第158話 ミューゼン公国の争いと新世代の息吹⑤

「父上〜!」


 ん? ジークの声か?


 視線を前方に向ける。すると、遠くから、一騎が早駆はやがけし、後方から慌てて騎兵が追いかけているのが見えた。


 そして、そのさらに後方には、ボルタリア王国軍の軍旗ぐんきひるがえり、騎士達や兵士達がこちらに向かい行軍こうぐんしていた。どうやら、ヴァルダの守備兵団や、遊撃隊を引っ張ってきたようだ。ヴァルダの守りはどうなっているのだろうか?



「父上〜!」


「ジークか、どうした?」


 ジークは、ただ一騎で、僕の目の前にやって来た。やや離れて護衛騎士達が追いついて来る。



「どうした? では、ありません。戦いに負けそうだというので、援軍に駆け付けてきたのです」


 負けそうだ。ではなく、負けて退却してきたのだ。被害は、そんなにないけど。


「そうか~、ありがとう。ご苦労さま」


「そうではありません。さあ、引き返しましょう。再戦です」


 ジークは、そう言うが、


「相手は、6万以上だよ。どう戦うの?」


「えっ、6万……。父上、よくご無事で」


「ガルプハルトが、血路けつろを開いてくれたんだ」


「いえっ、グーテル様、そんな大袈裟おおげさな」


 隣で、ガルプハルトが何か言ってるが、とりあえず放置。


「おお、それはご苦労だった、ガルプハルト」


「いえっ、まあ、はい」



 ジークは、ガルプハルトを一瞬見て、また、こちらを見る。さあ、戦いましょ、なんか策があるんでしょ、ねっ! という目で僕を見てくる。お前は、フルーラか?


「まあ、ジーク。出迎えはご苦労だったが、これ以上の戦いは無理だ。大人しく敗北を受け入れ、ヴァルダに帰ろう」


「ですが……」


「機会はきっとあるよ。で、その時は必ずジークを連れて行く。それまで、待っててくれ」


「そうですか、かしこまりました!」



 僕達は、ジークと合流し、ヴァルダへと帰る。



 ヴァルダ城は、上へ下への大騒ぎではなく、落ち着いたものだった。


 どうやら、フェルマンさんや、ライオネンさんが、騒ぎ始めたが、パウロさんがおさめたようだった。


 皇帝直属軍は駐屯地ちゅうとんちに戻り、他の軍も通常業務に戻る。



 そして、僕が、新宮殿に戻ると、心配そうな顔をした。エリスちゃん、お父様、お母様に囲まれる。


「本当に心配したのですよ。グーテル、あなたが、大軍に取り囲まれたと聞いた時は、きもを冷やしましたよ」


 と、お母様。


「ご心配おかけしました、お母様」


「まあ、無事で何よりだ」


 と。お父様。


「ええ、実際に戦いにはなりませんでしたから……」


「グーテルさん、良かったです……」


 それだけ、ポツリと言うエリスちゃん。


「心配かけてごめんね、エリスちゃん」


「はい」


 え〜と、こういう時は、優しくハグ。と思っていたら、僕は、エリスちゃんにギュッと抱きつかれる。


 その状態のまま、お母様が話しかけてくる。


「で、どうするのです?」


 う〜ん、やっぱりジークのあの性格はお母様からの遺伝かな?


「どうもしませんよ」


「どうもしないって、カールをのさばらせておくの?」


「まあ、しばらくは」


「しばらくって、どのくらい?」


「2年くらいかな?」


「そうですか。グーテルは、優しいですね」


「いやっ、別に優しいとは、関係ないだろ」


 お父様の、ツッコミが入る。


 そう、優しいわけじゃないよ。準備が必要なんだよね~。



 そして、その日の夕方。僕の執務室にオーソンさんが飛び込んできた。


「お疲れ様、オーソンさん」


「グーテル様も、ご無事で何よりです」


「うん」


「それで、何かある?」


「はい、悪いニュースです」


「そう」


 何だろ、悪いニュースって。


「ステファンきょうが、戦死されました」


「えっ! 北へ抜けられなかった?」


「いいえ、私が案内し、ステファン卿の味方の諸侯は、無事にノルンベルクに入城されました」


「じゃあ?」


「ステファン卿は、何故なぜか、街道を北東に進み、正面から来たヴィナール公国軍と戦闘になり、ステファン卿は、討ち死にされました」


「えっと、なぜ、北東に?」


「さあ?」



 オーソンさんの話によると、ステファンさんは、僕の伝言だというオーソンさんの話をすぐに信じて、ミューゼンを放棄ほうき、全軍を北へ向かい走らせたのだそうだ。


 ただ、


「わたしは、少しやることがある。後ほど合流しよう」


 そう言って、自らの軍の一部を率いて、北東の街道に入ったのだそうだ。北東の街道は、ミューゼンとヴァルダを結ぶ街道だ。僕の事を追いかけたのだろうか?



 だが、その街道は、僕の追撃ついげきあきらめたネイデンハートさんが、ヴィナール公国軍を率いてミューゼンへ向けて、進んでいた。


 そして、戦闘になり、ステファンさん配下の多くの騎士、兵士が討たれ、ステファンさんも討ち死に。ネイデンハートさんは、大手柄おおてがらをたてた。



 ステファンさんを追いかけた、オーソンさんの手の者の報告だそうだ。


「そう。う〜ん?」


「どうされました?」


「やっぱり、北東に進んだ意味が分からないよ。東に向かうとかならまだ、分かるけど」


「確かに」


 どうしたかったんだろね、ステファンさんは? 死んでしまったら、その答えも分からない。



 で、結局、この戦いは、21000対65000の戦いとなり、お互いの将として、ステファンさんと、ザイオン公国の将が、それぞれ戦死。


 殿しんがりになってくれた、皇帝直属軍の騎士100名以上が戦死。


 ザイオン公国、ヴィナール公国軍は、ガルプハルトの不意討ふいうちや追撃戦ついげきせん、そして、ステファンさんとの遭遇戦そうぐうせんで、合わせて400名ほどの戦死者を出した。


 さらに、ステファンさんの軍勢500名も戦死した。あの状況、そして、軍勢の多さに比べると、戦死者の規模は大きくない戦いとも言えた。



「戦いにするつもり、無かったんだけどね~」


「仕方ありませんよ」


「そうだね」



 まあ、結果的にステファンさんが戦死したことで、ミューゼン公国の争いは終結しゅうけつする事になった。8歳のミューゼン公を、宰相さいしょうとしてロートレヒさんが支える。


 ノルンベルク城に逃げ込んだミューゼンの領内諸侯の方々も、ロートレヒさん側からの呼びかけに、降伏した上に講和こうわ。ミューゼン公に服從ふくじゅうちかった。これで、一応、めでたしめでたしだった。





「しかし、グーテルでも負けるんですね~」


「トンダル、何を言ってんの? 僕は、そんなもんだよ」


「そうですか? では、そういう事にしておきましょう」


 僕の帰国後数日して、フランベルク辺境伯のトンダルが、わざわざヴァルダにやって来た。


 どうやら、僕をなぐさめに来たそうだけど。別に落ち込んでいない。勝負は時の運なのだ。



「トンダルだったら、勝てた? というか、読めた?」


 トンダルは、ちょっと考えて。


「どちらも無理ですね。むしろ包囲網の中で死んでたでしょうかね?」


「またまた〜」


「グーテルのように優秀な情報網じょうほうもうは無いですし、カール兄さんの事は馬鹿にしてましたからね~」


「えっ、だって、叔母様が……」


「それでもです。馬鹿な男の浅はかな策。そう思っていたんですが。グーテルをめるなんて……」


「僕なんて大した事ないよ。でも、そうだね~」


「まあ、グーテルが、旅行ボケだった影響も大きいでしょうがね」


「テヘッ」


 舌をペロッと出す。


「は〜」


 ため息をつかれた。



「だけど、カール従兄にいさんは、いつからこの策を考えてたんだろうね? だって、密かにザイオン公国や、ダルーマ王国、それにランド王国まで巻き込んでの大包囲網だよ」


 僕の言葉に、トンダルも首をひねる。


「確かにですね~。しかし、どうやって動かしたのでしょう?」


「ん? だってザイオン公国や、ダルーマ王国はカール従兄さんに、恩義おんぎがあるでしょ?」


「そこは分かりますが……」


「ランド王国は、フェラードさんが、僕とクレメントさんが仲が良いのが気にくわない。良い機会だ死んでもらおう。って、ところかな?」


「なるほどです」


「ザーレンベルクス大司教は、脅迫きょうはくされて、後は、ネルドア共和国は利害の一致」


「えっ、ネルドア共和国も参戦していたのですか?」


「う〜ん、ダルーマ王国の兵士をダルーマ王国の王都から、ネルドアに兵士を運んだんじゃない?」


「そうなんですか」


 ダルーマ王国は、ウルシュ大王国に敗れ、内陸にあった王都を捨て、現在は海沿いに王都があった。海をはさんで、ダリアの対岸だった。


 なので、海路ネルドアに入り、北上したのだろう。だから、移動が速く、気づくことが困難だったのだ。


 後、参戦した国は、フォルト宮中伯領だろう。まあ、ランドルフさんにとって、ロートレヒさんは、弟だしってところかな?



「そう考えると、壮大そうだいな計画ですね。確かに、いつから考えてたのでしょうね」


「そうだよね〜」


 まあ、分からないけど。


「で、グーテルは、今後どうするつもりですか?」


「みんなに言われるけど、どうするつもりもないよ」


「それは、分かってます。ではなくて、カール兄さんが、再度、仕掛けてきた場合ですよ」


「そうか~、トンダルも、そう読むか~」


「はい」


「そりゃ~、やられたらやり返す……」


「ストップです」


「ん?」


「なんか、危険な感じがするので、聞かなかった事にしておきましょう」


「そう?」


「はい」





 こんな感じで、1310年は終わり、1311年が始まり、そしてその夏だった。お母様が病に倒れる。すでに73歳。


 この時代の平均寿命は30歳とか40歳とか言われているが、それは、産まれてすぐ亡くなる事が、非常に多いからだ。出産は母子共ぼしともに命がけなのだ。


 なので、庶民しょみんは50代くらい、食生活の良い貴族は60歳くらいまで生きる事が多い。70歳と言えば、長生きなのだ。


 御祖父様おじいさまも73歳で亡くなられた。長寿ちょうじゅの家系と言っても良いくらいだった。



 最初は、胃がムカムカすると言って、食欲が落ち、元気がなくなり、心配していたら、突然血を吐き倒れたのだった。


 名医めいいと言われる医者を呼んだり、胃に良いと言われる、薬を取り寄せたりするがあまり効果は無かった。


 そして、寒い冬の朝、眠るように亡くなった。



「グーテルさん、あまり気落ちなさらず」


「ありがとう。エリスちゃん。だけど、人の死って、本当につらいよね。あれだけ元気なお母様が……。ずっと元気に生きると思ってたよ」


「そうですね。本当に元気な方でしたから」


「あっ、ごめんね。エリスちゃんの御両親は、早くに亡くなったのに」


「いいえ」


「エリスちゃんは、長生きしてね」


「はい、グーテルさんも」


「うん」



 そして、お父様は、お母様の死を受け、気落ちされて、ハウルホーフェに引きこもり、2年後の夏に亡くなった。77歳。死因は老衰ろうすいだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る