第136話 グータラ皇帝の優雅?な1日③

 オーソンさんは、挨拶もそこそこに僕の隣に座ると。耳元に口を近づけ小声で僕にささやく。うおっ、耳がこそばゆい〜。


「神聖教教主ベネディット11世聖下が、亡くなられました」


「えっまた?」


 またって言うのはおかしいが、ほぼ1年くらい前に、先代の教主様が亡くなられたばかりだ。それも、憤死なんて言われている。


「はい」


「ふ〜ん、病死?」


「いえっ、それが……、暗殺の可能性がありまして……」


「えっ! 暗殺?」


「はい」


「う〜ん?」



 ベネディット11世は、清貧せいひんを重んじるドミニク会から選ばれた神聖教教主だった。コンクラーヴェにて、神聖教教主に選ばれてから1年経っていないのだ。年齢も60歳。若くも無いが、極めて老齢ろうれいというわけでもない。暗殺か〜。


「カール、じゃないよね?」


「はい。まるっきり関係ないかと……。いえっ、もしかしたら、暗殺者の手配はしているかもしれませんが」


「そう……。だとすると、ランド王国?」


「はい。あくまでも、噂ですが」


「そう」


 ランド王国フェラード4世は、パラーリ事件の事もあり、先代の教主ポルファスト8世と激しく対立していた。そして、「ウナム・サンクタム(唯一聖なる)」という教主回勅きょうしゅかいちょくによって、不名誉ふめいよを受けていた。


 そして、ポルファスト8世の死後、教主の座についたベネディット11世は、ドミニク会出身のかたぶつだった。フェラード4世が望んだ、教主回勅の撤回てっかいをはねつけたそうだ。


 そして、急死。うん、暗殺されたと考えるのが妥当だとうだろう。そして、カールを頼った? いやっ、あのフェラードさんが、カールに弱味を見せる事はしないような気がするけど……。



 う〜ん。これで、計画を早めなくてはいけないかな。まあ、でも、それは帰ってからにしよう。


「オーソンさん、ありがとう。色々考えないといけないけど。やってもらいたい事もあるし。まあ、でも、とりあえず、今は飲もうか」


「はい、かしこまりました」


 オーソンさんは、そう言うと、白ワインを注文し、マスターに勧められて、白身魚のフリッター、タルタルソース添えを食べ始めた。その間、少し僕は思考の海にもぐる。



「オーソンさん、タルタルソースに、フリッターって、どうですか?」


「えっと、美味しいですよ」


「いえっ、そうじゃなくて。塩胡椒しおこしょうのまま食べるのと、どうですか?」


「えっ、そうですな~。タルタルソースで食べると、白身魚本来の味が消えますが……」


 そう、オーソンが言うと、マスターは、ほらっ、分かる人は分かるんですよ。という得意げな顔をするが。


「まあ、川魚は独特の臭みがあるので、タルタルソースで、その臭みが消えますから、タルタルソースが良いですかな」


 マスターが、ガックリとうなだれる。まあ、ヴァルダ周辺の川は、清流せいりゅうじゃないからね~。


 というわけで、新鮮な魚を食べたければ、やっぱり海に行かないとね~。地中海とかかな?



 その後、オーソンさんと、アンディがフリッターを食べるのを待って。結局、3人分のヴィロナ風シュニッツェルを頼む。そして、アンディは、そのままビールのようだが、我々は、赤ワインを頼む。


 すると、マスターが。


「そう言えば、最近ダリア地方で、甘くない赤ワインが作られたっていうんで取り寄せたんですが、飲んでみますか?」


「味は?」


「う〜ん、そうですね~。やっぱり、エスパルダとかのワインに比べると、まだまだの印象ですが、それこそダリア料理には合うかと」


「そうなんだ~。じゃあ、もらおうかな」


「私も、お願いします」


 というわけで、僕とオーソンさんは、ダリア地方の赤ワインを飲む。



 ピオランティナ共和国や、サパ共和国のある辺りだそうだ。ブドウ品種は、カラブレーゼ・モンテヌオヴォ。渋みが強くなく、比較的酸味のあるフルーティーなワインになるそうだが、糖度が高くないので、ワインに甘みが残らないそうだ。



 僕は、シュニッツェルを口に入れる。鼻孔びこうにパン粉の良い香りがする。サクッとした食感に、じわっとにじみ出る肉汁にくじゅう。叩いて薄くしてあるので、スッと牛肉が切れ。そして、噛む事に肉の旨味があふれ出る。そして、トマトソースの酸味と甘みが、油でげたとは思えない、さっぱりとした味わいに変化させている。


 そこに、ダリア地方の赤ワインを注ぎ込む。ただ飲むと確かに、軽めではあるが、酸味と華やかなフルーティーなワインという印象を持つが。


 ダリア風シュニッツェルと合わせると、酸味が油を流し、そして、肉の旨味をフルーティーなワインが、包み込み美味しさをアップさせる。そして、何よりも、トマトソースに、ワインが合う。他の強いワインだと、トマトソースの旨味を消してしまうが、さすがダリア地方のワインだった。



「ハンス君、これ美味しいね〜」


「ありがとうございます」


 ハンス君は、嬉しそうだ。


「それにマスター、このワイン、トマトソースに合うね~」


「そうでしょう。これで、ダリアのワインも馬鹿に出来なくなりますよ」


「そうだね」


 噂で聞いた話だったが、ダリア地方。特に、ピオランティナ共和国や、サパ共和国のある辺りで、文化の復興を願う人々がいるようだ。ワインも、その流れなのだろうか?



「本当に、旨いっす」


 アンディは、そう言いつつ夢中で食べていた。


 そして、オーソンさんも、ハンス君をめる。


「本当に美味しいです。いつものシュニッツェルも良いですが、うん、このトマトソースに合いますな」


「ありがとうございます。トマトソースは、父のレシピ通り何ですが。そのうち自分の味にしていけるように頑張りますよ」


「へ〜、向上心が、あって偉いね~」




 そんなハンス君を、マスターは微笑ほほえましく見ている。


「マスター、もう、思い残す事は無いね」


「な、何を言ってるんですか、殿下。怖い事言わないでくださいよ〜」


「ん?」



 僕は、シュニッツェルを食べつつ、赤ワインを飲む。う〜ん、口の中が幸せ〜。


 そして、ふと、カウンターを見ると、メヌー女さんがいた所に、別の女性が座っていた。メヌー女さんとは、タイプの違う女性。う〜ん、あんまり詳しく言うのはやめよう。


 まあ、要するに、他の常連客さん達と、楽しそうに会話をしていた。メヌー女さんは、ハンス君に何か話しかけていた。特に聞いてなかったけどね。



「へ〜、そうなんだ~。そりゃ良かったね~」


「ええ、優しい方で良かったです」


「しかし、ちょっと軟弱なんじゃくな男に見えたぞ。俺が、鍛え直してやっても……」


「おいおい、ガルプハルトさんから比べたら、みんな軟弱者になっちゃうよ」


「え〜、そうですかね?」


「そうそう。みんなが脳筋のうきんゴリラになれるわけが……」


「何だと、貴様!」


「まあまあ、ガルプハルトさん。ガルプハルトさんは、脳筋ゴリラじゃなくて強い騎士様ですが、男性、皆が強い必要性はありませんから」


「そうですかね~?」


 何て、会話をしていた。何の話だろ?


 すると、アンディが。


「近所の商店のお嬢様で、婚約者が決まったとかの話っすね」


「そうなんだ~」


 ふ〜ん。近所の商店のお嬢様が一人で飲みに来る? 随分変わったお嬢様だ。って、人の事、言えないか〜。



「そう言えば、殿下は、いろんな所に行かれているそうですが、何か美味しい料理、ご存知ですか? 最近、メヌー用の料理が、ワンパターンになっちゃってまして」


 と、ハンス君が、僕に聞いてきた。


「えっ。それだったら、マスターに聞いた方が良いんじゃない?」


「確かにそうなんですが、たまには自分で考えた料理を出したくて」


「そう」


 う〜ん? 何だろ? でも、行ったと言っても、マインハウス神聖国内だし、ああ、ニーザーランドは行ったか。何か、あるかな?


「いろんな所に行ったって言ったって、マインハウス神聖国内がほとんどだしね~。美味しい料理って、そんなに無かったかな〜」


「そうですか~」


 ハンス君が、残念そうに言う。申し訳ない気がして必死に考える。だけど、屈指くっしの、めしまず地域であるマインハウス神聖国中部は除いて、マインハウス神聖国の東部や南部の料理は、マスターもハンス君も知っているだろう。


 さらに、マインハウス北部は、行った事が無い。とすると、マインハウス神聖国西部だけど。ミハイルで食べた、アウラウフとか、キーロンで食べたムール貝とかかな? ムール貝だったら、ニーザーランドで食べたビールしも美味しかったし。



「ムール貝とかは?」


「ムール貝ですか〜。残念ながら、ヴァルダでは、手に入りませんね~」


「そうか、海から遠いもんね~」


「はい」


「だとすると……」


 ザウアーブラーテンは、好き嫌いが分かれるし、後は……。ニーザーランドで食べたブレかな? うん、あれは美味しかったし。


「ブレは?」


「ブレって何ですか?」


 ハンス君の疑問は当然だった。え〜と、どう説明するかな?


「え〜と、フリカデレに似てるんだけど……」


 フリカデレは、チェコの郷土料理である、タタラークを焼いたものだ。


 ブレとは、ニーザーランドのルージュ名物の肉団子。牛と豚の合いき肉を玉ねぎのみじん切りに合わせ、塩胡椒で味付けし、スパイスを合わせ、よくねて、肉団子に形成。それを油で焼く。ソースは、飴色あめいろになるまでいためた玉ねぎに、赤ワインビネガーと、ビール、そしてシロップを加え熱を通し、肉団子と合わせる。こんな感じの料理だった。


 要するに、ブレは、タタラークを小さくちぎって、丸め焼く。そして、甘酸っぱいソースをかけたもの。という感じで説明する。


「そうなですか、ブレは知らなかったです。甘酸っぱいソース、良いですね~」


 と、マスター。


「ありがとうございます。さっそく、参考にさせて頂きます」


 と、ハンス君。


 良かった役にたって。こんな感じで、1日は更けていった。





 そして、夜。



「オーソンさん、さっそくで悪いんだけど、タイラーさんにつなぎつけて。そろそろ、例の計画を実行しますって」


「かしこまりました。かなり早くなりましたね」


「うん、そうだね。早くなっちゃったね。暗殺のせいで」


「そうなのですか。ですが、教主様がいない状況では……」


 オーソンさんは、そう言いかけるが。


「意味はあるよ、大丈夫。実際は、居ないほうが都合良かったり……」


「そうなのですか……。かしこまりました。では、さっそく向かいます」


「うん、よろしく」

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