第153話 ランド王国の旅③

 その後も、度々たびたび、クレメントさんに誘われ会談する。というか、一方的にクレメントさんの理想論りそうろんを語られる。


 僕は、心をにし、聞き流しつつ、表面上はきっちりと対応する。う〜ん、長い。



「はあ〜」


 なんとかクレメントさんから逃れて、食事をしている時、エリスちゃんが、僕の顔をのぞき込み、心配そうに聞いてきた。


「グーテルさん、お疲れですね~」


「うん、疲れたよ」


 アンディは、興味なさそうだった。


「まだ、終わらないんっすか?」


「いやっ、とっくに終わってるんだけどね~」


「?」


「クレメントさんが、離してくれないという……」


「そうなのですか~、さすがに退屈たいくつです」


 エリスちゃんも、ただ待つだけは退屈ようだ。


「そうだよね~、そうだ! マスター達も連れて、周辺の観光に行って来たら?」


「えっ、良いのですか?」


「うん」


「では、そうさせて頂きます」


「うん、え〜と」


 僕は、フルーラとアンディの顔を見比べる。すると、アンディが、


「俺が、残りますよ」


 あらっ、珍しい。


「そう。じゃあフルーラ、エリスちゃん達の護衛よろしくね」


「はい、かしこまりました」



 こうして、エリスちゃんや、マスター達は、ランド王国の観光に出かけて行った。どこ行くんだろ?



 というわけで、僕はクレメントさんから逃げつつ、ル・オンの街をちょっと観光すると、アンディと二人、ブラッスリーに入る。



 ブラッスリーは、ビール醸造所じょうぞうしょという意味なのだが、今は、居酒屋のような物だった。


 僕と、アンディは、席に通され座る。



 さて、こういう時の言葉だが、僕は、マインハウス語に、ラテン語、ランド語を喋れる、そして、アンディは、マインハウス語と、ダリア語を喋れるので、結構、出歩いても困らないのだ。



「お客様、飲み物、何になさいますか?」


 う〜ん、僕が片言かたことなので、こんな感じに聞こえるが、ちゃんと聞けたら違うのだろう。


「赤ワイン下さい」


「かしこまりました」


 僕が、常日頃つねひごろ言っている、南ランドのワインとは、ここから、バロンズ方面にかけてのワインの事を言っているのだ。


 ちなみに、ここから西の方、バルドー周辺でもワインが生産されているが、ほとんどが、エグレス王国に渡ってしまい現状手に入れる事は、困難だった。



 ぶどうの品種は、シラーとグルナッシュ。シラーも、グルナッシュも古い品種で、シラーは、パルス地方から伝わったそうで、グルナッシュは、エスパルダ地方で古くから栽培されていて、それが伝わってきたそうだ。



 赤ワインが2つ運ばれてきて、さらに、適当におつまみを頼む。


 おつまみは、ル・オン名物の内蔵ないぞう料理だった。いやっ、それだけじゃないな。後で川魚料理もある事を知り、白ワインにちょっとだけ切り替えた。


 で、その魚料理がクネルだった。クネルはカワカマスをすり身にして円筒形に形づくり、焼いた料理だった。ソースは、ザリガニのソース、このザリガニのソースが、たくましいが、たんぱくなカワカマスの味にアクセントを与えて美味しかった。



 それで、最初にサラダを頼み、ル・オン名物の内蔵料理を待つ。だが、このサラダも独特だった。



 サラド・ド・ミュゾーというのだそうだが。豚の鼻がスライスされて入っていた。味付けは、マヨネーズと酢で、これが、豚の鼻に合った。コリコリとした食感が楽しかった。



 そして、内蔵料理。どうも、安価で栄養のある食事を労働者にとの考えで、内蔵料理が出来たらしい。



 まずは、アンドゥイエット。


 アンドゥイエットは、豚の内臓入りソーセージで、腸間膜ちょうかんまくや豚の腸に、豚や仔牛の胃を詰めてソーセージにした伝統料理だそうだ。


 ソーセージ1本をそのままグリルして、マスタードがえられていた。まあ、内蔵にしては臭み無いし食べれた。


「グーテル様、内臓系苦手って言ってましたよね~」


「うん。だけど、食べれたよ」


「そうっすか」



 で続いては、ガトー・ド・フォア。これは、レバーなので食べれるし、好きだ。


 ガトー・ド・フォアは、鶏や鴨のレバーをペースト状にして、スフレ状にふっくらと焼いた料理だそうだ。内臓料理と呼ばれているが、きちんとレバーの血抜き等をしているからか臭みもなく、ふわっとしていてレバーの独特の風味が美味しかった。



「ところで、何で、アンディは残ったの?」


 本当なら退屈しているアンディが、フルーラに押し付け、エリスちゃん達と出かけるかと思ったのだけどね。


「そうっすね。やっぱり、男の俺の方がなんやかんやで、グーテル様と行動を共に出来ますし」


「うん」


「それに、グーテル様と飲み歩くのも結構楽しいっすからね~」


「へ〜、そうだったんだ」


 ちょっと意外だ。仕事だから仕方なくってわけじゃ無いようだ。


「そして、将来の事を考えちゃうんですよね~」


「将来の事?」


「はい」


 アンディは、そう言うと真面目な顔で、こちらを見る。


「俺達も、結構良い年齢っじゃないっすか」


「まあ、そうだね」


 俺達。僕は39で、アンディは40、フルーラは43歳。まあ、確かに若いって言える年齢じゃないが老人っていうわけでもない。と、思う……。


 まあ、ガルプハルトは、51歳。ちょっとだけ、老人かな? まだ、ガッチガチのムッキムキだけど、頭髪に少し白い物が混じり始めていた。



「それで、俺の子はまだ小さいし、ガルプハルトさんや、隊長は結婚してじゃないっすか」


「そうだっけ?」


「はい」


 あれ〜、ガルプハルトは、結婚してなかったか~。フルーラも?



 アンディは、26歳の時に結婚して子供が3人いるはずだ。確か年齢は上の子が、12、3歳だったはずだ。


「だから、次をになっていくやつの教育をしていかないとな〜って、考えているんすよ」


 そう言えば、庭で良く、近衛騎士達の訓練をしているようだった。フルーラは、容赦ないが、アンディは、ある程度手を抜き、相手に自信をもたせる戦い方が出来るそうだ。


「ふ〜ん、意外とアンディも考えているんだね」


「意外とってなんっすか、意外とって」


「ハハハハハ」


 そう言えば、お父様と、お母様、子供達は元気だろうか? ちょっと里ごころが芽生える。そろそろ帰りたいな~。


「早く帰りったいっすね~」


「そうだね~」





 そして、翌年の初春しょしゅんに、ようやくル・オンを離れ、帰国の途についたのだった。



「楽しかったですね〜」


「そうですね〜」


 楽しそうに語り合う、エリスちゃんと、マスターの奥さんである、アイリーンさん。よほど、ランド王国巡りが楽しかったようだった。


「食事も最高でした。特に、ルルティアの料理が……」


「あ〜!」


「ルルティアのあのお菓子、もう一度、食べたかった……」


「あ〜!」


 マスターと、フルーラの言葉を、僕は耳をふさぎつつ、声を出して遮断しゃだんする。


「はいはい。大人気おとなげない事するんじゃないっすよ」


「あ〜!」



 僕達は、ル・オンから北上する。


「あれっ? グーテル様、北上するんすか? 帰るなら、東に向かった方が早いんじゃないっすか?」


 アンディ、気づいたか~。


「いやっ、ほらっ、ツヴァイサーゲルトの山は、この時期、まだ雪積もってて危ないから、ちょっと遠回りして帰ろうかな〜、って思ってね」


「そうっすか~」



 僕達は北上し、ブリュニュイ公国に入る。ブリュニュイ公国と、僕との関係は長い。


 先々代のブリュニュイ公ヨーク4世が五女、ベアトリスさんが、御祖父様に一時期、とついでいた。



 ベアトリスさんは、御祖父様の死後、ブリュニュイに帰っていたが、1306年の事、つい最近、ランド王国のウールという場所の領主さんと再婚し、ブリュニュイの地を離れたのだった。ブリュニュイ公の代替わりがあり、居にくくなったのだろう。


 ベアトリスさんのお兄さんが、亡くなり、その子供が、ブリュニュイ公を継いだのが、1306年の事だった。



 そして、ブリュニュイと言えば、ワインだった。僕達は、ベアトリスさんから聞いていた、オーベルジュに泊まり、料理とワインを堪能たんのうする。


 一応、ブリュニュイは、マインハウス神聖国との関係もあるが、ランド王国の文化が強く入っていた。



「綺麗な風景ですね~。まあ、素敵な、お家」


 エリスちゃんは、喜んでいるようだった。一面に広がるぶどう畑の緑の絨毯じゅうたんに、所々にあるオレンジ色の屋根の石造りの建物。緑とオレンジ色は、えるようだった。



 そして、ブリュニュイと言えば、エスカルゴのパン粉焼きと、ブフ・ブルギニョンという、牛肉の赤ワイン煮込みだった。


 僕達は、ブリュニュイのワインと、料理を堪能すると、さらに北上する。





 一旦、ランド王国に入り、シュプーニエ伯領に入る。


「え〜と、グーテルさん、何故なぜ、ここに?」


「ん?」


 それは、もちろんシュプーニエのスパークリングワインを飲むためだ。とは言えないか~。


「ちょっと、寄ってみたくてさ~」


「そうですか……」


 うん、みんなの目が冷たい。まあ、マスター以外だけど。



 シュプーニエ伯領は、今は、ランド王国の領土だった。シュプーニエ大市おおいちのおかげで栄えてもいた。


 シュプーニエ大市は、当初、ぶどうを産しない地方の商人がワインを入手するための季節市場が起源きげんだそうだ。


 やがて毛織物や毛皮の取引が増え、それを求めてダリア商人をはじめ、ヨーロッパ各地の商人が集まる場となったのだそうだ。


 そして、シュプーニエ伯は、市場を保護した方が利益になると考え、領内の6ヵ所の年市の開催時期を調整し、年間を通して年市が開催されるようにしたのだそうだ。


 う〜ん、頭が良いね~。


 さらに、市税を減免げんめんし、市場を発展させたのだった。


 そして、この大市でうるおったシュプーニエの宮廷きゅうていは洗練されており、香料バラであるロサ・ダマスケナの輸入をし、知識人を保護し宮廷文学を生み出し、さらに、方言を文化的な標準のレベルに引き上げ花開く。


 これらが、ランド王国の宮廷に与えた影響は絶大で、ランド王国の宮廷も、華やかで洗練されたものとなっていた。



 そして、世界に誇る、シュプーニエのスパークリングワイン。美しく輝く泡と、綺麗なゴールドの色。そして、口の中に弾ける泡と、繊細な味。最高だった。


 これに合わせるのは、カワマスのソテー、シュプーニエソース。そして、鶏肉のシュプーニエ煮込み。味は……。まあね。





 スパークリングワインを堪能すると、今度はちゃんと、東に向かって進む。ランド王国と、マインハウス神聖国内の平和な国境線だった。ランド王国は、どちらかというと、西に目が向いていた。


 国境を越えると、マインハウス神聖国の領邦諸侯ルノー伯領だった。


 ルノー伯領も、ザウス、ルノー地方のワインの産地と呼ばれ、白ワインの一大産地となっていた。


 まあ、ここはどちらに、しても通る予定だったので、許して貰おう。



 ル・オンを出た僕達は、ブリュニュイ、シュプーニエ。そして、ザウス、ルノー地方を回る。各地とも有名なワインの産地だった。



「全く、完全にグーテル様の趣味の旅じゃないっすか~」


「良いでしょ、少しくらいはさ〜」


「はいはい」


「はいはいって、何だよ~」


「はいはい」



 こうして、ようやく僕達は、マインハウス神聖国を横断して、帰国したのだった。

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