第165話 ランド王国の思惑と醜聞③

 フェラードさんの乾杯かんぱい音頭おんどで、食事会は始まったのだが、とても奇妙な食事会となった。


 もちろん、フェラードさんが、会話せずに黙々もくもくと食べているのは良いとして、ロイ君は、延々とジュ・ド・ポームの話を、誰とは無く話し続け。そして、誰も聞いていない。


 ロイ君の奥さんのマリーローズさんは、シャロロ君の奥さんのブロンセさんと隣同士に座り、2人で談笑だんしょうしていて、シャロロ君は、黙々と食べていた。


 そして、シャロロ君は、ジークが、話題を振っても。


「そうですか……」


「はあ」


 という感じで、暖簾のれんに腕押しというのだろうか? ジークも諦めて、ルシェリアさんや、僕とエリスちゃんと会話する。


 セーラと、フェラードジュニア君が、仲睦なかむつまじく話していて、それに、マリーやシュテファンが加わったり、楽しそうに話しているのに対し、他は、身内とのみ話すという、感じだった。



 僕も、エリスちゃんと会話しつつ、ロイ君や、シャロロ君の夫婦を見る。



 ロイ君は、スポーツマンで、スレンダー体型で、さすが端麗王たんれいおうの息子という外見だった。そして、マリーローズさんは、肉感的にくかんてきと表現したら良いのだろうか? エリスちゃんが持っていない、妖艶ようえんさと熱烈ねつれつ曲線美きょくせんびをお持ちの方だった。


 イタタタタ!


 エリスちゃんも、曲線美はお持ちだよ。無いのは妖艶さ。



 で、ブロンセさんは、そんな、マリーローズさんにあこがれて崇拝すうはいしている女性という感じだった。


 失礼ながら、ちょっと田舎いなかっぽい外見を、頑張って濃い目のお化粧をして、都会的な派手な格好をしている印象を受けた。だが、スタイルは良い。


 そして、一方、シャロロ君は、フェラードさん似なのだろう。確かに美しい外見だが、ちょっと冷たい印象を持つ。そして、地味だ。


 なんとなく夫婦関係が想像出来てしまう。ロイ君は、ジュ・ド・ポームに夢中で、マリーローズさんは相手にされず不満を持つ。シャロロ君は、酷薄こくはくな性格なので、ブロンセさんは、業務ぎょうむのような夫婦生活をおくる。


 う〜ん、夫婦って大変だね。ヤレヤレ。





 そんな食事会があったものの、セーラと、フェラードジュニア君の結婚式は無事に行われた。1313年の6月の事だった。



 場所は、聖王教会だった。フェラードさんのお祖父さんである、聖王と呼ばれたロイ9世が1248年に建てたゴシック様式の教会で、ルテティアの中心部のシティ島にあった。


 聖王教会には、聖王ロイさんが集めた、荊棘いばらの冠、聖血せいけつ、墓石の欠片かけら等の、神聖教の聖遺物が納められているそうだ。


 そんな教会で、結婚式は行われた。



 セーラと、フェラードジュニア君は、ヴィヨンヌ宮殿から、聖王教会までパレードする。途中には、美しい建物が立ち並ぶルテティアの街並みが見え、大勢のルテティアの民が大きな歓声をあげていた。


 どうやら、あの場所は通らないようだった。



 そして、ルテティア大司教の手によって、結婚式はり行われたのだった。皇太子や、王の結婚というわけでは無かったので、国をあげてのイベントとはならなかったが、それでも華やかで壮麗そうれいな結婚式となった。





「セーラ、身体に気をつけてね。幸せな結婚生活をね。フェラードさんも、娘をよろしくお願いいたしますね」


「は〜い、お手紙書きますね~。お父様、お母様も御身体にお気をつけて〜」


「お任せください、お義母様かあさま



 というわけで、僕達はルテティアを離れ、ヴァルダに帰るのだった。


「セーラは、大丈夫でしょうか?」


「大丈夫だよ。フェラード君しっかりしてるし、優しそうだし」


「そうですね。うん、そうですね」


 エリスちゃんは、自分に言い聞かせるように、そう繰り返す。遠く離れた異国の地で暮らし始める娘が心配なのだろう。だけど、ほわ〜んとしたセーラだが、僕は、大丈夫な気がしていた。



 それよりもだ。僕の懸念材料けねんざいりょうは他にあった。



 僕は、ふところに入れてあった、クレメントさんの書状を開く。そこには、クレメントさんが、今は、ル・オンを離れ、ラヴィオルという城塞じょうさい都市に教主庁が作られ、そこにいる事。さらに、そこに半軟禁はんなんきん状態にされ、フェラードさんの意のままに、教主回勅きょうしゅかいちょくを出させられている事も書かれていた。


 まあ、ご苦労さまです。フェラードさんの力で、教主になったのだ、仕方のない事だろうね〜。


 助け出して欲しい的な事も書かれていたが、せっかく、セーラも結婚し、ランド王国との関係が蜜月関係みつげつかんけいなのに、騒ぎ立てる事もないだろう。クレメントさんには、申し訳ないけどね。


 僕は、もう一つの書状をそっと触る。まあ、僕の力の及ぶ範囲で、出来る事をしよう。多分、近々起こると思うし。



 そして、ランド王国と、マインハウス神聖国の国境を越えた辺りで事件は起こる。



 馬車の振動しんどうにもれ、ウトウトとしていると、馬車が止まり、声が聞こえてきた。


「グルンハルト1世陛下に、何卒なにとぞ、お取次ぎを」


「ええい、下がれ! 斬るぞ!」


「そこを何とか!」


「ええい、くどい!」


 そして、抜剣ばっけんする音が聞こえる。


 僕は、エリスちゃんを押しとどめ、一人馬車の外に出たのだった。


「フ〜、フ〜」


 僕の馬車の前には、今にも飛びかかりそうな勢いで、フルーラが抜剣して立っていた。


 そして、アンディ、アンジェちゃん、グリフォス君は、ランド王国の護衛の騎士と、もう一組の騎士団の間で半身はんみになって、剣のつかに手をかけ、両方に対処出来るように構えていた。



「フルーラ、おすわり!」


「アウッ。えっ!」


 あっ、間違えた。


 フルーラは、一瞬、そのまましゃがみ込み、慌ててひざますき、こちらを向く。


「えっと、フルーラ大丈夫だから、下がって」


「はっ」


 フルーラは、僕の歩く道を空けて、僕が歩きだすと、抜剣したまま僕の後に続く。



「陛下、お下がりください。危のうございます」


 ランド王国の護衛騎士の隊長さんが、そう声をかけてくる。


「ありがとう。だけど、そちらの方々は、僕に用事がありそうだったからね」


 そう言って、僕は、もう一方の騎士団の方を向く。その騎士達は、全身にチェインメイルをまとい、その上から白の長衣をまとっていた。白の長衣には、赤い十字が描かれている。聖堂騎士団の騎士だろう。



「ですが、その者達は、聖堂騎士団。神にあだなす者達です」


 ランド王国の護衛騎士隊長さんは、あくまで、僕と話しさせたくないみたいだった。


「護衛してもらっているのは、感謝しているけど。ここは、マインハウス神聖国の領土だよ。いちいち、ランド王国に許可をとらないといけないの?」


「い、いえっ、そのような事は……」


「じゃあ、黙ってて」


「はっ、かしこまりました」


 そう言って、引き下がる。



 僕が、聖堂騎士団の方を振り返ると、皆はそろってひざますき平伏していた。


「それで、僕になんの用?」


 すると、代表者らしい方3名が顔を上げる。


「マインハウス神聖国皇帝グルンハルト1世陛下に、お頼みしたい事がありまして、あつかましいお願いとは思うのですが」


「そう。アンディ、今日の宿泊場所、近かったよね」


「そうっすね」


「そう。じゃあ、そこで話そう。ついて来て」


「はっ、かしこまりました」



 そして、近くの街の貸し切ってある宿屋の食堂で、話を聞くことになった。立ち会うのは、僕と、アンディ、グリフォス君と、向こうの3名の騎士だった。


 ランド王国の護衛騎士は、隊長さんに、「少し休んできて」と言って、お金を渡すと、「そうですか〜」と言って、何処どこかに消えた。ずっと休みなく護衛は大変だもんね~。



「それで、用件は?」


「はい、我らは、聖堂騎士団の各地のマスターだったのですが、グランドマスターが逮捕され、ランド王国により拷問ごうもんされていると聞き、ランド王国入りしたのですが、逆に追討ついとうされ……」


「うん」


「ほうほうのていで、ここまで逃げてまいりました」


「そう、大変だったね」


「はい、ありがとうございます。そこで、マインハウス神聖国皇帝グルンハルト1世陛下が、この地を通ると聞き、是非せひ、我らの願いを聞き届けて頂きたいと、お待ちしていたのです」


「そうなんだ~。で、その願いって、何?」


「はい、逮捕されている、グランドマスターや、幹部を解放していただくよう、ランド王国国王フェラード4世陛下に、言って頂けませんでしょうか?」


「それは、難しいね〜」


「そう、ですか……」


 この返事は、向こうも予想している事だろう。誰が、自分に利益がないのに、無関係の人間を助けようというのだろうか? まして、相手は、フェラードさんだ。


 それに、交渉とは、相手にとって高いハードルを提示し、徐々にハードルを下げて、これだったら受け入れて良いかな~と、相手に思わせる。というのが交渉術なのだ。



「それでは、神聖教教主様に、我らが異端いたんだという事が、誤解だと助言じょげんして頂けませんでしょうか?」


 う〜ん、これは可能というか、良いんだけど、向こうは、断られる前提で話しているよね? どうするか?


「う〜ん?」


「やはり、それも難しいでしょうか? では、マインハウス神聖国において、我々を見逃みのがして頂けるだけでも構わないのですが、もちろん聖堂騎士団は名乗りませんし、元の生活に戻り、出来るだけ市井しせいけ込むよう努力しますので……」


 随分、ハードル下げてきたな~。ランド王国の苛烈かれつな追討で、心折れちゃったんだろうな~。


「それは、良いんだけど〜」


「ありがとうございます! で、では! あ、あの〜、ダリア北部とか、ニーザーランドでも……、駄目でしょうか?」


 僕の影響力のおよぶ範囲内で、って事らしいけど。


「うん、それも良いんだけど……」


「ありがとうございます、ありがとうございます」


 よしっ、ようやく考えがまとまった。


「まずは、僕の影響力及ぶ範囲内において、聖堂騎士団は、異端では無いと認めるね」


「えっ、ありがとうございます」


 これは、マインハウス神聖国皇帝の下に、聖界諸侯がいるという、マインハウス神聖国だから可能な事だった。


 だいいち、マインハウス神聖国国内の聖堂騎士団の規模は小さいしね。最も、ランド王国国内に持つ、聖堂騎士団の資産が異常なのだ。


「え〜と、ですが、よろしいのでしょうか?」


「何が?」


「その教主様の意向いこうそむいて……」


「それは大丈夫。お墨付すみつきもらっているから」


 そう言って僕は、懐から書状を取り出す。それを見て、3人は、慌てて頭を下げる。


 神聖教教主クレメント5世の親書しんしょだと分かる紋章もんしょうが描かれていたからだ。使徒的書簡しとてきしょかんと呼ばれているそれは、神聖教教主という立場で出す書状という意味で、神聖教徒にとって大きな意味のあるものだった。



 僕は、それを読む。


「聖堂騎士団は、異端審問いたんしんもんにおいて異端とされた。しかし、あらためた者はその限りではない。だって」


「え〜と?」


 3人揃って首をかしげる。髭面ひげづらのおっさん3人が、首を傾げても可愛かわいくは無いね。


「まあ、要するに、異端審問で聖堂騎士団は、異端って事にしたけど、聖堂騎士団の名を捨てれば、その限りじゃない。異端じゃないって、クレメントさんも認めるって事だよ」


「なっ、なんという……」


 そう言って、3人は泣き始めた。これも、髭面のおっさん3人が……。やめておこう。



 僕は、3人に使徒的書簡を渡すと、


「他の方にも、知らせてあげたら」


「はっ、はい、ありがとうございました!」


 そう言って、頭を何度も下げつつ去って行った。そして、そのまま騎士団を率いて、街からも出て、どこかへと消えた。



 その後の聖堂騎士団の動きは、詳しくは知らないが、ポルトゥスカレ王国において、神聖騎士団と名を変えて活動したり、他の修道騎士団に合流したり、細々と小さな修道騎士団になったり、本当に市井の生活に戻ったり、色々だったようだ。ランド王国以外でだけどね。


 ヴァルダにおいては、パウロさんのところに、護法ごほう騎士団なる、修道騎士団が誕生したくらいだった。

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