第143話 第一次ダリア遠征⑦

 僕達は、目星めぼしをつけていた大聖堂広場近くの、オステリアに入る。



 僕達は店員さんに、案内されテーブル席に座る。するとさっそくガルプハルトが。


「じゃあ、ビールね」


「えっ、ビールですか?」


 店員さんの顔が、くもる。


「えっ、ビール無いの?」


「いえっ、あるにはあるのですが……」


 そして、店員さんは、口の中でブツブツと呟く。


「前仕入れたやつって、まだ飲めるかしら? それとも、隣の店から……」


 なんて聞こえてきた。


「少々、お待ち下さい」


 店員さんは、そう言って店の奥に走って行って、すぐに戻ってくるが、そのまま通り過ぎ、店の外に出て行く。そして、すぐに戻ってくると、少しだけ注がれたビールを持って戻ってきた。


「あの〜、こんな感じなのですが、大丈夫ですか?」


 そう言って、ガルプハルトの前に置く。


 ガルプハルトは、一瞬考えてから、一気にあおる。


「ぐえっ、まずっ!」


「やっぱり、駄目でしたか~」


 店員さんは、残念そうにそうつぶやく。


「え〜と?」


 ガルプハルトは、目を白黒させながら、店員さんにたずねる。


「すみません。ピッツエリアには、ビールあると思うのですが、この近くにピッツエリアが無くて」


 ピッツエリアというのは、ピザ専門店の事だ。


「ビールの醸造所じょうぉうしょも、北の方で遠くて、日持ちがしないのですよ~」


「で、劣化れっかしていたと……」


「そうですね」


 という事らしい。


「そんなの飲ませるな!」


「ひい」


「まあまあ、ガルプハルト落ち着いて」


「グーテル様、なんで半笑はんわらいなんですか?」


「えっ」



 まあ、ダリア地方でも、ビールは飲むらしい。しかしながら、醸造所がビール文化がある、北部のコム湖辺りと、チルト伯領辺りで作られているのだそうだ。よって、回転率の良い、ピッツエリア以外は、あまり、おすすめ出来ないそうだ。



 この店も明後日あさってくらいには入荷するそうで、そこから1週間ぐらいは飲めるそうだ。今日が、前回の入荷から1週間だそうだが。まあ、保管は常温なので、そんな物だろうな。



 ダリア地方でも、ビールは常温で飲むものらしい。だから、僕の選択肢には最初から入っていなかった。というわけで。



「僕は、白ワイン下さい」


「あっ、俺もっす」


「はい、かしこまりました」


 僕とアンディは、さっと決まって、後は、ガルプハルトだが。いまだに、悩んでいる。どうもガルプハルトは、ワインが苦手らしい。


「ガルプハルト、だったらシュプリッツアーは?」


「はい? シュプリッツアーですか?」


 シュプリッツアーは、ワインに天然の炭酸水を入れただけの物。しかし、夏場に飲むとさっぱりして、美味しいのだ。


「じゃあ、俺はそれで」


 僕と店員さんの説明で、なんとか納得し、しぶしぶ頼む、ガルプハルト。



 そして、運ばれてきたのは、冷たく冷えた、白ワインとシュプリッツアー。


「なんで、ビールは、冷やさないんすか?」


「さあ?」


 だそうだ。で、


乾杯サルーテ!」


 ガルプハルトは、シュプリッツアーを飲む。


「うん、シュワシュワしてうまいです。これなら、飲めます」


 だそうだ。



 さて、料理だが、僕は、店員さんのおすすめ料理を適当に頼む。肉好きのガルプハルトを考慮こうりょして、お肉多めだった。



 まずは、今はグリーンアスパラの時期というわけで、アスパラジ・アッラ・ヴィロネーゼだ。


 バターでアスパラガスを炒めて、半熟はんじゅくの目玉焼きをドーン。仕上げにダリアチーズの王様パルミジャーノ・レッジャーノを目玉焼きにふりかけて完成。半熟な黄身きみと、バターで炒めたアスパラガスをからめて、ボナペティという感じだ。


 これを白ワインを飲みつつ食べる。まあ、肝心の白ワインが若干じゃっかん、甘みがあり、ちょっとだが。バターで炒められた、濃厚な甘みのあるアスパラガス。それを、半熟の黄身を絡め、パルミジャーノチーズの塩味が、ソースのように味わいに深みを出す。美味しい〜。



 そして、二皿目は、おすすめの料理オッソブーコ。オッソブーコは、仔牛こうしの骨付きスネ肉を輪切りにし、白ワインで弱火でじっくりと煮込んだもの。香味こうみ野菜やブロードでコトコト煮こまれているのでお肉がとても柔らかく、フォークで崩れるほどだった。


 ちなみに、プロードは、ブイヨンと同じような出汁だしだそうだ。 料理名の由来は、ダリア語で「骨」を表すオッソと、「穴」を意味するブーコからきているそうだ。


 柔らかく煮込まれた肉は、ホロホロと崩れ、肉の旨味と、野菜の旨味が、口の中で、溶け合います。



 そして、その付け合せが、黄金色こがねいろが特徴のヴィロナ風リゾット。


 実はヴィロナ公国は、田んぼが多い米どころ。 さらに、色づけに、サフランを利用しているのだが、そのサフランが、ヴィロナ公国の豊かさの象徴しょうちょうと言われていた。


 サフランはクロッカスのめしべを採取し乾燥させたものだそうだが、20万個の花からめしべをみ取り、サフランとなるのはわずか1kg だそう。贅沢ぜいたくだよね~。


 ちなみに、オッソブーコと、リゾットは、良いコンビで、オッソブーコを作るときに出るスープが、牛のずいまで溶け出たブイヨンとして、味の決め手になるそうだ。



 さらに、もう一品おすすめなのが、仔牛こうし肉のヴィロナ風カツレツ、コトレッタ・アッラ・ヴィロネーゼだった。


 バターでこうばしくげるように焼いたカツレツで、メニューでコストレッタと記載されていることがある。コトレッタとコストレッタの違いは、骨がついているかいないか。骨がついておらず仔牛肉を叩いて薄くしたカツレツがコトレッタ。一方、骨付きで厚めに切られたロース肉をカツレツにしたのがコストレッタだそうだ。


 マスターの息子さんの作った、シュニッツェルも美味しかったが、これも本場の味で美味しかった。サクサクとした食感に、じわっとにじみ出す、仔牛肉独特の甘みのある、肉汁にくじゅうの旨味。柔らかいが、しっかりとした食感。う〜ん、美味しい〜。



「グーテル様、この後、どうされるおつもりですか?」


 あらかた食べくし、シュプリッツアーを飲みながら、ガルプハルトが、聞いてきた。


 う〜ん、今後か~。


枢機卿すうききょうの皆さん次第だけどね〜。まあ、ゼニア共和国には行く事になるのかな? 海見たいし」


「海ですか~、良いですな~」


「何を、呑気のんきな事を言ってんすか」


「アンディが、怒った〜」


「怒ってないっすよ」



 まあ、冗談はそれくらいにして。


「本当は、ヴィロナ公国まで、枢機卿の方々が来てくれれば良いんだけど、動きは無いしね。とりあえず、ゼニア共和国まで、前進して様子見だろうね」


「そうですか、ゼニア共和国は味方ですよね。では、戦う事は無いですね」


「そうだね」


 ガルプハルトは、何か考えていた。そして、


「グーテル様の一つの目的は、達成しましたよね?」


「うん、そうだね」


 そう一つの目的は、ダリアから、陸路を通って。交易路こうえきろの確保。障害となっていた、ヴィロナ公国を皇帝派として、マインハウス神聖国の友好国とした。これによって、ゼニア共和国から、ヴィロナ公国、そして、コム伯領などの、ダリア地方北部のマインハウス神聖国傘下さんかの国々を通って、ツヴァイサーゲルト地方から、マインハウス神聖国南部へといたる、ルートを確保した事になる。



「だったら、軍を率いて神聖教の総本山に乗り込むっていうのは、どうかと思うのですが……」


 神聖教の総本山。教主庁に乗り込むって、事かな?


「また、戦いになるよ。バブル王国軍が、駐屯ちゅうとんしているし、教主派の国々が僕達の動きを阻止そしするだろうし」


「そう、ですか……」


「まあ、最終手段かな」


「はい」


 そう、パラーリ事件の後、バブル王国は、教主庁の近郊きんこうに治安維持の名目めいもくで軍を駐屯させていた。僕達が、教主庁に向けて軍を動かせば、絶対に戦いになるだろうな。それに、教主領の貴族達、さらに教主派の国々が立ちふさがる。


 出来れば、避けたいけどね。


 さて、どうしようかな?



 まあ、こんな感じで、ヴィロナを満喫まんきつした僕達は、エリスちゃん達の到着を待って、ゼニア共和国に向けて南下を開始する。


 カール従兄にいさんに関しては、交渉の為に、先にゼニア共和国、そして、その先に行ってもらったのだった。ランド王国との関係で、どうにかして欲しいけど。どうだろうね?



「ヴィロナ公」


「はっ」


 僕は、借りていたヴィロナの宮殿の執務室に、ヴィロナ公であるガンバーリ・ヴェルディさんを呼び出した。


「僕達は、ゼニアに向かうよ。後の事は、よろしくね」


「はい、かしこまりました。ヴィロナ公国は、おまかせください。それで、兵を率いさせ、アペリーロを陛下に同道させたく」


「えっと、三男さんだっけ?」


「はい。目端めはしく男ですし、陛下のお邪魔にはならないかと」


「そう。じゃあ、お願いしようかな」


「はっ」


 まあ、これは、ガンバーリさんの協力させて頂きますという意思表明いしひょうめいと、人質として同道させ、裏切りませんよ。という提示でもあるのだろう。少なくとも、ガンバーリさんは、信頼しても良いだろうね。



 アペリーロさんは、翌日、兵を率いて合流する。全軍で2000ほどの兵を率いていた。複数のコンドッティエーロに率いられた500名ほどの傭兵ようへいと、1500名の市民兵だった。



「よろしくお願いいたします、陛下」


「うん、よろしくね」


「はい、それで、どのように動けばよろしいでしょうか?」


「そうだね~。ダリア王には、別に動いてもらっているから、北部の諸侯さん達と合流して、ダリア軍の指揮官として動いてもらおうかな」


「はっ、かしこまりました。兄には、戦いになれば率先して、動くように言われておりますので……」


「ああ、それは良いよ。あくまでメインは、皇帝直属軍で戦うから」


「しかし、それでは……」


「ヴィロナ公国軍と、北部の諸侯さん達の軍は、申し訳ないけど、所詮しょせんは寄せ集めだよ。下手に戦えば、いたずらに損害を増やすからね」


「はい、かしこまりました」


 アペリーロさんは、少し肩を落としたように見えた。


「だけど、活躍の場は絶対にあるよ。その時に、アペリーロさんの真価しんかを発揮してよ」


「はっ、かしこまりました」


 良かった、少し元気になった。



 こうして、僕達はゼニア共和国のゼニアへと、ひたすら南下する。距離は150kmほど、4日ほどで到着する。


 そして、まずは港に行く。


「う〜み〜〜!」


「グーテル様、はずかしいっすよ~」


 アンディに怒られた。

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