第157話 ミューゼン公国の争いと新世代の息吹④

 ミューゼン公国の領土に入ると、斥候せっこうや、オーソンさん。配下の方々が、情報をもたらしてくれた。


「えっと、そう。ありがとう」


「はっ! 失礼致します」


 斥候の報告は、周囲に異常なしというものだったが、オーソンさんの配下の方々の報告に、僕は困惑する。いやっ、良い情報なのかもしれないけどね〜。



「ミューゼンでの戦いで、ステファン軍が勝利。ロートレヒ軍は、西方せいほうに退却しました」


「西方? なんかあったっけ?」


「ロートレヒ軍の味方の諸侯の領地にある、ロンツベルクという都市になりますが……」


「そう」



 そうか~、ステファンさん勝ったのか~。ステファンさんの軍勢と、ロートレヒさんの軍勢、今回は、ほぼ同数だった気がするんだけど。そんな簡単に、ミューゼンを攻略したのか〜。


 確かにミューゼンの街は防御しにくくはあるが、一応、城壁じょうへきのある都市だった。


「しかし、随分ずいぶんあっさりとミューゼンを落としたね」


「はい。ミューゼン公の母君ははぎみが、ステファン軍がミューゼンに迫ると、ミューゼンを脱出しヴィナール公国に逃げたためかと」


「えっ! 逃げちゃったんだ」


「はい」


 そうか~、そりゃ負けるね。旗頭はたがしらになるべき人が逃げちゃったら、そりゃ士気しきも下がるし、下手したら逃亡兵とか出て、戦いにならないかもしれない。



「そうか、じゃあミューゼンに向かうかな」


「はっ」



 僕達は、ミューゼンへと街道を進む。そして、ミューゼン公国内を半分ほど進んだ時だった。


「ガルプハルト、さ」


「はい、グーテル様」


「なんか、おかしいんだよね、今回の戦い」


「そうですか?」


「うん。だって、ミューゼン公国内を進んでいるのに、ミューゼン公国の諸侯の軍勢の姿すら見えないし」


「それは、ステファン軍だの、ロートレヒ軍だのに、それぞれ加わっているのではないでしょうか?」


「守備隊も残さずに?」


「あっ、それは……」


 僕達は、街道を通っていた。もちろん余計よけいな戦いをしたくないので、街や村は迂回うかいしてはいた。しかし、その街や村に騎士や兵士の姿は無かった。まあ、僕達に見えないように隠れていたのかもしれないけど。だけど、一兵いっぺいも見えないのは不自然だった。



「確かに、そうですな~。どういう事でしょうか?」


「さあ、それは分からないけど……」


「そうですか」



 なんて、ガルプハルトと話していた数日後だった。オーソンさんが自ら馬を飛ばしてやって来て、転げるように僕の前にひざまずく。


「グーテル様、お逃げください!」


「えっ、どういう事?」


 オーソンさんは、珍しくあせった顔をしていた。僕は、水を持ってこさせるとオーソンさんに渡す。オーソンさんは、その水を一気に飲みほすと、呼吸を整え、話し始めた。


わねです。我が軍は、包囲網の中に入っております」


「包囲網? アンディ! すぐに地図を開いて!」


「はいっす」


 アンディは、すぐに地図を持って来て、地面に広げる。



 すると、オーソンさんは、地図を指ししめしながら、話し始めた。


「我々の位置は、現在、この辺りです」


「うん」


 オーソンさんが、指し示す場所は、ミューゼン公国を国境からミューゼンまで、2/3ほど進んだ場所だった。


「そして、東よりヴィナール公国軍、およそ15000がミューゼンに向かっております」


「そう」


 それは、予想の範囲だ。


「さらに、北よりザイオン公国を主力とする諸侯軍、やはりおよそ15000がミューゼンに向かっております」


「えっ、ザイオン公国が、動いたの?」


「はい」


 すっかり忘れていた。ダリア行ったり、ランド王国に行ったりして、世情せじょううとくなっていたのかもしれない。世情じゃないな……、平和ぼけ?


「さらにです」


「まだいるの?」


「はい。南より、ダルーマ王国、ヒールドルクス公国、さらに、ザーレンベルクス大司教の軍勢、およそ2万」


「ザーレンベルクス大司教……。ダルーマ王国……」


 ザーレンベルクス大司教は、叔父様とは争っていたが、最近はヴィナール公国との関係は、良好なようだった。


 それに、ダルーマ王国は、カール従兄さんの手助けもあり、ダルーマ王位についたハールイ1世が国王だった。



 今のところ、5万。完全に、これは狙いは僕だね。ステファンさんの軍勢ぐんぜい破るのに、こんなに大軍勢はいらない。しかも、近年まれにみる大軍だ。ランド王国とエグレス王国の戦いよりも多い。



 僕は、オーソンさんの話を聞きつつ、地図を見て考えをまとめる。


「さらに、西方より、ロートレヒ軍と謎の軍勢およそ15000。総勢そうぜい65000が、包囲網に参加しております」


「そう」


「そうじゃないっすよ。なんすか、謎の軍勢って?」


 アンディが、僕のない返事を聞いてあわてる。


「旗も持っておりませんので、分かりませんが……」


 オーソンさんは、僕を凝視ぎょうししつつ、アンディの問いに答える。


「ランド王国だよ。フェラードさんの弟さんが、率いているんじゃない?」


「えっ!」


 オーソンさんと、アンディが驚きの声をあげる。


「フルーラ、出立しゅったつの準備を」


「すでに出来ております。伝令でんれいも走らせました」


「そう、ありがとう」


「はっ」


 フルーラは、ぼけっとしているようで、こういう時に的確てきかくに動いてくれる。だから、僕は自分の思考に集中出来るのだ。


「そうか、カール従兄にいさんは、最初からこのつもりで、フェルマンさんに仕掛けたのか……」


 あえて自国の軍勢を犠牲ぎせいにしても罠を仕掛け、ボルタリア王国軍を動けなくし、僕を引きずりだした。そして、ダルーマ王国、ザイオン公国、さらにランド王国まで引っ張り出して、包囲網を形成する。僕を捕らえる、あるいは殺す為に。


 完全に僕の負けだった。今回は。



 だけど、オーソンさんの情報が、間一髪かんいっぱつ速かった。



「ガルプハルト」


「はっ、殿しんがりをよろしく。騎兵のみを率いて、動いてもらうね。僕は、歩兵と共に動くから」


「はっ、しかし、グーテル様は、近衛兵団のみで、一気にヴァルダに帰られた方が……」


「いやっ、それじゃ意味無いから」


「はあ」


 そう、カール従兄さんの狙いは僕。だとしたら、僕が軍勢を捨てて、単独で逃げ出した場合の策も、考えてあるかもしれない。



「多分、僕達が引き返すと、東のヴィナール公国軍と、北のザイオン公国軍が、こう。両方からはさみ込むように僕達の進路をふさぐ為に、動くと思うんだよ」


「はい」


 僕が、地図を示しながら話すと、ガルプハルトも真剣に地図を見つめる。北と東の両軍が、僕達より僕が考える交錯こうさく地点にわずかに近い。


 アンディも、オーソンさんも真剣に地図を見つめる中、フルーラは、アンジェちゃんと共に動き回り、騎士や兵士に指示を出していた。



「ガルプハルトには、申し訳ないけど、ヴィナール公国軍と、ザイオン公国軍に一撃だけ加えて欲しいんだ。ただし、一撃離脱いちげきりだつね。そしたらすぐ逃げて」


 ガルプハルトに一撃離脱の攻撃をしてもらう事で、敵の動きを止め、そのすきに交錯予定地点をり抜ける。理論上は可能だった。


「はっ、かしこまりました」


 僕は、チラッとフルーラを見る。見ると、騎兵達の装備を軽くさせていた。うん、指示はいらなそうだね。



「そうすれば、僕達は包囲網を抜けられると思うんだ。まあ、今回の戦いは完敗だけどね」


「そのような事は……」


 あるんだよ。まあ、勝敗はどうでも良いけど。損害は、出来るだけ少なくしたい。



「それで、オーソンさん」


「はい」


「命がけになっちゃうかもしれないけど、ステファンさんの所に行ってもらいたいんだ」


「はい、かしこまりました」


「僕達が、北東に逃げれば、さっきも言ったように、北のザイオン公国軍も、東のヴィナール公国軍も僕達を挟み込むように動く」


「はい」


「そうしたら、北と東に包囲網の穴が出来るんだ」


「なるほど」


「そうしたら、ステファンさん達はミューゼンを放棄して、北に走って、ザイオン公国軍の横をすり抜けて、このカイザーベルクじゃなくて、ノルンベルクの城に入ってもらう」


 ノルンベルクは、不落ふらくの城だ。もしもの時の為に、兵糧ひょうりょうたくわえてある。


「はい」


「そしたら、講和こうわかな?」


「かしこまりました。では、行ってまいります」


「気をつけて」


 凄いスピードで、オーソンさんが去っていく。さあ。僕達も。


「行くか」


「はっ」



 そう言って、立ち上がった僕達の目に入ってきたのは、出来るだけ身軽みがるになって、再編成さいへんせいも終わった。皇帝直属軍だった。


 食料は逃げる間の分だけ持って、余分な武器や防具も捨てて、重い荷物は馬車に全部積み込んであった。騎兵も、馬の鎧は外され、騎士達の防具も最小限になっていた。さすが、フルーラ。


「なっ、これは……」


 ガルプハルトが、驚く。そして、


「次の騎士団長は、フルーラか……」


 ガルプハルトがつぶやく。





 僕達は、歩兵達とペースを合わせ、ひたすら北東に向かう。ボルタリア王国の国境の街までは、120kmほど。昼夜問わず歩き続ければ、一日ほどだけど。さて……。


 僕の予想だと、ヴィナール、ザイオン公国軍との交錯予定場所は、ここから70kmほど。ガルプハルトが、上手くやってくれれば、抜けられると思うけど。



 そう言えば、フルーラに確認したら、すでにヴァルダに向けて援軍の要請ようせいの使者を送ったそうだ。馬をつないで全力で走り、250km。それから援軍を準備して進軍して……。


 多分、僕達が国境を越える方が早いけど、もしも、包囲網の中に閉じ込められたら助けになる。さすが、フルーラ。



 途中、2回ほど小休止しょうきゅうしはさみ、懸命けんめいに歩きザイオン公国軍、ヴィナール公国軍の姿を見る事なく、交錯予定場所を抜ける。


「ふ〜」


 僕が、安堵あんどのため息をついて、それほど時間経たずに、背後、それほど遠くない場所から戦闘音が響く。



「わ〜!」


「かかれ!」


 ウォー、キンキン! わ〜! グシャ!



 慌てて、アンディが、近衛兵団の一部を率いて、後方に向かう。


 僕達は、背後に戦闘音を聞きながら、ひたすら前に向かう。


 戦闘音は、徐々じょじょに遠くなり、そして静かになった。



 すると、アンディが後方から戻ってきた。


「ガルプハルトさん達っす」


 その声を聞き、僕は後方を振り返る。すると、後方から、殿しんがりをつとめてくれていた。騎兵達があらわれた。


 ガルプハルトを筆頭に、全員が血まみれだった。おそらく返り血だろう? 湖などで、返り血を洗い流す暇など無く、戦ってくれたのだろう。



「ガルプハルト、ご苦労さま」


「いえっ、グーテル様も、ご無事で何より」


「うん、ガルプハルトのおかげだよ」


「はい、有難ありがたきお言葉、光栄こうえいです」


「うん。で、それは何?」


「いえっ、一応、戦利品という感じでして」


「ふ〜ん」


 ガルプハルトは、ザイオン公国の旗を一本持っていた。戦利品という事は。


「ザイオン公国の将を討ったんだね」


「はい、まあ、しつこかったので……」


「そうか、あれはザイオン公国軍だったんだ」


「はい」



 先程まで聞こえていた戦闘音は、ザイオン公国軍と、ガルプハルト達の戦いだったようだ。そして、しつこく追撃していたザイオン公国軍の将を、ガルプハルトが討ち取って撃退したということだ。



「それで、ヴィナール公国軍は?」


「指揮官が、ネイデンハート殿でしたので」


「なるほどね」


 ネイデンハートさんは、元々傭兵だ。無駄な戦いはしない。



 おそらくガルプハルトに一撃離脱の攻撃を受け、目的を果たせない事を悟り、追撃を諦めたのだろう。


「さあ、帰ろうか」


「はい」



 こうして、僕達は国境を越え、無事にボルタリア王国へと入る。

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