第163話 ランド王国の思惑と醜聞①

「え〜と、セーラ。結婚する気あるか?」


「結婚ですか~、そうですね〜。う〜ん、したいかもしれないです~」


「そうか。それで、相手は、ランド王国のフェラードさんの次男なのだが、まあ皇太子こうたいしでもないから、次期国王には、なれないかもしれないが」


「え〜、ランド王国ですか〜。素敵すてきですね〜。美味しい食べ物、綺麗きれいな建物、そして、素晴らしい文化。是非、行きたいですね〜」


「そうか?」


「はい」


 我が子達は、大丈夫だろうか?



 まあ、そんなこんなで、無事にセーラの結婚相手も決まり、一安心ひとあんしん? なのかな?



 セーラの結婚相手は、フェラードさんの次男でフェラード君という人物だった。お父さんと同じフェラード。フェラードジュニア君とでも呼ぶか。


 フェラードさんいわく、兄弟の中では、思いやりがあって優しい人物だそうだ。まあ、こればかりは、会ってみないことには分からないけど。



「エリスちゃん、セーラの結婚相手なんだけど……」


「ええ、ランド王国のフェラード4世陛下の御子息ごしそくなんでしょ?」


「あれっ、知ってた?」


「はい、セーラがとてもうれしそうにみんなに、言いふらしてますよ。いけませんでした?」


「いやっ、良いんだけど。セーラ、そんなに結婚したかったんだね~」


「いいえ、あのが喜んでいるのは、ランド王国で暮らせることですよ」


「ああ、そっちか~」


「はい」


 みやび宮廷文化きゅうていぶんかに、洗練せんれんされた宮廷料理に、発展をげる大都市ルテティア。確かに、興味はある。


「ジュル」


「グーテルさん、よだれよだれ」


「ああ」


 エリスちゃんが、タオルを取り出し、僕の口をふきふき。


「ランド王国の宮廷料理。楽しみだな~」


「やっぱり、セーラは、グーテルさん似ですね~」


「そう?」


「はい」



 こうして、セーラの嫁入り準備が始まる。そして、気付く。フェラードさんの目的に。


「そうか、持参金じさんきんか~」


 そう、女性が嫁入りする場合。その女性が不自由なく暮らせるように、持参金を用意して送り出すのだ。その持参金の金額は、相手の家の家格かかくにおいて違う。そして、相手はランド王国の国王の息子。


 セーラが嫁入りして馬鹿にされちゃいけないという事で、莫大ばくだいな持参金が必要だった。


 まあ、ダリア遠征で得た、裕福ゆうふくなダリア諸侯や共和国からの上納金じょうのうきん? 


 そして、ダリアからの交易路こうえきろの確保、ニーザーランドの港からの川を使った交易の活発化かっぱつかによって、収益しゅうえきを得た帝国自由都市からの税金。


 さらに、ヴィナール公国からの賠償金ばいしょうきんによって、かなり潤沢じゅんたく財源ざいげんがあり、なんの問題もなかった。



 一方、ランド王国は、利を得られないままニーザーランドや、エグレス王国との戦いで戦費せんぴ消耗しょうもうし、さらにフェラードさんの娘さんが、1308年にエグレス王国にとついでいる、その持参金も馬鹿に出来ない金額だろう。


 それで、フェラードさんは、最近、お金を求めて、色々やっているようだった。


 まずは、イダヤ人の追放だった。イダヤ人は、金融業を営む人が多く経済力に優れていた。その財産を没収してランド王国から追放し、その財産を手に入れたり。


 ちなみに、叔父様は逆に保護し、僕もその考えに沿っているので、ボルタリア王国や、ヴィナール公国にイダヤ人が流入していた。


 さらに、イダヤ人だけでなく、教会にも税金をかけたり、潤沢な資産を持つ聖堂騎士団などにも目をつけているようだった。


 いやっ、すでにランド王国全土の聖堂騎士を逮捕し、異端審問いたんしんもんしたり、財産没収したり、昨年は、クレメントさんと組んで、ゼール聖公会議なるものを開催して聖堂騎士に尋問じんもんしていた。


 そこまで、ランド王国の財政状況は、逼迫ひっぱくしているのだろう。だからといって、ランドの王族がつつましい暮らしをしているかというと、そんな事は全くないのだ。



 こうして、持参金は用意したが、逼迫しているランド王国の財政状況から、すぐに、セーラの持参金が無くなる事も考慮こうりょし、セーラの為に、ランド王国近郊に領地も用意する事にした。


 これは、僕が先年、ランド王国に行った時に、頼まれて買い上げておいた領地でもあったのだが。



 どこかと言うと、ブリュニュイ公国の中だった。


 そう、先々代のブリュニュイ公ヨーク4世が五女で、御祖父様に一時期、とついでいたベアトリスさんが、結婚するにあたり、所有していた領地を買い取って欲しいと、ブリュニュイ公国に頼まれ、買い取ってあったのだった。


 たて続けに、ブリュニュイ公国の女性が、ランドの王族と結婚して持参金の用意に困っていたからだそうだ。その、結婚相手は、フェラードジュニア君の兄と弟だった。


 何故なぜか先に兄と弟が結婚。なんて思っていたら、後々聞くと、ちょっと身分違いの恋で、フェラードジュニア君には、愛人あいじんが居たそうなのだが、その女性が亡くなって、フェラードジュニア君も、結婚に前向きになったそうだ。



 まあ、こんな感じで用意が済むと、翌年の1313年のまだ雪残る初春しょしゅん、ランド王国の迎えの馬車が、ヴァルダにやってきたのだった。


 ランド王国が国の威信いしんをかけて無事に送り届けてくれるそうだ。まあ、途中通る国は、マインハウス神聖国と、ランド王国。あまり危ない事はないだろうね。



 で、こちらの同行者は、僕と、エリスちゃんに、セーラ。そして、シュテファンに、マリー。ジークは後から、ルシェリアさん連れて、結婚式だけ出席に来るそうだ。


 後は、僕達の身の回りの世話をしてくれる使用人の方々に、少数の護衛の騎士。フルーラに、アンディに、アンジェちゃんに、グリフォス君だった。



「ルテティアか〜、花の都ルテティア。楽しみだな~」


「そ、そうですね」


「ん? どうしたのエリスちゃん? あっ、そうか、エリスちゃんはルテティア行った事あるんだったね」


「ええ、まあ。凄い大都市ですし、食事は美味しかったですよ」


「へ〜」


 何か、気になる物言いだけど。着いてからの楽しみにするか~。





「うえっ、なんの臭いこれ?」


「フーテフふぁん。ふぁなふまんだほうふぁ、ふぉいでふひょ」


 グーテルさん、鼻摘はなつまんだ方が良いですよ。まさしくだった。



 ルテティアの街に入り、宮殿に向けて街の中を進むと、郊外の時はなんともなかったのだが、街の中心に入ると凄まじい臭いが、ただよってきたのだった。


 なんの臭いかと、馬車から首を出すと、石畳の道の両脇に溝が掘られ、そこに糞尿ふんにょうが流れているようだった。さらに、その溝は街の中心を流れる川に続き、川自体も悪臭を放っていた。一応、ルテティアでは、最下流のようだったけど。


「うえっ」


 これは、人口の増加についていけてないのだな~。と、冷静に考える余裕もなく。涙目でエリスちゃんともだえる。



 だが、すぐに、綺麗なお店が並び、美しい邸宅ていたくが並ぶ地区に入ると、嘘のように臭いが無くなった。どうやらこちらが川の上流のようだった。


 そう、この辺りは水路が整備されているそうだ。さらに郊外に行き、貴族の邸宅のある地区になれば、もっと綺麗な環境だった。



 しかし、ルテティアの方は大胆というかなんというか、窓からオマルを逆さにし中身を溝に捨てる。当然、飛び散るので……。やめておこう。



 まあ、これで、ルテティアで、かかとの高い靴が流行ったとか、薔薇水ばらすい普及ふきゅうしたとか言われている。しかし、ヒールの高い靴が主に使われたのは男性の王侯貴族であり、薔薇水も宮廷だった。


 男性のヒールの高い靴は、どちらかというと背の高さを気にしてのような気もするし、まして、王侯貴族はこのような場所に行かないだろうから、この理由で使われるのは、だいぶ、後の世になるのだろうか?



 で、ヴァルダでは、こんな問題起きていないのかと言うと、起きていなかった。まあ、多少は汚い臭いと呼ばれる地域もあるようだったが。



 ヴァルダには、こういうものの回収業者がおり、国としても業者のサポートもしていた。業者は、週に二三度、街の中をまわり回収すると、郊外の森の中にある堆肥場たいひじょうに集めて堆肥を作り、今度は、農家等に販売するのだそうだ。仕組みは、良く知らないけどね。


 まあ、貴族や大商人の邸宅は、水路が整備され、モルヴィウ川に流入しているが、量も多くないので、川の自浄作用じじょうさようで綺麗な川に保たれていた。まあ、これも、人口増加の程度がルテティアほどじゃないので、出来る事だろうけど。



 こうして、僕達は、ルテティア郊外にあるヴィヨンヌ宮殿へと入る。



「おお、ようこそランド王国へ、いかがでしたか、ルテティアの街は? 世界の中心とも呼べる大都市だったでしょう?」


「これはフェラードさん、お出迎えありがとうございます。ルテティアは、それは、もう、かぐわし……、イテテテ!」


「?」


 僕の隣にいたエリスちゃんが、僕の言葉を聞いて、慌てて僕をつねったのだった。かぐわしい香りでした。って、ちょっとした嫌味ぐらい良いじゃんね~。


「ええ、素晴らしい大都市でした」


「そうでしょう、そうでしょう。では、皆さん、奥へ」


 後で聞くと、フェラードさんが自ら出迎える事は、今まで無かったそうだ。余程、機嫌が良かったのか、持参金に満足したのか?



 普段のフェラードさんは、ワシミミズクのようなのだそうだ。


 このうえもなく美しいが、とりえのない鳥である。ただ黙って人を見つめるだけなのだから。という人物評もあったぐらいだった。


 しかし、僕の印象は違う。とても頭が良く、したたかで、冷徹な方なのだ。しゃべるべき場所を心得こころえ、喋る価値も無いと思うと、冷たい目でじっと見つめる。


 そう、今のフェラードさんにとって、僕達は価値ある存在なのだ。なので、全力で出迎え、歓待かんたいする。





「ほえ〜」


「グーテルさん、変な声出さないでくださいよ」


「ふえ〜」


「セーラもです!」


「はえ〜」


「シュテファン、あなたまで!」


 エリス母ちゃんは、大変だった。


 僕達は、ヴィヨンヌ宮殿の中に案内される。



 ヴィヨンヌ宮殿は、ヴィヨンヌの森のにあり、元々、狩猟小屋しゅりょうごやだったそうだが、徐々に拡大し、そして、ルテティアの中にあったコンシェルジュ宮殿から、ここに居城を移したようだった。移した理由は知らない。


 で、コンシェルジュ宮殿は、今は、罪人の留置場りゅうちじょうになっているそうだ。都市の急激な人口の増大ぞうだいで、治安が悪化した地域があるからだそうだ。



 宮殿の庭は美しく綺麗な花が咲き、良い香りがただよっていた。


 廊下には、見事な装飾品や、美術品、さらに花が飾られ、うるさいくらい見事だった。ん? 華美かび豪華絢爛ごうかけんらんだった?


 まあ、見事な宮殿に圧倒されつつ、奥に案内されると。またまた、見事に、豪華絢爛な部屋へと案内される。


 目が〜。目が〜。


 あまりの装飾に、目がチカチカした。



 そして、そこには、フェラードさんの他に一人の人物がいた。セーラの結婚相手のフェラードジュニア君だった。フェラードさんの奥さんは、すでに亡くなられているが、フェラードさんは再婚していない。


「グルンハルト陛下、お初にお目にかかります。ランド王国国王が次男フェラードです」


 フェラードジュニア君は、さすが端麗王たんれいおうの息子という長身のイケメンだった。

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