第160話 ミューゼン公国の争いと新世代の息吹⑦

「グルンハルト陛下、おはつにお目にかかります。ミューゼン公国宰相ロートレヒ4世です」


「ロートレヒさん、ようこそボルタリアへ。僕がマインハウス神聖国皇帝グーテルハウゼンこと、グルンハルト1世だよ。がっかりした?」


「いえっ、恐れながら、このような自然体の方を見たことが無く、恐怖ですくんでおります」


「またまた〜」


 確かにロートレヒさんの顔は硬直こうちょくし、身体は細かくふるえていた。


 大丈夫だよ~、怖くないよ~。


「グーテル様、弟を威圧いあつするの可哀想かわいそうなので、やめてもらって良いですか?」


「は〜い」


 パウロさんが、横から僕を注意する。すると、ロートレヒさんは、


「兄上も、ご無沙汰ぶさたしております。お元気そうで、何よりです」


「本当に久しぶりだな。元気だったか?」


「はい」


 見つめ合う二人。仲良さそうな兄弟だった。


「仲良い兄弟だね」


「はい、男兄弟は、二人だけですので、自然と……」


 パウロさんが、そう言いかけると、ロートレヒさんが、


「兄上〜、一応、もう一人おりますが……」


「そうだったか?」


「はい、一応」


 ランドルフさんの事だろう、二人ともひどい扱いだ。可哀想なランドルフさん。まあ、どうでも良いが。



「それでだ。このたびは、どうされたのかな?」


 何言ってんだろうね。自分で呼び出しておいたのにね。


「はい。ですが、その前に」


 そう言うと、ロートレヒさんは、ひざますき、深々と頭を下げる。


「先の戦いにおいて、陛下に盾突たてつく形になりました事、誠に申し訳ありません」


「うん。あの時は、立場上しょうがないよ」


「はい、ありがとうございます。ですが、あの時は、驚きました。ダリア王カールケント様の言う通り動いていたのですが、チャルロ卿があらわれ、ランド王国軍と共に動くとは考えてもなく」


「うん」


 チャルロさんは、ランド王フェラードさんの弟さんだった。


「後で聞き驚きました。陛下を包囲網の中で捕らえようとしてたとは、さらに、ステファン殿も殺されてしまいましたし。本当に、申し訳ありませんでした」


「うん、ステファンさんには、可哀想な事をしたよね」


「はい」


 ロートレヒさんは、こちらをまっすぐ向き話す。ロートレヒさんは、若い。1283年生まれの現在、29歳だった。


 まあ、年齢もだけど、あらゆる意味ですれてない。良い人物だ。



「それで、今回、ミューゼン公の暗殺だっけ?」


「それですが、私はかかわっておりません。だいいち、ここ一年ほど、ミューゼン公にも、お会いできなかったのですから」


「ふ〜ん。何で?」


 まあ、直接会えなくとも暗殺は出来るけど、まあ、しないだろうな~。


「それは、ミューゼン公が、体調すぐれないから会わないようにと、御母堂様ごぼどうさまが……」


 御母堂様。随分ずいぶんと古臭い言い回しだった。


「それじゃあ、一年くらい前から、体調悪かったの?」


「はい、最後にお会いした時には、少しせられて、顔色も悪かったです」


「そうなんだ~」


 一年以上の年月をかけて暗殺。無いとは言い切れないが、ないだろうね~。


「はい。ですから、ヒューネンベルク侯爵こうしゃくにも、そのむね、お伝えして関わり無いという言質げんちまで、頂いていたのですが……」


「ヒューネンベルクさんが、そう言ったの?」


「はい」


 僕は、立ち上がりつつ、こう宣言する。


「分かったよ、信じるよ。パウロさん、出兵の準備だ。ロートレヒさん、ミューゼンに帰って待ってて欲しい」


「はい、ありがとうございます」



 正直なところ、暗殺したのかどうかは関係なく、ロートレヒさんの人となりを知れたので、もう良いのだ。ロートレヒさんは、裏切ったり、前言撤回ぜんげんてっかいしたりしないだろう。それだけで良い。


「そうだ。今回の戦いの作戦を書いておいたから、ミューゼン帰ったら開いてね」


 僕は、そう言って、ロートレヒさんに書状を渡す。


「じゃあ、パウロさん行こうか」


「はっ」


 そう言って、僕は退室する。ロートレヒさんは、それを平伏へいふくして見送る。



 この時の出会いをロートレヒ4世は、後に歴史に、こう残した。


 悠然ゆうぜんにして泰然自若たいぜんじじゃく。グルンハルト陛下の前に立った自分は、心をすべ見透みすかされ、大海の中に一人浮かんでいるかのような孤独感こどくかんを味わい。自分の小ささを自覚させられた。


 グーテルが生きてたなら、こう言っただろう。またまた〜、大袈裟おおげさだな~、ロートレヒさんは。





「父上、いよいよですな~。腕がなります」


「そうだね」


 僕は、ジークの言葉を聞き流しつつ、あらためて、軍の配置はいちを確認する。


 今、ヴァルダには、ボルタリア王国の領内諸侯りょうないしょこうの軍勢9000あまりが集結していた。



 そして、フェルマンさんには、ボルタリア王国軍3000と領内諸侯の軍勢3000。合わせて6000を率いて、ヴィナール公国の国境近くまで、南下してもらっていた。


 さらに、チルドア侯ヤンさんや、マリビア辺境伯へんきょうはくカレンさん、そして、ウリンスク諸侯の方々にも、兵を出してもらい、マリビア辺境伯領と、ヴィナール公国の国境近くに布陣ふじんしてもらっていた。


 これらの軍勢は、ヴィナール公国を攻める為ではなく。もしもの場合のおさえだった。



 で、ヴァルダにいる9000あまりの領内諸侯の兵と、ボルタリア王国軍6000。合わせて15000。これを率いるのは。


「父上。壮観そうかんですな~」


「そうだね」


 ボルタリア王国国王のジークだった。副将ふくしょうとしてライオネンさんをつけたけど、まあ、言う事聞かないだろうね。



 で、僕は、皇帝直属軍15000を率いる。もちろん、直接率いるのはマインハウス神聖国皇帝直属騎士団騎士団長にして、皇帝直属軍総司令官のガルプハルトだった。


「だから長すぎですよ、その呼称こしょう


「そう?」



 こうして、僕達は1312年の9月、総勢3万の兵を率いて、ヴァルダの街を出発したのだった。



 2年前と同じように、街道を南西に進み。ボルタリア王国と、ミューゼン公国の国境を越える。



 そして、国境を越え、しばらくすると、


「そう。予定通りだね。分かった、ありがとう」


「はっ」


 伝令でんれいの男は、素早く立ち上がり、去っていく。グーテルは、何やら、一瞬いっしゅん、考えると。


「進路を変更する。これより、南下する」


「お〜!」





「申し上げます。ボルタリア王国軍、進路を変え、こちらに向かい南下しております」


「南下?」


 ヴィナール公、いやっ、ダリア王カールケントは、口の中で言葉をつむぐと、あごに手を置き考える。



 南下? ミューゼンに向かうのではないのか? そうか。今回は、兵力は3万だったな。それで、我が軍と正面決戦にいどもうというのか?


 まあ、良い。こちらは、包囲のあみを場所をずらし、ちぢめれば良いのだ。



「ザイオン公国軍、ランド王国軍、ダルーマ王国軍に伝令だ! 予定を変更し、包囲網の中心をずらすぞ」


「はっ!」


 カールは、細かく伝令に指示を出す。そして、伝令をはなつと、今度はヴィナール公国軍に指示を出す。


「各軍には、急いでもらうが、包囲網を再形成さいけいせいする時間が必要だ。いったん南下し、その後、ゆっくり西進する」


「はっ!」


 今まで、西進していたヴィナール公国軍は、ボルタリア王国軍と距離をとるためにいったん南下、その後ゆっくりと西進し、自分達が包囲網の中心となるように、コントロールするつもりだった。



 カールは、2年前と同じように、グーテルをめ、包囲網で捕らえようと考えていた。前回は、間一髪かんいっぱつで逃げられてしまったが。


「同じ策を繰り返すとは、思うまいよ」


 だが、用心ようじんためか、グーテルの軍勢は、今回はボルタリア王国軍を息子に率いさせ、兵力は倍となっていた。


 だが、予想の範囲内だった。前もって、各軍には、前回よりも多くの兵を出してくれるよう頼んであった。



 そして、今回も、書簡しょかんの往復等はせず、およその日時や行軍予定、そして、作戦を書いた書状を一通と、出陣を願う書状の二通のみで、行っていた。だから、グーテルや、トンダルでも読めなかったのだ。



 カールは、優越感ゆうえつかんひたっていた。グーテルですら読めぬ策でめた。逃げられたものの、世間的せけんてきにも、そういう評価だった。


 そして、今回も。



 まあ、ザイオン公国は、前回も、ほぼ限界に近い兵力を、動員してくれていた。だから、今回も協力してくれる諸侯軍合わせても、15000が良いところだろう。


 だが、ランド王国と、ダルーマ王国は違う。前回、取り逃がした事により、ランド王国国王フェラード4世は、おおいにくやしがっていた。今回は倍は出そう。そう言っていたようだった。だとすると、3万。


 そして、ダルーマ王国も、2万は出してくれるだろう。ザーレンベルクス大司教軍と合わせれば25000。


 さらに、今回は、ヒューネンベルクに止められたが振り切って、ヴィナール公国も限界に近い兵力2万を連れてきていた。


 合わせて9万。尊敬そんけいする祖父、ジーヒルホーゼ1世ですら、一度しか率いた事のない大兵力だった。


 対するグーテルの軍勢は、3万。物の数ではない。カールは、ひとちた。





 だが、数日して、伝令が帰ってくると、様相ようそう急変きゅうへんする。


「その、申し訳ありません。ザイオン公国軍の姿を見つける事が出来ませんで……」


「それで、のこのこ帰って来たのか?」


「いえっ、私は、とりあえず、この事をお知らせする為に、いったん帰って来まして、残りの者が……」


「お前も、急ぎ戻り探せ!」


「は、はいっ、失礼致します」


 そう言って、あわてて伝令は騎乗きじょうして去っていく。


「何を言っているのだ。馬鹿どもが」


 だが、それは、ランド王国軍、そして、ダルーマ王国軍を探している者達も同様であった。


 三軍とも、かげかたちも見えないのだ。


 もしかして、遅れているのか? もしくは迷っているのか?



 カールは、行軍を止めて、伝令の数を増やすと共に、斥候せっこうを広く周囲に放つ。だが、放った斥候が持って来た情報に、驚愕きょうがくする事になる。



「も、申し上げます。ミューゼン公国軍ミューゼンを出て、こちらに進軍しております。その数、15000」


「15000? どういう事だ?」


 現状のミューゼン公国軍合わせても、そんな兵力はないはずだった。


「は、はい、ミューゼン公国を支援する領邦諸侯りょうほうしょこうが軍を率い、ミューゼン入りしていたものと思われます」


「何だと?」


 カールは、あせる。どういう事なのだ?



 だが、この知らせは、まだマシだったのだ。


「申し上げます。南より民主同盟軍と、おそらくダリアの諸侯軍がこちらに進軍しております。その数、およそ15000」


「ダリアの諸侯? そんな馬鹿な事があるか! もう一度、見てこい!」


「はっ、かしこまりました」



 チュールドルンの森の近くで、カール率いるヴィナール公国軍は動きを止めた。



 ボルタリア王国軍は北東から、ミューゼン公国・諸侯同盟軍は北西から、そして、民主同盟・北部ダリア諸侯連合軍は南から。ちょうど三方向から向かってくる。グーテルの包囲網ほういもうが完成し、カールを包み込もうとしていた。

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