第172話 ビオランティナ燃ゆ①

「え〜と、綺麗きれいだね~。歓迎かんげいの花火かな?」


 花火とは、ダリアのビオランティナに始まる、神聖教の祝祭しゅくさいで用いられる、人形が口から火をく仕掛けだった。


「あんな激しい花火は、ないんじゃないんすか? たぶん、違うんじゃないんすかね〜」


 僕とアンディは、ぽかんとビオランティナの街をながめていた。



 だが、オストルッチャさんと、アペリーロさんがあわてて。馬を飛ばしてやってきた。


「あれは、燃えているんです」


「あれでは……、早く助けないと」


「えっ、あれ、火事?」


「はい」


 皆の声が、ハモる。



「大変だ! 早く助けないと! 進め!」


「お〜!」


 全軍が進み、僕も馬を走らせようとするが、


「グーテル様は、駄目です!」


「え〜!」


 アンディに、止められたのだった。



 僕は、視線を再びビオランティナの街に向ける。ビオランティナの街は、いくつもの火柱ひばしらが立ちのぼり、勢い良く燃えていた。


「ビオランティナゆか〜」


 炎によって、夕闇ゆうやみせまるビオランティナの空は、真っ赤に染まっていた。



 こうして、ヴィロナ公を滅殺めっさつし、ビオランティナの街を灰燼かいじんさせ、自分の思惑おもわく通りにいかないと全てを滅ぼす、魔王が誕生した。世界三大魔王? 古のダリア帝カラカラさんとか、エグレス王ジョンさんとか? もう一人は?


 って、誰の事? えっ、僕? って、全て、僕のせいじゃないからね!





 時は、少し戻る。



「そう、ご苦労さま、アペリーロさん。ごめんね、つらい役目を負わせちゃって」


「いえっ。そのような事は。もったいないお言葉です」


 アペリーロさんは、そう言うが、顔には苦悩くのうの後がうかがえた。


「それで、ガンバーリさんは?」


「見つかりませんでした。八方はっぽう手をくして探したのですが……」


「そう」


 ヴィロナ公ガンバーリさんは、姿を消した。奥さんもお子さんもだそうだ。


 どこいったのだろうか?


 この時点では、僕も行き先を知らなかった。



 僕は、後で、オーソンさんに行方ゆくえを探してもらったのだが、叔母おばであるエローラこうの奥さんに、エローラ領内にかくまわれていたそうだ。


 だけど、二度と歴史の表舞台には立てないような精神状態だったそうだ。ご苦労さま、ガンバーリさん。後は、ゆっくり休んでくださいね。



「じゃあ、アペリーロさんが、ヴィロナ公だね」


「えっ、いえっ、私は……」


「他にいないでしょ」


「しかし……」


「ヴィロナ公国の安定が、先決せんけつでしょ?」


「はっ、かしこまりました。このアペリーロ・ヴェルディ。つつしんでお受け致します」


「うん、よろしくね、アペリーロさん」


「はっ」


 こうして、ヴェルディ家の三男アペリーロ・ヴェルディが、ヴィロナ公に就任し、ヴィロナ公国の件は片付いた。


 ヴェルディ家にとって、長男、次男、四男を失うという後味あとあじの悪いものとなった。





 その後も、僕は、ゼニア共和国のゼニアにて、体調の回復を待った。


 その間に、色々な方のお見舞いを受け、さらに面会を求められ、その内の何人かと会うことになった。一人は、ダリアのバドバ出身の神学者で、法学者の方だった。



「法は、自然に出来上がる物でも、神によってさずけられる物ではなく、人によって作られ人のために、用いられるものなのです」


「うん」


 こう熱く語るのは、マロシウスさんと言う方だった。法は神によって授けられる物ではない、これで、神学者というのが、驚きだった。今の神聖教の教主様に聞かれたら、異端いたんという事にされてしまうかもしれないね。



「そして、法の支配者である陛下達、為政者いせいしゃは、人民じんみんに対して責任を持っているのです」


「なるほどね」



 これは面白い考えだった。僕達が、法を施行しこうしたり、強制力きょうせいりょく発揮はっきさせる事は、領民に対して、責任もともなうと言う事だろう。だけど、その通りかもしれない。


 法は人が作り、人の為にあり、また、責任も伴う。とても進んだ考えのように思えた。



 さらに、彼は踏み込んでいく。


「国は、共同体なのです。そのいただきに陛下がおられる事は、否定しません。そして、法によって統治とうちされるべきなのです。そして、それは人民の為の法であって、神の法ではないのです」


「そうかもね~。いやっ、そうあれべきかもね~」


「はい」


 ようするに、国に神聖教の法が影響する事がおかしいと言っているようだった。


「だったら、マインハウス神聖国の皇帝は、選帝侯によって選ばれ、教主様によって戴冠たいかんするけど」


「ええ、選帝侯の方々によって選ばれ、帝国議会で承認されれば、マインハウス神聖国の皇帝であるという法があれば、それが全てかと」


「なるほど、後は教主様によって、戴冠するもしないも、自由って事か」


「はい」


 そこで、マロシウスさんは、ちょっと考え。


「しかし、失礼ながら陛下。私の話をこんなに聞いて頂けるとは思いませんでした」


「ん? 面白かったし、僕の考えに近かったし、僕にとって都合も良かったしね」


「そうでしたか。では?」


「うん、マロシウスさんに帝国法をまとめてもらって、帰ったら選帝侯会議にかけようと思う」


「かしこまりました、では、さっそく作業に取り掛かります」


「うん、よろしくね」



 そして、もう一人は、


「陛下は、聖堂騎士団の方も、お救いなされたとお聞きしました。我ら、フラメンゴ会清貧派をお救い下さい」


清貧派せいひんは?」


 フラメンゴ会は、ドミニカ会同様、神聖教の腐敗ふはいなげき、清貧をおもんじて作られた修道会であった。


 しかし、長い年月で、清貧をおもんじるはずの修道会も、やはり腐敗する。そこで、これじゃいけない我々は。って事で作られたのが、フラメンゴ会清貧派なのだそうだ。


 だけど、よく聞くと清貧派の方々が、極端なだけかもしれないね〜。



「え〜と、その法衣ほういは何? 盗賊に襲われた?」


 その方が来ている法衣は、ボロボロで膝が出るくらい短く。まあ、ちょっと……。


「いえっ、これこそ清貧派の象徴なのです。聖者様は、裸で生まれ、裸で死んだのです。ならば、我々も、それに沿った生活をするべきなのです。それを、ヨハン様は……」


「へ〜」


 どうも、フラメンゴ会主流派と清貧派は、お互い対立する事になった。それを、先代教主のクレメントさんは、お互いを認め公平に処遇しょぐうした、それでおさまったはずだった。が、今度、教主となったヨハン22世は。


「清貧も大事だが、それよりも公平の方が、さらに大事だ」


 と言って。数の多いほうが正しいとして、清貧派を弾圧したのだそうだ。そして、逃げてきたのがこの方。


「まあ、ヨハンさんは、フェラード君の言う事も聞かないみたいだから、僕の言う事は、もっと聞かないと思うよ」


「そうですか……」


「まあ、フラメンゴ会の主流派の方々に、あまり敵対しないように言っておくよ」


「はあ」


 まあ、こんな感じで、あまりぱっとしない出会いだったが、だけどこの出会いが、フラメンゴ会主流派と関係が生まれて、ロマリア教主庁についての人材についての不安が無くすことになったのだった。


 要するに、フラメンゴ会主流派の方々に書状を送ったら、フラメンゴ会主流派の総長さんが、ヨハン22世のやり方は良くないと、清貧派の方々をかくまう事、そして、考えとして認める事を約束してくれたのだった。そして、ロマリアにて、会うことも決まった。





 そして、半年後、ようやく体調の回復を果たすと、僕は、移動を再開したのだった。



 僕達は、船に乗り、サパ共和国へと向かう。


「うん、海は良いですな~、陛下。我が国は内陸国ゆえ、海がありませんから、正直うらやましいです」


「ヴィロナ公、遠慮せずに言って下されば、船はいつでも出します。同盟国なのですから」


「アルオーニ殿、それは、有り難い。では、機会があれば遠慮なく」


「どうぞどうぞ」


 ヴィロナ公アペリーロさんは、ヴィロナ公国軍5000あまりを率いて、参陣していた。


「ヴィロナ公国は、大丈夫なの?」


「はい、ここ半年で国内は落ち着きました。それに、優秀な家臣もおります。そやつらに、任せてありますので」


「そう」


 だそうだ。そして、ゼニア共和国元首アルオーニさんも、自ら艦隊を率いていた。


「陛下、無理はなさらず、もっとゆっくり休まれた方が……」


「大丈夫だよ。完全に体調は、この半年で良くなったから」


「そうですか……」


「それに、急ぐわけじゃないけど、先は長いしね」


「かしこまりました。では、船を用意致します」


 という感じだった。



 そして、サパ共和国に。あれからどうなっているのだろうか? ウルチョーネさんと、オストルッチャさんは、仲良くやっているのだろうか?



 サパ共和国の港、ポルト・サパーノでも、そこからオルト川をさかのぼって、サパ共和国の首都サパに入っても、再び熱狂的な歓迎を受けるが。



「元気無いね〜。どうしたの?」


「こ、これは、申し訳ありません。陛下こそ、毒殺されかけてからの病み上がりだと言いますのに」


「ああ、うん」


 確かに、そうだった。面と向かって言われると、ちょっときつい。



 そして、ウルチョーネさんは、ため息を吐きつつ。


「は〜。サパ共和国は、戦いに負けまして、どうしたら良いかと悩んでおるのです」


 へ〜、負けたんだ。どこに?


「ビオランティナ共和国と戦ったの?」


「いえいえ、あそこは陛下に破れて以来、内部対立が激しく、我が国と戦う余裕はありませんよ」


「じゃあ?」


「リューカ共和国です」


「えっ! リューカ共和国?」


 え〜と、確かオストルッチャさんが、執政官をやっている国だよね~。


 だけど、聞いた話だと、絹織物で活気のある街だが、そんな大きな街じゃない。国としたら小国だよね~?


「はい、その〜、サパ共和国傘下の街が、次々にリューカ側に寝返っておりまして……」


「それは、なぜに?」


「その〜、戦いも上手く、人気もあるので……」


「う〜ん、それは、講和するしかないんじゃない?」


 まさか、僕にサパ共和国側にたって戦えとは、言わないよね?



「まあ、そうなのですが、私としては……。サパ共和国としてのプライドと名誉めいよがありまして……」


 う〜ん、サパ共和国のプライドと名誉というよりは、自分の立場ってことだろうけど。



 まあ、だけど、ウルチョーネさんにも、前回の恩義がある。僕は、オストルッチャさんに、話を聞くことにしたのだった。



 さすがに、オストルッチャさんに、サパまで来てもらうわけにはいかないし、僕がリューカに行くのも立場的に駄目って事で、ゼニア共和国艦隊の船の上です話す事になった。



 僕は、ポルト・サパーノに戻り出港。


 そして、海上でも待っていると、一隻の船が近づいてきた。オストルッチャさんが、乗船している船だった。

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