第162話 ミューゼン公国の争いと新世代の息吹⑨

 こうして、チュールドルンの戦いは終わった。僕の目論見もくろみとは違い、短時間で終わったものの、両軍入り乱れての大戦おおいくさになってしまった。



 ヴィナール公国軍は、およそ4500名もの死者を出した。全軍の1/4近くを失った事になる。


 そして、僕達もおよそ1100名もの死者を出す事になった。もちろん一番多いのは、ボルタリア王国軍だった。


 これは、近年の戦いにおいて、きわめて多い死者を出した激しい戦いだったと、人々に記憶される事になる。


 こんな戦いにするつもり無かったんだけどね~。完全包囲した時点で、みだったんだよ。



 僕は、ほぼ始めてジークをしかり、戦闘における命の大切さをいたのだった。まあ、理想論だけどね。


「ジーク、戦争に正義の戦争とか、善とか悪とかもないが、それでも何かを守るために、戦わないといけない時がある。だけどね、戦って失われるのは、人の命なんだ。その重みをしっかりと自覚じかくした上で、命令を下すんだ。配下の騎士や兵士を死地におもむかせるんだぞ、責任と自覚を持って……、くどくど……」


 あ〜あ。ジークに言いながら、自分は、本当に出来ているんだろうか? と自戒じかいする。何だよ守るべきものって、人の命より大切な物って何だよ? 鬱々うつうつ……。



 まあ、ちょっとピリピリした僕の雰囲気に怖さを感じたのか、ジークをはじめ、皆がおびえつつ、ミューゼンの街に入る。


 ああ、そうだった。タイラーさんは、先に帰られてしまった。早く休みたいそうだ。年齢も年齢だからね。まあ、タイラーさんは、この後10年以上長生きされ、天寿てんじゅまっとうされるのだが。



 カール従兄にいさんや、ヴィナールの領内諸侯の数名は、捕虜ほりょとしてミューゼンに連れて来られ、牢屋ろうやではなく、良い部屋が与えられ軟禁なんきん生活をする。


 ヴィナール公国軍は、解放されてネイデンハートさんが率いて、ヴィナールへと帰って行ったのだった。これで戦いは終わった。で、後は、後始末あとしまつだった。





 ミューゼン公の屋敷に入り、大きな広間にて会議を行う。戦後処理というやつだった。



 一番の上座かみざに僕が座り、続いてボルタリア王ジーク、トリンゲン公フロードルヒさんとか、ヴィロナ公代理アペリーロさん、その他の領邦諸侯の方々、ミューゼン公国宰相ロートレヒさんに、ミューゼン公国の領内諸侯さん等が並ぶ。



「まずは、え〜と、誰だっけ? ローエンテールさんの奥さんで……」


「アニェニュシェク様ですか?」


 えっ、何て言った? ロートレヒさんの言葉が、よくわからない。


「ん? アネヌセクさん?」


「いえっ、アニェニュシェク様です」


 え〜と、分からん。


「そう。じゃあその方は、ミューゼン公国を混乱させ、争いをまねいた罪により、ミューゼン公国を追放という感じかな? まあ、国もとに帰ってもらう感じだろうね」


「はい」


 みんなの同意を得て、これで一つ終わり。そして、もう一つの重用なのは。



「次のミューゼン公だけど、血縁関係もあるし、ロートレヒさんで良いかな?」


 かつて会った事のある、ミューゼン公ラウレルリッヒ2世さんのお父さんと、フォルト宮中伯家のルードヴィヒさんのお父さんが兄弟だったそうだ。要するに、本家と分家の関係、ミューゼン公家から、フォルト宮中伯家に養子に入ったのだそうだ。



「えっ、私ですか?」


「そうだよ」


「ですが……」


 ロートレヒさんは、困惑するが、末席まっせきのミューゼン公国の領内諸侯から、賛同さんどうの声があがる。


「良いと思います」


「確かに、この2年のミューゼン公国の治世ちせいは、ロートレヒ殿によるもの」


「確かに」


「ミューゼン公国は、この2年で良くなりましたしな~」


 だそうだ。


「だって、どう、ロートレヒさん?」


「かしこまりました。では、微力ながらやらせて頂きます」


「うん、よろしくね」


 後は、大した議題はない。と思ったのだが。


「ところで、ヴィナール公は、どうされるおつもりですか?」


 フロードルヒさんが、思い出したかのように聞いてきた。


「カール従兄さん? それは、捕虜として……」


「ではなく、ヴィナール公カールケントは、陛下と戦い破れたのです。ヴィナール公では、いられないでしょう」


 そうなるかな~? 見ると、ロートレヒさんや、アペリーロさんもうなずいていた。


「そうだね、少なくとも解放するまでは、ヴィナール公として、誰かにやってもらわないとね」


 え〜と、カール従兄さんの子供は、女の子が二人だったかな? 弟は、トンダルと、後は〜。


「トンダルと、え〜と、オルセン君だっけ?」


「はい。トンダルキント卿は、フランベルク辺境伯です。ですから、陛下によって、かなりの小国となったヒールドルクス公オルセン卿に、ミューゼン公になっていただくのが筋なのでしょうが……」


 陛下によってかなり小国になったって失礼だな~。民主同盟の都市を帝国自由都市にしただけじゃないか〜。


「そうだね。じゃあ、それで」


「はい」


 後は、カール従兄さんの解放後にヴィナール公国で決めてもらえば良いのだ。



 そして、このオルセン君、後々の歴史家につけられたあだ名が陽気公ようきこう


 そして、その意味は、パーティーピーポーだったから。まあ、要するにヴィナールのヒールドルクス宮殿を一大社交場いちだいしゃこうじょうにするのだが、後を継いだ方が大変で、財政再建を行い、賢公なんてあだ名をつけられるそうだ。大変だね~。



 で、最後に。


「カール従兄さんは、このまま、ここミューゼンで拘束こうそくという形で良いですかね?」


「陛下、それはさすがに……」


 フロードルヒさんの言葉に、ロートレヒさんも同意する。


「他の方は良いとして、ダリア王カールケント様をミューゼン公国のみで対処するのは、ちょっと、荷が重いかと……」


「そうか~、荷が重いか〜」


 さて、どうしようかな?


 すると、ミューゼン公国の領内諸侯の一人が手を挙げる。


「あの〜、我が領土は、ボルタリア王国とヴィナール公国の国境近くにありまして。まあ。山の中なのですが」


「うん」


「その国境沿いの山の中に、今は使われていない立派な防御用の城がありまして……」


「そうか~、ボルタリア王国とミューゼン公国から、人を出して警備すれば良いかな?」


「はい」


「で、なんてお城?」


「はい、プラウニッツ城です」


「じゃあ、さっそく手配しよう」


 伝令が出て、ミューゼンとボルタリアの両方から、人を手配し、城の準備を急ぐ。



 その後、さらにちょっと会議をして、広間はパーティー会場となり、戦勝祝いが始まった。


 ミューゼンの街中でないので、冷たいビールではなく、ワインだった。



 すると、僕の周囲に、人が集まる。


「わざわざ、遠くからありがとうね」


「いえっ、あまりお役にたてず申し訳ありません」


「そんな事はないよ。大軍で周囲を取り囲むのが目的だったんだ。戦いはどちらかというと、蛇足だそくだよ」


「はあ、そうですか」


 ヴィロナ公国ヴェルディー家の三男アペリーロさんに御礼おれいを言いつつ、僕は、チラッとジークを探す。見ると、ジークも周囲を取り囲まれ、気分良さそうに話していた。


 まあ、良くあの状況から、持ち直したよね。将としては、ネイデンハートさんに一日いちじつの長があったけど、まだまだこれからだし。勇将であると言えるだろう。僕とはまるっきりタイプの違う王となるだろう。


「ジーク殿ですか? まだまだ若いですが、名将めいしょう素質そしつはありますでしょう」


「そう、アペリーロさんが言うなら、その素質はあるのかな? まあ、最初の突撃は頂けないけどね」


「分かりますよ。私も、興奮状態で突撃しそうになりましたから」


 そう言いながら、ミューゼン公となったロートレヒさんが歩いてきた。


「ロートレヒさんが?」


「はい、戦争の経験があまりないので、もうふるえて震えて」


「そうか~、そうだね」


 と話していると、ジークを連れてフロードルヒさんがやってくる。


「皆さん、若者をあまりいじめますな」


「いじめておりませんが」


 やや堅物かつぶつのアペリーロさんが、フロードルヒさんの言葉を聞いて、言い返す。


「そうでしたか、これは失礼。ですが、ジーク殿は、ほぼ初陣ういじんです。大目おおめに見ましょう、大目に。それよりもです。戦勝の祝いなのです。大いに楽しみましょう」


「そうだね」


 その後は、くだらない話もしつつ、戦勝の祝いは、明け方近くまで続いた。





 そして、数日が経過し、アペリーロさんや、フロードルヒさん達が帰国する。そして、僕も。プラウニッツ城の準備が出来て、カール従兄さんを連れて、プラウニッツ城に旅立つ。



 結局、プラウニッツ城で、軟禁されるのはカール従兄さんのみになった。他のヴィナールの貴族の方々は、ミューゼンで軟禁され、ヒューネンベルクさんと、ヤルスロフさんの賠償金交渉が早々そうそうに決着しそうで、解放も早そうだった。


 だけど、カール従兄さんは、別だった。ヤルスロフさんの書状によると、ヒューネンベルクさんは、別に交渉したいとの事で、交渉に入ってもいないそうだった。


 金額かな? それとも……?



 僕達は、ボルタリアに向かう北東に進む街道を進み、そして、国境手前で北へと進路を変えた。すると、道はなだらかに傾斜し、前方に緑の木におおわれた丘が見えてきた。小さな丘をいくつか越えて、周囲は完全にハウルホーフェを思わせる牧歌的ぼっかてきな風景になってきた。


ひど田舎いなかだね~」


「グーテル様、それはひどいっすよ」


「そう?」


 僕のつぶやきを、アンディに聞かれてしまった。



 そして、さらに山の中に入っていく。すると、鬱蒼うっそうとした木々が突如開け、小高い山の中腹ちゅうふくに、プラウニッツ城があった。20mほどの物見台の尖塔せんとうを持つ、小さな、だけど頑丈がんじょうそうなお城だった。



 僕はカール従兄さんと共に、階段を昇り、城の最上階に入る。


「では、カール従兄さん、しばらく、ここで、よろしくお願いいたします」


「ふん。このような所でも、ヴィナールの軍勢がやってくれば、簡単に落城出来るぞ」


「まあ、そうでしょうね~」


「そうでなくとも、こっそりと奪還だっかんに来たら、分からないかもしれないぞ」


「そうかも、しれませんね~。正直、それでも良いと思っているんですよ。カール従兄さんには、出来るだけ不自由なく暮らしてもらうつもりですから。何か、不都合があったら言って下さいね」



 それには、答えずカール従兄さんは、こう言った。


「だから甘いというのだ、お前は」



 その後、僕達はヴァルダへと、帰る。だが、激動げきどうの1312年は、まだ終わらなかった。





 その年のくれ、フェラードさんから書状が届く。カール従兄さんの助命じょめいあるいは、解放の嘆願書たんがんしょかな〜っと思いつつ書状を開く。


「ランド王国とマインハウス神聖国のより強い結びつきを目指し……。結婚!?」


 それは、フェラードさんの子供と、セーラの結婚についての書状だった。

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