第170話 ヴィロナの嵐①

「ご無沙汰ぶさたしております、陛下。ようこそお出で下さいました」


「アペリーロさん、ご無沙汰してます。あの時は、ありがとうね」


「はい、陛下のお役にたっていれば何よりです」


 ヴィロナの城門まで、ヴェルディ家の三男アペリーロ・ヴェルディさんの出迎でむかえを受ける。


「そう言えば、お兄さんは元気?」


 ヴィロナ公ガンバーリさんの事だ。


「それが、最近あまり良くないんですよね」


「えっ、病気?」


「いやっ、病気ってほどじゃないんですが……。まあ、真面目まじめすぎるんですよ」


「そうなんだ」


「はい、何事も真面目にやり過ぎて、オーバーヒート気味なんですよ。もうちょっと気楽きらくに、それにもっと俺達を頼ってくれれば、良いんですがね」


「頼らないの? 軍事面ではアペリーロさんに頼ってるんじゃ」


「まあ、それはそうですが、スプリッアー兄さんだって、兵を率いればやれるんです。俺の使い道は他にあるし、サンブールの奴だって……」


「なるほどね。荒事あらごとや、現場監督はスプリッアーさんにまかせ、アペリーロさんは、外交とか内政面の統制とうせい交渉事こうしょうごと、そして、サンブールさんは、細かい政治面の事務処理なんかを、任せるって感じかな?」


 そう、僕の見た感じだと、スプリッアーさんは、武力だけでなく、人にもしたわれている。良い参謀がいれば充分じゅうぶん戦えるし、公共工事こうきょうこうじなども先頭に立って働き、皆がついてくるだろう。まあ、ヴィロナ大司教が現場監督は、おかしな感じもするが。


 で、アペリーロさんは、確かに統率力とうそつりょくもあり、用兵家ようへいかとしても一流だが、それは、冷静に考える事の出来る頭脳と、優れた観察眼をもっているからだろう。だから、外交交渉がいこうこうしょうや、話し合いの場での活躍。優れた政治家として、人を動かす事も出来る。それこそ、ヴィロナ公の右腕みぎうでとなれる人材だ。


 さらに、サンブールさんだけど、本人、参謀さんぼう軍師ぐんしと思っているようだが、サンブールさんの頭の良さはそっちではない。財務ざいむや、生産量のコントロール、物流ぶつりゅうの管理等の、処理能力に優れているように見えた。なので執政官しっせいかんとして働かせれば良いと思う。


 そして、ガンバーリさんは、何でもこなせるが、能力的に特筆とくひつしたものは無い。真面目な性格と実直じっちょく人柄ひとがらしたわれているが。ようするに、兄弟達を働かせて、それを指揮すれば良いのだ。



 すると、アペリーロさんは、驚いた顔をして、


「そうなんですよ。それをスプリッアー兄さんと、サンブールを組ませて戦いに行かせたり、外交にサンブールを行かせて、上手くいかなくて、余計に自分が働かなくちゃいけないって事になるんです」


 なんか、サンブールさんの悪い事しか言ってないような気がするが。


適材適所てきざいてきしょってあるもんね。僕なんか、皆に任せてらくしかしてないよ」


「陛下は、特別なのでしょうが……。しかし、はい、兄にも真似まねしてもらいたいものです」


「そうだね~」



 アペリーロさんと馬を寄せて、そんな事を話しながらヴィロナの街中を歩を進めていると。大声がひびく。いやっ、とどろく。


「お〜い! 陛下〜! アペリーロ〜!」


 おっと遠くで、白の法衣ほういをまとったスプリッアーさんが、手を振っている。


 すると、アペリーロさんは、馬を飛ばして、スプリッアーさんの所に行くと、スプリッアーさんを思いっきりなぐる。


「痛て〜な〜」


だまれ馬鹿。陛下に失礼だろ」


「あっ、そうか。ごめん」


 アペリーロさんは、問答無用もんどうむようで、スプリッアーさんを断罪だんざいする。うん、仲の良い兄弟だ。


「陛下、すまね〜」


「馬鹿! 兄貴あにきは、ヴィロナ大司教になっても、言葉を知らないのか?」


「いやっ、え〜と、陛下、ようこそお出で下さいました」


「スプリッアーさんも、わざわざお出迎えありがとう」


「いやっ、出迎えってわけじゃね〜……」


「オホン!」


「なくてありまして」


 アペリーロさんが、咳払せきばらいすると、あわてて言い換えるが、もう意味不明だった。


「そうなんだ〜」


 僕も適当に返す。



 そう言えば、皇帝直属軍は、さすがに、ヴィロナの街中に入ると大騒ぎになるので、城壁の外に駐屯所ちゅうとんじょを作って、そこで駐屯するそうだ。で、近衛兵団は、ヴィロナの街中に入り、僕の宿泊場所の周囲の警備にあたる。



 その宿泊場所なのだが、ガンバーリさんは、街の北の方に大きな防御機能もある石造りの城を建て、元々のヴィロナ公の宮殿をお客様用の宮殿として、使っているようだった。よう迎賓館げいひんかんと言えば良いだろうか?


 宮殿の中は改装かいちくされ、大きなパーティー用の広間ひろまに、複数の応接室、多数の豪華ごうかな寝室、騎士の待機所等の施設があり、見事みごとな美術品や絵画かいががある豪華だが、どこか気品きひんのある落ち着いた宮殿となっていた。



「目が、痛くないね」


 僕が、ランド王国の宮殿に比べての話をすると、


「ランド王は、セーラの結婚相手なんですよ」


 エリスちゃんに、たしなめられた。



 宮殿に入り、しばらく休んでいると、ガンバーリさんがやってきて、


「ご無沙汰致しております、グルンハルト陛下。このたびは、わざわざのお越し頂きありがとうございます」


「ありがとう。ご無沙汰だね、ガンバーリさん。だけど、ガンバーリさんは、お疲れのようだね。アペリーロさんも言ってたけど、任せられる仕事は、任せた方が良いよ」


 ガンバーリさんの目には、くまが出来。頬もけ、やつれていた。病気ではないそうだが、もう病人のようだった。


「はい、分かってはいるのですが、なかなか」


「もう、いっそ、しばらくアペリーロさんにでも、ヴィロナ公を任せて、しばらく休んでも良いんじゃない?」


「はあ、陛下が、そうおっしゃるのなら……。確かに、アペリーロの方が、ヴィロナ公にむいておりますしね」


 もう、そういう意味じゃないんだけどね〜。まあ、確かに、アペリーロさんの方がむいているとは思うけど。


「まあ、悪くとらないで。休んでみても良いんじゃないって、だけだからさ〜」


「はい、善処ぜんしょいたします」


 まあ、善処しますって、言われちゃうとね~。


「それで、陛下」


「うん」


「今日は、長旅ながたびでお疲れでしょう。ゆっくりお休み頂き、明日、陛下の来訪らいほうを祝うパーティーをおこなおうと思います」


「そう、楽しみにしているよ」


 という感じだった。パーティーの料理なんだろうね~? 美味しいワインもあるかな?


 そう言えば、サンブールさんは、挨拶、来なかったな~。





 翌日、パーティーが行われた。マドリガーレというダリア発祥はっしょうの宮廷音楽が流れる中、パーティーは始まる。


 僕は、エリスちゃんや、マリーと共に、長い長方形のテーブルの一番の上座かみざである短い辺に、3人揃そろって座った。


 僕達の近くには、ヴィロナ公ガンバーリさんを筆頭ひっとうに、ヴェルディ家の兄弟や、その奥さん達が並んでいた。



 僕達の後ろには、騎士物語を題材にしたタペストリーがかかげげられ、足元には、豪華な敷物しきもの、さらに良い香りもただよっていた。さらに、宮廷音楽マドリガーレ。


 で、マドリガーレは、ダリア最初の多声歌曲。3つの詩句でできた詩節が、間にリフレインされる詩句を挟んで幾つか連なる。のだそうだ。良く分からないので說明のままだ。


 ランド王国も凄いが、ヴィロナ公国の宮廷も見事なものだった。少し真似した方が良いだろうね。ちなみに、ヴィナール公国では、ランド王国の宮廷を真似しているようなので、僕はダリア風かな?



 そして、料理だが、まずは、ゼニア共和国から直送された海鮮かいせんを使った白身魚のタルタル。それに合わせてダリアの白ワイン。



 続いて、ヴィロナ名物のコトレッタだった。前菜からコトレッタ? と思ったのだが、意外と仔牛はさっぱりとして、フォン・ド・ヴォーと赤ワインのソースでさっぱりと食べれたのだった。


 そして、それに合わせるのは赤ワイン。濃厚のうこうすぎず、やや甘めの赤ワインがとても良く合ったのだった。



 と、そんな時に、赤ワインを持って、ヴェルディ家の四男サンブールさんが、席を立って挨拶にやってきた。ガンバーリさんのまゆが寄り、顔が少しくもる。



「陛下、ご無沙汰しております」


「うん、サンブールさんもご無沙汰だね」


「はい、有り難き御言葉」


 全然、有り難くなさそうな口調だった。



「陛下、ヴィロナ公国の発展、見ていただけましたでしょうか?」


 確かに、ヴィロナの街は、前回よりさらに活気にあふれ、発展していた。


「そうだね。活気に溢れているし、皆が活き活きとしていたね」


「そうでしょそうでしょ。これもひとえに、我が兄ヴィロナ公ガンバーリと、私……、私達、兄弟の力なのです」


 今、私の力です。って言おうとしてたよね? 自己評価高いね~。


「さすがだね、ヴェルディ家にヴィロナ公国を任せて良かったよ」


 これには、ガンバーリさんや、アペリーロさんが、嬉しそうな顔をしているのが見えた。



「それで……」


 サンブールさんが、そう言いながら、僕のはいに赤ワインを注ぐ。


「我がヴィロナ公国こそ、ダリアの覇者はしゃ相応ふさわしい。そう思われませんか?」


「ダリアの覇者ね〜」


 確かに、ヴィロナ公国は大きい国だし、経済力もある。だけど覇者か〜。南にはバブル王国、東にはネルドア共和国、そして他にも経済力のあるゼニア共和国やビオランティナ共和国、さらに、ジローナ共和国などもある。難しいでしょうね~。


「難しいと思うよ」


「はい、陛下は、お許しにならないと思いました」


「ん?」


 どういう意味?


「陛下がおられる限り、ダリアの覇者足らんとする、ヴィロナ公国の野望やぼうは達成出来ないと思う……」


 と、サンブールさんが言いかけると、ガンバーリさんが、立ち上がり。


「サンブール! 我々は、そんな事は考えておらんぞ!」


 本気で、怒っているようだった。


 場の空気がピリ付き重くなる。僕は、赤ワインを一口ひとくちながれる。うっ、まずっ、何このワイン。腐ってる? 僕は、テーブルに杯を置いた。



「ガハハハ。いつまで、くだらない話をしているんだ、サンブール。座れ座れ、今日は陛下の歓迎のパーティーだぞ。楽しめ楽しめ。ガハハハ」


 そう言いながら、サンブールさんの手からワインのつぼを取り上げると、一気に中身を飲みした。


「あっ、それは……」


「プファ〜! ガハハハ。うっ!」


 いやっ、よくそんな不味まずいワイン一気飲み出来るね~。さすがのスプリッアーさんも、目を白黒しろくろさせていた。いやっ、違うな?


「うぐぐぐ。ぐあっ。うっ」


「どうしたの、スプリッアーさん?」


 スプリッアーさんが、突然、うめき始めた。何だ? 


 見ると、顔色が灰色になっていた。そして、喀血かっけつして昏倒こんとうする。


 すると、僕も、胃がムカムカして、焼けるように熱くなる。そして……、意識が遠くなる。



 僕も、どうやら血を吐いて倒れたようだった。


「陛下!」


 アペリーロさんの声が聞こえた。それと同時に、大勢の兵士が入ってくるガシャガシャという音が聞こえるような気がした。


 意識が朦朧もうろうとし、途切とぎれ途切れに声が聞こえる。



「陛下を、お守りしろ!」


「とりあえず、斬り抜けましょう」


 アペリーロさんと、アンディの声。そして、


「逃がすか!」


 サンブールさんの声。


「私じゃ、私じゃない」


 ガンバーリさんの声が聞こえ。そこで、意識が途切れた。

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