第148話 第一次ダリア遠征⑫

「どうやら、来られたようですよ」


「本当ですな、流石さすがです。バブル王国軍など敵ではありませんでしたか、早い」



 サパ共和国軍の指揮官コンドッティエーロのオストルッチャと、ヴィロナ公国軍の指揮官アペリーロは、遠くこちらに向かっている軍勢に目を向けた。それは、サパを出陣した時と変わらぬ軍容ぐんようほこる皇帝直属軍の姿だった。



 そして、2人は目を前方へと向ける。そこには、ビオランティナ共和国連合軍がいたが、動きがあわただしくなっていた。せまりくる皇帝直属軍を見て、撤退てったいを決めたようだ。傭兵ようへい主体の北ダリアの軍勢ぐんぜいは、負ける戦いはしないのだ。


「どうやら、終わったようですね」


左様さようですな」


 こうして、マルテコーニの戦いは終わったのだった。





 西進せいしんしてくるビオランティナ共和国連合軍を迎撃げいげきするために、サパ共和国と、ヴィロナ公国の同盟軍は、サパの街を出て東進とうしんしていた。サパ共和国軍5000と、ヴィロナ公国軍3000で、その数8000。


 ビオランティナ共和国連合軍は、ビオランティナ共和国軍6000と、バローネ候国軍2000、エローラ候国軍2000の10000と言われていた。数では同盟軍方が、下回したまわる。



 マインハウス神聖国皇帝グルンハルト一世には時間稼じかんかせぎをせよ、という命令を受けていた。指揮官であるアペリーロ、そして、オストルッチャは、もちろんそのつもりであった。北ダリアの民は、無駄な戦いはしないのだ。負ける戦いはしない。いのちをしてまでも、という気はない。


 ただ時間稼ぎの戦いをする。しかし、それだけで、終わらせるつもりもなかった。アペリーロ、オストルッチャ、共に非凡ひぼんな勇将でもあった。



「さて、どう戦いますか」


「う〜む?」



 傭兵主体の軍の戦い方は、いにしえのダリア帝国の戦いを研究し、戦術や戦法を駆使くしした戦い方になっていた。歩兵や軽騎兵の市民兵。重装歩兵や重騎兵の傭兵部隊を駆使して戦う事になる。


 そして、圧倒的に騎兵が少ない事も特徴だった。なので騎兵の戦術は、基本一撃離脱いちげきりだつだった。



「わ〜!」


 クロスボウの撃ち合いの後、お互いの歩兵部隊が突撃を開始する。歩兵部隊は、重装歩兵を先頭に、その後を通常の歩兵が続く。


 そして、激突げきとつすると、剣を振るう重装歩兵と槍で突く歩兵達の激しい戦いが、あちらこちらでわき起きる。


 その戦場を軽騎兵が走り回り、敵の歩兵部隊の隊列が乱れると、そこに斬り込み、味方の歩兵部隊を支援する。


 さらに、どっしりと動かない重騎兵の中で、アペリーロや、オストルッチャは指揮をとる。



 数では上回る、ビオランティナ共和国連合軍が押しているように見えるが、同盟軍も見事な用兵ようへいで、兵を柔軟じゅうなんに動かし、互角の戦いを繰り広げていた。



 やがて、疲れが見え始めた歩兵部隊が、下がると、今度は、重騎兵が動き始める。数は少ないが重騎兵同士の激突があちらこちらで起きる。



「オストルッチャ殿、指揮をお任せしても良いだろうか?」


「ああ、構わんよ、アペリーロ殿」



 アペリーロは、オストルッチャに全軍の指揮を任せると、自ら重騎兵の部隊を率い、戦場に飛び込んでいった。


 そして、敵を打ち破り、さらに敵を追い回す事に夢中になっている、重騎兵部隊を見つけると斬り込み、部隊長を切り捨てていく。


「ほ〜、見事な腕だ」


 オストルッチャが、遠目とおめでアペリーロの武芸を見て感心する。


「しかし、ビオランティナの貴族のお坊ちゃん方にとっては、不幸な戦いだったな」


 まあ、斬っている方も、貴族のお坊ちゃんなのだが、と思うオストルッチャだった。



 そう、アペリーロが駆け回り、斬り捨てているのは、ほとんどがビオランティナ共和国や、バローネ候国、エローラ候国の若い貴族だった。まあ、貴族というか、街の有力者の子弟していだった。その若者達が、親のお金で傭兵をやとい指揮官として参戦しているのだった。


 そして、逃げた者は襲わない傭兵隊長達と違い、手柄てがらを欲し、逃げ回る者達を追い回し、隊列を乱し突出とっしゅつし、アペリーロによって討たれる。というわけだった。



 そうしているうちに、ビオランティナ共和国連合軍の動きがにぶり、にらみ合いのような状態になった。軍内の有力者の子弟を殺された事で、これ以上の戦いを忌避きひする者が増えたのだ。


 そのような状態の時に、皇帝直属軍があらわれ、ビオランティナ共和国連合軍は、撤退していった。



「よしっ、追撃するぞ!」


「お待ち下さい!」


 オストルッチャの静止を振り切り、重騎兵の一部隊がビオランティナ共和国連合軍を追撃する為に、駆け抜けていく。


「ちっ、こちらにも馬鹿がいたか」


 オストルッチャは、心の中で、そう思いつつ、それ以上の事はせずに見守った。


「良いのですか?」


「ああ、大丈夫」


 アペリーロの言葉にも、そう答えるだけだった。



 そして、ビオランティナ共和国連合軍を追撃した重騎兵部隊は、殿しんがりとして待ち受けていたビオランティナ共和国連合軍の傭兵達に取り囲まれ、乱戦となり、やがて静かになった。同盟軍は、ただ傍観ぼうかんする。


 こうして、マルテコーニの戦いは終わった。



 バブル王国軍は、指揮官だった王弟おうていは無事だったものの、そのさらに弟と王弟の嫡子ちゃくしが討ち死に、さらに大勢の騎士が戦死した。


 ビオランティナ共和国軍、バローネ候国軍、エローラ候国軍は、合わせて400名ほどの戦死者だった。だが、そのうち、有力者の子弟の死者が、114名という異常な数を記録された。



 対して、皇帝直属軍の死者数は100に満たず。名のある将の死者もなかった。


 ヴィロナ公国軍、サパ共和国軍の死者は、双方合わせて200ほど。ただ、サパ共和国の元首の息子フリューネ・デッラ・チョロチョーネが戦死したのだった。これが、唯一の痛手いたでだった。


 結果的に見ても、皇帝派の大勝だった。





「ご苦労様、アペリーロさん」


「はっ、陛下も見事な勝利おめでとうございます」


「うん、ありがとう。で、オストルッチャさんは?」


 僕は、アペリーロさんに聞く。見ると、オストルッチャさんがいなかった。


「はい、何でも、故郷であるリューカ奪回だっかいのチャンスと言われて、一部の兵を率いてリューカへと向かわれました」


「へ〜、リューカね~」


 リューカは、きぬの産地、そして交易地きこうえきちとして有名で、大きな街ではないが、栄えていた。



 まあ、リューカ攻略は口実こうじつであり、実際は、サパ共和国の国家元首ウルチョーネさんの息子フリューネさんの死を傍観した事で、めることを危惧きぐしたようであった。


 実際、今後、サパ共和国の再隆盛期さいりゅうせいきを築いた、ウルチョーネさんと、オストルッチャさんの関係は、こじれていくことになる。


 まあ、僕には関係のない話だ。余計なお世話なのだ。



 その後、僕とアペリーロさんは、サパに凱旋がいせんする。サパの方々は大騒ぎ。本当の意味での凱旋パレードが始まり、騒ぎは1週間も続く事になった。



 サパ共和国の元首ウルチョーネさんも、僕達の戦勝せんしょうに大喜びし、その後、フリューネさんの死を知ってなげき悲しみ、さらに、誰かからか、オストルッチャさんの行動を聞き、激怒げきどしていた。


 それからも、ウルチョーネさんは、色々な人とコソコソと話していた。まあ、さわらぬ神にたたりなしだよね。



 そして、さらに1週間ほどサパに滞在した僕達は、サパの街を出て南下する。



「陛下、この度は、同道どうどう出来ませんが、戴冠式たいかんしきには絶対に参加しますゆえ、お許しください」


「まあ、無理しなくて良いよ」


「いえっ、絶対に参加させて頂きます」


「そう。じゃあ、よろしく」


「はい」


 ウルチョーネさんは、かなりやつれていた、それに眼が血走っている。まあ、無理しない方が良いよ~。



 僕は、皇帝直属軍、そして、ヴィロナ公国軍、さらに、オストルッチャさんとは別のコンドッティエーロに率いられたサパ共和国軍2000を加え、20000という軍勢を引き連れて南下する。





 僕達は南下しつつ内陸へと入り、100kmほど進むと、ジローラ公国の公都ジローラが見えてきた。


 この当時ジローラ公国は、ライバルであるビオランティナ共和国を抑え、中部ダリアの覇者はしゃと言われて、公都ジローラには大金融街だいきんゆがいが形成されていた。後には、世界初の銀行まで誕生するほどだ。



 公都ジローラの人口は、6万人。この辺りではビオランティナに匹敵ひってきする大都市だった。そして、その街は、ノヴェスキ と呼ばれる九君主制で統治とうちされていた。


 え〜と、プロヴェンティさんに、フロディニさんに、ジョルダノさんに、デヴァルデキノさんに、アルボブランデッチさんに……。え〜と、忘れた。



 まあ、その中でおもに僕の前にあらわれたのは、最年長のプロヴェンティさんと、最有力者のフロディニさん、そして、若いジョルダノさんだ。


 そして、出迎えてくれた、その三人の横には先に来ていた、ゼニア共和国元首のアルオーニさんがいた。



「陛下、こちらが、ジローラ公国のノヴェスキ筆頭のフロディニ殿、そして、同じくノヴェスキのプロヴェンティ殿と、ジョルダノ殿です」


「陛下、この度は遠路えんろはるばるようこそおいでくださいました。このジローラで、ごゆるりとお過ごしください」


「出迎えご苦労様。ありがとう、そうさせて頂くよ」


 僕は、こう挨拶し、ジローラの街へと入る。



 ジローラの民の方々が、家の外に出てくれての歓迎ムードだが、サパ共和国ほどの熱烈大歓迎ではない。僕達は、案内されて、パローツ宮殿へと入る。宮殿は高い塔のある煉瓦れんが造りの立派な宮殿だった。



 そして、宮殿内の一室に通される。



「カール様より、書状が届いております」


「うん」


 教主庁にいるカール従兄にいさんからの書状が届いていた。僕は、封かんを割ると、書状を開く。そして、ガックリと肩を落とし、机に突っす事になる。


「大丈夫ですか、グーテル様」


 フルーラが、おろおろしながら、声をかけてきた。


「いやっ、大丈夫だよ、フルーラ」


 僕は、顔をあげてフルーラの方を見て、うなずく。


「では、どうされたのですか?」


「また、ここに半年ぐらいいる事になりそうだよ」


「えっ、またっすか?」


 フルーラが、目をパチパチさせて、考えている間に、アンディが返事を返す。


「うん」



 カール従兄さんの書状には、来年の春に僕の戴冠式を行う予定だと書かれていたのだ。今はまだ秋。まだまだ先の話だった。


「う〜ん、ダリアは暖かいから冬の移動も困難ではないけど、教主庁周辺は、さびれているって話だしね~。どうしようかな~」



 教主庁周辺は、いにしえのダリア帝国時代からの帝都であった。


 しかし、ダリア帝国の東西分裂や、西ダリア帝国の滅亡を経てのマインハウス神聖国や、ランド王国の誕生で、中心地が北へと移動。


 さらに、ダリア内においても、四大海洋国家のうち三つの海洋国家があり、そして、ヴィロナという大都市のある商業の中心地としての北ダリア。


 王国として統一されて比較的安定していた、南ダリアが中心地となり、教主庁周辺は比較的寂れていると言って良いのだ。



 確か人口は、1万5千人くらいだったと思う。ほとんどが、神聖教の関係者じゃないだろうか?


 皇帝直属軍を率いて行っても、街の中には、滞在場所もないかもしれない。



 まあ、しばらくジローラに滞在するしかないね~。

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