第150話 第一次ダリア遠征⑭

 僕達は、教主庁であるファウスタ宮殿にて、カール従兄にいさんと、司教枢機卿しきょうすうききょうの出迎えを受けた。


「グルンハルト陛下、こちらが、今回の戴冠式たいかんしきにおいて、主たる儀式を行って頂ける、セロラ・ダロウナ猊下げいかです」


「これはこれは、グランハルト陛下。ご紹介にあずかりましたセロラ・ダロウナです。今後とも、よろしくお願いいたします」



 セロラ・ダロウナ猊下。先々代教主様である、ポルファスト8世聖下せいかをパラーリにおいて襲撃した方だ。その時は、ランド王国で庇護ひごされていたが、経緯けいいは分からないけど、枢機卿になり教主庁にいる。


 まあ、憶測おくそくだけど、フェラードさんの圧力で、ランド派の枢機卿として先代の教主様に押し付けたのだろうか? フェラードさんにとっては用済み。そして、フェラードさんの近習きんじゅうである、世俗法曹家レジストの方々にとっても邪魔者だろうしね。


 ある意味不幸だね。本人は、幸せそうだけど。



「猊下、戴冠式はよろしくお願いします」


「はい、かしこまりました」



 神聖教と、マインハウス神聖国の関係だけど。一応、どちらが上という事はないと言われていた。まあ、どちらも意識的には、教主様がいて、皇帝、そして、枢機卿という思いが強い。だって、教主様の承諾しょうだくなしに皇帝には、成れないのだから。まあ、微妙だけどね。



 で、いよいよ戴冠式となるわけだが、やることは特に変わらない。ミハイル大司教、トリスタン大司教、キーロン大司教がやった事を三人の枢機卿がやるのだ。


 まあ、皇帝冠は、有名な鉄王冠になり、豪華なマントはあるものの、王笏おうしゃくとか、聖珠せいじゅは無しとなる。


 というわけで、準備だ。と言ってもほとんど、カール従兄さん達が準備していて、僕は、着せ替え人形のように立っているだけだった。



 そして、出席者の方々も徐々に集まってくる。僕達と一緒にジローラ公国の9人のノヴェスキは、すでに教主庁にいた。


 ゼニア共和国元首、アルオーニさんに連れられて、ヴィロナ公ガンバーリさんや、北部の諸侯さん達。代表して、ガンバーリさんが挨拶してくる。


「グルンハルト陛下、また、戦いに勝たれたそうで、おめでとうございます」


「ありがとう。アペリーロさんも活躍してくれたし、有り難かったよ」


「それは、ようござりました。アペリーロは、軍才ぐんさいがありますから」


 ガンバーリさんは、ニコニコと嬉しそうに話す。どうやら信頼しているようだった。そう言えば、次男さんと四男さんがいないけど……。まあ、いっか。


 後で聞いたところによると、次男さんが領主代行を勤めているようだが、心配なので、四男さんを置いてきたようだった。まあ、あれじゃね。



 さらに、サパ共和国からの船で、ウルチョーネさんと、オストルッチャさんがやってきた。本人達は、直接顔を合わすことなく、話もしていない。仲直りしていないようだった。


「いや〜、めでたいですな~。素晴らしい雰囲気です。いや〜、めでたい」


 少し酔っているのか、サパ共和国元首ウルチョーネさんが、陽気に話しかけてくる。


「ウルチョーネさんも、わざわざ来て頂き感謝致します」


「陛下の為なら、どこまででも行きますぞ~」


「ありがとうございます」


 あ〜、はいはい。


 僕が、めんどくさそうな顔をしたのに気づいたのか、慌ててサパ共和国の関係者の方が来て、ウルチョーネさんを連れて行った。


「陛下、誠に申し訳ありません。ほらっ、父上、酔い過ぎですぞ。行きましょう」


 ふ〜ん、ウルチョーネさん、他にも息子さんいたのね。そんな事を考えていると、オストルッチャさんが寄ってきた。


「ふん、あんな出来た息子がいるのだ、馬鹿が死んだからってなんなのだ」


 そんな事をつぶやいていたのを聞いてしまった。


「グルンハルト陛下、この度は、誠におめでとうございます」


「オストルッチャさん、ありがとう。そう言えば、ウルチョーネさんって、他に子供いたんだね」


「えっ、あっ、はい。戦死されたのは、次男で、優秀な長男がおられます」


「ふ〜ん」


「馬鹿な子ほど、かわいいのでしょうか?」


「こらこら」


「これは、失礼しました」


「うん。あっ、そうだった。そう言えば、戦いの後、会えてなかったね。オストルッチャさん、見事な戦いだったね。ご苦労様」


「いえっ、陛下こそ。見事な勝利でした」


「うん。それで、今はどうしてんの?」


「はい、故郷のリューカで執政官しっせいかんに就任しております」


「そう」


 う〜ん、これはたもとを分かったって事だろうか? だけど、余計な事はしない。


「もしなんだったら、皇帝代官の地位を下賜かしするけど……」


「それは、おそれ多い事です。しかし、ダリア王カールケント様より、代官の地位を頂いておりますので」


 あっ、そう。しかし、カール従兄さんも、抜け目無いね~。


「そう、それなら問題無いね」


「はい」



 そして、テリント司教や、チルト伯、モルタバ侯がやってくる。これで、ダリアの皇帝派、勢ぞろいだった。



 すると、アルオーニさんが、すっと寄って来て。


「さすがに壮観そうかんですな~」


「そうだね」


 もちろん領主だけでなく、その家臣達や警護の騎士達もいる。教主庁には、かなり多くの人々が集まり、ロマリアもかつてのとは言わないがにぎわっていた。


「これも陛下の人徳じんとく賜物たまものです」


「アルオーニさん、言い過ぎだよ」


「ハハハハハ、相変わらずですね~。まあ、少なくとも、陛下のおかげでダリアは、一時ひととき平穏へいおんを取り戻しておるのですから」


「そう? なら、良いけど」


「はい。やはり、ダリアには、王が必要なのですよ。失礼ながら、教主様であれ、皇帝陛下であれ」


「そうかもね」


 いやっ、ダリアだけじゃないよ。絶対王政であるランド王国は、少なくとも国内は安定している。


「まあ、一時でも、平穏になったのなら良かったね」


「はい」


 アルオーニさんは、大きくうなずきつつ。


「陛下には、長生きして頂き、良き商売相手になって頂きたいものです」


「そうだね~」


 さすが、商売人のセリフだね。





 そして、それから数日後、戴冠式が行われた。場所は、神聖教の総主教座教会である、聖ヨハン・イル・ファウスタ教会だった。


 聖ヨハンは、ここいにしえのダリアに神聖教を伝えた聖者様の使徒しとの名であり、ファウスタは、教会のある場所に屋敷を建てていた古のダリア帝国の貴族の名だそうだ。


 およそ1000年前に建てられ、修復と改築を重ねて現在の姿となっていた。大きな教会ではないが、白い立派な教会だった。



 儀式を取り仕切るのは、セロラ・ダロウナ司教枢機卿。そして、教主様の命によって、ランド王国からやってきた、二人の司祭枢機卿がダロウナさんと共に儀式を行っていった。



 まあ、何度も言うが、やる事は、僕がミハイルで行われた戴冠式とほぼ変わりのない、戴冠式が行われた。



 これが、教主様が居れば、ちょっと違ったのだが。そう、儀式の後半で、マインハウス神聖国皇帝は、神聖教教主様の靴をめる……。もとい、靴にキスをするのだ。


 でも、ちょっと屈辱的くつじょくてきだよね。マインハウス神聖国皇帝が、神聖教に忠誠を誓うためだそうだ。だから今回やらなくてすんで良かったなと。



 そして、僕は、最後の宣言文を読み上げる。


「マインハウスの諸侯により推挙すいきょされ、マインハウス神聖国の選帝侯によって選ばれ叙任じょにんされた、このマインハウス神聖国皇帝グルンハルト一世。神によって与えられた、この鉄王冠をいましめとし、世界の平和と幸福の為、皆にくすと誓う」


 皆の顔があれっ? という顔になる。僕はあえて、神聖教教主様によって戴冠された皇帝位という一文を省いたのだった。



 しかし、アルオーニさんや、アペリーロさん、オストルッチャさん辺りから拍手が沸き起こり、それが全体に広がると、地響きのような拍手が沸き起こる。その時、遠く聖堂の片隅かたすみにマスター一家を見つけた。ようやく、戻ってきたようだ。



 セロラ・ダロウナさんは、満面まんめんの笑みを浮かべ、他の枢機卿さんは顔をしかめていた。


 これで良いよね? 僕は、これでマインハウス神聖国皇帝が、神聖教教主によって与えられるものではないと主張した事になる。



 この発言は、マインハウス神聖国国内では話題にならなかったものの、ダリア地方では、しばらく話題の中心となり、ダリア地方の皇帝派の国々と、アヴェロス主義の方々を勢いづける事になった。



 そして、この考えは、ランド王国国王によって選ばれた教主様であるクレメント5世聖下にも好意的に伝わったようで。


「教主様が、是非ともお会いしたいそうです」


「はい?」



 戴冠式が終わり、僕の戴冠記念パーティーやら、色々な宴が開かれ、その後、片付けをしていると、セロラ・ダロウナさんから、こう言われたのだった。


「どこで、ですか?」


「それはもちろん、ル・オンですが……」


「……」


 えっ、僕に来いって事か?


「その〜、フェラード陛下の厳命げんめいで、教主様の出国は認められておりませんが、グルンハルト陛下が来られるのなら、ランド王国国内の自由な通行と安全は保障ほしょうされるとの事ですが……」


「そうですか……」


「はい」


 そうか~、ランド王国ね~。何が美味しいんだろうか?


 僕が、なんて考えていると、ダロウナさんは。


「いえっ、グルンハルト陛下。絶対というわけではありませんので……」


「じゃあ、行こうかな」


「はい?」


「クレメント5世聖下に会いに行くよ。そのむね、お伝え下さい」


「はい、かしこまりました」


 ランド王国か〜、楽しむだな~。



 僕達は、戴冠式を終え、しばらくロマリアに滞在すると、それぞれ帰途きとについたのだった。


 ジローラ公国の方々は陸路、ジローラへ。サパ共和国の方々は、自分達の船でサパへ。そして、ゼニア共和国の艦隊が、北部の諸侯さん達や、ヴィロナ公のガンバーリさん達を連れて、ゼニアへと入る。



「この後、ル・オンへ行くよ。ガルプハルトは、皇帝直属軍率いて、ヴァルダに先に帰ってて」


「はい?」


「ランド王国に、マインハウス神聖国の軍勢連れて行くわけには、行かないでしょ」


「え、えっと、かしこまりました」


 ガルプハルトは、大きな身体をめいいっぱい折り曲げ、僕に頭を下げる。


「ル・オンですか?」


「そうだよ、ランド王国のル・オン。クレメント5世聖下に呼ばれたからね~」


「なるほど、お気をつけて。で、俺もですか?」


「うん。ビール無いよ」


「なるほど、かしこまりました。先に帰り、グーテル様のお帰りをお待ちしております」


 こうして、ガルプハルトは、夏のツヴァイサーゲルトの山脈を越えて帰って行った。



「カール従兄さんは、どうされます?」


「そうだな~、教主様にお会いしたいが、さすがに国をけすぎた帰るよ」


 確かに、国を離れて2年半が経っていた。


「そうですか。では、お気をつけて」


「グーテル、お前もな」


 こうして、カール従兄さんも帰って行った。





「さあ、行こうか」


「はい」


 元気に返事を返すフルーラ。そして、本当に嫌そうなアンディ。


「本当に行くんすか?」


「そうだよ」


「アンディさん、諦めてください」


 エリスちゃんが、そう言うとアンディは諦めたように馬を進めた。


「では、行きましょう〜」


「お〜、って。マスター達も行くの?」


「はい、もちろんですよ」


「そうか~」


「なんで、嫌そうなんですかっ!」


「え〜、だって、ネルドア共和国とか、行ってたんでしょ」


「ええ、そうですが……」


「ふ〜ん」


「待ってくださいよ~、お土産話しますから〜」



 こうして、僕達はランド王国へ、ゼニアを出発し、陸路、西へと向かったのだった。

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