第159話 ミューゼン公国の争いと新世代の息吹⑥

 そして、激動げきどうの1312年が始まる。


「まだかな~、産まれたかな〜」


 ウロウロと、歩き回る僕。


「落ち着いてくださいっす、グーテル様」


 ガタン! バタン! ガタン! バタン!


 そう言いながら、外に出たり中に入ったり、激しく動き回る、アンディ。


「少しは、落ち着け、アンディ!」


 ガタガタガタガタガタガタガタガタガタ!


 と言いながら、激しく貧乏ゆすりをするガルプハルト。


「いやっ、ガルプハルトさんが落ち着いてください。家が壊れますよ」


 と言いながら、唯一落ち着いている、マスター。


「マスター、ビール!」


「はいよ! って、何、人の家で集まってんですか! 庶民しょみんの普通の家ですよ、ここは!」


「まあまあ、あなた、落ち着いて。はい、ビール持って来ましたよ」


 と、マスターの奥さん、アイリーンさんが、ビールを持ってやってくる。


「だから、何でビールを振る舞うんですか!」


「まあまあ、お金は払うからさ〜」


「お金の問題じゃないんですよ!」



 ここは、ヴァルダ城内にある、マスターの家だった。マスターは、ランド王国から帰国後、今回の旅で覚えた料理を伝授後でんじゅご、引退。ちょうど、60歳の事だった。


 ヴァルダ城内の家で、のんびりとした生活を送っていた……。はずだったが、頻繁ひんぱんに訪れる、目の前の3人によって、料理を作り、酒を振る舞う日々が続いていた。



 そして、今日も、さあ寝ようかと就寝しゅしんの準備をしていると、心ここにあらずの3人がやって来て、家に居座いすわっているのだった。



「まだかな~、産まれたかな〜」


「だから、まだっすよ。産まれたら、すぐに知らせが来るっすから」


 ガタン! バタン! ガタン! バタン!


「そうだね~。まだかな~」


 ガタガタガタガタガタガタガタガタガタ。


「ああ、もう!」


 自分の家で、落ち着けず眠れぬ夜を過ごすマスター。


「く~、く~、く~」


 平気で、寝るアイリーンさん。


「まだかな~、産まれたかな〜」


 ガタン! バタン! ガタン! バタン!


 ガタガタガタガタガタガタガタガタガタ。


「ああ、もう!」





 そして、翌日の早朝。ジークと、ルシェリアさんの第一子が産まれる。女の子だった。


「おじいちゃんですよ~、かわいいでちゅね~」


「フフフ、お義父様とうさまかわいい」


 ルシェリアさんに笑われた。まあ、良いか~。それよりもだ。


「名前は、決めたのか、ジーク?」


「はい。エリザベートです」


「エリザベート? 良いのか?」


 エリザベートは、先年せんねん亡くなったお母様の名前だった。


「はい。この子は、御祖母様おばあさまの生まれ変わりですよ。強くたくましいに育ってくれますよ」


 うん、それはちょっと困る。


「良いの、ルシェリアさん?」


「はい、とても良い名です」


「そうか、エリザベートちゃん、かわいいでちゅね~」


「フフフ」



 こうして、幸せに包まれて、1312年は始まった。ジークは18歳、ルシェリアさん20歳だった。



 ヴァルダや、ボルタリア王国の国内に、ボルタリア国王ジークハルトと、王妃おうひルシェリアの第一子誕生が発表され、この日は祝日となり、街中で祝いのうたげや、もよおし物が開催かいさいされた。


「う〜ん、もう飲めない〜」


「グーテルさん、飲み過ぎですよ、良い加減にしてください!」


 エリスちゃんに、怒られる。


「いやっ、何で、人数増えているんですか? エリスちゃんまで」


 マスターが、自分の家に集まった人物を見て、今更いまさらながら呆然ぼうぜんとしていた。


「まあまあ、良いじゃない、マジュンゴ」


「ああ、もう! 集まるなら宮殿で良いんじゃないですか! 後は、カツェシュテルンもあるんですから!」


「え〜、だって、宮殿はさわげないし」


「ここでも、騒がないでください!」


「やっぱり、料理はマスターの料理が良いし」


「えっと、それはちょっと嬉しいですが……」


「じゃあ、良いじゃない?」


「駄目です」


「え〜!」


「え〜、じゃありませんよ~」


「は〜い。じゃあ、次はしませ〜ん」


「ああ、もう!」


 こうして、幸せに包まれた一日は過ぎていった。





 そして、早春そうしゅんの事だった。オーソンさんから、知らせが入る。また、ミューゼン公国でめ事が起きたのだった。せっかく落ち着いていたのに、も〜。


「えっ、ミューゼン公が、亡くなった?」


「はい、風邪かぜを、こじらせての病死です」


「そう、今年の冬は、寒かったからね~」


「はい」


「確か10歳だよね。若いのに」


「はい、それで……」


「ん?」


「ミューゼン公の母君が、暗殺だとさわいでおります」


「えっ! え〜と、先代ミューゼン公ローエンテールさんの奥さんの……。ワーテルランドのクワトワ公エンラート3世さんの娘さんの……。誰だっけ?」


「そう言えば、私も名前存じ上げませんが……」


「そう、まあ良いか~。で、どうしたの?」


「はい、で、そのお方が、暗殺だと騒ぎ立てまして」


「ふ〜ん、犯人は? ステファンさんは、2年前に亡くなられたし」


 亡くなられたというか、戦死されたのだった。


「それが、ミューゼン公国宰相のロートレヒきょうだと」


「えっ! ロートレヒさんが? 何か、ロートレヒさんに、そういう動きがあったの?」


「いいえ、まったく。この2年、本当にミューゼン公国のために働かれて、領内諸侯や、領民の評判も上々じょうじょうだったようですが」


「それじゃ、何で?」


「さあ、母親として、認めたくないんでしょうか?」


「まあ、そうかもね〜」



 実際、息子さんを暗殺された方を身近みぢかで見た。先代のボルタリア国王だったヴェーラフツ3世を暗殺された、レイチェルさんだった。それは、僕では、さっする事が出来ない、深い悲しみと後悔こうかいねんおおわれていた。


 レイチェルさん、元気かな〜? 今は、ロウジックでデーツマン2世さんと暮らしている。


 まあ、その話は、良いや。



「う〜ん、騒ぎ立てているだけだったら、良いけど。何か、動きがあったら教えて」


「はい、かしこまりました」



 それから、しばらく経って、やはりオーソンさんから報告が入る。



「あの後、ヴィナール公が本当に暗殺があったのか調査されたのですが、途中、邪魔じゃまが入りまして……」


「えっ、邪魔が入る? え〜と、ローエンテールさんの奥さん?」


「いえっ、襲撃者は不明ですが、調査の責任者として入っていた、ヒューネンベルク侯爵こうしゃく従者じゅうしゃが殺害されました」


「そう、ヒューネンベルクさんの」


 随分ずいぶんなつかしい名前だった。先代のヒューネンベルクさんには、お世話になったが、今のヒューネンベルクさんも、信頼出来る人物だった。


「それでヴィナール公は調査を中止させて、ヒューネンベルク侯爵を引き上げさせたのです」


「で、その時に、え〜と……」


「ローエンテールの奥さん?」


「はい、その方がヒューネンベルク侯爵と共に、ヴィナール公国に入られまして……」


「カール従兄にいさんに、訴えたと」


「はい。暗殺者も、襲撃犯しゅうげきはんもロートレヒ卿の手の者の仕業しわざだと」


「ふ〜ん。それで?」


「ヴィナール公は、ロートレヒ卿を討つ約束をされたそうです」


「なるほど。それがれて、大騒ぎになっていると」


「えっ、はい、その通りです」


「だとすると、ロートレヒさんから、救援の要請ようせいが来るかな? だとすると……」


 僕は、ちょっと考えて。


「ロートレヒさんに、援軍の要請をするならみずから来るように、って伝えて」


「はっ、かしこまりました。ですが、自らですか?」


「うん。援軍を送るなら、その人物が信用出来るか、その人となりを見ておきたいんだよ」


 人となり。人としての、り方とでも表現した方が良いだろうか?


「かしこまりました。さっそく、お伝えします」


「うん、よろしく」



 さて、こっちも準備だ。


手筈てはず通りで、っと」


 僕は、書状を書くと、各地に送った。



 後は、執務室しつむしつにボルタリア国王であるジーク、ボルタリア王国宰相であるパウロさん、そして、外務大臣であるヤルスロフ2世さん、そして、内務大臣であるヤン君を集める。



「戦いに、なりそうだよ」


「おお、それは腕がなります」


 ジークが、僕の一言ひとことに興奮する。しかし、他の3人は、冷静だった。


「どこで、戦うのでしょう?」


 ヤン君が、僕を見て聞いてきた。多分、戦いになりそう、とかいう情報が無いから戸惑とまどっているようだった。


「ミューゼン公国だよ。ローエンテールの奥さんが、息子は暗殺されたんだって、騒いでるんだって」


「あらやだ! おほん、失礼しました」


 ヤルスロフさんが、ご近所の奥さんの集まりみたいなセリフを吐き、すぐにだまる。奥さんにかけて、場をなごませようとしたのだろう。



「確かに、そのような話をヤルスロフ殿から聞きましたが。ヴィナール公国が調査に入ったと……」


 パウロさんが、ヤルスロフさんのセリフが無かったかのように冷静に話しつつ、ヤルスロフさんを見る。


左様さようです。今、調査中のはずですが……」


 僕は、ヤルスロフさんの言葉にうなずきつつ。


「その調査の責任者は、ヒューネンベルクさんなんだけど、その従者が襲撃されて殺されたんだって」


「えっ、そのような事が……」


「さらにね」


「えっ、まだあるのですか?」


 ヤン君が、驚きの声をあげる。


「うん。カール従兄さんは、ヒューネンベルクさんに調査中止して帰ってくるように言って、ヒューネンベルクさんは帰国したんだって」


「はい」


 3人の声がハモる。ん? 3人? 見るとジークは、すでに戦いの方に意識が行っているようで、話を聞いていないようだった。まあ、良いや。



「ヒューネンベルクさんと一緒に、ローエンテールさんの奥さんがヴィナール公国に入って、カール従兄さんに犯人はロートレヒさんだって訴えたんだって」


「はい」


「そして、カール従兄さんは、ロートレヒさんを討つことを承諾しょうだくして、それがれてロートレヒさんが知ったんだって」


「最後は、都合良さ過ぎに、聞こえますが……」


 と、パウロさん。まあ、そうだよね。


「うん、僕もそう思う」


「では……」


「可能性は、あるよね」


「だったら……」


「だから、今回はボルタリア王国の兵を出来るだけ集めて対抗しようかと」


「おお、では全軍を集めて、ヴィナール公国に攻め込みましょう」


 再び、ジークがえる。話聞いてないね。



「かしこまりました。では、ヤン卿や、カレン卿にも声をかけましょう。さらに、領内諸侯にも招集しょうしゅうをかけます」


「うん、よろしく」


 こうして、僕は、出兵の準備を始めたのだが、そんな中、ミューゼン公国の宰相ロートレヒさんがやってきた。

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