第144話 第一次ダリア遠征⑧

 ちゃんと海を見たのは、はじめてかもしれない。海は、青かった。アズッロというらしい、ラプスラズリの色という意味のようだ。


 ダニアの陽光ようこう降り注ぐ海は、アズッロに、キラキラと輝いていた。



 季節は秋になっていた。ダニアに向けて出発してから、半年以上が経過していたのだった。これは、今年の冬はゼニア共和国で迎えそうだな~。



 ゼニア共和国は、現在、隆盛期りゅうせいきの真っ只中ただなかにいた。神聖教の国ながら、東方教会の国である、ニクレイア帝国と結び、ダリアより東の海も支配していた。


 そして、同じ海洋国家である、ネルドア共和国の台頭をまねくと、サパ共和国や、マインハウス神聖国と結び、軍事的に有利に立とうとして、今のところ成功していた。


 そして、目の上のたんこぶであり、陸の戦いでは、絶対に勝てないであろう、ヴィロナ公国をマインハウス神聖国の力を利用して、黙らせる事にも成功した。



 だが、ゼニア共和国の国家元首、アルオーニ・スコピーニは、心の底から誓ったのだった。マインハウス神聖国、いやっ、マインハウス神聖国皇帝グルンハルト一世には、絶対に逆らわないと。



 アルオーニ・スコピーニは、ヴィロナ公国の近郊にいた。そして、ヴィロナに閉じもった、ヴィロナ公国軍と、皇帝直属軍の戦いを高みの見物をしようとしていた。


 皇帝直属軍は、ツヴァイサーゲルトの高い山々を越えての遠征だった。その為に、攻城兵器も持っていなければ、ダリア内で、マインハウス神聖国の傘下さんかで、ある程度の軍事力を持った、トリント司教や、チルト伯の軍勢は、ネルドア共和国のおさえとして、加わっていないという状況だった。


 もちろん、ゼニア共和国も、アルオーニは配下の提督ていとくに命じ、艦隊を出撃させて、ネルドア共和国の海軍を牽制けんせいしていた。



 そんな状況なので、しばらくヴィロナの戦いは続くとたかをくくっていたのだが、結果は、ヴェルディ家を寝返らせ、あっという間にヴィロナを陥落かんらくさせたのだった。



 のほほ~んとしていながら、抜け目はない、しかしながら、穏やかな人物と思っていたのだが、アルオーニは、恐怖を感じた。それは、その頭脳ではなく、効率を重視した、その考えだった。冷酷れいこくな訳では無いが、効率が悪いと思ったら、自分も容赦なく……。と考え、その為に、必死で働く事をちかったのだった。グルンハルト一世の為に。


 まあ、グーテルに言わせたら、そんな事はしないと言われただろうが、せいぜい頼み事をしなくなるくらいだろう。





 グーテル達は、ゼニア共和国にある港、ポルトアレティに、ほど近い宮殿の一つに案内される。皇帝直属軍はゼニアの街の近郊に駐屯ちゅうとんし、皇帝近衛団はゼニアの街に入り宮殿周辺を警備する。



「陛下、ようこそゼニア共和国へ、御自身の家と思って、ごゆるりとお過ごしください」


「アルオーニさん、ありがとう。そうさせてもらうよ。どのみち、しばらくは動けなさそうだしね~」


「はい」


 カール従兄にいさんは、ゼニア共和国より、先の国々をまわり、その辺りにいるはずのランド派の枢機卿すうききょうを探して、説得にあたっている。


 だが、おもわしくないようだった。居ないのだそうだ。おそらく、有権枢機卿として、コンクラーヴェに出席しているのだろうとの事だった。


 となると、近々、ランド派の教主様が、選ばれる事になるだろうな。どうなるだろうか?



 まあ、というわけで、ゼニアにてのんびりと、過ごす事になった。だったら、ゼニアの街の観光と、食事だろうね。



 海と山に囲まれた街、ゼニアの絵のように綺麗きれいな街を歩く。石畳の引き詰められた街の通りを歩いていると、赤い煉瓦れんがや、灰色の石、さらに、ベージュや、あわい黄色に塗られた家々が続く。


 商人の街としてのプライドと、華やかさを合わせ持った街に見えた。


 そして、港には、盛んに出入りする船や、多くの船が停泊ていはくしていた。どこ行くんだろ?



「素敵な景色ですね~、海も綺麗」


「そうだね~。どこへ行くんだろう、あの船は?」


「私達の知らない、どこかの素敵な国に行くのでしょうね」


 エリスちゃんは、少し高めの木のさくにもたれ、黄昏たそがれていた。明るいダリアの陽光に、エリスちゃんの白い肌が映える。綺麗だな~、エリスちゃん。


「エリスちゃんも、綺麗だよ」


「も〜、何を言っているんですか、グーテルさん。も〜」


 エリスちゃんは、そう言うと、パタパタと僕に走り寄って、僕の体をポコポコとはたく。


 すると、アンディが、


「おじさんとおばさんで、じゃれないでもらって良いっすかね」


「こらっ、貴様、失礼な事を言うな!」


 と、フルーラ。


「そうだよ。僕は、良いけど。エリスちゃんは、まだまだ、綺麗だよ!」


「もう、グーテルさんったら〜」


 また、エリスちゃんが、僕の体をポコポコと叩く。


「はいはい」


 アンディが、あきれる。



 そして、観光した後は、みんなで食事をしたのだった。



 ゼニアと言えば、これだった。温暖おんだんで自然も豊かなゼニア共和国。香り豊かなバジルが採取さいしゅ出来る。そのバジルを、モルタイオでニンニク、松の実、チーズ、と一緒にすり潰し、バージンオリーブオイルを加え伸ばしたものを、様々なパスタにかけて食べる。


 そして、ゼニアでパスタと言えば、この3種。まずは、リングイネ 。 断面だんめんが猫の舌に似ていることからこう名付けられたそうだ。 続いては、トロフィエ 。 クルクルとねじって作るショートパスタ。 このパスタの隙間すきまに、ソースが良くらむんです。 で、最後に、 コルツェッティ 。 木型きがたで作る、丸く、平たいパスタだそうで、円形に切り取ったパスタ生地を、木型ではさみ、表裏おもてうら模様もようをつけるパスタ。


 バジルソースを、これらのパスタに絡めて、食べると。


「う〜ん、美味しい〜。って、違〜う」


「どうしたんですか、殿下?」


 一緒に食べていたマスターが、びっくりした顔で聞いてきた。



 いやっ、違わないんだけど、確かにこれもゼニア名物だけど、違うんだよ。


「いやっ、違わないんだけどさ。僕が、食べたいのは違うんだよ」


「わがまま言わないで、食べてください。せっかく、作って頂いた料理なんですから」


「は〜い、ごめんなさい、エリスちゃん」


「そうですよ、グーテル様。前菜なんですから、まだまだいっぱい出てきますから」


「そうだね、フルーラ」


 うん、フルーラに言われちゃおしまいだね。だけど。


「僕が食べたいのは、海鮮料理なんだよ~。せっかく、美味しい白ワインもあるし」


「はいはい、大人しく待ちましょうね、グーテルさん。子供じゃないんだから」


「ぶ〜」


 おっと、魚介料理が食べたくて、退行現象たいこうげんしょうを起こしていた。いけない、いけない。



 このパスタは、あくまで前菜の前の料理。いやっ、今回はだよ。バジルソースのパスタをアンティパストがわりに出してくれたようだった。



 そして、さすが海洋国家。色々な国のワインがそろっていた。ゼニア共和国のワインも良いのだが、ここは、魚介ぎょかい料理に合わせて、ポルトゥスカレの白ワインを頼んでいた。


 すっきりさっぱりなのに、しっかりとした余韻よいんのあるポルトゥスカレの白ワインは、魚介料理にピッタリだった。



 そして、ようやく魚介料理に。まずは、前菜。ビアンケッティ・アル・リモーネ。


 これは、 シラスをでてオリーブオイルとレモンで味付けしたシンプルな料理だった。


「これは、ブルスケッタにしても、美味しいですよ」


 と、マスター。マスターは、みんな分の焼いたバケットを持って来てもらい、ニンニクをり込んでいく。それに、シラスを乗せる。ブルスケッタは、ダリア中部の郷土料理だが、それをビアンケッティ・アル・リモーネと合わせるというのだ。



 そのまま食べると、レモンの酸味と、シラスの風味、そして柔らかな肉質のシラスの旨味を直接感じる事が出来る。さっぱりしていて、美味しい。食べごたえはないけど。


 それに対して、ニンニクの塗られたバケットに、ビアンケッティ・アル・リモーネを乗せると、さっぱり感が減少し、シラスの旨味が強く口の中に広がり、これも美味しい。まあ、後は好みかな?


「うん、ブルスケッタにしても、美味しいよ、マスター」


「でしょ」


 得意気な、マスターだった。



 そして、スープ。トマトベースのブリッダだった。具材たっぶり、魚介のトマトスープといった感じだろうか?


 オリーブオイルを フライパンで熱し、ニンニクを加え がさないようにいため、 アンチョビを加え溶かす。 さらに、みじんぎりの玉ねぎを弱火でじっくり炒め、 たまねぎが透明になったら お魚を加え、煮込む。煮込みつつ、トマトを細かく切り加え 、ポルチーニも加える。 塩で味を整え、イタリアンパセリのみじん切りを加え 弱火で20分ほど加熱したら、ボナペティ。焼いた バケットにニンニクをこすりつけ。ちぎってスープに入れても良い。



 う〜ん、魚介のエキスが濃厚で、それが、トマトの酸味と甘みで、複雑だが濃厚で奥深い味にしていた。そして、良い香り〜。鼻を近づけなくても、魚介の香りとトマトの香りがたっている。夢中で食べる。


「う〜ん、これも美味しいよ〜」



 そして、船乗り文化のあるゼニアにおいて、忘れてはならない料理がバカラ。塩漬しおづけされたしダラを、水に戻しちぎって食べる……。って、これも、ちが〜う!


 いやっ、おつまみとしては、美味しいよ。



 で、続いては、普通と順番は逆だが、肉料理だった。チーマという料理だ。


 仔牛こうしの胸肉に、グリンピース、人参、生ハム、チーズ、卵、松の実などを混ぜて詰めて糸で中身が出ないようにしばってから、香味野菜こうみやさいと共にで、 肉に火が通った後、冷やし固めてから頂く料理。 ミートローフの一種といえば良いだろうか?


 うん、美味しかったよ、うん。まあ、牧畜ぼくちくがあまりむいて無い国だから、魚が美味しいんだよね。うん。



 そして、メインとして出てきたのが、一番下に、パンを敷き、たっぷりの魚介、野菜、ゆで卵、バジルソースを、積み上げていくお料理。 これら食材の旨みが、一番下に敷いたパンに染み込んで、これまた美味しいのだ。この料理は、カップンマグロというのだそうだ。新鮮なマグロを生で食べる。 元々は、漁師、船乗りの為の料理だそうだ。


 カップンマグロ。生で魚を食べるのは、ダリア地方とその文化が、入ったランド王国の一部、そして、マスター曰く、遠く東方の国ぐらいだそうだ。


 しかし、生で食べるマグロは美味しい。さっぱりとしているようで、しっかりと味のあるマグロの味が、まわりの具材と合わさり、複雑な美味しさをかもし出していた。



「しかし、皆さんとこうしてのんびりダリアの地で食べているのが信じられませんね~。幸せですよ」


「そうですね、あなた」


 マスターがデザートを食べ終わり、食後の飲み物をまったりと飲んでいると、そんな事を、言い始めた。


「良かったよ、楽しんでもらえて」


「はい、ありがとうございます、殿下」


「いや〜、マスター重いから運ぶの大変だったんですから」


「ガルプハルトさん、そこは感謝してませんからね」


「えっ?」


「当たり前じゃないっすか、誰が簀巻すまきにされて感謝するっすか?」


「マスター、そうなの?」


「はい」


 正論を吐くアンディと、とぼけるガルプハルト。



 フルーラと、エリスちゃんは、いまだにデザートを食べている、追加の。アイリーンさんは、太るからと言って断っていたが、2人は大丈夫なようだった。


「これ、美味しいですね、エリス様」


「うん、こっちも美味しいよ」


「えっ、ちょっと頂いて良いですか?」


「良いわよ、私も、それちょっともらって良いかしら?」


「どうぞどうぞ」


 僕は、そっと隣にいるエリスちゃんの脇腹わきばらをつまむ。うん、昔よりは、肉厚にくあつになったようだった。


「キャッ、何するんですか、グーテルさん」


「ん? 何でもないよ」


「そうですか?」





 まあ、こんな感じでダラダラと過ごしていた僕達だが、カール従兄さんからの知らせで、事態は急変した。


 ランド王国のル・オンにて、新しい神聖教教主クレメント5世が誕生したのだった。

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