第145話 第一次ダリア遠征⑨

 カール従兄にいさんからは、逐次ちくじ報告が届いていた、つなぎ役としてオーソンさんが動き回る。



 ゼニア共和国から、船でサパ共和国に渡り、内陸へ。そして、ランド派の枢機卿すうききょうが不在で、どんどん移動して、ついには教主庁きょうしゅちょうの近くまで移動したと報告をもらっていた。


 その間に、カール従兄さんは、ダリアの各地で、僕に会いたいという人々をゼニア共和国に送り込んでもきた。


 信仰しんこう理性りせいは分けて考えるべきだというアヴェロス主義の方とか、皇帝の覇権はけんを支持する方々とか、まあ、この辺はどうでも良いのだが、色々な方がいて面白かった。


 その中の一人から、帝政論ていせいろんという著作まで、もらってちょっとこそばゆい思いをした。僕の、狂信的きょうしんてきなまでの信奉者しんぽうしゃだった。何が良いんかね?



 え〜と、いにしえのダリア帝国の皇帝の支配体制を国家体制の理想としていて、世界規模での単一支配たんいつしはいの可能性を視野に収めているようだ。


 そして、人類に固有の働きは人類が全体として分有ぶんゆうする潜在的せんざいてき可能理性かのうりせいにあるとされ、その可能理性の集団的な現実化こそが世俗的幸福せぞくてきこうふくの意味である。ということだそうだ。


 う〜ん、まったく分からない。



 そして、そのカール従兄さんからの報告の中で、突然もたらされた報告が、新しい教主様の誕生だった。しかも、ランド王国でランド人が。というわけだ。



 普通、コンクラーヴェは、決まってはいないが、教主庁の近郊きんこうで行われる事が多い。それなのにだ。今回は、わざわざランド王国のル・オンというダリアに比較的近いものの、南東部の街においてコンクラーヴェを行ったのだった。


 これは、ランド王国国王フェラード4世さんの思惑により、それに有権枢機卿達も同意したのだろう。まあ、脅迫きょうはくと諦めかもしれないけどね。



 で、僕の戴冠式たいかんしきについては、クレメント5世のお考えはどうかな? と思ったのだが、その答えは、翌年の春、ゼニア共和国に戻ってきた、カール従兄さんによってもたらされた。僕達が、ダリアに向けて出発して、1年の月日が経っていた。





「カール従兄さん、ご苦労様でした」


「ああ。まあ、あまり役に、たたなかったがな」


「いえっ、そんな事は、ありませんよ。ありがとうございます。重要な情報をもたらして頂きましたし、枢機卿の方々に働きかけて頂いたおかげで、クレメント5世聖下せいかにも、情報が入っていたおかげで、いち早く、カール従兄さんの所に、クレメント5世聖下から、知らせが来たのですから」


「そうか」


 カール従兄さんは、どこか満足しているようだった。


 どこか変わったな。いやっ、本質ほんしつはこうなのだろう。だが、叔父様や叔母様との関係やプレッシャー、そして、プライドがその性格をゆがめた。


 しかし、ダリア王として、僕の為に素直に動いて、そのかせが解かれて、のびのびとしていると。そういう感じだろうか?



「それでだ、グーテル」


「はい」


「クレメント5世聖下は、グーテルのダリア遠征を支持するそうだ」


「えっ! 本当ですか?」


「ああ。グーテルは、混乱しているダリアに、安定と秩序ちつじょをもたらす神のつかいだそうだ」


「え〜と、そうですか……」


 なんか、うん、かなりこそばゆい。


「それでみずからダリアに来たかったそうだが、フェラード4世に止められたそうだ。しかし、配下の枢機卿を送って戴冠式を教主庁で行いたいそうだ」


「そうですか……。教主庁ですか……」


「ああ」


 ゼニアか、ヴィロナの方が良かったのだが、仕方ないか……。ヴィロナには、皇帝冠が宝物庫ほうもつこに保管されていた。まあ、今はアルオーニさんが管理しているけど。それで、ゼニアは船で来れば、そう遠くはない。



「それで、カール従兄さんは、今後どうされるつもりですか? もしなんだったら、ゼニアでゆっくりと……」


「いやっ、そういうわけにはいかない。俺は、教主庁に戻るよ。戴冠式の準備もあるし、教主様の連絡も直接、教主庁に来るからな」


「そうですか……。良いんですか?」


「ああ」


 あまり色々言うと、こじれそうなので、カール従兄さんに任せようと思った。


「そうですか、では、よろしくお願いいたします」


「ああ、任せてもらおう」


 こうして、再びカール従兄さんは船に乗り出かけて行った。


 さて、僕達も。



 僕は、アルオーニさんを呼び出す。


「新しい教主様が、戴冠式を教主庁でやってくれるそうだから、行って来るよ」


「はい、かしこまりました」


 アルオーニさんは、そう答えながら、少し考えているようだった。アルオーニさんは、もちろんクレメント5世聖下が、新しい教主様になった事は知っていた。


「アルオーニさん、どうかした?」


「はい。え〜と、その事なのですが、教主庁に向かうのに、船を使おうと思います」


「えっ、船で?」


「はい」


 アルオーニさんは、教主庁までの進路について語る。


「陸路を行くと、メッサ公国、ビオランティナ共和国とも教主派の国です。進めば戦いになるのは必定ひつじょうかと」


「うん」


「それに、陸路だったらこれらの国に、バローネ候国まで参戦してくるかもしれません」


「そうなんだ~」


「なので、無用むような戦いを避ける為に、海路でサパ共和国に渡ります」


「ん? サパ共和国?」


 直接、教主領に入るわけじゃ無いのね。


「はい、あの国は熱狂的ねっきょうてきな皇帝派の国です。我が国とも同盟国ですし」


「そうだね。まあ、ゼニア共和国と戦って負けたけど」


「それは……、申し訳ありません」


 そう、サパ共和国は、ダリア地方の四大海洋国家の一つだった。ネルドア共和国、ゼニア共和国、サパ共和国、メマルフィイ公国。この内、メマルフィイ公国はすでに滅んでいて、サパ共和国は、1284年、1290年と、相次いでゼニア共和国と戦い破れ、衰退すいたいしていた。


 その戦いで活躍し、ゼニア共和国の国家元首ともなったのが、アルオーニ・スコピーニさんなのだ。そして、サパ共和国の影響で、ゼニア共和国は皇帝派になったとも言える。



「え〜と、なので、サパ共和国に上陸後、今度は、陸路南下し、皇帝派の国ジローラ公国を通過し、教主領に入れば……」


「教主派の国も、手を出しにくいって事だね」


「はい」


 さて、そう上手くいくかな? とは思いつつ、確かに、いきなりゼニア共和国の隣国メッサ公国から戦いになるよりは、良いだろうね。


「では、船の準備よろしくお願いいたします」


「はい、かしこまりました。後、私も同道どうどうさせて頂きます」


「アルオーニさんが?」


「はい、サパ共和国や、ジローラ公国との交渉も早くなると思いますので」


「そう、じゃあよろしくお願いしようかな」


「かしこまりました。よろしくお願い致します」



 こうして、僕達は、移動する準備を開始した。


 北部の諸侯さん達は、すでに自国に戻ってもらっていた。ただ、戴冠式には出席したいそうで、連絡する事になっていた。まあ、あまり領主が、自国をあけておくわけにはいかないしね。


 アペリーロ・ヴェルディさんは、ヴィロナ公国軍を率いて、共にサパ共和国に行くそうだ。そして、ゼニア共和国の元首アルオーニさんも加わる。ゼニア共和国の主力は海軍。なので、艦隊は出すが、積極的には陸の戦いには加わらないだろうな〜。





 船は進む。左横を見れば、遠く陸地が見えるが、前を向けば、延々と青い海が見える。そして、船の舳先へさきに立ち、エリスちゃんをバックハグして、前を見れば空を飛んでるように……、なんて事はしない。


 だけど、舳先に立って、前を見てると、なんか心が、無になっていった。


「く〜」


「グーテルさん、危ないですよ。そんな所で寝ちゃ」


 エリスちゃんから、バックハグされて、船室に引きずられていった。うん、眠い。



 ゼニア共和国艦隊。ガレー船70隻に分かれて、全軍が船に乗り進む。ガレー船とは、でも進むが、左右にたくさんの漕手こぎてがいて、オールによって進む巨大な船だった。


 そして、他国では漕手は奴隷どれいが多かったガレー船だが、海洋共和国では、漕手は人気の職業だった。


 漕手には与えられたスペースがあり、そこに品物を積んで商売することも可能だったのだそうだ。給金+副収入が入るというわけだ。たくましいですね~。だけど、漕手は大変だろうな。



「まあ、帆の力でも進みますから、それほどじゃないんですよね」


 だそうだ。



 ゼニアを出発して、2日ほどでサパ共和国の港、ポルト・サパーノが見えてきた。大きな港だった。サパ共和国の首都はサパだが、サパ自体はオルト川という川を少しさかのぼった所にあるそうで、その代わりに、オルト川の河口にポルト・サパーノという人口の港を作ったのだそうだ。


 1290年にゼニア共和国によって、壊されたが、あっという間に再建されて今にいたるそうだ。



 そのポルト・サパーノに上陸すると、今までとは段違だんちがいに熱烈ねつれつ歓迎かんげいを受ける。さすが、昔から皇帝派の国という感じだろうか?


「グルンハルト陛下、バンザ~イ」


「陛下〜、陛下〜」


「キャ〜〜、グルンハルト様〜」


 僕は、ひらひらと手を振り、歓声に応える。なんか、凱旋がいせんパレードのようだな。



 僕達は、ポルト・サパーノで船を降りると、今度は、陸路サパへと向かう。



「あの〜、陛下どうされたのでしょうか?」


 サパ共和国の元首、ウルチョーネ・デッラ・チョロチョーネさんが、僕の顔を見つつ、首をかしげていた。その隣では、サパ共和国の傭兵隊長オストルッチャ・オロスコーニさんが、不思議そうに僕を、見ていた。


「いやっ、あれ」


 僕は、全身をななめに傾けつつ、サパの街の建物を指差す。


「おお、鐘楼しょうろうですか。あれは、工事中なのですが、地盤沈下じばんちんかによって斜めになってしまいまして、現在、工事を中断し、原因を究明中きゅうめいちゅうなのですよ」


「そうなんですか~」


 まあ、それが良いだろうね。



 どうも、あの斜めになっている塔は、サパ大聖堂の鐘楼として建てられているようだった。しかし、地盤沈下が起き、塔は斜めに、そこで、斜めになった塔を途中から、地面と垂直になるように作っていたが、さらに斜めになり、慌てて工事を中断し、地盤沈下の原因究明に乗り出したようだ。



 よし、僕はあれを、サパの斜塔と名付けよう~。



 サパの人口は2万人ほど、ヴィロナや、ゼニアほど大きな街ではないが、川と城壁に囲まれ、堅牢けんろう防御要塞ぼうぎょようさいのようだった。



 僕達は、近衛兵団の一部を率い、サパの城へと、入ったのだった。




ダリア地方地図


 https://kakuyomu.jp/users/guti3/news/16817330652738738000

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