第149話 第一次ダリア遠征⑬

 いそがしく動き回るアルオーニさん、そして、教主庁を動かないカール従兄さん。というか、戴冠式たいかんしきの準備で忙しいのだろう。さらに、ガルプハルトとせわしなく演習を行うアペリーロさん。


 そのアペリーロさんをようやく捕まえて、ジローラ公国について相談する。



「アペリーロさん、ジローラ公国って本当に公国なの?」


「はい? え〜と、ああ。そういう事ですか。政治体制的には、共和国に近いですかね。9人のノヴェスキの合議制ごうぎせいですから」


「ふ〜ん」


「ですが、本人達は、公国を名乗ってますがね」


「う〜ん? ヴィロナ公国と同じく、僭主せんしゅから正式な公爵位を下賜かししようと思ったんだけどね〜。まあ、ヴィロナとは、国力が違うから公国っていうのも考えものだけど」


「兄は、全然気にしないと思いますよ。そうですね〜。僭主はいませんが……。それでしたら、国として公国を。フロディニ殿達には、ノヴェスキには、上下関係ないようなので、伯爵位とか、子爵位を下賜すれば良いのではないかと」


「なるほど。そうだよね、そうしよう~。ありがとう」


「いえっ、お役にたてて光栄です」


 というわけで、僕は、ジローラ公国に公国の地位と、ノヴェスキの皆さんに領内諸侯として、伯爵位を下賜する事にしたのだった。


 これは、フロディニさん達に大感激されて、大祝宴だいしゅくえんパーティーとなったのだった。うん、疲れた。



 さて、後は。暇つぶしだね。


 ガルプハルトは、相変わらず街中に入って来ない。どうもワインで食事が嫌なようだった。


 そして、マスター達は、息子さんと、僕達が入れない街を巡って楽しんでいるようだった。ネルドア共和国や、ビオランティナ共和国とかね。後で、ゆっくり聞いてみようかな。



 そして、オレンジ色の煉瓦れんが造りの綺麗な街を堪能たんのうした後、コソッと、久々にアンディと二人。広場近くのタヴェルナに入る。


 前にも言ったが、この辺りのワインは、かなり上質になりつつあり、特にジローラ公国では、特に良いワインが生産されているようだった。


「おやじさ〜ん。赤ワインちょうだい」


「はいよ。ふたつかい?」


「うん」


「ちょっと、待ってよ」


 そう言いつつ、おやじさんは、奥へと入って行った。


「しかし、グーテル様。随分、面白い店に入られるんすね?」


「そう? まあ、たまには良いんじゃない」


「そうっすね」


「それに、いわゆる食事処なのに、タヴェルナとは、これ如何いかに」


「何を、くだらないこと言ってんすか?」


「テヘッ」


 アンディの顔がゆがむ。


 そう、タヴェルナとは、ダリア地方でいう所の飲める大衆食堂だった。居酒屋って言っても良いかもしれない。立ち飲みだとバールになる。ちなみに、カフェのみのバールもあるので注意。



 赤ワインが運ばれてくる。


「おやじさん、おすすめ料理って何?」


「そうだね~、おつまみかい、それともしっかり食べる感じかい?」


「そうだね~。う〜ん?」


「ハハハ、悩んでるね~。じゃあ、おつまみなら、サラミと、ペコリーノチーズの盛り合わせ。とか、ブルスケッタとか、クロスティーニかな? しっかり食べるならタリアータだね。牛肉、鹿肉、イノシシ。新鮮なのが入っているよ。そして、シメなら、ピタかな。アリオーネ、もしくはラグーソース。アナートラ、チンギアーレ」


 さすが内陸、メインは、肉料理か〜。ガルプハルトいないから食べれるか分からないけど。


「じゃあ、サラミと、ペコリーノチーズと、クロスティーニをちょっとずつ、おつまみに、メインは、鹿肉のタリアータ。そして、シメは、アリオーネで」


「グーテル様、そんなに食べるんっすか?」


 アンディの言葉は無視して。


「はいよ。ちょっと待っててよ~」


 そう言うと、おやじさんは、奥へとおどるように歩いて行き、若い女性達が飲んでいるテーブルで立ち止まり、話し始める。笑い声がひびき、楽しそうだった。


「そう言えば、アンディもダリア系だったね」


「えっ、ご先祖様は、そうみたいっすね」


「そうだよね~」


「何が言いたいんっすか?」


 僕は、それには応えず、おやじさんを見る。すると、奥さんだろうか? 女性が奥から出てきて、おやじさんを蹴飛ばす。すると、慌てて、おやじさんは、奥へと走って行った。


「うん、アンディは、ダリア人だ」


「はい?」



 しばらくすると、サラミとペコリーノチーズが運ばれてきた。サラミとは、ダリア発祥はっしょうのもので、塩漬け肉の一種なのだが、豚のひき肉に食塩、脂身あぶらみ、ラム酒を入れて混ぜ。腸詰ちょうづめしてから乾燥熟成かんそうじゅくせいさせるのだ。


 しっかりした歯ごたえと、肉の旨味があふれ出し、まあ、赤ワインに合うのだ。


 そして、ペコリーノチーズ。要するに、羊のチーズだ。この辺りのペコリーノチーズは、塩辛くなく、しっかりした味で、そのままでも食べれる。ちょっと癖のある味が、これも、ワインに合うのだ。



 そして、続いて出てきたのが、クロスティーニ。クロスティーニは、ブルスケッタのさっぱり版と言ったところだ。バケットに、ニンニクをり込まない。そして。今回は、フェガティーニのペーストがってあった。


 フェガティーニのペーストは、人参と玉ねぎとセロリをオリーヴオイルで炒め、 火がある程度通ったら、鶏のレバーを加え炒める。 ケッパーとアンチョビ、白ワインを加え煮詰める。 さらに、鳥のブロードスープを加え煮詰につめ、 塩胡椒しおこしょうで味を調ととのえ、冷ませてから、細かくペースト状にして出来上がり。


 要するに、レバーペーストなのだが、フェガティーニペーストの複雑な味が、これまた、赤ワインに合うのだ。うん、飲み過ぎちゃうよね。


「グーテル様、もっと飲みます?」


「そうだね」



 ダリアの人々は、ゆっくりと飲む。というか、料理もゆっくりと出てくる。時間も遅くなり、店はますます混んできていた。皆陽気だが、からんでくるような酔っぱらいはいない。楽しそうに飲んでいた。



 僕達も、チビチビと飲みつつ、ゆっくり食べていた。すると、タリアータが出てくる。



「はい、鹿肉のタリアータね。そう言えば、見ない顔だけど、皇帝陛下の同行者かい?」


 今度は、おやじさんではなく、おばさんが料理を持って来てくれた。


「そうっすよ」


「どおりで。あんたはダリア人っぽいけど、あんたは〜」


「マインハウス神聖国の人間だよ」


「そうかい? それにしてはごつくないけどね。おっと、ごめんなさいね」


「ハハハ。確かに、ごつくないね~」


 一応、マインラント系だけど、言ったところで知らないだろうね~。今や、混血が進んで、滅亡寸前の人種だ。まあ、マインラント系が混血してランド人や、マインハウス人になったのだ。


「じゃあ、楽しんでおくれよ~」


 おばさんは、お皿を置いて去っていく。おやじさんと違い、働き者のようだ。僕は、タリアータへと、目を向ける。



 今回は、鹿肉のタリアータ。タリアータは、お肉を焼いてお皿に並べ、ルッコラとパルミジャーノレッジャーノをかけて、バルサミコでさっぱりと食べる料理だ。それを今回は、鹿肉で。


 うん。牛肉も美味しいが、鹿肉も美味しい〜。やや脂身がなく、あっさりした赤身肉だが、やや野性味があるものの、しっかりとした旨味がある美味しさだった。しかもしつこいようだが、ワインに合うのだ。



「うん、美味しいね~。ガルプハルトも来れば良かったのにね~」


「本当っすよね〜。本当に、ガルプハルトさん好みの料理なんっすから」


「ガルプハルト、何やってんだろうね?」


「さあ?」



 さて、さすがに遅い時間になってきた。そろそろ、シメとしよう。


「はいよ。ピチ・アル・アリオーネね〜」


 今度は、おやじさんが、料理を持ってきた。ニンニクの香りがふわっと広がる。う〜ん、良い香り。


 ピチ・アル・アリオーネは、ジローラ発祥のピチという、軟質の小麦粉を水でねた柔らかい太いパスタを、アリオーネ。アーリオがニンニクで、オーネが大きななのだが、大きなニンニク、それでアリオーネ……。うん、意味不明だよ。まあ、ニンニクを使ったトマトソースだ。


 モグモグ。


「柔らかい、パスタっすね」


「うん。どう?」


「そうっすね。俺は、もっとこしのあるパスタが好きっす」


「そうだね~、僕もだよ」


 モグモグ。


 というわけだった。でも、アリオーネは美味しかった。





 そして、翌年の春。僕達は、ようやく教主庁へと、向かったのだった。


 アペリーロさんや、ジローラ公国のノヴェスキの方々は、僕達と共に向かい。アリオーネさんは、一旦いったん、ゼニアへと戻り、北部の諸侯さん達や、ヴィロナ公ガンバーリ・ヴェルディさんを船で連れてくるそうだ。


 さらに、サパ共和国からも船で、サパ共和国の元首ウルチョーネさん達が来るそうだ。仲直りしたのだろうか?



 教主庁があるのは、ロマリアという街の内部。今は、1万5千人という人口だが、かつては、古のダリア帝国の帝都として、世界一の大都市として45万人もの人々が住んでいたそうだ。その人達は、どこいっちゃたんだろうね?



 ちなみに、現在の世界一の大都市は、遠く東の国の王都で40万人、で、ヨーロッパ最大の都市はランド王国の王都のルテティアで20万人だ。



「見事な城壁だけど……」


「確かに……」


「そうっすね」


 ロマリアへと近づく、僕達の目の前に長大ちょうだいな城壁が見えてきた。かなり古いがヴィロナの城壁よりも、長く大きく見えた。


「最初に建てられたのは1000年前で、高さは16m、周囲は19kmあるそうですよ」


「ふ〜ん」


 アペリーロさんが、説明してくれた。しかし、周囲19kmか〜。そりゃ40万人も住んでればそのくらいは必要だろうね~。だけど、今は、1万5千人。逆に、どうやって住んでいるんだろうか?



 僕達は、無人の城門をくぐると中に入る。すると、ありらこちらに誰も住んでいないだろう、古い石造りの家が見えた。昔の家なのだろう。遺跡というやつだろうか?


 しかし、僕達が進む綺麗な石畳の道とあいまって、人がいないことが逆に不気味ぶきみに見えた。



 ガルプハルトが、周囲を見回しつつ。


「うん、駐屯地ちゅうとんちとしては、最適ですな~」


 だそうだ。ここで、ガルプハルト達は、駐屯地を作るために足を止め、僕達は、近衛兵団のみを率いて先に進む。



 さらに1kmほど進むと、また城壁が見えてきた。今度は、一部がくずれ今は城壁として機能していなさそうだった。


「確か全周11kmあるそうです。いつ作られたかは分からないくらい古いそうですよ」


「へ〜」



 僕達は、無人の城門をくぐり、さらに2km進む。すると、ようやく人々が住む煉瓦れんが造りの家々が見え、その中央に、一際ひときわ大きい煉瓦造りの宮殿と、その隣に白い大聖堂が見えた。


 これが、教主庁である聖ファウスタ宮殿と、総主教座教会である聖ヨハン・イル・ファウスタ教会だった。



 周囲には城壁は無く、防御拠点としては、問題ありだけど……。戦いは想定されていないってことだろうな~。



 後々、神聖教は、ロマリア郊外に、防御機構も有した巨大な教主庁を作りあげるが、それは後の話だ。

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