第135話 グータラ皇帝の優雅?な1日②

 開店時間になると、さっそくという感じで、常連客さん達が、飛び込んで来る。


「ハンス君、来たよ~」


「あ〜、いらっしゃい」


 って、誰だ?


 いかにも仕事終わりました感、満載まんさいの女性が飛び込んで来る。


「ハンス君、今日のメヌーは?」


「そうですね~、ヴィロナ風シュニッツェルですかね」


「そう。じゃあ、それくださいな」


「はい。で、飲み物は?」


「グリューヴァインくださいな」


「はい」



 グリューヴァインは、マインハウスの冬の風物詩ふうぶつし。赤ワインに、スパイスやシロップを入れて温めて、少しアルコールを飛ばした飲み物だ。僕は、スパイスは好きだが、甘いのは若干じゃっかん苦手なので、あまり飲まない。


 そして。ん? メヌー? ヴィロナ風シュニッツェル? 僕が、その女性をチラチラ見つつ、首をかしげていると、マスターが僕に声をかけてくる。


「メヌーって、マインハウス神聖国の言葉で定食って意味なんですが……」


「へ〜」


 定食って何だろ? よけい疑問が増えた。


「ああ、定食って言うのは、私の出身国のサジャとか、ランド王国だと、ターブルドートとか言われているんですが。要するに、大衆食堂で出す小コースってところでしょうか……」


 ふむふむ。


「スープに、メイン料理に、パンがセットになったものです」


「へ〜。でも、今までメヌーって無かったよね」


「はい、ハンスのやつが、酒飲むだけでなく、食べに来る方もいるから出してみたらどうかって、提案されましてね~。だったら、やってみろと。メヌーは、ハンスに全て任せているんですよ」


 なるほど、ハンス君の提案だったんだ〜。面白いね。


「へ〜。で、ヴィロナ風シュニッツェルって何?」


「まんまですね。ヴィロナ風のシュニッツェルです。ヴィロナでは、コトレッタと言って、どちらかというと、あちらが本家のようなのですが……」


 ふむふむ。


「どちらも牛肉を叩いて薄く柔らかくして、塩胡椒で下味をつけてから揚げるんですが。元々のシュニッツェルは、小麦粉つけて揚げて、コトレッタは、卵つけてパン粉をつけて揚げるって違いがあったのですが……」


 うん、今は、シュニッツェルも、ほとんどのお店がパン粉をつけて揚げている。


「まあ、その辺のくわしい事情は、分かりませんがね」


 ふむふむ。


「ですが、ボルタリアでは、馴染なじみ深いのはシュニッツェルなんで、それで、ヴィロナ風シュニッツェルと」


「えっと、今聞いた限りだと、何がヴィロナ風か、分からないんだけど……」


「ああ、申し訳ありません。え〜と、本来は、ほぼ同じなんですが。ヴィロナ風って事で、トマトソースをかけています」


「なるほど。だからふうなんだ」


「はい、風です」



 なんて会話しているうちに、他の常連客さん達が、ぞくぞくと入って来た。


「お疲れ〜、マスター。おっ、殿下も久しぶりじゃんよ~」


「はい、お久しぶりです、ミューツルさん」


「お疲れ様〜。おっ、メヌーおんな、また来てるな。おっと、これはこれは、お久しぶりでございます。え〜と……」


「殿下でね。ペットルさん、お久しぶりです」


「これは失礼しました。殿下、おめでとうございます」


「ありがとうございます」


 ペットルさんが、入って来ると、メヌー女さんは、ちらっとペットルさんを見て、嫌な顔をして目をそらし、ハンス君の作業を見る。



「お疲れ〜、あっ、殿下、お疲れ様でした。おっと、貴様等きさまら、隣に並ぶな」


 ガルプハルトは、入って来ると、隣同士で座っていたペットルさんと、ミューツルさんを引き離し、間に座る。



 他にも、数人の常連客さん達がやって来て、カウンターが、僕の隣以外、ほぼ埋まる。僕の隣は、オーソンさんが、来る予定になっていたので、空けてもらっているのだ。



 さて、何を食べようかな~。さっき言っていたヴィロナ風シュニッツェルは食べるとして……。


「おっ、メヌー女。なんか美味しそうな物食べてんじゃん」


 どうやら、メヌー女さんの所に、ヴィロナ風シュニッツェル、野菜スープ、そして、ライ麦パンという、メヌーが出されたようだった。それを、ペットルさんが目ざとく見つける。


「ヴィロナ風シュニッツェルです。美味しいですよ~」


 ハンス君が、自慢じまんするように言う。


「おっ、ハンス君が言うなら、それもらおうかな」


「はい」


 すると、ガルプハルト、ミューツルさんも、たて続けに注文する。



 どうしよう? 確かに、ピルスナーにシュニッツェルは、合うんだよな~。


「シュニッツェルって、僕とオーソンさんの分、あります?」


 すると、マスターが、


「ええ、ハンスが、頑張っていっぱい作ったので、ありますよ。取って置きますね」


「うん、ありがとう」


 これで安心だ。さて、何を食べようかな?



「今日のおすすめは?」


 僕が、マスターに問いかけると。


「そうですね~。定番ですが、マグロの頬肉ほほにくのステーキとか、いろんな魚のフリッター。季節的にはぎりぎりですが、キノコのアヒージョとか、ピーマンの肉詰めとかですかね」


「う〜ん?」


 ダリアとか、エスパルダ、ランド王国で料理の修行をしたはずのマスターだが、何故か、独自な料理に進化している。フリッターとか、アヒージョには、名残りはあるけどね。


「う〜ん、とりあえずフリッターかな? 後は、ポルトゥスカレの白ワイン頂戴ちょうだい!」


「はいよ!」



 そして、しばらく待っていると、魚のフリッターと、ポルトゥスカレの白ワインが運ばれてくる。



 魚のフリッターは、噛むと身がほろっと口の中でほぐれ、旨味が口の中に広がる。そして、奥からかすかな川臭かわくささ。


 僕は、ホクホクの熱い白身魚のフリッターを食べつつ、フランダース公国の事を思い出し、マスターに声をかける。


「そう言えばさ〜、マスター」


「はい、なんでしょう」


「フランダース公国で、揚げ物にタルタルソースっていうのをつけて食べてたんだけど」


「タルタルソースですか。好きですよね~、あの人達。ランド王国でも評判でしたよ。揚げ物にタルタルソース、悪魔の組み合わせですよね。まあ、美味しいんですがね~。そうだ! 作りましょうか、タルタルソース?」


「出来るの?」


「はい。まあ、簡易版かんいばんになりますが」


「じゃあ、お願いします」


「かしこまりました」



 マスターは、そう言うと手早くタルタルソースを作る。常備しているオランデーズソースに、玉ねぎ、ケッパー、ピクルス、パセリをみじん切りして手早く混ぜる。簡易版タルタルソースの出来上がりだった。


 それを多量に、白身魚のフリッターにかける。



 僕は、それを口に入れる。ふわっとした白身魚のフリッターに、タルタルソース。少し酸味さんみがありながら、ハーブの風味がふわっと広がる。うん、美味しい。


 さっきのさっぱり塩胡椒も良いが、濃厚なタルタルソースも良いな~。


 僕は、夢中で食べ続けるすると、珍しくアンディが。


「俺も、もらって良いっすか? タルタルソースのやつ」


「はいよ!」


 アンディが、こういうのは珍しい。普段は、あまり食べずにひたすら飲んでいる事が多い。女性と……、しなくなってから、物静かに飲むのがアンディ流なのだ。



 そして、そのアンディの動きを見て、常連客さん達が動く。


「ほ〜、タルタルソースですか。では、私も、それを」


 と、ペットルさん。


「何よ、タルタルソースって?」


 ミューツルさんは、そう言ってアンディの皿に手を伸ばし、タルタルソースをすくって口に。アンディが、嫌な顔をするが、それに構わず。


「おっ、うめえじゃん、これ。マスター、俺もちょうだい」


「はいよ。ですが、ミューツルさん、人の物を勝手に、舐めないでくださいね」


「へっ、何で?」


「貴様、馬鹿なのか?」


 すると、ガルプハルトも、ミューツルさんに、言いつつ。


「俺もください。2人前ね」


「はいよ!」



 と、そのタイミングでメヌー女さんが、立ち上がる。そして、


「ハンス君、お会計で」


「はい」


 メヌー女さんは、メヌーと、1杯のグリューヴァインだけ飲んで帰っていった。へ〜、そういうのもありなんだな~。


 そう言えば、メヌー女さんの名前知らないな~。



 そんな事を思っていると。



「はい、お待ちどうさま」


 カウンターの常連客さん達に、白身魚のフリッター、タルタルソースえが出る。それを、冷たいビールと共に、食べる。


「うめえな~、これ。こういうのあるんだったら、最初から出してよ」


「ミューツルさん、私も殿下に言われて思いついたんで。それじゃなければ、作ってませんよ」


「じゃあ、今度からは、揚げ物にはタルタルソースね」


「分かりましたよ」


 マスターは、そう言いつつ僕の事をうらめしげに見る。タルタルソースで食べたら、せっかくの料理の味が消えるでしょ。って、事だろう。


 いやっ、僕は悪くないよ、多分。


 この白身魚のフリッター。海から遠いヴァルダ。海の魚は、塩漬しおづけされている。それを塩抜きして使うが、やはり新鮮な魚とはちょっと違う。そして、川魚は、マスターが綺麗に下処理しても、若干、川臭い。だから、シンプルな塩胡椒で食べるよりも、タルタルソースで食べた方が、美味しかったりするのだ。



 僕は、フリッターを食べると、キノコのアヒージョを食べて、そろそろシュニッツェルかなと思ったが、オーソンさんが来てないな~と、ワインを飲みつつ待つ。予定よりも遅い、何かあったのだろうか?



「そう言えば、ハンス君って、次男だって言ってたよね~。上の子はどうしたの?」


 僕は、何気なく思いついてマスターに聞く。



「上のは、母親の仕事にあこがれてましたからね~。わざわざ、留学して大学行って」


「へ〜。どこの?」


「ダリアのベルーニャ大学です」


「へ〜、頭良いんだね」


「ええ、妻に似たんでしょうね」


 ダリアのベルーニャ大学。神聖暦1088年に創立された世界最古の大学だ。


 大学。正確には、ストゥディウム・ゲネラーレと呼ばれている。神学、法学、医学を学ぶ事を最終目標とするが、その前に自由七科と呼ばれる教養課程きょうようかていがあり、それを学ぶためにも多くの学生が集まるのだ。


 自由七科とは、下級3学の文法、修辞しゅうじ論理ろんり、上級4学の数学、音楽、幾何きか天文てんもん、あわせて計7教科のこと。これらの教養課程をおさめた学生が、専門課程である神学・医学・法学の再上級学部に分かれて進学したのだ。



 で、ベルーニャ大学は、法学者が集まり法学において勇名をはせていた。そして、ベルーニャ大学のもう一つの特徴が、学生が主導で、学生にやとわれて教授が教えているという点だ。学長レクトルとして組合長と言われる学生がトップに君臨くんりんし、学生の大学といわれているのだ。


 え〜と、確か教養課程が、6年ぐらいあって、その後に、専門課程があって、入学が14、15歳くらいだったかな? 卒業すると、20代後半になるそうだ。



「まだ大学だよね?」


「ええ、たまに帰ってはくるんですがね」


さみしいね」


「いえ、男は、それぐらいで良いんですよ」


「そうなんだ~」


 なるほどね~。勉強好きなら、子供を留学させても良いかな~?



 そんな事を話していると、オーソンさんが飛び込んで来る。


「グーテル様、大変です」


「ん? どうしたの?」

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