第142話 第一次ダリア遠征⑥

「ご苦労様、ガルプハルト」


「はっ! 有り難きお言葉」


「うん」



 僕は、皇帝近衛団こうていこのえだんを率いて、ヴィロナの宮殿に入り、宮殿の執務室の椅子に座り、机に頬杖ほおづえをついていた。



 後々、この場所には、ちゃんとした防衛設備のある城が、建てられる事になるが、今の宮殿には、なんの防衛設備も無いと言って良かった。


 さらに、守備する兵士も多くなく、あっさりと陥落かんらく。まあ、元から、15000対8000くらいの戦い。城壁を抜けれたら勝負は、決まったも同然だった。



 その時、オーソンさんに連れられて、ヴェルディ家の方々がやってくる。真面目まじめそうな方、筋肉ムキムキのマッチョ司教さんに、若いが綺麗に整えられた口髭くちひげをはやした方、そして、するどい目つきの方の4人だった。多分、城壁の上で、ムキムキマッチョ司教さんを叩いていたのは、口髭の方だな。


 オーソンさんは、ヴェルディ家の方々を連れてくると、スッとその場を離れ、僕の背後にひかえる。僕が振り返ると、オーソンさんは、化粧けしょうを落としていた。見た目、もう別人だった。


 僕のつなぎとして、ヴェルディ家の方々を誘惑ゆうわくし、寝返らされた人物はなくなったという事だ。オーソンさんの事だから、口約束くちやくそくだけで、書類などの証拠しょうこも残していないだろう。これで、僕がヴェルディ家を調略ちょうりゃくしたという証拠は無くなった。まあ、約束は守るけどね〜。



「この度は、おめでとうございました。陛下の偉業いぎょうたずさわれた事、まことうれしく思います」


「うん、ありがとう。え〜と、ヴェルディ家の方々だったかな? 協力感謝するよ」


 まあ、白々しらじらしい事を。本当に胡散臭うさんくさい。カール従兄にいさんみたいな人間がここにいる。まあ、僕だけどね〜。


「はっ」


「で、ヴェルディ家の……」


「これは、失礼致しました」


 ヴェルディ家の方々は、今までひざまずいていたが、1人がスッと立ち上がると。


「私がヴェルディ家の家長かちょうにして長男の、ガンバーリ・ヴェルディです」


「ガンバーリさん、よろしくお願いします」


 長男のガンバーリさんは、真面目そうな方だった。目に迷いはあるが、信じようと純粋でまっすぐな視線をこちらに送っている。


 背はダリア人の中では、普通だろう。体格は大きくないが、戦いの中で生きてきたからかガッチリとしていた。そして、外見は、一般的なダリア人そのものだった。


 肌は白よりは、やや浅黒い。茶色の髪でブラウンアイ。比較的目鼻立ちはっきりしており、彫りが深い。まあ、これはヴェルディ家に共通の事でもあったが。



「そして、隣におりますのが……」


「おうっ、よろしくな!」


「おいっ、馬鹿!」


「あっ、えと、申し訳ない。えっと、次男のスプリッアー・ヴェルディだ、じゃなくて、です」


「ハハハハハ、気にしなくて良いですよ」


 大柄おおがらで、ムキムキマッチョの司教さんが、片言かたこと挨拶あいさつする。


 まあ、この方も裏表うらおもてない、まっすぐな方のようだった。ちょっと、頭脳は足りなさそうだが、良く司教にれたな~。


「昔から力だけは有り余っていまして、教会で学べば、少しは大人しくなるかと思ったのですが、変わらずこの有様ありさまで、申し訳ありません」


「そうですか、よろしくお願いします。スプリッアーさん」


「おう」


 その瞬間、両脇からはたかれる。


「いてっ」



「そして、三男の……」


 若いが、綺麗な口髭をはやした、背の高い青年が立ち上がり挨拶する。


「陛下、お初にお目にかかります。ヴェルディ家の三男、アペリーロ・ヴェルディです」


 この方は、ちょっとキザだが、軍人タイプの方のように見えた。背は高く、引き締まった身体をしている。目には、余裕をかもし出そうとしているが、わずかな不安がのぞいていた。兄弟の身を心配しているのだろうか?


 もしもの時は、斬り抜けるようにと考えているのかもしれないな。面白い人だ。



 そして、最後に野心家の四男さんが、自ら立ち上がり挨拶する。


「ヴェルディ家四男のサンブール・ヴェルディです。この度は、陛下にお会い出来たこと、そして、助力出来たこと。私の幸せでございます」


「そう」


 さて、顔に笑みを浮かべて、サンブールさんが、挨拶する。若いね~。自分は、頭が良いですよ。と表現したいようだ。


 体格的には、長男さんと同じようだった。自分は、頭脳労働者です。という感じで、せんの細い印象を受ける。そして、イケメンと言っても良いだろう。しぶい魅力の三男さん、クールな魅力の四男さん。もてるだろうね~。うあやましい。



 僕は、あらためて4人を見渡しつつ。


「で、この度の協力に対して、お返ししたいけど……。そうだ、ガンバーリさん」


「はい」


「マインハウス神聖国皇帝の臣下しんかとして、ヴィロナ公の爵位しゃくい下賜かしするのはどうかな? 僭主せんしゅとしてでは、なくてさ」


「そ、それは、有り難き幸せ」


「そう、良かった。ああ、叙爵じょしゃくに関しては、明日あらためて、正式に行うよ。場所は、そうだな~。大聖堂広場でどうかな?」


「は、はい、有り難き幸せ」


 ガンバーリさんは、そう言いつつ平伏へいふくしている。喜んでいるのかな?


「そうだ。後、ヴィロナの僭主のグイット・コラドーレさんだけど……」


「はい」


「引き渡すから、処分任せるよ」


「ははっ、かしこまりました」


 ガンバーリさんは、そう応えると、次男のスプリッアーさんを見る。コクンとうなずく、スプリッアーさん。さて、どうする気かな?





 こうして、ヴェルディ家の方々と対面し、他にエリスちゃんや、カール従兄にいさんを呼ぶ使者を送ったり、戦後処理を行っていると、ゼニア共和国の元首げんしゅアルオーニ・スコピーニさんが、やってきた。早いね~、近くに居たのかな?



「陛下、おめでとうございます。こんなにもあっさりと、ヴィロナを落としてしまうとは」


「まあね。僕も早く戴冠式をやって、帰りたいし」


「そう、その事なんですが」


「ん?」


 アルオーニさんは、そう言って、ふところから古びた鍵を取り出した。


皇帝冠こうていかんの件は、了承りょうしょうもらったんですがね。生憎あいにく、次期教主様の選定中で、コンクラーヴェとやらをやっていて、有権枢機卿ゆうけんすうききょうは、どっかに閉じ込められているそうでしてね~。今のところ、協力頂ける枢機卿が、お一人なのですよ」


 そうだった。すっかり忘れていた。戴冠式たいかんしきには、3名の枢機卿が必要なのだ。



 そして、今は次期教主様を選ぶためのコンクラーヴェ中。だが、枢機卿団全員で、コンクラーヴェを行うわけではなく、教主庁きょうしゅちょうで仕事を行ったり、儀式や祈りを行ったりする者も必要なので、そういう方たちもいた。


 というわけで、アルオーニさんは、そういう方たちに声をかけてくれたのだろうが、かんばしくなかったのだろうか?



「そう、苦労かけるね。僕の評判が良くないの?」


「いえっ、そういうわけではなく……」


「ん?」


 アルオーニさんは、頭をかきつつ。


「協力を申し出て頂いた枢機卿が問題で、他の方が嫌がっております」


「はい?」


「申し訳ありません」


「いやっ、それは良いけど誰なの?」


「はい、セロラ・ダロウナ猊下げいかです」


「えっ、あのパラーリ事件の?」


「はい」


 セロラ・ダロウナさん、パラーリ事件でポルファスト8世を暴行した方だ。だけど、枢機卿になっていたんだね~。


「そうか~、嫌がらせかな?」


「いえっ、純粋に協力したいようです。ランド王国にとっては、用済ようずみのようですし……」


「そうか~。用済みね〜」


 フェラードさんは、こういうところは、冷徹れいてつだ。自分にとって有益ゆうえきなら利用するが、必要無くなると、ポイッと。


 さて、どうしようか? カール従兄さんに、交渉をしてもらうかな? ランド王国につながりあるから、ランド王国派の方々を勧誘かんゆうしてもらうか。


「カール従兄さんに、交渉をお願いするか……。後は、良い手ある?」


「そうですね~。いてあげれば、圧力ですかね」


「圧力?」


「はい、ヴィロナをあっさりと攻略した事は、早晩そうばんに伝わるでしょう。そうすれば、陛下が兵を率いて教主庁に向かえば……」


「慌てて、出てくると……」


「はい」


 う〜ん。これだともう、フェラードさんと変わらないけど……。まあ、最終手段としては、仕方ないかな? ミスったな~。これだったら、コンクラーヴェ終わってから、新しい教主様に……。だけど、ランド王国が圧力を高めている今、ランド派の教主様が戴冠式の実行を断れば、元も子もないんだよな~。



「最終手段としては、有効かな? とりあえず、引き続き交渉をお願いします」


「はい、かしこまりました」



 そう言って、アルオーニさんは、帰って行った。





 そして、翌日。


は、マインハウス神聖国皇帝グルンハルト一世である。ガンバーリ・ヴェルディ、余の前に進み出よ」


「はっ、はは!」


 ヴィロナの大勢の市民が広場に集まり、この芝居のような大袈裟おおげさな儀式を見ている。ヴィロナの市民には、反感もたれるかな? って思っていたのだが、そんな事は無く。逆に、ヴィロナ公国に安定をもたらしたマインハウスの皇帝という評判になっているようだった。いや〜、照れるね~。


 どうやら、あっという間にヴィロナを攻略したのが、良かったようだった。



「マインハウス神聖国皇帝として、ガンバーリ・ヴェルディに公爵の地位を与える。ヴィロナ公として、余の為にはげめよ」


「ははっ、有り難き幸せ」


 そして、僕は、ヴィロナ公国の新しい紋章を送る。ヴェルディ家の、人が蛇に飲み込まれているような図柄ずがらと、マインハウス神聖国の、下地したじが黄色で黒の双頭のわしが描かれている紋章が、それぞれ半分ずつに描かれていた。ヴェルディ家の支配する、マインハウス神聖国の傘下の国がヴィロナ公国という意味だ。


 ガンバーリさんは、ひざまずきながら紋章もんしょうえがかれた旗を受け取ると立ち上がり、後ろを向き旗を広げかかげる。見物していた市民や、ヴェルディ家の人達、そして家臣の方々から、大歓声がき起こる。


 ここに、本当の意味でヴィロナ公国が、誕生したのだった。



 さて、これでよし。後は、エリスちゃんを待つだけだ。エリスちゃん達は、ベラッキオをたって南下しているはずだった。





 その夜、僕は、アンディ、ガルプハルトと共に、そっと屋敷を抜け出す。


 せっかくのダリア、しかも食の街と言われているヴィロナにいるのに、外で食べないという選択肢は無いのだ。



「しかし、良いんすかね〜」


「グーテル様が、良いって言っておられるのだ。それに、グーテル様の事を知っている人間も少ないし、治安も良いと聞く」


「はあ、そうっすか。じゃあ、良いんですが」


 アンディは、心配そうに、ガルプハルトは意気揚々いきようようと、ヴィロナの街を歩く。



 もう目標の店は決めてあった。今日は、堅苦かたくるしい店じゃないが、立ち飲み屋でも無い。オステリアだった。



 ダリア地方は、高級レストランから、リストランテ、トラットリア、オステリア、タヴェルナ、バールとなっていた。バールだと、ちょっとしたおつまみ食べつつ、立ち飲みになってしまうので、庶民の店で、ちゃんと食べれそうなオステリアを選んだのだった。

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