第166話 ランド王国の思惑と醜聞④

 ヴァルダに戻ると、僕達は通常の生活に戻った。


 ボルタリア王ジークは、すぐに練兵れんぺいに出かけ、パウロさんが怒って連れ戻す、という事を繰り返していた。


「グーテル様は、まだ城内にいたから良いですが、ジーク様は、外に出かけてしまわれるので、余計よけい始末しまつが悪いです」


 パウロさんが、愚痴ぐちるが。


「ハハハハハ、だったら、全てパウロさんが決めちゃえば良いんじゃない?」


「そういう訳にはいきません。それこそ、国を私物化しぶつかしているなんて言われちゃいますよ」


「そうかな~?」


「はい、せめて国の基本方針だけでも決めて頂けると良いのですが……」


「パウロさんも、大変だね~」


「はい」


 ボルタリア王国の摂政として国のかじ取りをする、パウロさんも大変そうだった。



 で、僕の方はというと、


「……、というわけで、過去最高の収入となっております」


「そうか~、じゃあ、税率下げるか~」


「えっ」


 マインハウス神聖国内は、交易路こうえきろ活性化かっせいかにより、帝国自由都市がにぎわい、かつてない税収となっていた。そのお金を使って街道の整備や、河川かせんの整備も行っていたが、それでも、かなり余っていた。そこで、税率を下げて。


「帝国自由都市の市場を活性化させて、周辺の諸侯の経済も活性化させよう」


「なるほど」


 帝国自由都市の市場がさらに活性化すれば、その周辺の諸侯の領土で採れた農産物等が、より多く販売されて、利益となり諸侯もうるおう。


「さすが、グルンハルト陛下です。では、さっそく」


 そう言って、帝国書記官は、本宮殿の中庭から去って行く。


 ここ、日当たり良くて、寝っころがるのに、良いんだよね~。ああ、緑の芝生しばふに、城壁じょうへき本宮殿ほんきゅうでんの屋根によって切り取られた青い空。最高だよね~。





 そんな感じで、1313年は終わり、1314年が始まる。



 僕は、まだ冬の寒い芝生に寝転び、セーラからの手紙を読んでいた。まあ、幸せそうだった。だけど、その中の一文が気になった。


「お義姉様ねえさま義妹いもうとちゃんと、お出かけしたのですが~、夜遅くなっても〜、帰らないので~、先に帰っちゃいました~。それ以来〜、一緒のお出かけは〜、お断りしているんですよ〜」


 だそうだ。どういう事だ? お義姉様は、ロイ君の奥さんマリーローズさんで、義妹ちゃんは、シャロロ君の奥さんブロンセさんの事だよね~。何してるんだろ、夜遅くに?


 まあ、これが、ランド王国を揺るがす大事件の前触まえぶれだった事を後で知ることになった。



 まあ、それはともかく、続いて飛び込んできたのは、聖堂騎士団のニュースだった。



 ランド王国のフェラードさんは、聖堂騎士団のグランドマスター、ジョン・ド・モールさんを処刑したのだった。1314年3月18日の事だったそうだ。資産の没収ぼっしゅうが終わり、逮捕されていた複数の聖堂騎士団員もろとも、口封くつふうじのために、生きたまま火炙ひあぶりにしたといううわさだった。


 そして、ジョン・ド・モールさんは、フェラードさんと、クレメンスさんを呪って死んでいったそうだ。



 これで、ランド王国の経済は良くなったのかもしれないが、フェラードさんの評判は地に落ちた。クレメントさんも同様だった。ランド王国の一つ目の醜聞しゅうぶんが世に広がり、ランド王国の信用も地に落ちた。まあ、仕方のない事だよね。それでも、この時は、ランド王国の民衆はフェラードさんを支持していた。



 で、この件に詳しい方に、後ほど聞いたところによると、まあ、聖堂騎士団も、僕が思っていたのとは、違うようだった。



 元々は1119年、神聖教の聖地せいちにおもむく、巡礼者じゅんれいしゃを守る為に生まれた修道士による騎士団、修道騎士団だったそうだ。だけど、寄付等きふなどのほとんどをお金に換金し財力を高め、それを使って金融きんゆシステムを構築こうちくさせたのだそうだ。


 例えば、聖地におもむく巡礼者が、ヨーロッパを出発する時に、聖堂騎士団にお金を預けると手形が渡され、そして、聖地に到着した巡礼者が、聖堂騎士団に手形を渡すとお金を受け取れるというような感じだったそうだ。手数料は多少とられるが、旅の道中どうちゅうに大金を持って歩かなくて良く、重宝ちょうほうされたそうだ。


 そして、ランド王国の国王ロイ7世を聖地の戦いで助け、ルテティア郊外に広大な土地を寄進きしんされた事により、その地をヨーロッパの本拠地とし、ランド王国と深く結びつくことになった。


 さらに、聖地での戦いが不利になっていくと、聖堂騎士団の活動は、戦いから金融活動中心になっていき、エグレス王国との度重たびかさなる戦いの戦費せんぴ工面くめんを聖堂騎士団が行い、聖堂騎士団に対するランド王国の負債ふさいは、みるみるふくらんだのだそうだ。


 そして、今回の行いとなった。


 聖堂騎士団を異端審問いたんしんもんにかけ、グランドマスターや幹部を逮捕し、負債を帳消しにすると同時に、資産を奪い取る。一挙両得いっきょりょうとくの策だったようだ。そして、口封じ。


 まあ、ひどい話だね。どこまで本当かは、分からないけど。



 これは、ヴァルダに出来た、護法ごほう騎士団の団長さんから聞いた話だった。


 そして、その護法騎士団の団長さんが、聖堂騎士団のグランドマスターのとむらいに、ルテティアに行き、帰ってくると、また、新たなランド王国の醜聞を聞かされたのだった。





不倫ふりんですよ、不倫」


「えっ! 不倫?」



 エグレス王国には、フェラードさんの娘さん、オリフィアさんがとついでいた。で、旦那だんなさんの男色だんしょくなやまされて、度々たびたび、父親であるフェラードさんに相談しに、ランド王国に帰国していたそうだ。


 そして、1313年も帰国し、楽しい日々を過ごし、歓迎かんげいしてくれた兄夫婦達に、御礼おれいとして刺繍ししゅうを入れた財布さいふをプレゼントしたのだそうだ。


 そして、オリフィアさんが帰国して、年末、聖者せいじゃ降誕祭こうたんさいのパーティーにて、大陸側にあるエグレス王国領のノルマーレの騎士の兄弟が、兄夫婦達に贈ったはずの刺繍入りの財布を持っていたのだそうだ。オリフィアさんは、もちろん激怒。


 そして、そのノルマーレの騎士の兄弟に密偵みっていを送り込んだのだそうだ。最初は、盗んだと思っていたのだが、入ってきた情報に驚愕きょうがくする。


 そのノルマーレの騎士兄弟は、兄達の妻。つまり、セーラを除いた、ルイ君の妻マリーローズさんと、シャロロ君の妻ブロンセさんと、ルテティアにある川沿かわぞいの見張みはとうで密会し、さらに不貞行為ふていこういをはたらいていたというのだった。


 そして、翌年、オリフィアさんは、再びランド王国に里帰りし、父親であるフェラードさんに報告したのだそうだ。


 まあ、その時、空気読めないセーラが、オリフィアさんからプレゼントされた刺繍入りの財布を手に持ち、オリフィアさんのところに、御礼に行ったから、さらに大変な事になったそうだ。


 そして、フェラードさんは、大激怒。そう、あれだけの事をしておいて、フェラードさんは、敬虔けいけんな神聖教教徒なのだそうだ。不貞行為は、許さんぞとなったらしい。



「え〜と、あのお財布は、誰かにプレゼントしたわ。誰だったかしら~」


「私も、お義姉様と一緒で……」


 言い訳しつつ、逃げようとしたマリーローズさんと、ブロンセさんは、とりあえず部屋に軟禁されるにとどまった。苛烈かれつな追求を受けたのは、ノルマーレの騎士兄弟だった。


 ルテティアに滞在していたが、誰かからの、言伝ことづてでルテティアを脱出、逃亡をはかり、エグレス王国へと渡ろうとしていたが、港で拘束こうそくされて、ルテティアへと、送られた。


 すると、下級だが一応、貴族階級であるにもかかわらず、尋問じんもんだけでなく、拷問ごうもんされて、不貞行為をしていた事を自白じはくする。


 まあ、少なくとも、何度も、見張り塔で四人で会っていたのは事実であり、お酒を飲み飲食して朝まで過ごし、何もありませんでしたは、ないだろうというのが、共通認識だった。そうかもね~。



「グーテルさんは、何も無かったでも通用しそうですね」


「そう?」


 エリスちゃんには、そう言われたが、これは、どうでも良い事だ。



 で、逮捕、自白したノルマーレの騎士兄弟。ゴルティ・ドーチェとホルダー・ドーチェは、一応、裁判にかけられ、不敬罪ふけいざいで有罪判決、処刑される事になった。マリーローズさんと、ブロンセさんも姦淫罪かんいんざいで、拘禁刑こうきんけいが言い渡された。


 セーラも、一度、塔に行った事が判明し、裁判にかけられたそうだが。


「え〜と、一度だけ、行きました~、だけど、眠かったので帰りました~」


「そうですか〜」


 というわけで、あっさりと無罪放免むざいほうめん。まあ、その前に、御者ぎょしゃや、侍女まで捜査し、全員の証言が一致していたのが、大きかったようだ。



 そして、1313年4月19日に、ドーチェ兄弟の公開処刑が行われたのだった。いや〜、聞くも無惨むざんな処刑だったそうだ。聞く?



 ドーチェ兄弟は、まずは、裸にされて、大きな車輪に縛り付けられ、鉄の棒で腕や、足の関節を打ち砕かれた。そして、生きたまま皮を徐々にがされて。


「ウエッ」


「陛下、大丈夫ですか? やめたほうが……」


「いやっ、一応、聞くよ」


「はい、では……」


 その後も、去勢きょせいされて、それを寄ってきた野良犬のらいぬに食べさせ、沸騰ふっとうさせた硫黄いおうなまりをかけられる。それでも生きていたので、絞首台こうしゅだいにて断頭だんとうされて、そのまま数週間、さらされたそうだ。


 残酷ざんこくだよね。


 まあ、それだけ大罪たいざいだったという事だろう。



 一方、女性側だが、姦淫の罪で有罪判決になった者の慣例かんれいなら剃髪ていはつされ、黒い服を着させられ頭には黒い布をかぶり、さらに黒い布で覆われた馬車で運ばれ投獄されたそうだ。


 これで、めでたしめでたしとはならず、問題が残っていた。


 まだ幼い、ロイ君の一女、シャロロ君の一男一女は、本当に王族の血をひいているのか? という問題だった。これがあったので、極めて重い不敬罪が適用されたのだ。大変だね~。



 で、ドーチェ兄弟の処刑の翌日、クレメントさんが死去した。


「えっ! クレメントさんが……」


「まさか……」


「可能性はありますが、分かりません」


「そう」


 オーソンさんから、報告を受けた時、まだ、ドーチェ兄弟の処刑の事は知らなかったので、僕は、クレメントさんの死去に注目したが、ランド王国ではドーチェ兄弟の処刑の話でもちきりで、クレメントさんの話は、あまり話題にならなかった。


 だからこそ。僕は、フェラードさんによる暗殺を疑ったのだ。


 クレメントさんは、僕以外にも色々と接触し、何とかロマリアに帰ろうとしていたし、それに聖堂騎士団の件の口封じもしたかっただろう。考え過ぎだろうか?


 いずれにしても、1314年4月20日に、クレメントさんは死去した50歳だった。まだ若い。病気とも聞いていなかったのに。突然の死だった。



 だが、実はこれによりランド王国にとっても困った事が起きていた。


 姦淫罪で投獄中のマリーローズさんと、ブロンセさん。当然、ロイ君と、シャロロ君は、離婚を考えたのだろう。


 当然、不貞行為による離婚は認められているが、その離婚の審判しんぱんを下す、神聖教教主様がいなくなってしまったのだ。当然、離婚は出来ずに、奥さんは投獄中だけど、結婚中という状態が長く続く事になった。





 そして、さらなる出来事が、ランド王国をらす。


 年も押しせまった11月29日の事だった。フェラードさんが、狩猟中しゅりょうちゅう、馬から落馬らくばして亡くなった。御祖父様と同じような病気なのだろうか?



 だけど世間では、モールさんののろいとか、不倫騒動ふりんそうどうにショックを受けた為とか色々言われていた。しかし、怒れどもすれ、あのフェラードさんが、ショックを受けるはずはないなと、僕は思う。



 フェラードさん、ランド王国に絶対王政を確立させた偉大いだいな王であった。ただ、合理的ごうりてきで、貪欲どんよく酷薄こくはくな王であり、敬虔けいけんな神聖教徒であるため、自分の神聖教に対する考えにはんするなら、神聖教教主でも容赦はしない。そう言われていた。


 僕の見た限り、頭が良く冷酷れいこくだが、カリスマ性のある王らしい王であったと思う。ご愁傷様しゅうしょうさまです。



 これで、フェラードさん、クレメントさん、モールさんに呪われたと言われた、お二方が亡くなったのだ。


「呪いか~、呪いね〜」


 正直分からないけど、お二方が亡くなったのは事実だ。



 ランド王国は、ロイ君がロイ10世として即位し、経済的には安定したが、二つの醜聞によって、混乱したランド王国を治めていくことになったのだった。頑張ってね〜。





 そして、翌年、カール従兄にいさんも死んだ。難航なんこうしていた、解放交渉がようやくまとまりかけた矢先やさきの出来事だった。死因は、塔からの転落死、享年きょうねん50歳だった。

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