第161話 ミューゼン公国の争いと新世代の息吹⑧

 チュールドルンの地で、グーテルの軍勢は、カールの軍勢を完全包囲していた。その数、およそ6万。対するカールの軍勢は2万。



 グーテルは、包囲完成後、すぐに攻める事はせず、陣地じんちきずき、ヴィナール公国軍の士気しきが低下するのを待っていた。



 そして、そのグーテルの陣地に次々と人がやってくる。


「よっこらしょ。さすが老体ろうたいには、きつい旅でした」


「わざわざ、御足労ごそくろうありがとうございました。タイラーさん」


 タイラーさんは、66歳になっていた。タイラーさんより年上のシュタインナッハさんは亡くなられて、民主同盟も世代交代をむかえようとしていた。


「いやいや、陛下の恩義おんぎむくいるためには、これくらいなんのなんの」


 僕は、タイラーさん達、民主同盟の都市を帝国自由都市にして、完全にヒールドルクス公国から独立させていた。その御礼おれいねての民主同盟軍の出兵だった。



 さらに、


「兄上が、陛下によろしくとの事です」


「そう、ガンバーリさんに、よろしく言っておいてね」


「かしこまりました」


 ダリア地方のヴィロナ公国のヴェルディ家の三男、アペリーロ・ヴェルディさんが、ヴィロナ公国や、北部ダリアの諸侯を引き連れ、わざわざツヴァイサーゲルトの山々を越え、援軍として来てくれたのだった。



 さらに、ミューゼンの宰相である、ロートレヒさん。


「陛下、見事みごとな策です。これで勝利は決まりました。で、これから、どうするおつもりですか?」


「そうだね~、あっさり、降伏してくれると、良いのだけどね~」


「はい」



 そして、代替だいがわりしたがバーゼン辺境伯や。他にも。


「いや〜、壮観そうかんなものですな~」


「ありがとう」


 全く、調子が良いんだから。トリンゲン公フロードルヒさんだった。最初の出会いは最悪だったが、その後は何故なぜか、ずっと味方になってくれていた。戦いが起こりそうになると、援軍送りましょうか? と書状が来て、断っていたくらいだった。


 まあ、もちろんさとい方なので、自分の国の発展の為、という理由もあるのだろうけどね。まあ、当然、僕も援助はしているしね。


「で、どうされるおつもりですか? 士気が下がったところで、包囲殲滅ほういせんめつですか?」


 フロードルヒさんの言葉に、ロートレヒさんの顔がくもる。そうだよ、冗談でも、そんな事は言っちゃだめだよ~。


「おお、一捻ひとひねりにしてくれましょう、父上」


 ん? ジークは、本気かな?



 そして、包囲して数日たった9月28日だった。


 ついにれた軍が動く。



「わ〜! 突撃〜!」


「あの馬鹿。ガルプハルト、申し訳ないけど援護えんごして」


「はっ、かしこまりました」


 そう、焦れたのはジークだった。先頭に立って突撃する。囲んでいる方が、焦れてどうする。



 ジークに率いられ、ボルタリア王国軍の重騎兵1000騎が突撃とつげきし、あわててボルタリアの領内諸侯も、重騎兵を集結しゅうけつさせて続く。


 もう、バラバラだよ。



 対するヴィナール公国軍を指揮するのは、ネイデンハートさんだ。最初のジークの激しい突撃こそ、重装歩兵が受け止めきれず、軍が分断ぶんだんされかける。


 しかし、ネイデンハートさんが、素早く動く。見事な用兵でヴィナールの重騎兵を率いて、ボルタリアの重騎兵に側面より突撃する。


 すると余裕よゆうの出来た、ヴィナールの重装歩兵は体制を整え、ボルタリアの重騎兵を包み込もうと動く。


 そこに、ボルタリア諸侯の重騎兵が突撃するが、ネイデンハートさんの指揮で、見事に体制を整えたヴィナールの重装歩兵が受け止め、そこにさらに、ヴィナールの重騎兵が突撃。ボルタリアの重騎兵は、分断され圧倒あっとうされる。


 見るとジークは奮戦ふんせんして、周囲の敵を圧倒していた。だけど、焼け石に水。ボルタリア王国軍は、ヴィナール公国軍に包まれ、その規模を縮小させていく。


 ボルタリアの重装歩兵や、兵士達は重騎兵を助けようと、その乱戦らんせんに飛び込み、さらにボルタリア王国軍の被害が増えていく。まあ、15000対2万なのだから、数で上回るヴィナール公国軍が有利なのは、当然だけどね。


 用兵ようへいでも、経験値でもジークより、ネイデンハートさんの方が上のようだった。今のところはね。



 しかし、ヴィナール公国の奮戦ふんせんもそこまでだった。ガルプハルトが、5000騎もの重騎兵を率いて突撃を開始する。


「突撃する。行くぞ!」


「お〜!」


 見事みごとに整った隊列の重騎兵が、重低音じゅうていおんひびかせ突撃する。


 ドドドドドドドド〜!


 さらに、皇帝直属軍の兵士達1万も、ハルバートを持ち続く。



 見ると、ヴィロナ公国軍を始めとする、ダリアの諸侯軍や、ミューゼン公国軍、トリンゲン公国軍や、バーゼン辺境伯軍、民主同盟軍などの軍勢も包囲を縮め、ヴィナール公国軍に襲いかかっていた。


 あ〜あ、戦いになっちゃった。本当は、降伏するまで、包囲を続けるつもりだったんだけど。



 ガルプハルト率いる重騎兵が、ヴィナール公国軍を蹂躙じゅうりんする中、ヴィナール公国の騎士達は懸命けんめいに戦っていた。しかし、ヴィナール公国の兵士達は、恐慌きょうこうをきたし逃げまどっていた。


 そりゃそうだ。こちらは、3倍の軍勢。さらに、皇帝直属軍、ダリアの軍勢、民主同盟は、兵士も鉄製の装備を持つ。勝負にならなかった。


 まあ、カール従兄にいさんが、天才的戦術家とかだったら違ったのだろうが、そういうタイプではない。ネイデンハートさんの指揮能力だけでは、限界がある。



「グーテル様」


「うん、そうだね」


 アンディに声をかけられ、僕はうなずく。すると、近衛騎士に加わっていた。グリフォス君と、アンジェちゃんも。


「グーテル様、私達も、加わってよろしいでしょうか?」


 僕は、アンディを見る。


「どう?」


「はい、大丈夫っすよ」


「じゃあ、行って良いよ」


「はい、ありがとうございます」


 2人から、元気な返事が聞こえる。


「フルーラは、駄目だからね」


 僕は、フルーラの方を見る。


「わ、分かっております」


 そこには、剣を抜いていたが、そっと戻すフルーラがいた。



「では!」


 そう言って、アンディがけて行くと、グリフォス君と、アンジェちゃんが続き、さらに100騎ほどの近衛騎士が続く。そして、一瞬で乱戦に突っ込み見えなくなった。



 僕は、戦場を見渡す。ジークは、なんとか血路けつろを開き、いったん乱戦から抜け出していたが、配下の重騎兵や、重騎兵を助け出そうと、巻き込まれた重装歩兵や、兵士の損害が大きいようだった。それでも、ボルタリア王国軍を立て直そうとしているようだった。



 これは、ネイデンハートさんの見事な指揮によって、生み出されたものだが、数が違う。今は、ヴィナール公国軍は、周囲からの攻撃に圧倒されていた。早く終わらせないと、被害ばかりが増える。こんな事だったら、短期間で戦闘を終わらせる戦術も考えておけば良かったと、反省する。



 しかし、そんな時だった。


 何やら乱戦の中心で大声が響き、その声が徐々じょじょに広がっていくと、戦場は中心部から静かになっていった。どうやら、終わったようだった。



 僕にも、声が聞こえてくる。


「皇帝近衛騎士副隊長アンディ! ヴィナール公カールケントを捕らえたり〜!」


「ふ〜。終わったね」


「はい」


 フルーラの返事を聞き、ようやく胸をで下ろす。





 戦場は静かになっていた。ヴィナール公国軍は、ネイデンハートさんの指示で、武器を捨て、降伏こうふくの意志を示していた。


 ガルプハルト達は、動き回り敵味方問わず救護きゅうごし、手当てをすると共に。助から無さそうな者達には、とどめをさしている。



 そして、僕の前に、カール従兄さんが引っ立てられてくる。まあ、捕虜ほりょだからしょうがないよね。


 カール従兄さんは、後ろ手にしばられ、着ているよろいは汚れ、髪にも汚れが付着していた。おそらく、アンディに馬から落とされたのだろう。



「クッ、グーテル、殺せ!」


「まあまあ、カール従兄さん、落ち着いて」


「ふん、勝ったから落ち着いているが、本来ほんらい、こうなっていたのはお前のはずだったんだ」


「そうですね〜。前回の戦いは、逆になっていたかもしれませんね~」


「前回は確かにそうだが、今回もだ。運良く、ランド王国や、ダルーマ王国の軍勢の到着が遅れたから……」


「運良く?」


「ああ、グーテルにとっては運良く。俺にとっては、運悪くだがな。それに、もしかしたら、すぐ近くにせまっているかもしれないぞ?」


「何がですか?」


「だから、ランド王国軍や、ダルーマ王国の大軍だよ」


「そんなの来ませんよ」


「なに?」


 僕は、カール従兄さんを見つめてゆっくりと話す。


「だから、そんなの来ませんよ」


 カール従兄さんは、目を大きく見開き。


「なぜだ?」


「そうですね〜。まずは、ザイオン公国ですが、トンダルと戦っています」


「トンダルが……」


「ええ、トンダルは、僕の為に、ザイオン公国をおさえてくれたんです」


「クッ、トンダルのやつ」


 まあ、カール従兄さんと、トンダルは兄弟。だけど、兄弟仲は良くない。そういうわけで、今回も僕の味方をしてくれたのだ。ありがとうトンダル。



「次は、ダルーマ王国ですかね。まずは、迎えに来てくれるはずのネルドア共和国の海軍が迎えに来なかった。そして、船を待っているうちに、ダルーマ王国の南東部で反乱が起き、慌てて軍勢をそちらに向けたため、こちらに来れなかった。ヒューネンベルクさんのところには、謝罪しゃざいの書状が、届いていると思いますよ」


 ダルーマ王国の南東部は、安定していなかった。ウルキアやトルヴァリア、ブルグールなどで独立の気運きうんが高まっていた。


「なっ、反乱? それも、グーテル、お前が企図きとしたのか?」


 徐々に、カール従兄さんの顔に恐怖の表情が浮かんでくる。


「いえっ、ただ、ダルーマ王国軍の主力が、ダルーマ王国を離れる日時を知らせただけですよ。運良く、ネルドア共和国の船が来なかったから、反乱は失敗するでしょうけどね」


「死人に、口無しって言うやつか……」


「さあ?」


「クッ」


「ああ、そうでした。ネルドア共和国の船が来れなかった理由は、単純に船が港から出れなかったからですよ。ゼニア共和国が、ネルドア共和国の港を封鎖ふうさしたみたいですから」


 ゼニア共和国は、皇帝派の国として僕と協力関係にあった。


「なっ、そこまでも、お前が……」


 カール従兄さんは、恐怖にふるえていた。


「後は〜、ランド王国ですか?」


「ああ」


「ニーザーランドのフランダース公国が不穏ふおんな動きをして、さらに、その援軍としてエグレス王国が、動いたみたいですよ。まあ、実際には戦いにはなりませんでしたけど、フェラードさんは、そちらに兵を向けたようですね」


 そう言いながら、僕は、ふところから書状を取り出す。


「それは?」


 カール従兄さんの視線が、書状の封蝋ふうろうを見る。そこには、ランド王国の紋章があった。フルールドゥリスと呼ばれるアヤメの花を意匠いしょうしたものだった。


「フェラードさんからの書状です。エグレス王国との講和こうわを頼まれたんです。戦費せんぴが、かさんで苦しいみたいですね〜」


 後はザーレンベルクス大司教軍とか、フォルト宮中伯軍とかだが、主力の軍勢が動かないのに単独で動くわけがなかった。



「はっはっ、はは」


 カール従兄さんは、かわいた笑いをする。そして、


「どうするつもりなのだ、俺を?」


 僕は、頭をかきつつ。


「それは、捕虜なので、いったんどこかで幽閉ゆうへいさせて頂いて、交渉次第こうしょうしだいですかね~」


「殺さないのか?」


「それは、カール従兄さんは、僕を殺すつもりだったって事ですかね?」


「ああ、もちろんだ」


「そうですか。まあ、僕はカール従兄さんには、ダリアでお世話になったし、一応、従兄弟いとこだし、殺せないですかね」


「そうか、甘いなグーテルは」


「そうですかね?」


「ああ」


 そうかな~、甘いかな~?

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