第154話 ミューゼン公国の争いと新世代の息吹①

 こうして3年の長きに渡り、ダリア地方、ランド王国を旅して帰ってきて、さあ、少しゆっくり休んで、ゆっくり、カツェシュテルンで呑んで、なんて思っていたのだが……。


 まあ、ダリア地方や、ランド王国の旅の間、のんびりしていただろ? と言われたらそれまでなのであるが。



「そうか~、そうなんだ〜、ローエンテールさん亡くなられたんだね」


「はい」


 ボルタリア王国の外交を、おもになってくれている、ヤルスロフ2世さんが、僕の到着後、そのような報告をしてくれたのだ。



 亡くなられたのは、1307年の9月9日。カール従兄にいさんや、ガルプハルト達の帰国前後だったようだ。死因はもちろん病死だった。不審ふしんな点もなかった。


 すみやかに葬儀そうぎが行われた後、後継問題だが、ローエンテールさんの奥さんである、ワーテルランドのクワトワ公エンラート3世さんの娘さんが、僕が居なかった事もあり、カール従兄さんに助力を頼み、無事に、自分の子供を後継者として、ミューゼン公への就任を、成功させたのだった。5歳だった。幼いね。


 で、これで、めでたしめでたし、とはならず。



 ミューゼン公が小さな子であるので、宰相として、誰かが実際の政治を代行するのだが、そこに名乗り出たのが、ミューゼン公ローエンテールさんの弟であった、ステファンさん。


 ステファンさんは、三男で聖職者せいしょくしゃになる予定だったが拒否。そして、次男さんが、10年ほど前に亡くなった事もあり、正式にミューゼン公の後継候補の一人になっていた。


 だが、ステファンさんの宰相就任をローエンテールさんの奥さんは拒否。ステファンさんが、ミューゼン公の後継候補でもある事に不安をいだいたようだった。



 そして、ローエンテールさんの奥さんは、再度さいど、カール従兄さんに助力を求め、カール従兄さんは、フォルト宮中伯家の三男である、ロートレヒ4世さんを推挙すいきょしたのだそうだ。


 これで、めでたしめでたしになるわけはなく。



 ステファンさんだけでなく、ミューゼン公国の領内諸侯りょうないしょこうの中からも反対意見が出て、ミューゼン公国は2派に分かれて、争う事になった。お互い兵を集めにらみ合い。さらに、治安維持を名目めいもくにカール従兄さんが、ヴィナール公国の兵を送り込む。


 そして、僕の帰国を知った、ステファンさんは、僕に助力を求めてきたようだ。



「正直、どちらがなっても良いんだけどね。ローエンテールの望み通り、ローエンテールさんの息子さんが、ミューゼン公になったんだからさ」


「確かに、その通りですな」


 報告に来てくれたヤルスロフさんに、僕はぼやくように言う。


「そうだ! そう言えば、ロートレヒさんって、パウロさんの弟だよね」


「そう言えば、そうでしたな」


「ヤルスロフさん、申し訳ないけど、パウロさんを呼んできて」


「かしこまりました」



 こうして、パウロさんも来て。僕の執務室しつむしつに集まる。


「え〜と、ロートレヒさんって、どんな人?」


「弟ですか……。ああ、そうですね〜、端的たんてきに言うと、自分の正義を信じる真面目まじめやつですね」


「へ〜」


 頭は、とても良いそうだ。フォルト宮中伯家きゅうちゅうはくけに、ランドルフさん、パウロさんの弟として産まれ、とりあえず聖職者となったようだが、すぐに、やめたそうだ。


「聖職者の世界の腐敗ふはいを見て、嫌になったそうですよ」


 だったらと、代わりにパウロさんが、聖職者になったそうだ。



 そして、フォルト宮中伯家で、ランドルフさんのサポートをする事になるが、ランドルフさんの行いに対して、苦言くげんていし。


「遠ざけられていたみたいですね」


「そうなんだ」


「はい」


 まあそれでも真面目なロートレヒさんは、学問など、自分磨じぶんみがききにいそしみ、そして、世に知られる存在になったそうだ。兄のパウロさんも優秀だし、良い家系だよね。



 そして、ローエンテールさんの奥さんから助力を頼まれたカール従兄さんは、フォルト宮中伯家と、ミューゼン公国の血縁関係けつえんかんけいを知り、ミューゼン公国の宰相に推挙したというわけだそうだ。


「悪いやつじゃないんですが、頭硬いし、融通ゆうづうが効かないんですよね」


「へ〜」


 ロートレヒさんは、ミューゼン公国の宰相を引き受けた以上、誰かにゆずるつもりも無いし、気をつかうつもりも無い、ただ、ミューゼン公国の為に心血しんけつを注ぎ、真面目に働く。ただ、それだけ。不器用ぶきようなんで。



 そして、ミューゼン公国の領内諸侯に反発を受ける。領内諸侯の半分以上が、ステファンさんに付き、兵をあげて戦争寸前だそうだ。



 カール従兄さんは、またしても、ローエンテールさんの奥さんの要請で、ヴィナール公国軍を派遣。6000ほどの軍勢を派遣したそうだ。カール従兄さんや、ネイデンハートさん、ヒューネンベルクさんは、ミューゼン入りしていないようだったけど。



 だが、これで、ロートレヒさん側の兵力が上回って、ステファンさんはあせる。



「まあ、一応、あくまでも治安維持の為に、兵を送るか~」


「しかし、あまり大兵力ですと、あちらを刺激する事に、なりますし……」


 パウロさんの意見は、もっともだ。


「まあ、ヴィナール軍と同じ数を送っておくかな?」


「なるほど。で、誰を送られるつもりですか?」


 う〜ん、それなんだよね~。当然、ガルプハルトが適任だけど、皇帝直属軍の指揮官。という事は、マインハウス神聖国が介入かいにゅうするという意味になる。僕としては、本意ほんいじゃない。というわけで、却下きゃっか


 まあ、ボルタリア王国の騎士団長を派遣はけんするのも、やり過ぎの気もするが、


「フェルマンさんに、行ってもらおうと思うんだけど」


「そうですか……」


「フェルマンきょうですか……」


 パウロさんも、ヤルスロフさんも歯切れが悪い。



 選択肢としては、フェルマンさんか、ライオネンさんなんだけど。フェルマンさんは、頭も良いし、臨機応変りんきおうへんに動けるし、家柄いえがらも良いし、何か交渉事があっても大丈夫だろう。何が悪いんだろうか?


「何か、不都合ふつごうある?」


「いえっ、その、大丈夫だとは思うのですが……」


「我々の予想以上の事をしそうで、怖いというか……」


「まあ、それはあるね~」


 余計よけいな事をしそうで怖い。けど。まあ、そんな予想出来ない事を考えてもしょうがない。



 僕は、ボルタリア王国騎士団長である、フェルマンさんに、6000の兵を率いてもらいミューゼン公国へと送った。


 ボルタリア近衛兵団このえへいだんと呼ばれるヴァルダ守備兵団である第一兵団、そして、遊撃ゆうげき兵団である第四兵団を残し、第二、第三兵団を率いてフェルマンさんは、ヴァルダを出発した。1308年の秋の事だった。





まことに誠に、申し訳ありませんでした。このフェルマン、いかなる処罰しょばつでも受けるつもりです」


 僕の前で土下座するばかりに、平身低頭へいしんていとうあやまるのは、フェルマンさんだった。


「え〜、良いよ。フェルマンさんのせいじゃないんだし」


 そう、フェルマンさんが悪いわけじゃない。



 ことこりは、1309年の春だった。


 濃いきりの中、フェルマンさんは、ミューゼン公国ミューゼンの近くの駐屯地ちゅうとんちにて、周囲を警戒けいかいしつつ、大人おとなしくしていたそうだ。


 そこに突然の襲撃しゅうげき。矢を射掛いかけられ、斬り込まれたそうだ。しかし、周囲を警戒していた事、敵が少数だった事もあり、すぐに体制たいせいを整え、反撃はんげき。敵を追い払い、全軍にて追撃ついげきを開始したそうだ。


 そして、敵の逃げた先にいたのが、結構な大部隊だったそうだ。待ちせにあったかとあわてたそうだが、フェルマンさんは覚悟を決め、突撃とつげき


 すると、待ち伏せしていたはずの敵軍は慌てふためき、大混乱をきたす。どうやら、敵の方が、完全なる不意打ふいうちちをくらったようだった。



 その大部隊に、フェルマンさん率いるボルタリア王国軍が、霧の中からあらわれて完全なる不意打ちをくらわせる形になったようで、戦いは一方的な展開となり、敵軍は、死傷者ししょうしゃを残して慌てて撤退する。フェルマンさんの完勝だった。


 だが、戦いの後、すぐに霧が晴れていき、そこに見えた光景に、フェルマンさんは、真っ青になる。ヴィナール公国の旗が多数転がっていたのだ。



 フェルマンさんは、ロートレヒさんを支持する、ミューゼン公国の諸侯軍だと思っていたそうだ。現に何度か衝突しょうとつは、あったそうだ。


 だけど、ヴィナール公国軍は、決して動かず、むしろ仲裁ちゅうさいするような形で振る舞っていたそうだ。そこに、協力して治安維持を行っていたはずの、ボルタリア王国軍の強襲きょうしゅう。ヴィナール公国軍は、怒り狂う。



 ヴィナール公国軍からの、非難ひなんの声にフェルマンさんは、兵をまとめ、慌ててヴァルダへと逃げ帰ってきたのだ。まあ、そうだよね。下手へたにとどまっていれば、ヴィナール公国軍から攻撃を受ける可能性がある。



「まあ、でも、一応、謹慎きんしんだけはしといてね」


「はい、かしこまりました。誠に、申し訳ありません」


 フェルマンさんが、ガックリと肩を落として部屋から出て行った。



 さて、どうしようかな?



 とりあえず、ヤルスロフさんには、ヴィナール公国に謝罪しゃざいと、賠償金ばいしょうきんを払いに行ってもらった。こういう場合、お金で解決が一般的だった。だいたい、負けた時に捕虜ほりょになった人達は、賠償金を支払い解放されるのだ。まあ、今回は、逆だけど。



 僕は、執務室で考えると、カール従兄さんに書状を書く。


「え〜と、この度は、誠に申し訳ありません。っと」


 謝罪文だけど、これであっさりとカール従兄さんが、許してくれるかどうか。


 それに、ちょっと引っかかっているんだよね~。あれでも、フェルマンさんは自己弁護じこべんごの為に、虚言きょげんていする人ではない。


「少数の部隊に射掛けられ、襲われたか〜」


 これは本当だろう。だけど襲ったのは、ヴィナール公国軍ではない。というか、少なくとも、惨敗ざんぱいきっした、あのヴィナール公国軍ではない。


「他にいたのか……、それとも、カール従兄さんが……」


 まあ、とりあえず、一手いってだけ手を打っておくか~。



 僕は、書状に一言ひとこと、書き加える。


「責任をとって、ボルタリア王位から退位します。っと」


 まあ、大した事はないけど、とりあえず責任はとったよ、という形にしたかった。



 御祖父様おじいさまは、マインハウス神聖国皇帝に即位後、叔父様にヒールドルクスの公位は譲ったし、その後のヴィナール公位も、叔父様に与えている。


 そういう意味でも、僕がマインハウス神聖国の皇帝位にあって、ボルタリア王でなくても良いわけだ。


 だったら、責任をとってボルタリア王を退位というのは、自然な形に見えるように思えた。まあ、マインハウス神聖国皇帝は、退位しないしね。


 さて、カール従兄さんは、どんな返事を寄こすかな?

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