第164話 ランド王国の思惑と醜聞②

 一通ひととお挨拶あいさつが終わると、本来、和気わきあいあいと話し合うのだろうが、僕は、お酒入らないとしゃべれないし、フェラードさんも挨拶が終わったら役目終了やくめしゅうりょうとばかりに黙ってしまった。



 というわけで、話はエリスちゃんが話を振って、フェラードジュニア君と、セーラが話すという感じだった。


「セーラの趣味しゅみは、何だったかしら?」


「寝ること……」


 うん、そうだね。僕も一緒。


「じゃないでしょ! ほらっ!」


「あ〜、食べる事? じゃなくて〜、え〜と、美しい物を愛でる事です~」


 セーラも、食べるのは確かに好きだよね~。そして、そうだね、確かに綺麗な花を、ぼ~っと、一日見てた事あったな~。



「そうそう。美術鑑賞びじゅつかんしょうよね?」


「ほ〜、素敵なご趣味です。ルテティアには、美しい物がたくさんありますので、心ゆくまでででください」


「かしこまりました〜」


「え〜と、それで、フェラードさん……、フェラード5世さんのご趣味は?」


「私は、兄がジュ・ド・ポーム好きなので、ジュ・ド・ポームをしたり、馬で出かけたり。そうでした! 散歩するのも好きなのですが、ここヴィヨンヌの森も空気が良く、美しい森です。散歩するのも良いですよ。後ほどご案内しましょう」


「そうですか~、それは素敵です~」


 のんびりしたセーラをニコニコと眺めるフェラードジュニア君。うん、良い雰囲気だった。



 それからしばらくして、お疲れでしょうから、今日は休まれてください。との事で、客間へと案内される。



 そして、翌日からは、セーラは、フェラードジュニア君と何処かに出かけて行き。シュテファンや、マリーも、エリスちゃんも、ランド王国側の手配で観光に出かけた。


 僕は……、寝坊ねぼうしておいていかれたのだった。ひどいよ。



 というわけで、ここヴィヨンヌ宮殿をのんびり見物する事にしたのだ。フルーラや、アンディ達までおらず。部屋を出ると、ランド王国の護衛騎士が寄ってきて、警護してくれた。



 宮殿の外に出て、庭を歩く。鮮やかな緑の森を背に、色とりどりの花が咲く、広大な庭が広がっていた。僕は、ぶらぶらと庭を歩く。



「トゥネ」


 ポ〜ン、ポ〜ン、シュパッ、バン!


「あ〜」


 どこからともなく、そんな音が聞こえてきて、僕は、音が聞こえてきた方に向かう。



 すると、宮殿の庭の一角に、煉瓦れんが造りの建物があり、そこから聞こえているようだった。


 建物の周囲には護衛の騎士達がいたが、僕が近づくと、こちらに寄ってきて、中へと案内してくれた。どうやら、その建物で行われているものを見学に来たと思われたようだった。



 その建物で行われていたのは、フェラードジュニア君も言っていた、ジュ・ド・ポームだった。確か、お兄さんが好きって言ってたかな?



 建物の中は長方形の部屋となっていて、壁はクリーム色で、床は赤くなっていた。


 部屋の入口は、長方形の長い辺の中央にあり、部屋の入口側と、左右は高い位置に黒色のひさしがあり、ひさしの下には椅子が置かれ、そこから観戦出来るようになっていた。



 試合中のようなので、僕は、入口近くの椅子に座り、試合を眺める。すると、キンキンに冷えたワインが運ばれてきて、僕の手元に置かれた。口をつけると、かなり良い白ワインだった。


 確かに、冷えた飲み物は好きだった。だけど、ワインをここまで、キンキンに冷やすと、白ワインなら酸味が強調され、スッキリとするが、味が分からない感じになる。


 そこで、僕は口の中で、少し温めてから、のどに流し入れる。すると、芳醇ほうじゅんな香りと、南国のフルーツを思わせる味に、バニラ香を感じさせる濃厚のうこうな味が口に広がる。これは、美味しい。


 僕は、ワインを口の中で温めつつ、チビチビ飲み試合を見つめる。



 ジュ・ド・ポームは、簡単に言うと、羊毛をめて皮でおおったボールを、手につけた革手袋かわてぶくろで打ち合う競技だった。


 ランド王国の宗教家が、いにしえのダリア帝国の一部で行われていた宗教儀式を模倣もほうして始まったそうだった。


 一応、知識としては知っていたが、ジュ・ド・ポーム自体を見るのは始めてだった。


 試合は、片方の人が、相手の側にある、ひさしにボールを当てる事から始まるようだった。ひさしを転がり落ちてきたボールを打ち、打ち返され帰ってきたボールを、また打ち返す。


 相手側には、ワンバウンド以内に打ち返すのと、壁も、ひさしも使って返しても良いようだった。


 そして、中央にだらんとたるませたあみが張られていて、その網に引っかかったりしたらいけないようだった。


 ワンバウンド以内に打ち返せなかったり、網に引っかかったりしたら相手の得点。さらに、木で出来てるのだろうか? ボールが当たると音が出る場所があり、そこに当てても得点のようだった。



 バン!


 木で出来てる板にボールがぶつかり、凄い音が建物内に響く。どうやら試合終了のようだった。


 そして、お互いに歩み寄り握手。そして、勝った方が、両手を挙げて歓声に応える。



 すると、勝った人と、僕と目があい会釈えしゃくされた。


 そして、こちらへと歩いてくると、


「お初にお目にかかります。グルンハルト陛下ですよね? ご挨拶あいさつ遅くなり申し訳ありません。私、フェラード4世が長男、ロイと申します」


 おっと、この人が皇太子だったか。ランド王国の次期国王。年齢は、確か24歳。ロイさん、ロイ君で良いかな?



「はじめまして、マインハウス神聖国皇帝のグルンハルト1世です」


 お互い、挨拶を交わすと、


「お隣よろしいでしょうか?」


「どうぞ」


 ロイ君は、僕の隣に座る。すると、先ほどから僕が飲んでいるキンキンに冷えたワインが運ばれてきた。


 そして、


「いやっ、スポーツの後は、冷たい飲み物に限りますね~」


 そう言いながら、グビグビと凄い勢いで飲み始めた。


 いやっ、僕が言うのもあれだけど、スポーツの後は、水の方が良いんじゃない?


 厳格げんかくな神聖教徒の方は、冷たい飲み物を飲まない。それは、身体を冷やすのは良くないという教えがあるからだ。僕のように緩い神聖教徒は、冷たい飲み物が好きだけどね。


「プハー。いやっ、美味しい。陛下も飲んでおられますか?」


「ええ、とても美味しいワインです」


「そうでしょそうでしょ」


 と、ロイ君が、話し始めた。


「しかし、フェラードも結婚する気になって良かったです。しかも、グルンハルト陛下の娘さんという良血りょうけつうらやましい限りですよ」


「それは、ど……」


 と、僕が言いかけたのだが、ロイ君の話は続く。


「あいつは、母親に似て優しいやつで、おだやかだし、良い奴なんですよ」


「はあ」


「それに比べて、シャロロは、父上に似て、冷酷れいこく冷徹れいてつですから、ブロンセも苦労してますよ」


 ええと、シャロロ君は、ロイ君と、フェラードジュニア君の弟だったよね。で、ブロンセさんは、シャロロ君の奥さんだ。


「そうな……」


「私も、母親似ですかね~。ハハハハハ」


「はあ」


 え〜と、これは、ロイ君も、穏やかで優しいって言ってるのかな? 


 まあ、お母さん似だとしたら、そのお母さんは、人の話を聞かず一方的にしゃべる方だったのだろうか?


 おっと、失礼な事を考えてしまった。


 その後もロイ君の一方的なトークがあり、しばらくして、突如とつじょ思いついたように。


「そうでした! グルンハルト陛下も、ジュ・ド・ポームやってみませんか? 面白いですよ~」


「ですが、やったこ……」


「おい、陛下に、革手袋を持ってこい」


「はっ、ただいま」


 そうして、僕はコートに引きずり出され、右手に革手袋をつけられた。


 そして、


「では、ボールを打ってみましょう」


 そう言うと、僕の右手の革手袋に向けて、軽くボールを投げる。


 ブンッ!


 空振りだった。


「思いっきり振らなくて良いですよ。手のひらでボールをつかんではじく感じで軽く」


 なんて指導を受けているうちに、ボールは当たるようになり、相手が打ったボールを打ち返す練習に、


「正面に来たら、左にステップして打つ」


 とか、


「左に来たボールは打ちにくいので、壁に当てたり、ひさしを使って返す感じで」


 とか。やっているうちに、なんとかそれっぽくなってきた。その後、休みつつ。


「じゃあ、試合形式でやってみましょう」


 そう言われて、誰か分からないけど、ロイ君の知り合い? と、打ち合う。


「トゥネ」


 これは、最初に打つ時の掛け声だ。これが、エグレス王国にジュ・ド・ポームが伝わった時に、トゥネスと呼ばれる事になったようだった。


 僕は、ほとんど動く事なく、やや左右に綺麗きれいに返してくれるボールを打ち返す。僕のボールは、どこに飛んで行くか分からないが、相手は必死に追いかけ、返してくれた。


 そして、徐々に、思ったところにボールが返るようになると、


「じゃあ、最後に、私と試合しましょう」


 と、言われて、打ち合うが、もちろん、ボロ負け。


 だけど、良い運動になったし、気持ち良かった。ヴァルダにも、ジュ・ド・ポーム場作るかな?


「ハハハハハ、陛下、また、やりましょう」


 そう言って、ロイ君は去って行った。この後も、滞在中、度々、ロイ君とジュ・ド・ポームをやることになったのだった。途中から、シュテファンも加わり、エリスちゃんや、マリーも観戦して盛り上がった。たまに、セーラとフェラードジュニア君も加わっていた。楽しかった〜。





 まあ、僕もただ遊んでいたわけじゃなく、セーラと、フェラードジュニア君の婚約の儀を行い。結婚の儀の準備に入る。



 まあ、こちらは、準備終わっているので、あちら側の準備が、ほとんどになるが。40日の婚約期間が終わり、


「婚約破棄だ〜!」


 とか、そういう事が起きずに、無事に結婚の儀を迎える事になった。



 そして、結婚式の前日、両家の家族がそろい、食事会のようなものが開かれた。



 最初に、シュプーニエのスパークリングワインが出て、挨拶がてら、ロイ君、フェラードジュニア君、そして、シュテファンも含めて、4人で立ち話していると、フェラードさんに、怪訝けげんな顔で見られた。


 そう、この4人は、ジュ・ド・ポーム仲間なのだ。まあ、エリスちゃんやセーラ、マリーも良く見学に来ていたのだけど。そう言えば、ロイ君の奥さんは、見なかったな~。



 そして、テーブルに座る。こちらは、僕、エリスちゃん、ジークに、ルシェリアさん、シュテファンに、マリー、そして、セーラ。


 そして、相手は、フェラードさんに、フェラードジュニア君、そして、ロイ君に、その奥さんのマリーローズさん。さらに、シャロロ君に、その奥さんのブロンセさんだった。



 え〜と、ロイ君の奥さんマリーローズさんは、現在23歳で、ブロンセさんは17歳。ちなみに、シャロロ君は、19歳で、フェラードジュニア君は、セーラと同じ21歳だった。


 そして、マリーローズさんは、ブリュニュイ公の娘さんだった。御祖父様おじいさま一時いちじとついでいたベアトリスさんのお兄さんの娘さんなのだ。


 ブリュニュイ公ヨーク4世の五女がベアトリスさんで、ベアトリスさんのお兄さんのリベール2世さんの三女がマリーローズさんだった。


 ちなみに、ブロンセさんは、ブリュニュイ公国の領内諸侯のブリュニュイ伯の娘さんなのだ。


 ちなみに、セーラも、ブリュニュイの領内諸侯を買い取って与えたので、ブリュニュイの女伯じょはくだった。本当にややこしい。



 そして、このマリーローズさんと、ブロンセさんが、ランド王国を揺るがす醜聞しゅうぶんの、中心人物となるのだった。

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