第171話 ヴィロナの嵐②

 ガタゴトガタゴトガタゴト。


 また、このパターンか〜。また、荷馬車で運ばれているようだった。


 ガタゴトガタゴトガタゴトガタゴト。


 うえっ、気持ち悪っ! き気におそわれ飛び起きる。


「はい、お父様、おけです」


「ありがとう、マリー。うえっ」


「グーテルさん、良かった〜!」


「あっ、お父様、危ない!」


 僕は、意識を失った。



 ガタゴトガタゴトガタゴトガタゴト。


 また、このパターンか〜。また、荷馬車で運ばれているようだった。


 ガタゴトガタゴトガタゴトガタゴト。


 後頭部が、ズキズキと痛い。僕は、そ~っと目を開ける。


「良かった、グーテルさん」


 心配そうな表情で僕をのぞき込む、エリスちゃん。その隣で、冷静な表情でこちらを見るマリー。


「良かったですね、お母様。殺人犯にならなくて。マインハウス神聖国皇帝を殺害したのは皇妃こうひだったって、後々の歴史書に書かれずにすみますよ」


「ごめんなさい」


 落ち込む、エリスちゃん。


 ん? どったの?



「ふ〜、これで安心でしょう。毒は、全部吐かせて、中和剤ちゅうわざいも飲ませましたから。後は、炎症箇所えんしょうかしょが治るのを、気長きながに待つしかありません」


 そういう声が聞こえ、白髪しらがのおじいさんが覗き込んできた。あんた誰?


「良かったです、良かったです」


 と、泣き始めるエリスちゃん。


「先生、ありがとうございました」


 冷静に御礼おれいを言うマリー。どうやら白髪のおじいさんは、お医者さんのようだった。


「処置が早くて良かったです。いきなり解毒剤げどくざいを持ってついてこい! と言われた時は、びっくりしましたが」



 そして、先生は僕を覗き込むと、


「陛下、どこか痛い所ございますか?」


「頭、痛い」


 僕の声とは思えないかすれた声に、しゃべると耳の中で音が、モワンモワンと反響はんきょうする感じがした。


「それは、奥様におっしゃってください」


「えっ、エリスちゃん、頭痛い」


「ごめんなさい、グーテルさん」


 エリスちゃんは、そう言うと、僕の頭を持ち上げ、膝枕して頭をなで回す。エリスちゃんと密着する。デヘヘへ、柔らかい。


「お父様の頭の痛みは、お母様がきついて、お父様を床に押し倒した事によるものです」


「マリー、余計な事言わないでね~」


 エリスちゃん、怖い。



 こんなコントみたいな事をやっていると、アンディと、アペリーロさんがやってきた。二人とも顔怖い。それに血塗ちまみれだ。



「陛下、誠に誠に申し訳ありません」


 アペリーロさんが、平身低頭へいしんていとうあやまる。


「どうして謝るの、アペリーロさんが悪いんじゃないんでしょ?」


「そうっすよ、死ななかったんだし」


「ですが、身内みうち不始末ふしまつ。何とおびをして良いのか……」


「まあ、それは、そうっすね」


 アペリーロさんの謝罪に、ちゃちゃ入れるアンディ。だが僕は、状況が良く分かっていなかった。


「スプリッアーさんは?」


「死にました。おそらく、即死そくしかと……」


 アペリーロさんが、つらそうな表情で言う。


「そうか~、スプリッアーさんは、僕の身代わりになっちゃたね。悪い事したな~」


「いえっ、陛下のお役にたてたと、あの世で喜んでおりましょう」


「そうかな?」


 まあ、違うと思うけど、僕は、あの人懐ひとなつっこいスプリッアーさんを思った。良い人だったのにな~。すると、ふつふつと怒りが湧いてくる。


「許せないな~、スプリッアーさんを殺すなんて」


 すると、アンディは、


「そうっすね。許せないっすよね。サンブール」


「やっぱり、サンブールさんが、犯人なんだ?」


「はい、それだけは、確実かと」


「そうか~」


 そう言えば言っていたな~。僕がいなければヴィロナ公国がダリアの覇者はしゃにって。


「ガンバーリさんは?」


「ガンバーリ兄さんは、いえっ、ヴィロナ公は、行方不明ゆくえふめいです」


「行方不明?」


「はい、ヴィロナでも探しているようです。我々の脱出時の混乱状態こんらんじょうたいの中で、家族共々どこかに逃げたのだと思います」


「逃げた? なぜ? どこに?」


「それは、分かりません」


「そう」


 僕は、考えようとするが、いまいち頭が動かない。


「あれっ、そう言えば、フルーラは?」


 もしかして、あの後、ヴィロナで戦っているのだろうか?


「いやっ、説得すんの大変だったんすが、一緒にゼニアに向かってます」


 アンディにそう言われて、僕は安心する。


「そう、良かった」


 皇帝直属軍が動き、ヴィロナで戦いになったら、いきなりの戦争開始。多くの領民りょうみんが巻きえになるだろう。それだけは、避けたかった。だけど。



「後で、フルーラ呼んで来て」


「はいっす」


「お待ち下さい、陛下」


「ん? どしたの、アペリーロさん?」


「陛下は、みずから戦いにおもむかれるおつもりですか?」


「うん、そうだよ」


 すると、エリスちゃん、アンディが反対する。マリーは、はいはいお父様って、そういう人ですよね~。って顔でこちらを見ていた。


「いけませんよ、グーテルさん」


「そうっすよ、無理しちゃ駄目っすよ」


「だって、フルーラだけじゃ心配だし」


 まあ、フェルマンさんいるけど。


「陛下、ヴィロナ公国の失態しったいは、ヴィロナ公国でけりをつけます」


「えっ、アペリーロさんが、やるって事?」


「はい」


「でも、兵は?」


 おそらく、ヴィロナ公国の主兵力しゅへいりょくはヴィロナにいるだろう。だとすると、現在、アペリーロさんの手元てもとにある兵力は、かなり少ないんじゃないかな?


 相手は、前から準備していただろうし。


「大丈夫です。所詮しょせん、サンブールです。戦いになれば負けません」


「そう。分かったよ、だったらまかせるね」


「はっ、有りがたき幸せ」


「ただし、戦いが長引ながびいて、僕が参戦さんせん出来るようになったら、遠慮えんりょなくやるからね」


「はい、かしこまりました」



 この後、僕達は、ゼニアに到着し、ゼニア共和国元首アルオーニ・スコピーニさんの、出迎でむかえを受けた。


「陛下、ご無事ぶじなようで何よりです」


「あまり、ご無事じゃなかったけどね~。何とか、命は大丈夫だったよ」


「そうでしたか。まあ、まずは、ごゆっくりお休みください」


 こうして、僕はゼニアにて、回復を待つことになった。


 そして、フルーラは、


「グーテル様のかたきをとるのです! 止めないでください!」


「あ〜、僕は、死んでないけど~」


「それでもです! 許せません! ヴィロナ公国ごと、ひねつぶして御覧ごらんにいれます」


「だから、駄目なの」


「ですが~」


「駄目なの!」


「む〜、はい」



 そして、アペリーロさんは、家臣と共に、ヴィロナへと戻って行った。しかし、子飼こがいの傭兵部隊ようへいぶたい200名ほどだけ。大丈夫だろうか?





 アペリーロは、ヴィロナ公国南部の都市ピエッタに入ると、各地の軍の招集しょうしゅうを開始した。


「ヴィロナ公国辺境へんきょう守備軍、招集に応じてくれる模様もよう!」


「アレッサンドロ隊、ピエッタに入られました!」


「ピエッタ市民兵は、出撃しゅつげき準備整いました!」


「ああ」


 ヴィロナにいるヴィロナ公国の主力軍以外の兵が続々と、ピエッタの街に集結しゅうけつしてきていた。


 まあ、それでも、ヴィロナにいる軍勢の半分くらいだった。だが、


「ヴィロナに向けて出撃する! 反乱軍をたたくぞ!」


「お〜!」


 マインハウス神聖国の旗とヴィロナ公国旗こうこくきを掲げて行軍を開始する。目的地は、ヴィロナだった。



 一方、サンブールは、


「何っ、またか?」


「はい」


 ヴィロナの民の一部による門の占拠せんきょ、そして、開放事件かいほうじけんが繰り返し起きていた。


 夜、ヴィロナの民衆がどこかの門に押し寄せる。すると門番もんばんも抵抗すること無く、門を明け渡し、門は開かれる。


 それに気づき、兵が攻め寄せると、民衆はさっさと逃げる。これが毎晩まいばんり返されていた。


「これでは、籠城戦ろうじょうせんはできないか~」


「はい」


 ヴィロナの街中にある、城での籠城戦も考えたが、ヴィロナの市民が向こうにつき、一緒に攻め寄せたらと考え、それを避けたかった。


 だったら、城外決戦だな。近づく、アペリーロの軍勢を迎え撃つ為に、サンブールは、城外にて決戦けっせんいふどんだのだった。



 本来、数で上回る、ヴィロナ公国正規軍という名の反乱軍による、制圧戦のはずだった。


 前回より国力の増したヴィロナ公国軍は、総兵力12000を有し、正規軍だけで6000あまりの兵力を有していた。さらに、サンブールは、ヴィロナ公国の協力者から1000あまりの援軍を得て、総勢7000の軍勢を有していた。


 対して、アペリーロは、ヴィロナ公国の辺境守備軍等の3000。そして、ヴィロナ近郊まで侵攻するうちに、さらに1000ほどの兵が集まり4000ほどになっていた。


 ヴィロナの郊外で向き合った時は、サンブール軍7000対アペリーロ軍4000の戦いとなった。



 そして、両軍は激突する。


「戦力を集中させろ! 敵はサンブールのみ、他は、ほっといてかまわん!」


「敵は、一点集中をはかっているぞ、敵を包囲殲滅ほういせんめつする!」


 アペリーロの策と、サンブールの策が激突する。


 本来だったら、一点突破をはかる軍勢を包囲する。さらに、包囲する側の方が数が多い。


 というわけで、包囲する側の勝利のはずだった。


 しかし。


「敵軍、第三陣を突破し、こちらに迫っております」


「予備兵をまわせ、陣を厚くする」


「はっ!」


 だが、中へ中へとアペリーロ軍が、入り込む。


「もう、これ以上、もちません!」


「くっ、なぜだ。なぜ負ける?」


 サンブールは、軍の崩壊前ほうかいまえに軍を引き、ヴィロナへと退却する。見事な退却ではあった。



 そして、サンブールは、ヴィロナの街中での戦いを決意し、兵を配置する。



「よしっ、ヴィロナへと侵入してきたところを、三方向から包囲する」


「はい」


 完璧な作戦のはずだった。


 そして、三方向から攻めたてられ軍は崩壊した。


 慌てて、城内に向かい逃げた。



 そう、逃げたのはサンブール軍だった。ヴィロナの街中の戦いで、三方向から責めたてられたのは、サンブール軍だったのだ。



 実は、サンブールの思い違いは、最初からだったのだ。金で雇い多くの兵士を集めていた。しかし、マインハウス神聖国の旗のもと、皇帝の正規軍であるという正統性のもとに集まった兵や、アペリーロを助けようという義侠心ぎきょうしんで集まった兵に対し、金で雇われた兵では、やる気が違ったのだった。


 そして、サンブールの指示の下、別行動の指示を受けると、別道部隊は、あっさりと寝返ったのだった。これで、4000対7000の戦いは、8000対3000の戦いとなったのだった。


 さらに、三方向からの攻撃に、サンブールが逃げると次々に降伏。城内に逃げる頃には、サンブール軍は、500名ほどになっていた。



 そして、籠城戦となるが、降伏した軍勢は、次々にアペリーロ軍に加わり、アペリーロ軍は、1万あまりの軍勢となっていた。対するサンブール軍は500名。あっさりと、城内に突入され、サンブールは、アペリーロに捕捉ほそくされたのだった。


 そして、一対一で、向き合った。



「なぜ、陛下を裏切った?」


「う、裏切ってはいない! 私は、ヴィロナのために」


「ヴィロナの為? どこが、ヴィロナの為なのだ?」


「そ、それは、ガンバーリ兄さんや、アペリーロ兄さん、そして、私が組めば、ヴィロナが、ダリアの覇者になれたのだ!」


「ふん! 陛下がおられたからヴェルディ家のヴィロナがあるのだ。陛下の力無くして、なんとする?」


「陛下が、ヴィロナの未来をさまたげていたのだ!」


「は〜。 お前は、何も分かっていない。陛下の力が無ければ、我らがヴィロナの支配者になる事も無ければ、なれたとしても、四方八方しほうはっぽう、敵ばかりだったのだぞ」


 そう言いつつ、アペリーロは、剣を抜き、構える。サンブールは、腰を抜かせたように座り込む。


「お前は、見ていなかったようだが、陛下は、ちゃんとお前を見ておられたぞ。お前は、兄上を官僚かんりょうとして支える人材だと、お前に軍師ぐんし参謀さんぼうさいは無いこともな」


 アペリーロは、そう言いつつ、一歩近づく。


「そんな……、私は私は……」


「さて、実の弟が大逆罪たいぎゃくざいで処刑されるのを見るのは、しのびないのでな」


 アペリーロは、そう言うと、剣を一閃いっせんさせる。



 血が天井近くまで吹き上がり、サンブールの首を大きく飛ばす。



「さらばだサンブール。地獄で待っててくれ、俺も後で行くからな」


 アペリーロは、そう言い残して、布を取り出し剣に付着ふちゃくした血液をき取ると、サンブールだったものに背を向けた。


 ドサッ。


 首を無くしたサンブールの体が、地面に倒れる。



 こうして、ヴィロナの乱は、終結したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る