最終章 グータラ殿下の天征記

第168話 今再びのダリアへ①

「天にしますわれらの父よ、 願わくは御名みなとうとまれんことを、 御国みくにたらんことを、 御旨みむねの天に行わるるごとく、地にも行われんことを。 我らの日用のかてを 今日我らにあたまえ。 我らが人にゆるす如く、 我らの罪を赦しまえ。父と子と精霊の御名においてアーメン」



 グーテルは、ヴァルダ城の新宮殿の礼拝室れいはいしつにて、朝の……。昼の礼拝をしていた。そして、それが終わると立ち上がり振り返る。



「そして、誰も居なくなったか~。さみしいね、アンディ」


大袈裟おおげさっすけど、確かに」


「フルーラも……」


「隊長は、死んでないっすよ」


「いや〜、居ないと寂しいな〜って」


「まあ、そうっすね」



 そう、近年、色々な人が、亡くなったり、引退したり、そして、異動いどうしたり、なんか寂しい気持ちになっていた。



 時は、神聖暦しんせいれき1316年の初夏しょかだった。僕は、48歳になっていた。



 そう、フェラードさんが亡くなり、ロイ君がロイ10世として即位そくいしたランド王国だが、戦いとジュ・ド・ポームにれたロイ君は、冷たいワインの飲み過ぎで病気になり、6月5日亡くなった。その治世ちせいはわずか2年。


 やっぱりのろわれているのかもしれないね〜。ちなみにロイ君のあだ名は、喧嘩王けんかおう。そんなに喧嘩強そうな感じじゃないし、短気でも無さそうだったけど。ブリュニュイ公国、エグレス王国、フランダース公国と、戦いばかりの治世だったからかな?



 そこで王位継承おういけいしょう問題だが、まずは、姦淫罪かんいんざい幽閉ゆうへいされていたマリーローズさんは、幽閉後の翌年亡くなった。これは、ロイ君の暗殺ではないかと言われていた。


 王となったロイ君には、正式な王妃おうひが必要だったのだ。だけど、神聖教教主様は決まっておらず離婚は出来なかった。だから、殺したのかもしれない。


 そして、王妃の死後直後にロイ君は、ダルーマ王ハールイ1世の妹さんと再婚する。だが、翌年6月ロイ君が急死。



 で、王位継承順位では、ロイ君の子供達なのだが、まず、マリーローズさんとの一女だが、これは、前にも言った通り、本当にロイ君の子供だろうか? となり、古い法律サリカ法典ほうてんを引っ張り出して、女性には、王位継承権が無いとした。


 まあ、元々、マインハウス神聖国と同じで女王の居ない国なので、いまさらではあるのだが。ちなみに、昔は、マインハウス神聖国と、ランド王国はサリカ法国ほうこくという、同じ国だったのだ。サリカ法典は、その時の法律だった。



 そして、ハールイ1世の妹さんだが、ロイ君が亡くなった時、妊娠中にんしんちゅうで、次の国王は、その子が男子だんしなら国王にという事になり、男子が産まれたのだが、死産しざん。ジョン王として、4日ほど王位にいただけに終わったのだった。



 そのため王位には、セーラの旦那だんなさん、フェラードジュニア君が、フェラード5世として即位し、セーラは、王妃となっていた。セーラが王妃、大丈夫だろうか?


 だけど、これでマインハウス神聖国と、ランド王国との関係は、さらに強固きょうこなものとなった。



 で、僕の周辺の話となるが、ガルプハルトが、60歳を向かえ引退を宣言。


「えっ、困るよ。ガルプハルトが居なくなると寂しいし」


「グーテル様、がたいお言葉ですが……」


「まだまだ戦えるでしょ?」


「俺もよわい60です。おとろえを感じるのですよ。まだ、動けるうちにやりたい事もありますし……」


「そう……」



 こうして、ガルプハルトは、皇帝直属騎士団長を辞任し、引退したのだった。しかし、まだまだ元気なガルプハルト。


 マスターと山へ分け入ったり、若い女性と結婚したり? 子供作ったり? えっ! う〜ん、ガルプハルト2世が、そのうち騎士になるかもしれないな。



 さらにヤルスロフ2世さんが引退し、ユージフさんが外務大臣に就任。デーツマン2世さんが、1302年に若くして引退されて1313年に亡くなってはいたが、それに遅れる事14年、引退の時をむかえたのだった。


 引き継いだのは、息子のユージフさんだった。


「え〜と、弟さん?」


「いえっ、息子ですが……」


 随分、貫禄のある息子さんだった。ヤン君が童顔だから余計かもしれないけど。


「そう。よろしくね。ユージフさん」


「はい」


 これで、ジークの治世を支える、宰相、内務大臣、外務大臣は比較的若くなった。おそらく皆、30代だ。



 そして、フルーラも、ガルプハルトの引退を受けて、女性初の皇帝直属騎士団騎士団長に就任。さらに、フルーラの推薦すいせんで、グリフォス君も皇帝直属騎士団に入団した。


「グリフォスは、近衛騎士より、直属騎士団の騎士に向いていると思うのだが、アンディ」


「確かに、そうっすね」


 僕の護衛騎士よりも、戦場で戦う方が向いているという事らしかった。



 さらに、フェルマンさんも、ジークとり合い悪そうなので、皇帝直属軍の軍団長に就任してもらっていた。ライオネンさんは、ジークと合うらしく、ボルタリア王国騎士団長になっていた。


 近衛騎士このえきしとしては、アンディとアンジェちゃんコンビが残ったのだった。



 そうだった、そのジークだが、21歳を過ぎ、パウロさんが摂政せっしょうを外れ、宰相さいしょうのみとなったが、相変あいかわわらずで、代わりに政治の表舞台に立ったのは、ルシェリアさんだった。王妃として外交し、お客様の来往らいおうに際してもキチンとやっていた。


 ジークは、まあ戦い好きで、わざわざ、ランド王国や、ダリア地方にも、援軍えんぐん要請ようせいがあると、ホイホイ出かけて行き、戦っていた。しまいには、最後の騎士とあだ名されているそうだった。まあ、要するに前時代的な騎士の生き残りって事だろうね。



 で、出かけてばかりのジークだったが、ちゃんと子供は生まれていて、昨年にはユリアちゃんが、そして、今年は男の子が生まれていた。


「かわいいね〜、ベロベロベー」


「フフフ、お義父様とうさまもかわいいですよ」


「ん? そう言えば、名前は?」


「カールですわ」


「そう、カールか〜、カールね〜。う〜ん?」


「お義父様、おいやでした?」


「いやっ、カール従兄にいさんを思い出してね~」


「そうですか。ボルタリア王族の伝統的な名前なので、良いと思ったのですが……」


「そうだね。うん、良い名だ。そうか、カール2世に、カール3世。お前は、カール4世かな?」


「はい」



 こうして、カール4世が誕生したのだった。これで、ボルタリア王国も安泰あんたいかな?



 そうそう、そして、神聖教教主だが、クレメントさんの後だったが、2年にも及ぶコンクラーヴェにて、新たな教主が、ランド王国ラヴィオルに誕生していた。その名は、ヨハン22世。御歳おんとし72歳。


 僕は、ヨハンさんに書状を出し、ロマリアへの帰還きかんすすめたのだが、あっさりと断られた。古い慣習かんしゅうしばられ腐敗ふはいしたロマリアより、ラヴィオルこそ新しい教主庁として相応しいそうだった。


 ちなみに、ランド王フェラード5世としては、干渉しないそうだった。



 さて、どうするか……。


 僕は、クレメントさんから預かった、聖遺物せいいぶつを取り出す。クレメントさんの遺髪いはつも入った黄金のロザリオ。



 クレメントさんは、これをロマリアに送り届け、クレメントさんに代わり、ロマリアに新しい教主をたてて欲しいと言っていた。



 まあ、送り届けるだけ、送り届けるか〜。


「アンディさ〜」


「はいっす」


「もう一度、ダリア行くかな」


「そうっすか、かしこまりました」


「反対しないの?」


「何をっすか?」


「いやっ、何でもないよ」


「はあ」


 卑怯ひきょうにも、アンディが反対したら、ダリアに行くのを止めようと考えていたのだった。



「じゃあ、フルーラに伝えて、出陣の支度したくして、ダリアに行くから」


「はい、かしこまりました」



 こうして、僕はダリア地方に行く準備をしたのだった。さて、エリスちゃんは行くかな?



「行きますよ。子供達も、成長しましたし」


「そう。じゃあ行く準備してね」


「はい。分かりました。ああ、そう言えば、マリーも行きたいみたいですよ」


「えっ、マリーが?」


「はい。何でも、良い政略結婚せいりゃくけっこんの相手を見つけたそうで……」


「えっ。なにそれ?」


「ね〜?」


 やっぱり、我が子は変わっているね~。



 そう言えば、シュテファンは、今、トンダルの所にいる。ヴァルダにいると、ジークに色々言われて嫌そうだったので、トンダルが連れて行ったのだった。政治や軍学の勉強をして楽しいそうだった。


 シュテファンは、僕に似ていると、言われていたが、結構ちゃんとやっているようだった。





「そう言えば、マリー。見つけた政略結婚の相手って、誰なんだ?」


 僕達は、ヴァルダを出発し、ダリアへと、向かった。


 経路は前回と同じく、ミューゼン公国、ハウルホーフェ公国、そして、ツヴァイサーゲルドを通っての旅だった。そのミューゼンに向かう道中どうちゅうの事、休憩中、僕はマリーに疑問に思っていた事を聞いたのだった。


「それは、ダルーマ王ハールイ1世ですわ」


「えっ、ハールイ1世?」


「ええ、ちょうど奥様亡くされて、新たな結婚相手を探しておられるでしょうし、ランド王国に送り込んだ妹さんは、跡継あとつぎを残せず、ランド王国との関係が、曖昧あいまいですから、政略結婚で強い結びつきのある国を求めてらっしゃるでしょうね」


「はあ」


 だけど、確かハールイ1世って、だいぶ年上じゃ無かったかね?


「だけど、マリー。ハールイ1世って年齢が……」


「そんなの気にしませんわ。今の世の中そんなの当たり前ですよ。だって、おお祖父様じいさまは、随分ずいぶん若い方と結婚したって聞きましたよ」


「そうだったね〜」


 やっぱり、マリーは、変わっているね~。しっかりしているというか、何と言うか。こういうところエリスちゃんに似ているのかな~?



「なんか、エリスちゃんに似てるね」


 すると、マリーの隣で、へ〜、そんな事考えていたんですね、このって顔をして、マリーを見ていたエリスちゃんが、驚いた顔をして、こちらを見る。


「えっ、私、こんなに、計算高くありませんよ」


 え〜と、娘に向かって計算高いは、ひどい気がするが。


「そうかな~、だって、エリスちゃん、僕と結婚するために、カール3世さんと……」


 すると、慌てたように大声をあげ。


「あ〜! それは、だって、私がグーテルさんと、その、ゴニョゴニョ……」


「ん? 何だって?」


「私が、グーテルさんと、結婚したかっただけですよ!」


「へ〜」


「お母様、かわいい」


 マリーにそう言われた、エリスちゃん。真っ赤になってもだえている。


「も〜、ひどい、マリーまで、プンプン」


 はいはい。



 すると、マリーが、


「そう言えば、お母様、あまり若い時の話、してくださらないんですよ」


 それは、つらい思い出があるからだろう。まあ、ハウルホーフェの思い出は、良いかな?


 僕は、カツェシュテルンでのエリスちゃんとの思い出を話す。そう、ミューツルさんのモテる話からの一晩どう? のくだりだった。(第6話参照)


 普段大笑いしないマリーが、笑い転げ、女性陣の警護けいごの為に、近くにいたアンジェちゃんが、肩を震わせ、笑いをこらえる。


「グーテルさん、もう! プンプン」

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