第146話 第一次ダリア遠征⑩

 僕の歓迎式典だの、うたげだのをやっているうちにあっという間に、1週間程が経過した。



 僕は、とっとと先に進みたいが、喜んでいるサパ共和国の人々を放っておくわけにもいかず、お付き合いして、昼に夜に、飲み歌い、騒ぎを見ていた。いや〜、疲れた。



 そして、ようやく一段落ひとだんらくすると、難しい顔をした方々に囲まれた。


「いや〜、困った事になりました」


「だから言ったであろう、あんな馬鹿騒ぎなどせずに、さっさと、陛下と共に南下しようと」


 サパ共和国の元首、ウルチョーネさんの言葉をあざけるように言葉を返す、コンドッティエーロのオストルッチャさん。仲悪いのかな?


「しょうがないでは無いか、皆が陛下が来られてうれしく思っているのだから、わしは、早く行きともな……」


「ふん、一番楽しんでいた男が何を言うか……」


「何だと!」


「まあまあ、お二方とも、陛下の御前ごぜんです。穏やかに穏やかに」


 サパ共和国の2人がけんか腰になり、慌てて仲裁ちゅうさいする、ゼニア共和国元首のアルオーニさん。


「こ、これは、失礼致しました、陛下」


「申し訳ありません、陛下」


「うん」



 そして、ようやく始まる話し合い、出席者は、僕と、ゼニア共和国元首のアルオーニさん、そして、サパ共和国元首のウルチョーネさんに、コンドッティエーロのオストルッチャさん。もちろん僕の背後には護衛として、フルーラとアンディがひかえていた。



 そして、再びウルチョーネさんから、同じ言葉が発せられる。


「いや〜、困った事になりました」


「どうしたの?」


「はい、いわゆる教主派の国々に動きが見られます」


 ウルチョーネさんではなく、アルオーニさんが、言葉をつなぐ。


「そう。僕の教主庁への移動をはばもうって事だよね?」


「はい、おそらくは」


 う〜ん、まあ、予想の範囲内だけど、ゼニア共和国や、ヴィロナ公国にいた時には、その素振そぶりすら見せなかったけど、やはり、教主庁に近づいた事が影響したのか? なんて、僕が考えていると、その答えをオストルッチャさんが答える。


「しかし、新しい教主様も、何を考えておられるのやら」


「ん、教主様?」


「はい」


 オストルッチャさん、いわく。どうも、新しい教主様であるクレメント5世聖下せいかが就任式のおり、演説を行った内容が教主庁に、そして、各地の大司教座だいしきょうざへ、そして、司教座へと伝わり、そして、各地の領主に伝わると、ダリア地方の教主派の領主達は、戸惑とまどい、そして、それが怒りへと変わったのだそうだ。


「自分達こそ、教主様の守護者だという自負じふがありますからね~。くだらないことに」


「そうなんだ」


 クレメント5世聖下は、就任式の演説において、まず、自分が、ダリアにて就任式を行わない理由にダリアの混乱をあげた。それが、教主派と皇帝派の対立ではなく、教主派内部の争いだった。


 黒派ネーリ白派ビアンキの戦い。


 黒派は、都市の富裕層ふゆうそうを中心としたもので、教主様と強い結びつきを求め、その権威けんいで都市を支配しようとし、対して、白派は領主を支持し、都市の自治を優先し教主様の干渉かんしょうを拒否しようという勢力だった。


「両方とも、教主派を名乗ってますがね」


「うん」


 そして、クレメント5世聖下は、その混乱をおさえる存在として、僕の名をあげ、賞賛しょうさんしたのだそうだ。しかも、フェラードさんの前に。


 これは、いけないね〜。まあ、その後に時間をかけてフェラードさんを賞賛したそうで、ランド王国は、問題なしだったようだが、問題はダリアだった。


 教主派の領主達は、呆然あぜんとした。教主様は、ランド王国で就任し、さらにその原因が、自分達にあると言われ、さらに、教主様は、対立関係にあったマインハウス神聖国皇帝を支持し、賞賛した。


 自分達の存在を否定されたように感じ、落ち込み、さらに怒りに変わった。


 その怒りの矛先が、僕の教主庁での戴冠式たいかんしきに向かい、それを阻止そししようという動きになったようだった。やれやれ。



「陛下には申し訳ないのですが、しばらくサパに滞在たいざい頂き、その間に、私が交渉こうしょうしてまいります」


 そう言い残して、アルオーニさんは、護衛の傭兵部隊ようへいぶたいと共に、サパを離れたのだった。上手くいくかね?



 さて、とすれば、またひまになった。


「サパの斜塔しゃとうって、昇れるのかな?」


 僕は、会議を終え、城の廊下ろうかを歩く。


「えっ! あれを、昇るつもりっすか?」


 アンディが、驚いた顔をしている。すると、フルーラが、手のひらを少し離して、斜めにしながら。


「昇っているうちに、こう、倒れそうですよね」


 最後に、フルーラの手のひらにはさまれた、サパの斜塔が横倒しになる。


「隊長〜、怖いこと言うのやめてくださいっすよ~」


「いや、私は、そのまま真実を……」


「だから、怖いんすよ~」


 アンディがおびえる。


 そうか、危ないか~。やめておこう。



 さて、どうしようかな? 


 まあ、その前にだ。僕は、部屋に戻ると、オーソンさんを呼ぶ。


「教主派の国々の動きって、どう?」


「はい」


 オーソンさんは、ひざまずきつつ、説明を開始した。


「バブル王国軍ですが、王は、王弟に軍を率いさせ、教主領の駐屯軍ちゅうとんぐんと合流させ、北上しております。その数、およそ2万」


「そう」


「後は、ビオランティナ共和国軍も、傭兵ようへいや市民兵を集め、サパ共和国の国境近くに集結させております。その数は6000ほどです」


「うん」


「後は、バローネ候国や、エローラ候国が、それらに合流の動きを見せております。数は、今のところ不明です」


「ふむふむ」


 積極的に動いている国もあるようだが、動きの見られない国もありそうだった。教主派の国々にも、温度差があるのかもしれないな。


「ネルドア共和国は?」


「現状、何の動きもないそうです」


「ふ〜ん、動かないでくれるとありがたいけどね」


「はい」


 まあ、こんな感じだった。アルオーニさんの説得に期待しよう。



 というわけで、とりあえず暇な僕達は、サパ大聖堂や、サパの街中を探索する。



 残念ながら、サパの斜塔は昇れなかった。やはり今は、倒れる危険性があるそうだ。しかし、近くにあるサパ大聖堂は大丈夫なのに、サパの斜塔が傾くのはなぜだろうか?


 まあ、それは置いといて。



 サパの街は、大きくはないが、堅牢けんろうな城壁、そして川に囲まれた街だった。街の中は、かつての栄華えいがかオレンジ色のはなやかな建物でめられていた。


 そして、サパ大聖堂は、白大理石しろだいりせきで作られた洗礼堂せんれいどうを中心とした、白亜はくあの大聖堂だった。大きさでは、キールンやヴァルダの聖堂には負けるが、シンプルながら洗練せんれんされ、そして荘厳そうごん雰囲気ふんいきの大聖堂だった。


 内部は、薄暗うすぐらくひんやりとしていて、気持ちいい。


「こちらは、1064年に建設が始まり、完成は1154年です。建築様式は、ロマネスク様式。大聖堂の形は、初期教会をイメージし、ラテン十字架じゅうじかの形のバシリカ式です」


「く〜」


「グーテルさん、グーテルさん、せっかく説明して頂いているのですから……」


「ふえっ、ひゃんふぉ、聞いてうよ」


「じゃあ、なんて言ってたんですか?」


「え〜と、バジリスク」


「それは、想像上の生き物ですよ、グーテルさん!」


 エリスちゃんに、怒られた。まあ、この後も、色々説明聞きつつ、街をまわり。そして、あきた。



 そうなれば食事だった。


 僕達は、近場ちかばのオステリアに入る。


 なんでも、美味しいお肉が食べれるそうだ。


 なので、他はちょっといまいちかもしれませんという紹介だった。



 まずは、飲み物を頼んで乾杯すると、スープが運ばれてくる。どうやら、ここは、ミニコースになっているようだった。



 スープである、ボルダティーノ・アッラ・サパーナは、ミネストローネスープだそうだ。ダリア地方では、各地で色々なミネストローネスープがあるそうだ、それこそ、故郷ふるさとの味、と言ったところであろうか?


 ちなみにミネストローネスープとは、トマトのスープという意味では無く、具だくさんスープといったところだろうか。


 で、サパのはというと、黒キャベツとトウモロコシ粉が入っているのが特徴だそうだ。トウモロコシ粉が入ってとろとろ、あんかけスープのようになって、これがもったり。おっと、失礼。



 続いてはいきなりのメイン。ムッコ・サパーノ。意味は、そのままサパの牛。サパのほこるブランド牛だそうだ。そして、ダリアっぽくないが、これを焼いて赤ワインソースで食べる。正真正銘しょうしんしょうめいのご当地メニューだそうです。


 ダリアと言えば、タリアータだが、今回は、ステーキ。タリアータは、焼いた牛肉を薄切りにして、バルサミコのソース、そして、ルッコラ、パルミジャーノチーズをかけて食べる。比較的お肉をさっぱりと食べれるが、今回は、お店の方のこだわりで、肉の旨味うまみ脂身あぶらみの甘みを味わってほしいということだった。


 この辺りでは、ライバル都市のビオランティナのキアーナ牛が一番という評判だそうだが、若干じゃっかん、値はるものの、このムッコ・サパーノも、負けず劣らずだそうだ。


 で、値は張ると言ったが、お会計は、サパ共和国もちであり、自分が払った訳では無い。


 それにしても、自分達や、近衛兵団このえへいだん、そして、皇帝直属軍の宿泊や食事代も、ヴィロナ公国や、ゼニア共和国、そして、サパ共和国もちなのだが、やっぱり裕福ゆうふくだよね~。それぞれ、結構良い待遇たいぐうなようだった。



 そして、これらの料理に合わせるのは、ダリアの赤ワイン。いにしえのダリア帝国時代からワインは作られていたが、それは甘いワインだった。で、ダリアの甘いワインも最近になって、この辺りから変革へんかくが始まって、甘くなく、比較的軽めのワインが出てきたのだった。


 ブドウ品種は、カラブレーゼ・モンテヌオヴォ。渋みが強くなく、比較的酸味のあるフルーティーなワインになるそうだが、糖度とうどが高くないので、ワインに甘みが残らないそうだ。


「う〜ん、美味しい〜」


「良かったですね、グーテルさん」



 で、最後のシメは、パッパアルポモドーロ。パンのトマト煮って、感じだろうか?


 ちなみに、パッパとは、赤ちゃん言葉で、パン。ポモドーロは、トマトという意味だそうだ。


 鍋にオリーブオイルとニンニクを入れ、加熱する。ニンニクが薄く色づいたところで、細かく切ったトマトとバジルを加え、塩胡椒しおこしょうで味をととのえる。グツグツと煮て、ブイヨンとスライスしたパンを順番に加えて、煮込んだら完成。お好みで、ましてからボナペティ。


 夏だったら、やして、オリーブオイルをかけて食べたりしても良いそうだ。


 トマトソースと、この辺りの塩の入っていない硬いパンが、からみ合って柔らかくなり、比較的さっぱりとして、とっても美味しい。



「しかし、さすがにひまだよね〜」


「そうですね〜」


「ビオランティナの街に、行ってみようかな~」


 ビオランティナ共和国の首都ビオランティナは、大きな街だし、面白そうな場所が多そうだった。だけど、バリバリの教主派の国だった。


「危ないですよ」


「そうだよね~」


 エリスちゃんも、珍しく退屈たいくつそうにしていた。



 こんな暇をもてあまし、ガルプハルトは演習にいそしみ、マスター達は、息子さんに会いに、ベルーニャに出かけて行った。僕も、ベルーニャ行きたかったな~。まあ、行けないけど。





 まあ、そんなこんなで、サパを満喫まんきつ?していると、アルオーニさんが戻ってきた。


「申し訳ありません。交渉がうまくいきませんでした」


「はいはい」



 さあ、お仕事だ。


「フローラ、アンディ、少しらしめてやりなさい」


「はっ!」


「は?」


 フローラは、真剣な顔で返事し、アンディは、こいつ何言ってんだ? って、顔をしていた。

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