第152話 ランド王国の旅②

 魚はさばき綺麗にし、サフラン液を刷毛はけで塗っておく。


 まずは、 スープ・ド・ポワソンを作る。多量のいその魚を鍋に入れ、そこにひたるくらいの水を入れ、きざんだタマネギ、ニンジン、フェンネル、セロリと皮付きのニンニクを加え、さらに潰したトマト、サフラン、パスティスを適量を加えて1時間以上、良く煮る。


 別の鍋にオリーブオイルを熱し、香味野菜こうみやさいを加えて強火でいためる。野菜に火が通ったらパスティスを注いでアルコールを飛ばし、塩胡椒で味を整える。スープ・ドゥ・ポワソンを加えて蓋をし、沸いてくるまで加熱する。


 魚を順番に入れ、最後にサフラン液を塗ったジャガイモを加える。 魚は入れて短時間で火が通るので、火が通ったら取り出す。


 スープ・ドゥ・ポワソンに、ルイユと薄切りにしてオーブンで焼いたバゲットをえる。 食べ方はバゲットにルイユをぬり、スープに浮かべる。淡白で上品なスープにコクが加わるそうだ。


 そのあと、スープを1~2杯飲み終えたら、魚をテーブルで切り分け、新たにスープを添えて提供する。


 という感じだそうだ。これは、あくまでマスターのレシピで、ここのレシピではない。だが、多分、同じ感じだと思う。



「美味しかったですね~」


「本当ね」


 マスターが、満足気に語り、奥さんが返す。しかし、確かに美味しかった。



 僕は、ハーブティーを飲みつつ、小菓子をつまむ。小菓子は、マカロン・バロンズと、ビスキュイ・ナヴェット。どちらも一口で口に入り、お菓子にしてはさっぱりとしていた。


 バロンズ周辺は、夏は気温が高く、石灰岩の山ばかり、牧草が少なく牛が飼えないため、料理にも菓子にも、バターはあまり使えない。


 ビスキュイ・ナヴェットは、その為に固く、そして、さっぱりとした素朴そぼくな味だった。ナヴェットは、小舟という意味だそうで、そんな形をしていた。


 逆にマカロン・バロンズは、小麦粉の代わりに粉末アーモンドを用い、ハチミツを加えるため、中がしっとり柔らかい。ちなみに、マカロン・ルルティアとは違い、クリーム等はサンドされていない、素朴なお菓子だ。



 アンディや、マスターは、食後酒を飲んでいる。アンディ、あれだけ飲まないって言ってたのにね。どうやらアルマニャックを飲んでいるようだった。ワインを蒸留したお酒、ブランデーの一種だった。



 エリスちゃんや、フルーラはおかわりデザートだ。マルセーズの名物デザートという訳では無いが、ケーキとアイスの盛り合わせをハーブティーと共にというやつだ。


 太るよ。イタタタタ!



「グーテル様、バロンズ伯には、挨拶しないんっすか?」


 アンディには、バロンズ伯に使者として行ってもらった。だからだろう、アンディが聞いてきた。


「うん、いらないよ。マインハウス神聖国の皇帝が、ランド王国をふらふら歩いているのはおかしいからね~」


「いやっ、ですが、知らせたじゃないですか」


「うん。だって、バロンズ伯の領内で、マインハウス神聖国の皇帝が、襲撃でも受けたら大問題だからね~。一応は報告しないと」


「はい?」


 アンディをはじめ、皆の顔に疑問符が浮かぶ。フルーラを除いてだが。


「要するに、公式の訪問じゃないけど、ランド王国側としては、問題起きないように注意しないといけないって事だよ」


「はあ」


 どうやら、分かりにくかったようだ。この後、色々説明して、ようやく理解してもらった。



 そして、マルセーズに滞在し、少し観光すると、今度は、海岸線を離れて、北上を開始した。観光したのは、丘の上の教会と、この地方最古の修道院だった。


 まあ、丘の上の教会は、どちらかというと、そこからの眺めがメインだった。眼下に広がるマルセーズの街並みと、その向こうに広がる広大な海。紺碧こんぺきの海に白い砂浜と、所々に見えるエメラルドグリーンの入り江。本当に綺麗だった。


 そして、この地方の最古の修道院は、漁師の聖人ヴィトール修道院で、5世紀に建てられたそうだ。石造りの素朴な修道院を見つつ、北上する。





 途中、小さな村や街を抜けて、ル・オンに到着する。ゆっくり進んだので、ゼニアを出発してから1ヶ月以上が過ぎていた。



 ル・オンは、人口2万人ほど。ランド王国屈指くっしの大都市だそうだ。ん?


 ルルティアが20万人で、屈指の大都市が2万人? 聞いたところによると、ランド王国第二の大都市で人口3万人程だそうだ。ランド王国は、人口が一極集中いっきょくしゅうちゅうのようだった。



 レーヌ川とヨーヌ川が交わる合流地点となり栄えた街だが、街自体は、ヨーヌ川の蛇行している場所の西岸せいがんにヨーヌ川に包まれるようにあった。


 ル・オンの街は、元々は、ル・オン大司教の領地となっていたが、現在はランド王国の直轄地ちょっかつちとなっていた。


「綺麗な街ですね~」


「うん」


 ル・オンの街は、綺麗だった。というよりは、おしゃれな街だった。家々は、屋根の部分に綺麗な装飾そうしょくがあったり、色の組み合わせもおしゃれだった。ただ、オレンジ色の屋根のヴァルダや、オレンジ色の煉瓦れんがづくりが多いダリアよりもはなやかな印象を受けた。



 僕達は、そんなおしゃれな街並みを見つつ、目的地に到着する。聖ジョン教会だった。



 そして、玄関にて意外な人物に出迎えられた。


「グルンハルト陛下、ようこそおいでくださいました。さあ、中へ。皆様もどうぞ。さあ」


 クレメント5世聖下、その人だった。見た目人の良さそうな中肉中背ちゅうにくちゅうぜいのランド人。そして、教主様にしては若く、御年おんとし43歳。僕は、39歳だから歳は近い。



 クレメント5世聖下は、ランド王国南西部レキテーヌ出身のランド人だ。レキテーヌの最大都市は、バルドー。


 バルドーは、エグレス王国の支配を長らく受けていたので、ランド王国人という意識がクレメント5世聖下にも、少ないのかもしれない。



 周囲には、警戒する多くの騎士と兵士。ランド王国の方々だろう。クレメント5世聖下を守ると同時に、逃亡を阻止そしするためだろうか?



「教主様、この度は、わざわざお招き頂きありがとう……」


「グルンハルト陛下、そのような堅苦かたくるしい話は、後にしましょう。さあ、中へ、どうぞどうぞ」


「はあ」


 こうして、僕達は、クレメントさんに、かされるように、教会の中へ入り、奥へと案内された。



 そして、僕のみ、さらに奥の部屋に通された。僕は、その部屋でクレメントさんと向かい合って座る。


「グルンハルト陛下、本当に良くおいで下されました」


「クレメント5世聖下。お呼び頂き感謝致します」


 僕が、そう言うと、クレメントさんは、僕の顔をまじまじと見て。


「クレメントとお呼びください、グルンハルト陛下」


「えっ! では、クレメントさん。では、僕の事は、グーテルとでもお呼びください」


「かしこまりました、グーテル殿」


 硬いな~。まあ、良いか。


「それで、クレメントさん。お話は、何でしょう?」


「はい、本当はグーテル殿と、話したい事は、山のようにあれど。それは、後回しにしましょう」


 山のようにあるんだ〜。


「私は、神聖教教徒の家に産まれ、神聖教教徒として、生きてきました」


 そうなんだ〜。一応、僕の家も神聖教教徒かな?


「そして、まあ家柄いえがらもあり、そして、自分で言うのもなんですが、努力の賜物たまもので、ハルドーの大司教にまで、のぼめました」


 バルドーが、ランド王国の第二の都市だそうだ。人口3万人。


「この若さで、教主の地位に登り詰めたるは、フェラード4世陛下の助力じょりょくあれど、実力でもあると自負じふしております」


 おっと、僕とは逆だね。僕が皇帝になったのは、時の運。


「ですが、その事を、過信かしんはしておりません。あくまで、ロマリア教主庁があってこその、神聖教」


 う〜ん。


 それも、どうだろうか?


 ロマリア教主庁は、ロマリア主教座と呼ばれていた。


 元々、ロマリア、コンステンスヌーボリ、イ・エルシェル、オンチオキ、アル・イスカンダルの五主教座であった、一応、ロマリア主教座が、首位主教座ではあったそうだが。


 そして、古のダリア帝国が、395年東西に分裂。


 さらに、西ダリア帝国が476年に滅亡すると、東西の教会の交流が希薄きはくになる。


 そして、数百年の時を経て、教義きょうぎ礼拝れいはいの違い、そして、ロマリア総主教が、教主を名乗った事、東方教会が司祭の妻帯さいたいが認められていた事などの影響で、神聖教が、東方教会と分裂。


 まあ、最終的に分裂したのは、1054年、ロマリアの教主様と、コンステンスヌーボリの総主教様が、相互破門そうごはもんして、東西教会の分裂となったわけで、それまでは、五主教座のそれぞれに主教様がいたわけなのだ。


 まあ、この辺の解釈はどうでも良いか。



「私は、ロマリアに戻り、ダリアに安定をもたらすつもりでした。しかし、フェラード4世陛下は、お許しになりませんでした。あくまで、ランド王国の国内で、神聖教教主として、神聖教を統轄とうかつするようにと」


 まあ、フェラードさんの後押しで、神聖教教主になったようだから、フェラードさんの意には逆らえないだろうね~。


「その時でした。私の代わりに、ダリアに安定をもたらす方があらわれたと聞いたのは」


 うん? だれ?


「グルンハルト陛下、あなたです。ダリアを乱すやからを次々と討伐とうばつし、ダリアに安寧あんねいと平和をもたらしたと」


 う〜ん、そんな事したっけ?


 教主派の国とは戦ったけど。目的は、マインハウス神聖国までの交易路の確保と、ロマリアに行くのに邪魔だったからだ。


「グルンハルト陛下、あなたは、私の理想なのです」


 クレメントさんは、そう言うと立ち上がり、戸棚とだなから何かを取り出すと戻ってきた。


「私の心を、預けておきましょう」


 そう言って、クレメントさんは、僕にロザリオを渡す。


「これは?」


「神聖教の聖遺物せいいぶつです。もし、私がロマリアに帰れなかったら、これをロマリアの地に送り届けて頂きたい。そして、私の後継者を陛下が、ロマリアの地で誕生させて欲しいのです」


「えっ、それは、さすがにおそれ多いんじゃ……」


「いえっ、陛下にしか出来ません。陛下が天を征するのです」


「天を征する?」


「はい、私の思いを継いでくれる者達を、ロマリアの地に送り込んでおきます。さすれば、私の後継教主を決める事が出来るでしょう」


「後継教主を決める?」


「はい、陛下が神の代行者となり、ロマリアの地に神聖教の教主をたてるのです」


「神の代行者……」


「はい、陛下にしか出来ません。どうか、どうか、お願いいたします」


 クレメントさんは、僕の両手を握り、涙する。う〜ん、こういうのに弱いんだよな~。


「わかりました。出来るかどうかわかりませんが、やってみます」


「お〜、ありがとうございます」


 クレメントさんは、いつまでも僕の両手を握り、涙していた。



 厄介やっかいな事を引き受けちゃったな~。


 神の代行者、そして、天を征するか〜。大袈裟おおげさだな〜。

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