけど……」


 アリオーニさんも、肩をすくめる。



 まあ、だけどこれで、後は、即位式だけだ。


 で、神聖教教主の即位式は色々な形式で行われていた。ある時は、神の祝福を受けて、感謝して、教主冠を与えられ、自ら頭上に置くというのが一般的らしい。


 だが、今回は、東方三博士が、聖者に始めて会った場面をモチーフとして、クレメント6世さんに、教主冠を授けるのだそうだ。


 で、その役だが、


「ダルーマ王ハールイ1世陛下、チェリア王ホフォリゴ2世、ラアコン王ロメイ2世に東方三博士役を、グルンハルト陛下には、神の役をお願い致します」


 えっ、神の役って、何?



 というわけで、三王の方々が豪華な教主冠を運び、僕に渡す。そして、僕は、クレメント6世さんの、頭の上に、教主冠を置いたのだった。やっぱりおかしいよね~。



 で、この教主冠だが、クレメント5世さんが即位する時に、教主冠はロマリアより持ち去られてしまった。というわけで、この教主冠は、クレメント5世さんが、新しく作ったものだった。しかも、かなりお金をかけて。


 教主冠は、クレメントさん曰く、教主の地位を象徴する冠であるから立派な物をと、作ったそうだ。


 そして、金と宝石できらびやかに飾られた三重の冠の形状をしていた。冠自体の材質は金でめっきされた銀。この三重の冠の意味は、「天国、煉獄れんごく、教会」を、意味しているそうだ。





 こうして、1319年。ロマリアの地に、ラヴィオルの教主ヨハン22世に対抗する形で、クレメント6世が誕生したのだった。

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