第139話 第一次ダリア遠征③
ビールは、ヒールドルクス公国のある山から流れてくる、冷たい川の水で冷やされているが、ピルスナーでは無い。
ピルスナーは、現在、ボルタリアでしか作られていない。そして、ミューゼンのように、大きな街でも無いフルーゼンの街には、
修道院が作っているのは、2種類ほどのビール。ドゥンケルという名の黒ビールと、さらに黒いドッペルボックだった。僕にとって、ドッペルボックは論外だ。
ドッペルボックはもともと、修道士さんが作ったビールで、断食中の栄養源として、「液体のパン」と呼ばれたそうだ。そのため濃いし、まったりとしている。
一方、ドゥンケルは、南部マインハウスで一般的に作られているビール。 ちなみに、火で炙った大麦を50%以上使用するために、色が暗くなっている。「ドゥンケル」とはマインハウスの言葉で「闇」を意味する。だが見た目と違ってドライな味わいで、麦芽の味わいがとても豊かなまろやかなビール。これを冷やして飲むと結構いけるのだ。
マインハウスにおいて、結構ビールを常温で飲む地域が多い。しかし、勘違いしないでほしいのだが、僕が常温ビールが嫌いなだけで、マインハウスの人々にとっては普通のことなのだ。
それに、元々、マインハウスは涼しい地域にある、常温でも充分に冷たいというのが、マインハウスの人々の主張でもある。でも、僕は違う。絶対にぬるい。
タングミンさんと、ローセちゃんによって、僕達の目の前に飲み物が並ぶ。
「
プローズィット、これは、乾杯の南部方言だ。元々はラテン語で、乾杯はプローシットなので、原型に近いかもしれないな~。他のマインハウスの地方では、プローストの方がメジャーかもしれない。
で、ボルタリアでは、ナズドラビィーになる。「健康に」ってところだろうか?
だけど、ヴァルダでは、マインハウスの移民が多く、どちらでも通用する。
で、料理なのだが、まあ、懐かしい料理だった。
「お前、何考えてんだ、この料理は? 俺の考えたレシピのまんまじゃないか」
「はい、そうですよ~、それが何か?」
「少しは改良するなり、自分なりの味付けにするなりしろよな」
「はい〜、残念でした~。俺に、そんな才能ありません〜。パクリ……、じゃなくて、オマージュがせいぜいです」
「だから、オマージュされてねえって言ってんだよ」
マスターの言葉遣いが荒くなって、アイリーンさんが、なだめる。
「あなた、タングミンさんだって、頑張っているんだから……」
「はい、頑張っていますよ~。ちゃんと固定客もいっぱい居て、ちゃんとやっていけてます~」
確かに、結構、常連客さんが来て、店は混雑していた。
「だけど、この味は……」
マスターが、料理を一口食べる。そう、タングミンさんが出す料理は、昔のマスターの料理の味、そのままだった。
綺麗な湖で捕れた、マスのムニエルレモンソース。そして、キノコのアヒージョ。さらには、鹿のレアステーキなどだった。
いずれも、マスターの得意だった定番料理。そして、マスターは季節に合わせて出していたが、タングミンさんのメニューは、キノコとか、鹿とか、季節感が無いのも、事実だった。
マスターは、食の街ヴァルダにいて、料理がさらに洗練され、味付けも進化し続けていた。だけど、タングミンさんの料理は、昔のままだった。僕は、それはそれで良かったのだが、マスターには、不満だったようだ。懐かしい味だったんだけどね~。
なんかそんな感じだったので、思い出話に花が咲くという感じではなくて、マスターと、タングミンさんの料理対決みたいな様相になって、僕達は、それを見ているという感じだった。
料理対決。勝者は、もちろんマスターって事は無く……。
「やっぱり、我々には食べ慣れた料理の方が美味しく思いますな~」
「な、な、な……」
「ほらっ、みろ~。俺のパクリ料理の方が、美味しいんです~」
「堂々と、パクリって言うな」
「文句は、勝ってから言ってください~」
「こ、このやろ……」
マスターが、絶句している。
まあ、僕達が食べ比べたらマスターの料理の方が美味しいんだけど。ほらっ、それは都会の味というか、その土地に合った味があるんだと思う。どっちが上とか下では無くてね。
こんな感じで、ドタバタやっていて、ガルプハルトなんかは、やり込められるマスターが面白かったようで、終始ニヤニヤしていた。
「いや〜、他人の不幸は蜜の味と言うか。マスターが、あんなにやり込められるとは、う〜ん、いや〜、ビールが旨い!」
だそうだ。
その後、少し滞在して準備が整うと、ハウルホーフェ城を出て、ヒールドルクス公国のあるツヴァイサーゲルトへと向かう山道へと入る。途中、ビールの醸造を行っているザーレンアルト修道院を横目に、さらに奥へと進んで行く。
まあ、山道って言っても、急激に凄い坂道を登るわけではなく、緩やかな登り坂がしばらくは続く。
そして、一つの丘を越えると視界が開ける。両側に高い山が見え、その隙間を縫うように延々と続く山道だった。疲れるよね~、馬が。
「ブルッ、ブフウウ」
うん、なになに? お前は気楽で良いよな。まあ、その通りですね~。
そして、 ツヴァイサーゲルトの街に入る。白と灰色の岩壁と
うん、綺麗だね~。
そして、いくつかの街を通り過ぎると、少し大きな街に出る。ここで、タイラーさんと待ち合わせ予定だった。
「タイラーさん、お久しぶりです」
「これは、これは、陛下。お久しぶりです」
ヴィルヘルム・タイラーさん。
そして、ヒールドルクス公国と激しく対立された民主同盟の街の方々に、僕達は猛烈な歓迎を受けていた。
マインハウス神聖国皇帝は、民主同盟にとって味方であるらしい。まあ、実際、民主同盟の一都市は、帝国自由都市になっていた。その帝国自由都市のツーリッヒャーは、カールの策略もあり、民主同盟についたり離れたり忙しい。
僕達は、案内されて街で一番豪華な、宿泊施設へと案内される。
「しかし、陛下も思いきった事をされましたな~」
「思いきった事を? このタイミングしか無いと思ったんだけどね~」
「まあ、私には、詳しい事は分かりかねますがね」
タイラーさんが、うそぶく。
「教主様がいない今だから、ダリアに行くんだよ。そうすれば、
「そうですか……。確かに、そうかもしれませんね。しかし、そのヴィロナが、一番やっかいだと思うのですが……」
「まあ、そうなんだよね~」
ヴィロナ公国は、今も昔も教主派の国と呼ばれている。現在、北と南を皇帝派に挟まれているが、その考えは揺らいでいない。表面上はだったが。
そして、ゼニア共和国からの街道を使った交易で、邪魔になりそうな存在も、ヴィロナ公国だけだった。
タイラーさんが、話題を変える。
「陛下のもう一つ目的は、ダリアとの交易ですか……。確かに、せっかくダッカルド峠が開通したというのに、確かにもったいない」
「そうでしょ」
ダッカルド峠の開通後、ダリアの商人さん達がやって来て、ツヴァイサーゲルト地方や、マインハウス神聖国南部で商売し、あるいは買い付けして帰って行く。だいぶ通行量は増えた。
しかし、マインハウス神聖国南部の商人さん達や、南部の国自体が、ダリアで商売したり、買い付けしたりする事はあまり無い。なので、マインハウス神聖国南部の方々は、ダリア商人の言い値で商売し、競争原理も生まれないために、活性化もしていない。せっかく、街道の通行に通行税がかからなくなったというのに。
かつて街道は、ヒールドルクス公国の支配下にあり、通行税がかけられていた。それが、民主同盟になって無くなった。民主同盟の支配者は、庶民。通行税をかけて通行量が減るより、通行量が増えて街でお金を落としていってくれた方がありがたいのだ。
「私達は、街道が
「うん、そうだよね~。そういうわけで、よろしく。シュタインナッハさんも」
シュタインナッハさんは、こくんとうなずく。無口な人だな~。
ツヴァイサーゲルトの
そう言えば〜。僕は、周囲を見回す。一応部屋に双方の護衛はいるが、オーソンさんがいない。オーソンさんは、元々タイラーさん達、民主同盟の一員だったので、タイラーさん達と話したりして待っているかな~? なんて、思っていたのだが。
「オーソンさんは、いないんですね」
「ええ、
「そうでしたか。ありがたい事ですよ、本当に」
僕が、そう言うと、タイラーさんは、ニヤッと笑い。
「本当に、陛下は面白い方だ。ハハハハハ」
と、笑う。何か面白いこと言ったかな?
そんな話し合いの後、僕達は、会食をする事になった。さすがにエリスちゃんは、タイラーさんにお父様を、民主同盟との戦いで、お母様を亡くしているので、会食には不参加だった。そして、タイラーさん達も、その事には触れなかった。
さて、料理だが、最初チーズフォンデュなるものを、白ワインを飲みつつ食べる。
チーズフォンデュは、テーブルの真ん中に火のかけた鍋に溶けたチーズがあり、それに、バケットだの、ソーセージだのをつけて食べる。ツヴァイサーゲルト地方ならではの料理だそうだ。
そして、野菜スープ飲むと、メインが、ツーリッヒャー・ゲシュネッツェルテスという料理だった。これも、美味しかった。
要するに、ツーリッヒャー風薄切り肉といったところだろうか?
お肉は、仔牛のお肉。炒めた玉ねぎとマッシュルームをクリームでじっくり煮た料理だった。 付け合せには、郷土料理であるじゃがいものガレット、レシュティが定番なのだそうだ。
玉ねぎをみじん切りにし、マッシュルームを薄くスライスする。 仔牛のお肉に塩胡椒で下味をつけ、小麦粉をまぶしバターで炒め、一旦取り出す。
今度は、玉ねぎをバターで炒め、少し蒸し焼きにする。マッシュルームを加え、さらに蒸し焼きにし 、 白ワインを加え、半分の量になるまで煮る。 生クリームとコーンスターチ、ブイヨンを加え煮る。沸騰したら火力を弱め、とろみがつくまでじっくりと煮て、最後にお肉を戻し、さっと絡めたら完成だった。
マスター達も食べたようで、今度作ってみるそうだ。
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