第173話 ビオランティナ燃ゆ②

「陛下、ご無沙汰致ぶさたいたしておりました」


「うん、オストルッチャさんも、お元気そうで何より」


「はい、ありがとうございます」


 僕は、オストルッチャさんと挨拶あいさつをかわすと、船の部屋に入り、向かいあい座ったのだった。



「オストルッチャさん、リューカ共和国の執政官しっせいかんなんだっけ?」


「はい、その〜、一応ですが」


「ん?」


 ウルチョーネさんと同じく、オストルッチャさんも、歯切れが悪い。


「だって、リューカ共和国は、サパ共和国を飲み込む勢いで、拡大しているんでしょ?」


「はい、そうなんですが。私は、リューカ共和国の僭主せんしゅですので……」


 ん? 僭主? 僭主とは、正式な君主からその地位を簒奪さんだつした者という意味だ。まあ、別に簒奪したわけじゃないんだけどね~。


 ちなみに、ウルチョーネさんも、アペリーロさんも、アルオーニさんも、僭主の反対である、真主? 正主?


 まあ、マインハウス神聖国の正式な国主なのだ。



「僭主だっけ?」


「はい、一応、ダリア王カールケント様より、ダリア王国の代官だいかんとしての地位を頂いていたのですが、カールケント様は、陛下に敵対し、殺されたと……」


 えっ、殺してないよ! まあ、敵対はしたけど、それに、仕掛けてきたのは、向こうだし……。


「殺してないよ。だけど、そうだったね~」


 そう言えば、すっかり忘れていた。ダリア王について。という事は、今のダリア王は僕。そして、先代のダリア王カールから与えられた王国代官の地位は無効になり、オストルッチャさんは、僭主という事だ。


 だけど、ダリアにおいて、僭主は当たり前だし、何の影響もないと思うんだけど?



「僭主だって、困らないでしょ? ビオランティナ共和国だって、ネルドア共和国の元首だって、僭主なんだし」


「いえっ、リューカ共和国は、皇帝派の国なので、やはり民の思いが違うと言いますか……」


 ふ〜ん、そういうものなんだ?


 こんな感じならいけるかな?


「じゃあ、ウルチョーネさんと講和こうわする気はある?」


「講和ですか?」


「うん」


 さて、どうなるのだろう? 条件次第じょうけんしだいとか? それとも、絶対嫌とか? 


 まあ、最初に、敵意てきい見せたのは、ウルチョーネさんだしね。次男さんの戦死の件で。



「その〜、向こうが良ければ、講和は構わないのですが」


 おっ、意外。あっさりと了承りょうしょうされた。どうも、オストルッチャさんは、僭主である事を気にしているようだった。


 リューカ共和国に次々に寝返っている的な事を、ウルチョーネさんは言っていたが、オストルッチャさんは、争いが続き共倒れになるのを恐れているのだろう。



「良いの?」


「はい、元々、私は、サパ共和国にやとわれていた傭兵隊長です。ウルチョーネ殿も、そんなに悪い人ではありません。ただ、息子の戦死の件を、水に流して頂けるならばですが」



 これに関しては、ウルチョーネさんからも条件を引き出していた。


「あの後、長男さんに色々言われたらしいよ。ウルチョーネさんが甘やかしたから次男さんは、わがままで、甘い人間になったんだって。だから、戦場で死んだんだって、言われたみたいだよ」


「そうですか。まあ、確かに正しい意見ですが……」


 ウルチョーネさんが、ちょっと可哀想かわいそうな気もするけど。


「で、ウルチョーネさんの条件としては、次男さんが、なぜ死んだのか聞かせて欲しいって事と、次男さんの墓に手を合わせて欲しいって事だったよ」


「そうですか、それなら、お安い御用ごようです」


 お安い御用ですか~。まあ、そうだよね~。


「よろしくね。で、講和後なんだけど」


「はい」


「サパ・リューカ連合共和国なんてどうかな?」


「はい?」


 オストルッチャさんは、不意打ふいうちを食らったかのように、驚きの表情を浮かべる。


「国家元首は、ウルチョーネさんで、オストルッチャさんが、副元首にして、軍の総司令官にして、リューカ共和国の皇帝代官って感じで、どうかな?」



 まあ、要するに、マインハウス神聖国皇帝として、ウルチョーネさんには、サパ共和国の皇帝代官の地位を下賜し、オストルッチャさんには、リューカ共和国の皇帝代官の地位を下賜する。


 そして、国としては、それぞれ単独だと小さな国になってしまうので、連合共和国となってもらうという感じだった。


「はっ、かしこまりました。それで、構いません。陛下のお心遣こころづかい感謝致します」


「うん」



 こうして、ウルチョーネさんと、オストルッチャさんの講和はなった。


 そして、僕は、オストルッチャさんをともなって、ポルト・サパーノに入港する。僕達の警護に近衛兵団を、さらに用心の為に皇帝直属軍を配備したのだが、いらなかったようだ。


 オストルッチャさんは、サパ共和国において、大人気だったようだ。多くの民衆が道に出てきて大歓迎で迎え入れられる。そして、それは、首都サパにおいても同様だった。


 僕の心配は杞憂きゆうだったようだった。



 そこで、


「僕は、立ち会い遠慮させてもらうよ。病み上がりで、体が疲れやすいんだよ。ごめんね」


「いえっ、陛下、ごゆっくりお休みください」


「お手数おかけしました。陛下、本当にありがとうございます」


「うん」


 まあ、そんなに疲れてないんだけどね。



 そして、ウルチョーネさんとオストルッチャさんは、二人だけで対面し、話し合ったようだった。何を、話したかは知らないし、興味もない。


 さらに二人は、サパ大聖堂へお墓参りには行ったようだった。


 この平和が、長く続くと良いんだけどね。





 そして、サパに滞在して、しばらくすると、一旦いったん帰ったオストルッチャさんが戻って来て、面会を求めてきたのだった。



「オストルッチャさん、どうしたの?」


「はい、ビオランティナ共和国が、陛下のサパ共和国滞在に恐怖を抱いたようで、降伏こうふくを求めてきたのですが、いかがいたしましょう?」


「降伏? ビオランティナ共和国を攻めてもいないし、戦いにもなっていないけど」


「はい、まあ、降伏というか、講和を意味しているのでしょうが……」


 オストルッチャさんの話によると、前回の僕のダリアへの遠征でビオランティナ共和国は敗北した。


 だけでなく、アペリーロさんが、名族めいぞく子弟していを殺し回った事で、国は乱れに乱れたのだそうだ。



 昔は、ビオランティナ共和国の教主派内部の黒派ネーリ白派ビアンカの争いだったが、それは、一応、黒派の勝利で終わった。


 さらに、今度は、黒派内部の、トーシン派とドナテシ派とに分かれての戦いになっているのだそうだ。まあ、トーシン家と、ドナテシ家が中心となった派閥抗争はばつこうそうなのだが。


 そして、内部抗争で国力の低下を不安視したドナテシ家が、どっちつかずだった有力者ガルヴァリィ家と同盟し、僕との講和を求めてきたようだった。



「まあ、リューカ共和国は、先年の戦いでもビオランティナ共和国に勝ちましたから」


「えっ、戦ったの?」


「はい」



 1315年にもオストルッチャさんは、単独でビオランティナ共和国と戦い勝ったのだそうだ。ボロボロじゃない、ビオランティナ共和国?



「それで、どうするの?」


「どうするの? と言われましても向こうは、陛下への降伏を求めておりますので、陛下だったら降伏しても悪いようにはしない、という読みなのだと思いますが……」


 そうか~。僕はカール従兄にいさんにも、甘いって言われたけど。降伏したって属国ぞっこくにしたりはしないからね~。


「じゃあ、会おうかな? まあ、ビオランティナでだよね」


「陛下が、サパに呼べば来るとは思いますが、トーシン家がその間にどう動くか……?」


「だよね~」


 という事は行くしかないか~。ビオランティナ共和国首都のビオランティナに。経済、文化の中心だったが、近年はその役割は、ジローラや、サパにとられてはいた。しかし、この一帯いったい屈指くっしの大都市だし、観光も兼ねて行ってみるか~。



 僕は、皇帝直属軍を動かす。


「ビオランティナを攻め落とすんですね。お任せください! ちり一つ残さず灰燼かいじんしてやりますよ」


 という、フルーラのいつもの冗談を聞き流し……。冗談だよね?


「我々も、兵を率いて同道致します。多いに越したことはありませんからな~」


 いやっ、多すぎると、攻め落とすんじゃないかって勘違いされるかもよ~。


 というわけで、アペリーロさんと、オストルッチャさんが、それぞれ5000あまりの兵を率いて行軍に加わった。これで、総勢25000。現在のビオランティナ共和国が、総動員して集められる兵力の3倍以上の兵力だった。


 これでイザとなってもどうとでも出来るはずだったのだが……。





「なかなか消えないね〜」


「そうっすね」


「フルーラも、アペリーロさんも、オストルッチャさんも、大丈夫かな?」


「大丈夫っすよ、きっと」


「心配だから見に行こうかな?」


「駄目っすよ!」


「え〜」



 こんな事をしている間も、ビオランティナの街は、燃え続けていた。いやっ、だいぶ下火したびにはなっているようだったが、延焼箇所えんしょうかしょは広がっていた。



 そして、ようやく鎮火ちんかし、街の中に入れたのは五日後の事だった。



「しかし、よく燃えたね~」


「ええ、本当に灰燼に帰すですね」


 僕と、アンディは、ようやくビオランティナの街に入ったのだった。有名な石造りのデルベッキオ橋も、聖マリア門も含め、1900軒もの家が、燃えたのだそうだった。



 ヨーロッパは、石造りの家が、多いから燃えにくいと思われがちだが、床と屋根は木造だったり、家の中も結構木製なので、燃えるんだそうだ。それに石造りだと、延焼の広がりを防ぐ為に、家を崩すのも難しいのだそうだ。



「フルーラも、アペリーロさんも、オストルッチャさんも、ご苦労さま」


「はい、ありがとうございます。しかし、正直疲れましたよ」


 3人とも、全身煤ぜんしんすすまみれ、顔には疲れが出ていた。休ませてあげたいけどね〜。



「それで、火事の原因だけど、何だったの?」


「それなのですが……」


 そう言いつつ、アペリーロさんは、真っ黒な顔をズイッと近づける。僕は、スッと後ろに下がる。アペリーロさんは、ちょっとえっ、という顔をする。ごめん、アペリーロさん。


「うん」


「実は、付け火だったそうで……」


「えっ、放火だったの? 犯人は?」


「はい、トーシン派の司教が、犯人として捕まっております。本人の自供もあり、間違いないと思うのですが」


「そう」


 司教が、そんな事するんだね。追いつめられてって事なのだろうか?


「それでなのですが、此度こたびの放火、ロマリアの火が使われた模様でして……」


「えっ、ロマリアの火?」


「はい」


 ロマリアの火とは、東ダリア帝国が大軍に囲まれても、なかなか負けなかった原因の兵器だった。一度火がつくとなかなか消えず、海戦でも水でなかなか消えないものだそうだ。見たことはないけど。


「なんで、そんな物が……」


「ええ」


 東ダリア帝国の秘中ひちゅうと言われている兵器がなぜ、ビオランティナ共和国にあるのだろうか?

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