第138話 第一次ダリア遠征②

「これは、これは、陛下。かような場所までありがとうございます。それに、このような姿で申し訳ありません」


「ミューゼン公、それは、お気になさらず。御身体おからだは、いかがなのですか?」


「良くありません。負け続けの人生ゆえ、致し方ないのでしょう」


「そんな弱気な事を、おっしゃらないでください」


「申し訳ありません」


 ミューゼン公ローエンテールさん。負け続けの人生って言ってたけど。まあ、叔父様と散々やり合った。


 まずは、叔父様がアーノルドさんと戦った、王位継承戦争おういけいしょうせんそうで負け。


 そして、ダルーマ王国は、ローエンテールさんのお母さんがダルーマの王族だった事から、ダルーマ王国の王位継承戦争に参戦し、負けた。


 さらに、ザーレンベルクス大司教と叔父様の領土問題に介入かいにゅうし負けた。というか、ザーレンベルクス大司教が、叔父様と単独講和。梯子はしごをはずされた形のローエンテールさんが、叔父様、ダルーマ王国軍と単独で戦う事になり、惨敗ざんぱいしたのだった。


 それで、心労しんろうが重なって倒れたという事らしい。勝負は時の運。うん、運が悪い。



 ミューゼン公国。マインハウス神聖国の屈指くっしの大国なのだが、色々苦労も多いのだろうな。


 え〜と、ローエンテールさん、叔父様と結構、戦っているが意外と親戚しんせきでもある。奥さんが、お祖父様の娘の1人。まあ、要するに、叔父様の妹のなのだが……。あんまり、良く知らない。歳が離れていたからだろうか? 


 確かお母様とは、18歳。叔父様とは、16歳離れているはずだった。そして、26歳の若さで亡くなられている。


 その後は、クワトワ公エンラート3世さんの娘さんと結婚された。まあ、エンラート3世さんが、ワーテルランドの王位継承を有利にしようとした政略結婚せいりゃくけっこんだったが、結果は、ワーテルランドの王位には、クロヴィス公バルデヤフさんがついた。こちらの結果もかんばしくないね。



 そして、ローエンテールさんは、僕に突然頭を下げて。


「陛下、私が死んだ後、息子が後継出来ますよう。何卒なにとぞ、何卒、御助力頂きたい」


「何を言われているんですか。そんな気弱な事を……」


「私は、長くはありません! まだ、我が子は幼い。だが、陛下が御助力していただければ……」


 おっと、興奮しているようだ。体にさわる。


「分かりました、ミューゼン公。微力びりょくながら、手をくしますよ」


「そうですか。それならば安心です」


 ローエンテールさんは、そう言って僕の手を握る。


 やれやれ。


 だが、僕はこの口約束くちやくそくを、後々後悔する事になる。フォルト宮中伯家きゅうちゅうはくけと、ミューゼン公も近い親族だと言う事を忘れていた僕もいけないんだけどね。マインハウス神聖国の大貴族は、血縁関係が近すぎる上に、ドロドロしている。嫌だね~。まあ、でも先の話だ。



 ミューゼン公国の公都ミューゼンに少し滞在後たいざいご、さらに南西に向かう。今回は、軍を率いての行軍。勝手に出歩いて迷惑かけるわけにはいかない。


 軍自体はミューゼンの郊外に駐屯ちゅうとんし、一部の近衛騎士と共に僕は、ミューゼン公の屋敷に滞在し、大人しくしていたのだ。えらいでしょ。



 その後は、シュタイナー候国なのだが、昔のシュタイナー候は亡くなっていて、さらに分割統治ぶんかつとうちされ。今や、ミューゼン公国の支配下の地域になっている。確か、シュタイナー候を名乗っている人は無く、息子さん達が、なんとか伯……。が数人いた気がする。


 なので、特に挨拶あいさつする事なく、スルー。そして、いよいよ、ハウルホーフェ公国に入る。





 遠くに、ヒールドルクス公国がある氷雪ひょうせつに覆われたけわしい岩壁がんぺき尖峰せんぽうを持つ、山々が見えてきた。


 そして、周囲には、青々とした森林に美しい湖。牧歌的ぼっかてきというにふさわしい光景が見える。う〜ん、田舎だね~。だけど、懐かしい。左右を見回すと、フルーラも、アンディも、そして、エリスちゃんや、マスター達も、懐かしいそうな顔をしている。



「あれま~、けたもんだね。ぐうたら殿下」


「こらっ、今や皇帝陛下だぞ。言葉に気をつけろ」


 ハウルホーフェ城の下。フルーゼンの街中に入ると、どこからかそんな会話が、聞こえてくる。ハウルホーフェ公国から離れて、17年。そりゃ、老けるよね~。


 フルーゼンの人々が、珍しい物を見るように集まっていた。僕は、手をひらひら振りながら、歓声に応える。う〜ん、誰が誰だか、分からない。世代交代や、歳を重ねたからだろう。



 僕達は、フルーゼンの街中を抜けると、丘を登る。


 ハウルホーフェ城は、かなり大きい。が、現在は使っていない。



 お父様達は、丘にいちいち登るのが面倒くさいという事で、フルーゼンの郊外、湖のほとりに別荘を建て、そこに住んでいた。



 ハウルホーフェ公国を統轄とうかつしている代官は、フルーゼンの街中に屋敷があり、そこを拠点としていた。なので、ハウルホーフェ城は、誰も使っていない。廃城はいじょうとなっていた。まあ、年に数回は、ボランティアの方々によって、掃除しているそうだが。



 そのため、ハウルホーフェ城には、皇帝直属軍の輜重隊しちょうたいが数日前から、城に入り準備を行っていた。城内の僕達の泊まる部屋の準備を行い、庭に軍勢が駐屯ちゅうとん出来るようにしている。そして、この輜重隊を率いているのは、懐かしいハイネッツさんだった。


 ハイネッツさんは、ガルプハルトの下。ずーっと、輜重隊だのを率いて地味な仕事をこなしていた。すっかり忘れていたわけじゃないよ。



 僕は、ハウルホーフェ城に入ると、見張台みはりだいに登る。エリスちゃんも、ついてきて共に眺める。


「良い景色だね~」


「そうですね。本当に綺麗きれい。空気もんでるから、遠くまで見えますね」


「うん」


 眼下には、フルーゼンの街。そして、その向こうにキラキラと光る水色の湖。そして、鬱蒼うっそうとした濃い緑の大きな森。そして、輝く鮮やかな緑の草原。本当に風光明媚ふうこうめいびな景色が取り柄のハウルホーフェだった。



 僕は、フルーゼンの街をよく見てみる。さっきは、街道からまっすぐ、丘への道を進んだので、街をよく見ていない。だけど、あまり変わっていないように見えた。


「フルーゼンの街も、あまり変わっていないみたいだね」


「そのようですね。カツェシュテルンは、あるのかしら?」


「そう言えば、そうだね~。行ってみようか」


「良いのですか?」


「まあ、良いんじゃない?」


「はい」


 エリスちゃんが、嬉しそうに応える。


 こうして、僕達は夜、懐かしいマスターがいとなんでいた、昔の呑処のみどころカツェシュテルンに行く事になったのだが。



 その前に、


「コーネルの墓参りも、しないとな」


「はい?」


 アンディが、僕の後ろで怪訝けげんな顔をする。


 コーネルは、長年、執政官しっせいかんとして、ハウルホーフェ公国を支えた政治家だった。だが、寄る年波としなみには勝てず、家督かとくをアンディのお兄さんでもある、息子さんが継いでいた。


「何が寄る年波には勝てずですか、勝手に人を殺さないでください、グーテル様!」


 おっと、どうやら生きてたようだ。背後から、コーネルの声が聞こえた。


「ひっ! 幽霊〜。コーネル、ちゃんと成仏じょうぶつしてください」


「グーテル様〜。何ですか、幽霊って、それに成仏? そして、その芝居がかった動きやめてください。コーネルは、生きておりますよ」


「そう?」


「はい」


 幽霊は、普通に死んだ人が霊になって存在するという事は信じられている。それを除霊じょれいするのがエクソシストであり、神聖教の下級叙階かきゅうじょかい位階いかいの一つとして存在する。


 まあ、実際の職務は、洗礼時に悪霊あくりょうの追放の儀式ぎしきり行う事なのだけど……。まあね……。


 そして、成仏だが、何でもマスターの故郷の近くでそんな宗教があるそうだ。亡くなると仏になる? ようだった。



「コーネル、元気そうで何より」


「殿下も……、いえっ、失礼致しました。陛下も、立派になられて、ぐすッ。こ、このコーネル、感無量かんむりょうです。ふぐッ」


 歳取ると涙脆なみだもろくていけないな~。


「あうっぐ! こ、コーネル〜」


「で、殿下〜」


 号泣ごうきゅうして抱き合う2人。それを呆れたように見るアンディ。何故か、エリスちゃんと。フルーラも泣いている。


 エリスちゃんが、タオルを差し出してくれた。涙を拭かないと。


「チーーン」


 僕は、涙を拭いて勢い良く鼻をかみ、エリスちゃんに渡す。エリスちゃんは、受け取りつつ、顔をくもらせる。そして、タオルをそっと、フルーラに渡す。



 僕とコーネルは歩きつつ、会話する。


「コーネル、ハウルホーフェに変わりはない?」


「はい、お陰様かげさまで。ハウルホーフェ公国は、良い意味でも悪い意味でも田舎いなかです。特段特筆とくだんとくひつすることのない我が息子でも、統治出来ております」


「ふ〜ん。アンディのお兄さん、統治特筆することのないの?」


 僕は、アンディを振り返る。


「いやっ、そんなこと、ないっすよ。頭良かったですし」


「だって」


 僕は、再びコーネルの方を向く、


「勉強は出来ましたよ。アンディは、勉強しないだけでしたが。ですが、勉強出来るのと、頭が良いのは違うのですよ」


「ふ〜ん」


「勉強出来ても、政治の場では、役にたちません。まあ、せいぜい事務処理能力が早いくらいでしょうか?」


 だそうだ。


「事務処理能力が、早いのは良いんじゃない?」


「まあ〜、はい」


 コーネルは、不満そうに答える。我が子に厳しいですね~。



 こうして、コーネルや、その息子の代官の方等と、昼の食事をしつつ、おもいで話に花が咲く。



 そして、夜。僕と、エリスちゃん、そして、ガルプハルトにアンディ。さらにマスター夫婦と共に、フルーゼンの街中にある呑処カツェシュテルンへと入る。


 ヴァルダのカツェシュテルンに比べて、だいぶ小さい店だ。カウンターと奥のテーブル席だけだった。なんかヴァルダのお店に慣れてたせいか。こんなお店だったっけ? という印象だった。



「はいっ、いらっしゃい! 呑処カツェシュテルンにようこそ!」


 タングミンさんの元気な声が響き、その隣には、ロースちゃんがいた。


「ロースじゃありませんよ、殿下。ローセですよ〜」


 だそうだ。どうやら口に出ていたようだ。



 こうして、6人そろって、カウンターに座る。さて、何、飲もうかな?


 と、エリスちゃんが、口火くちびを切る。


「昔マスターが作っていた、フルーツのお酒ってあります?」


「あるよ。ローセが、作ったやつだけど」


「じゃあ、それください」


「あいよ!」


「私も、同じのをくださいね」


 と、アイリーンさん。となると、残りは。


「ビールちょうだい、キンキンに冷えたやつね」


「あいよ! 懐かしいね~、その言い回し」


 そう言って、タングミンさんは、奥に歩いて行った。

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