第151話 ランド王国の旅①

 西に向かい、国境沿いにあるモアナ要塞ようさいを通り、ゼニア共和国の領地を抜けると、ヴァームリュ大公国に入る。御大層ごたいそうな名がついているが、そんなに大きな都市のない国だった。



 一応、マインハウス神聖国の領邦国家りょうほうこっかという事になっていたが、実際の大公はすでに居ないから、帝国議会にも参加しないし、領内諸侯の連合国家として名前だけ残っている感じだった。


 バロンズ伯領、バロンズ辺境伯領、トールズ伯領、ファレル伯領、ブサン伯領、レイエンヌ伯領、サファイア伯領、ブリュヌイ伯領等だ。


 この内、サファイア伯領、ブリュヌイ伯領は、なんとか自治じちを保っているが、他の国々は、買収されたり戦いに負けたりで、実質ランド王国の国になっていた。もはや、マインハウス神聖国の臣下しんかと思っている国は一つもないだろう。



 ゼニア共和国を抜けると、その国の一つ、トールズ伯領に入り、すぐにバロンズ伯領に入る。


 いくつもの小さな漁港は通り抜けてきたが、目の前には一際ひときわ大きな港と、白い砂浜があった。



「う〜み〜!」


散々さんざん、見てきたでしょ。グーテル様」


 なんか最近のアンディは、父親であるコーネルに似てきて小五月蝿こうるさい。


「夏の海の色は、良いよね。こういうのを紺碧こんぺきって言うのかな?」


「そうですね」


 僕は、海岸に立ち、海を見つめる。隣には、エリスちゃんが立ち、共に海を見つめる。う〜ん、海風が気持ちいい。



「なんか、ダリアとは、海の色が違う気がするよ」


「そうですね」


「いやっ、気のせいっすよ」


 もう、アンディ、うるさいな~。



 僕は、後ろを振り返る。すると、じっと何かを見つめるフルーラが目に入る。その視線の先を見ると、海岸沿いに並んだレストランが見えた。海を見ながらの食事か〜、良いね~。


「フルーラ、おなかいた?」


「えっ、あっいえ、そのような事は……」


 うん、あるんだな。


「食事にしようか」


「はい!」


 フルーラの一際ひときわ元気な返事が海辺に響く。



 ここは、人口1万人程のバロンズ伯領の港町マルセーズだった。


 ちなみに、ここはバロンズ伯領の首都では無い。ここから30kmほど北に行った。エクソンバロンズという都市が首都だった。人口はそちらの方が、少ないようだったが。



 この辺りもゼニア共和国と同じく、山が海にせまるような地形だった。そのややひらけた地にマルセーズの地はあり、丘の上まで家々があり、その頂点には教会が見えた。



 僕達は、その海岸沿いにある一軒のレストランへと入る。そう、レストラン。ランド王国では、カフェ、ブラッスリー、ビストロ、レストランという感じになる。まあ、後は、オーベルジュとかもあるが。オーベルジュは、宿泊出来るレストランだ。


 カフェは、文字通りコーヒー飲んだり軽食食べたり、さらに夜はお酒も出る所もある。まあ、昼間もあったりするが……。ブラッスリーは、ビール醸造所じょうぞうしょを意味していたが、今は、名前だけ残り食事も出来る、居酒屋や立ち飲みを意味する。


 そして、ビストロは、小さなレストラン、大衆食堂といったところかな? そして、レストランは、レストランだ。しっかり食べれるお店と言ったところだろうか?


 どっかの国では、高級レストランをグランメゾンというそうだが、ランド王国にはそんな言葉は無い。造語ぞうごだ。



「マルセーズと言えば、バターサンドだよね。デザートで出るかな?」


 この僕の言葉を聞いて、マスターが目をまんまるにする。


「はい? バターサンド? なんですか、それは?」


「えっ、違ったっけ?」


「はい、聞いた事ありませんが」


「そう。じゃあ、勘違いかな〜」


「そうだと思いますよ」


 だそうだ。後で確認すると、これもどっかの国のお菓子の間違えだった。



 まあ、それは置いといて。今回、近衛兵団このえへいだんのみ、しかも100騎ほどを選抜して率いていた。そして、一軒のレストランに100人も入れるわけも無く、護衛の騎士を残して、各自かくじ分散ぶんさんして食事をとるそうだ。周辺のビストロに分かれて入って行った。



 そして、フルーラと、アンディは、ちゃっかりと、僕と同じテーブルにつく。まあ、いつもの事だから、良いんだけど。



 さて、何が出るかな?


「飲み物は、何になさいますか?」


 さて、食前酒だ。シュプーニエのスパークリングワインは、あるかな?


「シュプーニエの、スパークリングワインは、あります?」


「はい、ございます」


「じゃあ、僕はそれを……、え〜と、皆は?」


「私も、同じで」


 エリスちゃんや、マスターと奥さんが、そう応える。


「俺は、仕事中っすから……」


 おっ、珍しくアンディが、真面目まじめぶっている。普段は飲むくせに。


「グーテル様、この後は、この街に宿泊ですよね?」


 フルーラが、そう聞いてきた。


「そうだよ」


「では、私も少しワインを頂きたいのですが……。あまり、飲めないので」


「じゃあ、白ワインは?」


「そうですね、では、それで」


「じゃあ、俺も」


「えっ、アンディは、仕事でしょ」


「えっ、いえっ、え〜と。グーテル様、申し訳ありません」


「じゃあ、仕方ないね〜」


 皆で、飲み物を飲みつつ、料理を待つ。



 そして、一品目の前菜が運ばれてきた。


「夏野菜のラタトゥイユと、白身魚のタルタルです」



 料理を置きつつ、ギャルソンの方が飲み物を聞いてくる。まあ、エリスちゃんや、マスターの奥さん、そして、フルーラは、かなりゆっくり飲んでいるので、そのままのようだけど。


「お飲み物は、何にいたしましょう?」


「そうだね、料理に合わせると、どんなのが良いかな?」


「それでしたら、この地の白ワインはいかがでしょう。ロゼワインの一大生産地ですが、白ワインもなかなかのものですよ」


「じゃあ、それで」


 マスターも、アンディも、同じく頼むようだ。


 地中海沿岸のバロンズ。ランド王国のワイン産地では、最も古い歴史があるそうで2000年も前にブドウ畑が存在していたのだそうだ。生産量の約90%がロゼワインであり、ランド王国最大のロゼワインの産地でもあるのだそうだ。


 夏は暑く乾燥する地中海性気候である上に、日照にっしょうに恵まれるというブドウ栽培に適した気候で、果実味とミネラル感に富んだ白ワインも作られているのだそうだ。



 僕は、夏野菜のラタトゥイユを口に入れる。上品な味ながら、野菜の旨味が凝縮されていた。一方、白身魚のタルタルは、新鮮な魚なのだろう、タルタルにしては、しっかりした歯ごたえに、海の香り、そして、噛んでいると白身魚の味わいが、さっぱりとしたソースの味と共に、口の中を埋め尽くす。


「美味しいね〜」


「そうですね」


 返事がエリスちゃんからは返ってきたが、マスターは料理の味を確認しつつ、何やらぶつぶつ言っていて、奥さんはそれを見ている。フルーラは、料理に夢中で、アンディは、窓の外を見ていた。


 窓の外は、陽光ようこうに照らされた、エメラルドグリーンの入り江が見えた。入り江と、海のグラデーション。確かに、綺麗だった。


 綺麗な景色を見つつ、優雅ゆうがに昼間のディナー。支払いはランド王国だし、バロンズ伯も警備してくれている。うん、優雅だな〜。



 続いて、もう一品の前菜が出てきた。


「ムール貝のグラタンと、ロブスターのサラダ仕立てです」


 ムール貝のグラタンも、ロブスターも、前菜なので量は多くないが、綺麗に盛り付けられて出てきた。フルーラの目が、キラキラしている。甘いもの以外も好きなようだった。



 僕達は、もう一杯、白ワインを頼む。すると、エリスちゃんが、


「え〜と、私も白ワイン頂いても良いでしょうか?」


 すると、ギャルソンさんは、


「かしこまりました、マダム。それでなのですが、同じようなペースで飲まれますか?」


「そうですね〜、それほど強くありませんので」


 だそうだ。エリスちゃんも、歳のせいかね? イタタタタ!


「そうですか。それでしたら、ムール貝も、ロブスターも味が強く、さらに、この後は、ブイヤーベースとなります。ロゼワインもおすすめですが、いかがでしょうか?」


 エリスちゃんは、少し考えると、


「では、ロゼワインを、お願いいたします」


「かしこまりました」



 すると、フルーラや、マスターの奥さんも同調する。


 そうか~、ロゼワインか〜、それも良かったな。まあ、しかし、白ワインを飲み切った後だ。



 そして、ロゼワインが、3人の前に置かれた。色は、ピンクじゃないな~、やや黄色味がかって、オレンジ色というよりは、う〜ん。ちょっとゴールドっぽい、あわいピンク。うん、こんな感じの色だった。とても、珍しい色だ。



 バロンズのロゼワインは、直接圧搾法ちょくせつあっさくほうで作られているそうで、黒ぶどうを使って、白ワインの作り方で作る製法だそうだ。


 白ワインは、タンニンと呼ばれる渋味しぶみや、苦味にがみの元となるヘタや、の部分を取り除き、破砕はさいした後、すぐに圧搾あっさくし、皮や種と果汁の接触を最小限にとどめ、果汁のみを発酵はっこうさせるのだそうだ。


 そして、ロゼワインを直接圧搾法で作ると、黒ぶどうの果皮かひから、ほんのり色が移って淡い色になるのだそうだ。勉強になるね~。



 そして、いよいよお待ちかねの、マルセーズ名物のブイヤーベースが出てくる。ギャルソンさんが、巨大な鍋ののった台を押して来る。



 まずは、スープ・ドゥ・ポワソンと呼ばれる魚のスープだ。片端には、ルイユと呼ばれるソースと、カリカリのバケットがついていた。


 ルイユは、ニンニクとトウガラシをすりつぶし、卵黄らんおうと、オリーブオイルを混ぜたソースだそうだ。


 スープ・ドゥ・ポワソンにカリカリのバケットを割り入れて、好みでルイユを入れるのだそうだ。



 僕は、ロゼワインを頼み、スープに合わせるつもりだった。


 良い香りが立ち昇る。海の香りと、トマトの香り、そして、スープを口に運ぶ。


 ウオッ、これは。魚の淡白だが上品な旨味が、口の中に溶け出す。凝縮ぎょうしゅくされた魚の味って、こんなに美味しいものか……。


 ゆっくり飲んでいたつもりだが、あっという間に無くなる。すると、ギャルソンさんが、もう一杯、よそってくれる。



 皆が、夢中むちゅうでスープを飲み、ロゼワインを口に入れる無言の世界が続く。


「うん、これは、美味しいですね〜」


 マスターの一言で、ようやく現実に戻される。


「うん、美味しい」


 皆が、口々にスープ・ドゥ・ポワソンをめる。


「ありがとうございます」


 そして、僕も、スープを飲みつつ、ロゼワインを飲んでみる。が、ロゼワインがスープの味に負ける。美味しいんだけど、うん、これは、難しい。



 そして、次は。料理長が出てきて、鍋に入っていた魚を取り出し、切り分けるとお皿に盛り付け、スープをかける。これが、ブイヤーベースのメインディッシュだ。


 ブイヤーベース憲章けんしょうによると、カサゴ、白カサゴ、はちみしま、ホウボウ、西洋アナゴ、地中海で捕れるカサゴの仲間の内、最低4種類。 任意でマトウダイ、アンコウ、イセエビ、セミエビを使うことができるのだそうだ。そして、タコ、イカ、ムール貝、オマール海老、鯛、ヒラメは入れないという決まりだそうだ。



 ちなみに、出汁用の魚と盛り付けられた魚は別なので、味が出きったという事はない。


 僕は、魚を切って口に運ぶ。なんの魚だろうか? 口の中に入ると、身がホロホロと崩れ、たんぱくだが、しっかりとした白身の味が広がる。ちょっと、磯の香りがする。そこに、濃厚なスープの味が合わさる。うん、美味しい。


 さらに、ロゼワインを合わさると、見事なバランスだった。口の中に広がる、魚の味に、果実味と塩を感じるミネラル感が合わさり、複雑な味にする。その後、酸味で、余韻よいんを残し、すっと消える。いつまででも、食べれそうだった。


「ブイヤーベースと、ロゼワイン、合いますね~」


「ありがとうございます」


 ギャルソンさんが、頭を下げる。


 まわりを見ると、皆が幸せそうに食べている。う〜ん、美味しい。

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