第174話 ビオランティナ燃ゆ③

「ロマリアの火が、なぜ?」


「それなのですが……」


 今度は、オストルッチャさんが、僕に近づいてきた。


「うん」


「分かりません。現在調査中です」


 ガクッ。


 勿体もったいぶって言うから、すでに分かっているのかと思った。


「そう」


「ですが、ドナテシ家が、何かつかんでいるんじゃないかと……」


 そういう事か。


「分かった、すぐにドナテシ家の人間と会おう」


「はっ!」



 僕は、案内されて、ドナテシ家の方と面会する。



 ドナテシ家は、ビオランティナ共和国に昔からある家で大商人ではあるが、他の新興しんこう二家にけであるガルヴァリィ家や、トーシン家ほどの勢いは無く、今のところのビオランティナ共和国の二大大商人は、トーシン家と、ガルヴァリィ家であった。だが、歴史は古いため、多くのビオランティナ共和国の元首げんしゅ輩出はいしゅつしていた。



「こちらドナテシ家のおさである、ジョアン・ドナテシ殿です」


「グルンハルト陛下、ジョアン・ドナテシです。ご尊顔そんがんはいする事が出来、幸せです」


「ジョアンさん、よろしく」



 ドナテシ家の長の名は、ジョアン・ドナテシと言った。外見は、穏やかそうな中年のおじさんだが、普段は糸のように細く、笑みを浮かべているように見えるが、たまに目を開くと、その眼光は、とても鋭かった。


「それでジョアンさん。え〜と、放火犯は捕らえたんだっけ?」


「はい。トーシン派の司祭でした」


「なんで放火したのかは、言ってた?」


「はい。我々とガルヴァリィ家が組んで、陛下と手を結ぶ事に、恐怖を覚えたのだと」


「そうなんだ」


 確かに、僕がビオランティナに近づいたタイミングの事件だし、まあ、そうなんだろうけどね。


「まあ、運良く、比較的新しい地区に火を放ったので、我が家は無事でしたが、ガルヴァリィ家は、全財産を失ったようです。なんとも、言えませんな~」


 えっ、ガルヴァリィ家が全財産失って、トーシン派が犯人で、ドナテシ家は無傷? う〜ん……?


「えっ、ドナテシ家に被害無かったの?」


「はい、運の良い事に」


「そう」


 う〜ん、これは、もっと調べた方が良いのか? ドナテシ家に利があり過ぎる。トーシン派は放火の罪で、衰退すいたいするだろうし、ガルヴァリィ家は、全財産失った、復興ふっこうに時間がかかるだろう。


 まあ、犯人は、確かにトーシン派の司教さんのようだが、ジョアンさんが操って、そうさせた可能性も……。考え過ぎかな?


 まあ、とりあえず、それはおいといて。


「それで、放火に、オストルッチャさんの話だと、ロマリアの火が使われたそうだけど」


 僕は、オストルッチャさんの方を見る。オストルッチャさんは、大きくうなずく。


「ロ、ロマリアの火ですか?」


「そう、ロマリアの火」


「ま、まさか……。陛下、少しお待ち下さい」


 ジョアンさんは、そう言うと、慌ててどこかへと行ってしまった。



 僕達は、その場で少し待っていると、急いで、ジョアンさんは、戻って来る。そして、


「陛下、ご紹介したい人物がいるのですが、我が屋敷まで、来て頂けますでしょうか?」



 僕達は、ジョアンさんの案内で、ドナテシ家の屋敷へと向かった。その周辺は、火事の影響なく、火事の影響で、建物に灰が付着しているくらいだった。



 そして、屋敷に入ると案内されて、応接室に、そこには、一人の若い女性がいた。


「陛下、こちらレイア公国のマオウ・ド・エル様です」


「レイア公国?」


 え〜と? 僕は、一生懸命思い出す。そうか!


 レイア公国は、今から100年以上前の第4回十字軍によって作られた、ラティニア帝国の名残りだったな〜。


 第4回十字軍において、異教徒に占領された聖地奪還せいちだっかんの為に軍が集められたはずが、向かった先は東ダリア帝国だった。そして、実質的に東ダリア帝国を滅ぼし、神聖教を国教とするラティニア帝国が作られた。


 しかし、東ダリア帝国の生き残りの方々が、ラティニア帝国の周辺で東方教会を国教とする国を起こす。それが、ニクレイア帝国と、イカロス専制候国、そして、トラブゾン帝国だった。


 そして、ニクレイア帝国が、ラティニア帝国を滅ぼし、東ダリア帝国の後継国家を名乗る。そして、ラティニア帝国の生き残りが作ったのが、レイア公国だった。


 狭い領土だが、ネルドア共和国海軍の協力で、国を保っていた。ワインやレーズン、ろう蜂蜜はちみつ、油に絹等を輸出することで成り立っていて、結構、経済的には裕福ゆうふくな国だった。



「レイア女公じょこうマオウ・ド・エルでございます」


 おっと、女公のようだ。そして、エル。ニーザーランドのエル伯家の出身のようだ。


「マインハウス神聖国皇帝グルンハルト1世です」


「こ、これは、失礼致しました。ジョアン様、先に、言っておいて下さい」


「これは、失礼致しました」


 ジョアンさんは、ペコペコと、マオウさんに頭を下げる。


「それで、ジョアンさん。さっきの件なんだけど……」


「おお、そうでしたそうでした。マオウ様、先日の火事ですが、ロマリアの火が使われたそうなのですよ。ご存知ぞんじですか?」


「えっ」


 マオウさんは、絶句ぜっくして固まる。そして、


「まあ、どうしましょ? 大変な事をしてしまいましたわ」


 文字通り、オロオロとする、マオウさん。そして、ロマリアの火について語る。


 ロマリアの火を作れるのは、数人の職人のみ、しかも職人達が自分達の命を守るため、代々だいだい口伝くでんで作り方を伝えられたのだそうだ。


 そして、ラティニア帝国の侵略時しんりゃくじ、元々少ないロマリアの火の作れる職人は、さらに少なくなったのだそうだ。そして、生き残りの一人が、ラティニア帝国に仕えることになったそうだ。


 そして、ラティニア帝国が滅亡後も、その職人の家系は、レイア公国に仕えることになったのだそうだ。


「それで、ビオランティナに連れて来ましたの、交渉の切り札になるかと。ですが、ジョアン様には、協力を断られてしまいましたので、トーシン家の方に……」


 ジョアンさんに何か分からないけど、協力を断られ、トーシン派に声をかけると、協力してくれる事になり、職人さんに、ロマリアの火を作らせ、トーシン派に提供したのだそうだ。


 そして、ビオランティナの大火。どうやら本当に、トーシン派が犯人のようだ。


 しかし、協力って、何を頼んだんだ?



「え〜と、マオウさん。協力って、何を頼んだんですか?」


「バブル王国にとらわれている、夫の救出ですわ」


「夫?」


 へ〜、マオウさん、結婚してるんだ。で、詳しく話を聞くと。


「正規の結婚ではないのですが、愛してるんです」


「へ〜」


 もちろん、マオウさんは上級貴族だ。となると、神聖教で認められた相手との結婚という事になるのだが、マオウさんの結婚は、神聖教で認められていないそうだ。


 いやっ、正規の夫はいたのだそうだ。またまた、ブリュニュイ公国の人間。そう、ロイ君の奥さんマリーローズさんの弟さんだそうだ。


 しかし、去年19歳の若さで死去。すると、マオウさんは、そのお付の騎士さんと恋に落ちたのだそうだ。


「私の事を、命がけで守ってくれましたのよ」


「へ〜」



 それで、なぜバブル王国で囚われているかというと。


 バブル王ロバート1世さんに呼び出され、ロバート1世さんの息子と結婚するように言われたのだが、マオウさんは拒否。そして、二人とも囚われたそうだが、マオウさんのみ脱出。


 まあ、元々、マオウさんは軟禁状態なんきんじょうたいで、夫の方は牢獄ろうごくに囚えられていたので、脱出のしやすさが違うんだそうだ。そして、バブル王国を抜け出し、ビオランティナ共和国に逃げて来たのだそうだ。


 そして。


「夫の救出を手伝って頂きたいのですわ」


 と、ジョアンさんに言ったが断られ、トーシン派と接触して、この悲劇がうまれたようだ。


 となると、マオウさんをビオランティナにおいておくわけにはいかない。いつロマリアの火の事がれ、マオウさんとの関わりがバレるかもしれない。身の安全の為にも、サパに行ってもらうか~。


「マオウさん、申し訳ないんだけど。ビオランティナから出て、サパに行ってもらえるかな?」


「そこの方なら、救出に協力して頂けるのですか?」


「いや〜、無理じゃないかな?」


「では、ここにおりますわ。トーシン派に協力して頂きますので」


 僕と、ジョアンさんは、顔を見合わせる。


「失礼ながら、マオウ様。これだけの事を仕出かしたのです、トーシン家は終わりです」


「えっ!」


 驚いた表情で、びっくりするマオウさん。何にびっくりしてるんだ?


「本当に、トーシン家は終わりなのですか? それは、困りましたわ」


 え〜と、大変な事をしてしまいましたわ。って言って慌ててたよね? なんで今さら、そんな反応になるんだ?


「ですから、サパ共和国に」


「いえっ、お断りさせて頂きます。一刻も早く救い出したいのです」


 そう言い残して、マオウさんは、去って行った。どうやら、チェリア王国に渡ったようだった。ロマリアの火を作れる職人さんも一緒だ。一応、やたらにロマリアの火を作らないように忠告する。


 しかし、マオウさん、大変だね~。まあ、頑張って下さいね〜。



 そして、マオウさんの居なくなったビオランティナにおいて、僕の立ち会いのもとで、裁判が行われ、きちっと証拠集めの上で、主犯の方には、極刑きょっけいが。そして、それに関わった方々にも、それなりの刑が言い渡され。トーシン家の力は大きく削がれたのだった。


 さらに、ほとんどの財産を失ったガルヴァリィ家は没落ぼつらくし、その頭首とうしゅの方は、ビオランティナ共和国の元首を辞任。国家元首には、ドナテシ家からジョアンさんが就任することになった。



 こうして、ヴィオランティナの街の復興ふっこうは、ジョアンさんのもとで、行われる事になったのだった。



 ビオランティナの復興に、僕達も手伝うことになり、1年近くが経過する。


 まあ、僕は手伝うというか、見て回りつつ体力回復につとめただけという感じだったけどね。





 そして、1318年の春になって、僕達は、ようやくジローラ公国を経由して、ロマリアへと入ったのだった。

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