第131話 グータラ皇帝の即位式⑥

 僕の目の前に、10個のブレ。だけどこのブレ、思っていたより大きかった。結構大きめの球体がそこにあった。もっと小さいと思ってたのだが。


 まあ、良いか。そんな事を考えているうちに、すでにガルプハルトが1個目を食べていた。僕も食べようか。



 僕は、ブレを切り分けソースをつけ口に入れる。うん、形は違えど、これはフリカデレだな。だけど、この甘酸っぱいソースが良い。今度、マスターに作ってもらおう。


 僕が、そんな事を考えていると。


「お待たせしました」


 店員さんが、そう言って、フルーラにワッフルと、ホットチョコレートを持ってくる。


「ありがとうございます」


 フルーラは、再び目を輝かせながら、ワッフルを食べ始めた。


「フルーラ、どのワッフルが美味しい?」


 フルーラが、手を止め、こちらを見る。


「そうですね〜。生地きじの味がしっかりして、すでに甘みがあるので、プレーンでしょうか」


「ふ〜ん」


 すると、エリスちゃんが。


「私は、シナモンシュガーかな? シナモンの香りが、アクセントになって良いかなと」


「なるほど」


 と大人しかったアンディが、立ち上がる。


「ガルプハルトさん、ちょっとここお願いしますね」


 そう言って、外に出て行った。言葉遣ことばづかいが、いつもと違う。なんだろ?


「アンディ、どうしたんだろ?」


 すると、フルーラが食べるのを止めて、こちらを見る。


「ミハイルから、ずっとつけてきてる方がいるので、斬りに行ったんじゃないですか?」


「えっ!」


 僕と、エリスちゃん、ガルプハルトの声がかぶる。


「そうなのか?」


「はい。結構距離は離れていましたが、一定の距離でついてきましたよ。今は、近くにいますね」


 2人とも凄いね~。暗殺教団の人かな?


 と話していたら、アンディが何もなかったかのように帰ってくる。



「アンディ、ご苦労さま。剣見せて」


「えっ、はいっす」


 そう言って、アンディが剣を差し出す。僕が、さやから引き抜くと、刀身とうしんは少しくもっていた。うん、アンディさん、ご苦労さまでした。



 その後は、アンディも話に入りビールを飲みつつ、ブレを食べる。と、今度は、フルーラが静かになる。


 見ると、口を少し開けて半分寝ているようだった。ワッフルを食べて満足したのだろう。見ると、エリスちゃんも食べ終わっているようだ。2人に先に帰ってもらうか~。そう思っていたのだが。


 エリスちゃんは、僕を見て。


「グーテルさん、ブレ、1個もらって良いですか?」


「うん、良いよ」


 そう、なにせ10個もあるのだ。エリスちゃんが1個食べるくらいと思っていたのだが、後1個しか残っていなかった。僕は慌てて最後の1個のブレを確保すると、フリッツと共にエリスちゃんに渡す。


 すると、アンディと目が合う。と、首をすくめる、アンディ。どうやらアンディも、2個しかブレを食べてないようだった。ということは、ガルプハルトが、5個食べたのか。まあ、追加で注文すれば良いことなんだけど。


「すみません〜!」


「はい、何でしょう?」


「ブレを追加で」


「はい、かしこまりました。個数はいかがしましょう?」


 え〜と、僕は2個食べて、もう少し食べたい。後、2個くらいはいけるかな?


「ガルプハルト、アンディ、どのくらい食べれる?」


 僕が、そう聞いた時だった。ガルプハルトが、


「10個で」


「はい、かしこまりました」


 ん? ガルプハルトは、まだまだ食べれるって事かな? 凄いね、ガルプハルトは。


 そう思って、エリスちゃんを見ると。エリスちゃんは、フリッツを、フルーラの半開きの口に放り込んでいるところだった。


 エリスちゃんが、フリッツを放り込むと、フルーラの口が閉じて、もぐもぐと動き。フリッツが無くなると、フルーラの口が開く。そこに、エリスちゃんが、フリッツを放り込む。昔も見たことがある。ミューゼンだったかな? 前は、プレッツェルで、今回は、フリッツ。うん、ややこしい。


 う〜ん? フルーラ、大丈夫だろうか? 甘い口がしょっぱい口になっているのじゃないかな?


「エリスちゃん、フルーラと一緒に先に帰る?」


「えっ、あっ、はい、そうですね。じゃあ、先に戻っております」


 そう言って立ち上がると、フルーラも目を開き、立ち上がる。そして、


「では、グーテル様、お先に失礼致します」


 そう言って、2人は目の前の聖パウロス教会に向かった。


 フルーラ、起きていたのかな?



 その後、新たにやってきたブレも、半分をガルプハルトが平らげつつ、3人は、ビールを飲みつつ、話す。


 いろんなビールを飲んでみるが、僕は、セゾンビールが美味しかった。他のは、アルコールが強すぎたり、味が濃厚だったり、甘かったり。僕の好みではなかった。



 こうして、ルージュを満喫まんきつした僕達は、次の街に向けて出発する。さすがに、留守が長くなり、ルージュ司教ハロルドさんは、同行出来ないようだが、ナチュレ伯爵の家来の方が、ルージュまで来てくれたのだった。





 ナチュレまでは、1日半程だった。ルージュから、ナチュレまでは、モーゼ川沿いを進むと、モーゼ川の北岸ほくがんにナチュレの街が見えた。南岸なんがんは、ルージュ司教領という変わった場所にあった。



 そして、モーゼ川と、モーゼ川の支流に挟まれた二股ふたまたになった丘の上に、ナチュレ伯の城はあった。城はシタデルと呼ばれて、堅固けんご要塞ようさいのようになっていた。


 下から見上げると、急な斜面に、二重の城壁。うん、これは攻めるとなると、苦労しそうだった。



 街は、ルージュとは違って、朱色しゅいろや、明るい茶色のレンガで出来た外壁と、黒や濃い灰色の屋根を持つ華やかな家々が見える。可憐かれんな街だった。


 モーゼの真珠。ナチュレが、そう呼ばれるのも納得だ。



 そして、ナチュレの名物料理は、川魚とからしいのだが、それよりもだ。ルージュで食べたフリッツ。要するに、ポテトフライは、ここナチュレで生まれたのだそうだ。


 まあ、だけど、僕達の宿泊地は丘の上のシタデル。わざわざ下りて、フリッツを食べに行く気にならず。シタデルで過ごす事にした。


「フルーラ、フリッツ食べたかった?」


「フリッツですか?」


「うん、ほらっルージュで僕達が食べたブレについてた」


「ああ、あれですか。食べたことないので、なんとも……」


「ふ〜ん」


 どうやら、食べた記憶はないらしい。



 その後、いよいよ目的地であるフランダース公国に向かった。この後は、案内無し。フランダース公国に行くには、ババラント公国を通らないといけないからのようだ。別に敵対関係でもないようだが、仲良くもない。


 ババラント公国には、ルクセレスという大都市があるが、一応、何かあるといけないので、避ける事にした。ちなみにババラント公国の公都は、レーベという街だが人口は圧倒的にルクセレスが多かった。商業都市のルクセレス、行ってみたかったな〜。


 ちなみにエル伯領を通っても行けるが、こちらは、完全に敵対関係にある、ランド王国と組んで、フランダース公国と戦ったのだ。



 そして、慎重に進み4日程で、フランダース公国公都デントに到着する。





 デントは、マインラント人の言葉で、川の集まる場所という意味だ。その言葉通り、複数の川が流れ、水運を使った交通の要衝ようしょうになっていて、アルプス以北の西ヨーロッパでは、ランド王国のルルティアに次いでの人口をほこる大都市だった。その人口は6万人。


 要するに、ダリア地方や、エスパルダ地方を除いた西ヨーロッパで、2番目の都市という事だ。ちなみに、ヴァルダは、東ヨーロッパなので、除外される。



 街の中を小さな川が幾重いくえにも流れる。そして、街を取り囲むようにも水路があった。橋を落としてしまえば街自体が難攻不落なんこうふらくの城となりそうだった。そして、張り巡らせた水路により補給も完璧……。って、今は関係ないか。



 デントの街中を歩く、はなやかな家々。白や黄色、はたまたピンク色の外壁に、オレンジや、青色、灰色の屋根が、石畳の灰色や、水路の青色と合わさり、見事なコントラストを生んでいた。



 そして、フランダース公の居城きょじょうへとたどり着く。ここもまた周辺を水路によって囲まれていた。高さ5m程の城壁に囲まれた、城だ。だけど、予想よりも大きくい。周囲200m程だった。意外だな~。



 現在のフランダース公は、ピエールさん。ラント王国との戦いの時は、お父さん共々、ランド王国にとらえられていて、お父さんの死去にともない解放されたばかりで、戦いには参加していなかった。



「皇帝陛下、皇妃こうひ様、ようこそおいでくださいました。私、フランダース公ピエールと申します。以後、お見知りおきを」


「出迎えありがとうございます」


 と、僕が挨拶すると、エリスちゃんも。


「フランダース公、お招き感謝致します。皇妃カイザーリンエリサリスです」



 こうして、僕達は、フランダース公の屋敷で歓待を受ける事になった。と、その前に、僕と、ピエールさんは、2人だけで話し合いをする事にした。



「この度は、我が国への支援ありがとうございました」


「いえっ、あれは、あくまでも領民の方々を助けただけで、ピエールさんの為じゃありませんよ」


「はい、重々じゅうじゅう承知しております。しかし、市民兵が主力の我が軍が勝つとは……」


「まあ、少し前までは、考えられませんでしたね」


「はい。ですが、勝っているのは事実です。民主同盟に、北部ニーザーランドの戦い、そして、今回」


「ええ。パイクにハルバートに密集方陣みっしゅうほうじん。まあ、密集方陣は、昔の作戦の復活といったところですがね」


 そう、やや武装が貧弱な市民兵も、盾を並べ、密集方陣でパイクで槍衾やりぶすまを作り、重騎兵の突撃を受け止め、ハルバートにて、周囲から攻撃を加える。


 これで勝ったのだった。まあ、ぬかるみに誘い込み、重騎兵の機動力きどうりょくけずった上でだったが。



「本当に、ありがとうございました。それで、なのですが……」


 ピエールさんは、聞いて良いのかな? という感じで恐る恐る聞いてきた。


「今後なのですが、我々は、どうすれば良いでしょうか? マインハウス神聖国の援軍を期待しても、良いのでしょうか?」


 それは、難しいだろうな。ニーザーランドには、皇帝直轄領こうていちょっかつりょうはあるものの、マインハウス神聖国の傘下さんかの国は、ルージュ司教領とか、ヘルトラント公国ぐらいだ。いずれも、ニーザーランドの中でも強国というわけではない。


 それに、ランド王国と違い、国王の命令一下めいれいいっかで、動くわけではないから、命令を拒否される可能性もある。となると、難しいという事になる。


「それは、難しいでしょう」


 僕は、ピエールさんに、そう言い放った。

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