第167話 閑話 カールの死

「空は、こんなに青かったのか、それに空気も良い。風も気持ち良い。そうだ、ヒールドルクス公国も、こんなだったか?」


 虜囚りょしゅうのカールケントは、塔の頂上から外を眺めつつ、思いをはせた。



 そう、虜囚されているはずだった、しかし、グーテルの命令か、かなり警備が緩い。一応、警備はつくものの、周辺を歩く事も可能だったし、馬で、近くの町や村まで出かける事も可能だった。


 これだったら、逃亡も出来そうだった。最初は、ヴィナールから救いの手が来るかもと期待したが、来る気配は無く、あきらめた。


 さらに、最初は解放交渉が気になって、警備の騎士や兵士に聞いたが、気の毒そうに、私達には、分かりません。と言われるのみだった。





 塔の頂上からの眺めは、綺麗だった。遠くまで続く緑の森に、緑の山々、青色に輝く湖。



「しかし、最後まで、勝てなかったな」


 カールは、昔を思い出していた。



 ヴィナールでの生活は楽しかった。我らに逆らう者は無く、何をしても許された。


 別に、女が好きなわけではなく、恐怖にゆがむ表情、征服する優越感ゆうえつかんがなんともいえなかった。そして、おとがめなし。自分は何でも出来る、そして、許される。そう思っていた。


 しかし、それを邪魔する者が現れた、弟のトンダルと従弟いとこのグーテルだった。それから、カールと二人との戦いが始まった気がする。しかし、結局、一度も勝ち切る事は出来なかった。



 そして、ある時、御祖父様おじいさまによって連れ出され、帝王教育という名の教育が始まった。


 それは、礼儀作法れいぎさほうから、式典儀礼しきてんぎれい、さらには、論理学に、哲学てつがく軍学ぐんがくなどなど、多岐たきにわたる教育を受けた。そして、自分は今まで何も知らなかった事をさとった。


 圧倒的知識の欠乏けつぼうにより、馬鹿なことをしても、自分が馬鹿だと分からなかったのだと知った。そして、今度は、周囲が馬鹿に見えた。


 そうか、トンダルとグーテルも、自分の事を馬鹿にしていたのだと分かった。そして、お前らを越えてやる。そう、誓った。



 しかし、自分が好き勝手やるにはまわりの馬鹿者が邪魔だった。それは、自分の兄にそして、父親だった。


 謀略ぼうりゃくめぐらし排除はいじょして、さあ、ヴィナール公国の力を使い、二人と勝負したが、全てにおいて、二人に先んじられた。


 そして、グーテルに呼び出され、ダリアでグーテルの為に、交渉をすることになった。自分の口先三寸くちさきさんずんで、面白いように人が動き、事象じしょうが変わる。そこで気がついた、人の心を操り、誘導する事の気持ち良さを。


 ランド王国国王フェラード4世や、ダルーマ王国国王ハールイ1世に書状を書き、グーテルとの対抗心をあおり、敵対勢力とした。さらに、ミューゼン公の死にそうなミューゼン公国で、問題を起こさせるために、ミューゼン公の公妃こうひの不安をあおった。



 そして、戦いになる。結果は、逃げられたものの、グーテルを後一歩まで追い詰められたのだった。勝った。正直、そう思っていた。



 そして、もう一度、同じ機会がおとずれ、また、グーテルをめた。今度こそ勝った、そう思った。だが、嵌められたのは、自分だった。完璧なまでに、手を封じられ、さらに、自分と同じ手を使われ敗れ去った。


 終わりだ。


 と思ったのだが、生かされ幽閉ゆうへいされるにとどまった。



 そして、3年の月日が経過した。ヴィナール公国と、ボルタリア王国の交渉は難航なんこうしているようだった。原因は、ヴィナール公国にあるという情報を聞かされた。


 今は、ヴィナールにおいて普通の生活をしている、数少ない暗殺教団の生き残りが、知らせてくれたのだった。



「正直、カール様に、ヴィナールに戻られると迷惑なんですよ」


 ヒューネンベルクと、ネイデンハートの意見だそうだ。



 そうか、迷惑か。ならば、ヒールドルクスにでも引きこもろう。そう考えるようになった。



 そして、その思いが通じたのか、交渉に進展がみられた。そろそろ、解放されるかもしれない。という事だった。



 カールは、嬉しいとは思わなかった。何故か、ここに居たほうが楽なのでは? そう思えた。


 別に、ヴィナール公国の交渉が難航した事や、ランド王国国王フェラード4世が死んだ事や、ランド王国の醜聞しゅうぶんの情報が心に作用したわけではなく。なんとなくだった。



「お前達は良いな~。親にエサを運んでもらえて。ああ、私も一緒か~」


 屋根の上には、鳥の巣があり、雛達ひなたちさかんに鳴き叫び、口を精一杯せいいっぱい開けて、親からのえさを待っていた。


 すると、一匹の雛が勢いあまって、巣から飛び出て、落ちそうになった。カールは、慌てて手を伸ばすが届かない。


 カールは、部屋の中を見回す。木の台が目に入った。それにのぼって手を伸ばせば届く。そう考えた。


 しかし、良く考えれば、外にいる警備の騎士や兵士に、頼めば良いだけだったのだが。



 カールは、木の台にのぼり手を伸ばす。もう少し……、よしっ。


 そう思った瞬間だった。木の台がすべり、カールの身体は、塔の外に投げ出された。


 みるみる屋根が遠ざかり、カールの全身に凄まじい衝撃が走る。


 ドサッ!


 土の地面だったが、高さ20mからの落下は、カールの命を奪うのに充分だった。


 カールは強い痛みを一瞬感じた気がしたが、しびれにかわり、何も感じなくなった。


 そして、ぼやけていく視界に、落ちそうだった雛が、不格好ぶかっこうに羽ばたき巣に戻る姿が見えたような気がした。



「なんだ、飛べるのではないか……」


 カールは、ゆっくりと目を閉じた。

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